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back.gifAndocides第3弁論・解説

Andocides弁論集

第3弁論

ラケダイモン人たちとの和平について





[1]
 公正な平和を実現することが戦争よりもより善いということは、あなたがた皆さんが、おおアテナイ人諸君、認識しておられるように私に思われる。だが、提案者たちが和平という名称には賛同しながら、和平成立の行動には反対しているということ、このことは皆さんが感知しておられるわけではない。なぜなら、民衆にとって最も恐るべきことだが、和平が成立した時に、今ある国制が解体するのではないかと言われているからである。

[2]
 ところで、アテナイの民衆が今までラケダイモン人たちとの間に和平を実現したことがいまだかつてなかったとしたら、行動の無経験ゆえに、また、あの連中に対する不信ゆえに、それを危惧しても当然であったろう。しかるに、今までにもすでに何度も、民主制下に和平を実現したことがあるのだから、あなたがたがその時に生じたことを先ずもって考察するのが、どうして当然でないことがあろうか。なぜなら、為すべきことは、おおアテナイ人諸君、過去に生じたことを将来のことに関する証拠として用いることだからである。

[3]
 さて、エウボイアにおいて私たちとの間に戦争が起こり、私たちがメガラ、ペガス、トロイゼンを領有していた時、私たちは和平を欲し、キモンの子ミルティアデスが陶片追放に遭ってケロネソスにいたにもかかわらず、これを迎え入れた所以は、まさに、彼がラケダイモン人たちの国賓待遇であったので、講和条約について交渉に当たるようラケダイモンに派遣するためであった。

[4]
 その時も、ラケダイモン人たちとの間に50年和平が成立し、両者ともこの条約を13年間にわたって遵守した。実にこの一点を、おおアテナイ人諸君、先ず考察しよう。この和平の期間に、アテナイの民衆が解体した時があるか。誰も明示できまい。逆に、この和平によってどれほど善きことが生じたか、私はあなたがたに述べ立てられる。

[5]
 先ず第一に、この期間にわれわれはペイライエウスを壁で囲い、第二に、長壁の北壁を。さらに、三段櫂船――かつてわれわれが持っていたのは、旧式で耐航性がないものであったが、これによって王と異邦人たちとに対して海戦で勝利してヘラス人たちを自由化したのであるが、これに代えて新造の三段櫂船100 艘を造船し、また、この時に初めて騎兵300 騎を設置し、スキュティアの弓兵300 を雇った。以上が、ラケダイモン人たちとの間の和平によって国家に生じた善きものであり、アテナイの民衆に生じた力であった。

[6]
 さらに、その後、私たちはアイギナが原因で戦争状態に陥り、多くの害悪を被り逆に多くの害悪をし返したが、再び和平を欲し、アテナイ人全員の中から十人が和平に関するラケダイモンへの全権使節として選ばれたが、その中に私たちの祖父アンドキデスも含まれていた。この人たちはラケダイモン人たちと私たちとの間の30年和平を実現した。そしてこの期間に、おおアテナイ人諸君、民衆が解体した時がいつかあるか。では、どうか。民主制解体を企んで逮捕された連中がいるか。明示できる人はいまい。いや、まったく正反対なのである。

[7]
 すなわち、和平こそがアテナイの民主制を高揚させ、強固に為し、その結果、先ず第一に、その年月の間に、和平を保持して1000タラントンをアクロポリスに上納し、民主制のために取りのけておくよう法に定め、その上さらに、他に三段櫂船100 艘を造船し、これも取りのけておくよう票決し、船渠を建築し、騎兵1200 騎と、同数の弓兵を別に任命し、長壁の南壁を構築した。以上が、ラケダイモン人たちとの和平によって国に生じた善きものであり、アテナイの民主制に生じた力であった。

[8]
 しかるに、メガラが原因で再び戦争して、国土を荒廃させられるがままにしたが、多くの善きものを奪われたので、もう一度和平を実現したが、これはニケラトスの子ニキアス達成したものであった。しかし、あなたがた皆さんは次のことをご存知だと私は思う。つまり、この和平によって7000タラントンの貨幣をアクロポリスに上納し、

[9]
 艦船300 艘以上を所有し、貢納金は、毎年、1200タラントン以上入り、ケロネソスとナクソスと、エウボイアの三分の二以上を領有した。また、その他の植民地を一つずつ詳述すれば、話が長くなるであろう。とにかく、これらの善きものを領有しながら、私たちが再びラケダイモン人たちとの間で戦争状態に陥ったのは、この時も、アルゴス人たちに説得されたからであった。

[10]
 そこで、先ず第一に、おおアテナイ人諸君、次のことを思い起こしていただきたい、この議論の初めにあなたがたに私が何を示唆したかを。和平によってアテナイの民主制が解体したことはいまだかつてないということ、これではないのか。したがって、ないと立証され終わった。それが真実でないと言って私に反駁する者はいまい。しかしながら、一部の人たちが言うのを聞いたことがあるが、ラケダイモン人たちとの間の最後の和平によって、「三十人」が樹立し、アテナイ人たちの多くが毒人参を呑んで死に、ある人々は亡命し去った、と。

[11]
 しかし、こんなことを言う人たちは、正当に認識していない。なぜなら、和平と条約とは相互にまったく異なるからである。すなわち、和平とは、お互いに対等の関係で、相違点を認め合ったうえで実現するものである。これに対して条約とは、戦争で決着がつきそうな場合に、勝者が敗者に対して一方的命令で実現するものである。あたかも、戦争で私たちに勝ったラケダイモン人たちが、城壁の破壊、艦船の引き渡し、亡命者の受け入れを私たちに下命したように。

[12]
 だから、あの時は、条約がやむをえず一方的命令によって成立したのである。ところが、今、私たちが評議しているのは、和平についてである。そこで、私たちに対して標柱に記録されている条文と、それを守れば今和平を実現できる条文と、両方を比べて考察していただきたい。すなわち、前者には、城壁を破壊すべしと記録されているが、後者によれば、建設できるのである。艦船の所有は、前者では十二艘だが、今はわれわれが望むだけである。さらに、レムノス、イムブロス、スキュロスを、あの時は所有者が領有するようにとあるが、今は、われわれのものだとある。また、亡命者たちも、今は誰一人迎え入れる義務はないが、あの時は義務であり、その連中のおかげで民主制が解体したのであった。これとあれと何か一致点があるか。かくして、私としてはこれだけを、おおアテナイ人諸君、この問題に関して断定しておきたい、――和平は民主制にとって救済であり力であるが、戦争は民主制の解体につながると。とにかく、これに関して私の言うことは以上である。

[13]
 ところが、今は戦争続行が私たちにとって必然的であると主張する人たちがいる。そこで、先ず、考察しよう、おおアテナイ人諸君、いったい何故にわれわれは戦争しようとするのか。それは、思うに、戦争しなければならない所以は、不正されるからか、不正される人たちを助けるためか、いずれかであることは万人が同意するであろう。ところで、私たちはみずからが不正されたばかりか、不正されたボイオティア人たちを助けようとした。ところで、もしも、私たちがもはや不正されないという約束、これがラレダイモン人たちから私たちの手に入り、ボイオティア人たちによって、彼らがオルコメノスの独立を容認して和平の実現が決定されれば、われわれが戦争を続ける理由が何かあろうか。私たちの国が自由であるためにか。

[14]
 いや、それなら国に帰属している。それとも、私たちに城壁ができるようにか。それも和平によってできる。それとも、三段櫂船を造船し、現有船を補修し、所有できるためにか。それも帰属している。なぜなら、国々の自治権を協定は認めているからである。それとも、レムノス、スキュロス、イムブロスの島々を取り戻すためにか。むろん、それらがアテナイ人たちのものであることは、成文化して記録されている。

[15]
 どうなのか、それともケロネソスや植民地や所領や負債を取り戻すためにか。いや、王も同盟者たちも、それを所有するために戦争する際に、援助を仰ぐべき相手はわれわれに賛同すまい。それとも、ゼウスにかけて、ラケダイモン人たちとその同盟者たちに戦勝するまで、それまで戦争続行すべきなのか。いや、われわれにそれだけの備えがあるとは私に思われない。たとえ、達成できるとしても、それをわれわれが実行した場合に、いったい、われわれ自身が異邦人たちによってどんな目に遭うことになると思うか。

[16]
 それゆえ、これをめぐって戦争しなければならないにしても、われわれに金品が充分になく、身体においても有能でないとしたら、やはり、戦争続行すべきではないのである。まして、われわれが戦争する理由も相手も手段もないとしたら、われわれにとって何としてでも和平を実現すべきでないという理由がどこにあろうか。

[17]
 さらに、次のことも考察していただきたい、おおアテナイ人諸君、今、あなたがたは全ヘラス人たちに共通の和平と自由を実現し、万事に参加する権利を万人に実現しているのだということを。そこで、諸国のうちで最大の国々について、いかなる仕方で戦争を終結させようとしているのかに思いを致していただきたい。先ず第一に、ラケダイモン人たちを。彼らは、われわれと同盟者たちとに戦争を仕掛けた当初は、陸上でも海上でも支配者であったが、今は、和平によって、それらのどちらも彼らのものではない。

[18]
 しかも、彼らがこれを容認しているのは、私たちによって強いられてではなく、全ヘラスの自由のためにである。すなわち、彼らはすでに三度戦って三度勝利してきた。一度は、コリントスにおいて、参戦した同盟者たちの全軍を相手に、釈明の余地を与えないぐらいに、この時に勝ったのは全軍の中で彼らだけであった。二度目は、ボイオティアにおいて、彼らをアゲシラオスが指揮した時に、この時も同じ仕方で勝利を実現した。三度目は、レカイオンを彼らが獲った時に、アルゴス人たち全員とコリントス人たちと、さらには私たちとボイオティア人たちの中で、居合わせた者たちを相手に。

[19]
 しかし、このような働きを示しながら、戦って勝利した彼らは、自分たちのを持っているにもかかわらず、彼らは和平を実現して、国々の自治と、海を劣者にも共有と認めるつもりであるのだ。しかるに、たった一回、戦いに敗れたとしても、彼らがあなたがたから受け取る和平とはいかなる和平か。

[20]
 今度は、さらに、ボイオティア人たちはいかようにして和平を実現しようとしているのか。彼らはオルコメノスが原因で、その自治に委ねなかったために戦争を始めたが、今は、自分たちにとっておびただしい数の男子が戦死し、領土のかなりの部分を荒廃させられ、私的にも公的にも多くの金品を醵出し、これらを奪われ、4年間戦ったあげく、やはりオルコメノスの自治を容認して和平を実現しており、それらを無駄に被ったのである。なぜなら、自分たちが初めからオルコメノス人たちに自治を認めていれば、和平を保つことができたのだから。しかし、この人たちもまた、その仕方で戦争を止めているのである。

[21]
 さらに、私たちにとっては、おおアテナイ人諸君、和平を実現できるのは、どういう場合か。ラケダイモン人たちをどんな人々だと思っている人たちなのか。というのも、あなたがたの中に憤慨なさる方がおられるなら、容赦願いたい。真実を言うつもりだから。すなわち、先ず第一に、私たちがヘレスポントスで艦船を失い、城壁内に追いこまれた時、今は私たちの同盟者にして、当時はラケダイモン人たちの同盟者であった者たちは、私たちについてどんな意見を提起したか。私たちの国家を奴隷人足の身に落とし、国土を廃墟と化すということではなかったのか。しかるに、そうならないようにと阻止したのは誰であったのか。ラケダイモン人たちではなかったのか。同盟者たちをその意見から気を反らし、自分たちはそのような所業について審議しようと企てもせず。

[22]
 さて、その後、彼らに誓いを立て、標柱を立てる権利を彼らから手に入れて、あの時には害悪を受け入れざるを得なかったので、私たちは条件どおりに条約を受諾したのである。しかるに、第二に、同盟を実現してボイオティア人たちとコリントス人たちを彼らから離反させ、さらに、アルゴス人たちを当時の友邦関係に導いて、私たちはコリントスにおける彼らとの戦いの原因となった。その上、ペルシア王を彼らの敵と為し、コノンに海戦を準備させて、これによって彼らが海の支配権を失うきっかけをつくったのは誰であったか。

[23]
 ところが、私たちのせいでそんなことを被ったにもかかわらず、同盟者たちが賛同するのと同じことに賛同して、城壁と艦船と島々を私たちのものであると私たちに認めているのである。ところで、和平交渉に当たる使節が持ち帰るべきものとはいかなるものか。友邦が認めるもの、そして、それが私たちの国家に生ずるために私たちが戦争を始めた当のものを、敵国人たちから引き出すことではないのか。ところが、他の人たちは和平を実現するために、現有するものを手放すのであるが、私たちは、私たちが最も必要としている当のものを追加獲得するのである。

[24]
 さて、私たちが評議すべきことで、なお残されていることは何か。コリントスについてと、アルゴス人たちのわれわれへの呼びかけについてである。先ず第一に、コリントスについて、誰か私に教えていただきたい。ボイオティア人たちが共闘せず、逆にラケダイモン人たちとの和平を実現したら、私たちにとってコリントスにいかほどの価値があるかということを。

[25]
 というのは、思い出していただきたい、おおアテナイ人たちよ、私たちがボイオティア人たちと同盟を実現したあの日、どんな考えを持ってそれを実現したのかということを。ボイオティア人たちの力が私たちに味方すれば、共同で全国家を防衛するに充分だという〔考えを持って〕ではなかったか。しかるに、今、私たちが評議しているのは、ボイオティア人たちが和平を実現したら、ボイオティア人たちなしにどうやったらラケダイモン人たちと戦争続行可能かということである。

[26]
 しかり、と主張する人たちがいる、コリントスを監視するとともに、アルゴス人たちを同盟者として得れば。しかし、ラケダイモン人たちがアルゴスを攻撃したら、われわれは彼らの救援に赴くつもりか否か。そこで、私たちが救援に赴かなければ、アルゴス人たちが不正するもどんなことでも好きなことを為すのも義しくないという道理もなくなるであろう。これに反して、私たちがアルゴスに救援に赴けば、ラケダイモン人たちと戦いになるのは必至ではないか。私たちに何が生ずるためにか。負けては、コリントスの土地に加えてみずからの土地までも失い、勝利しては、コリントス人たちの土地をアルゴス人たちのものにするためにか。そんなことのためにわれわれは戦争することになるのではないのか。

[27]
 また、アルゴス人たちの言い分も考察しよう。すなわち、彼らは私たちが彼らとともに、また、コリントス人たちとともに、共同で戦争するよう命じながら、自分たちは私的に和平を実現して、国土を戦場にするために提供していない。そして、私たちが同盟者たち全員と和平を実現して、ラケダイモン人たちを信じることを容認しない。が、自分たちとの間でだけ彼らが締結したこと、これを彼らが踏みにじったことがないと彼らは認めているのである。また、自分たちが享受している和平を、父祖伝来の和平と名づけながら、他のヘラス人たちに父祖伝来の和平が生ずることを容認しないのである。なぜなら、長引かせられた戦争にコリントスがとらわれ、その結果、いつも負かされてきた相手に打ち勝つことを予期し、なおかつ、勝利者仲間をも支配下におくことを希望しているからである。

[28]
 さて、以上のごとき希望を担わされた私たちが選ぶべきは、二つに一つ、アルゴス人たちといっしょになってラケダイモン人たちと戦争続行するか、それとも、ボイオティア人たちといっしょになって、共同で和平を実現するかである。ところで、私が特に恐れてきたのは次のことである、おおアテナイ人諸君、すなわち、いつも勝れ友たちを手放して、劣った連中を選び取り、私たち自身の力で和平を受諾できるにもかかわらず、別な者たちのために戦争続行するという、あの習性となった悪癖である。

[29]
 例えば、先ず第一に、大王と――出来事を思い起こして、美しく評議しなければならないからだが――条約を結び、いつまでも変わらぬ友愛を取り決め、私たちのためにこれの使節を務めたのがテイサンドロスの息子エピリュコスであり、彼は私たちの母の兄弟であったのだが、その後、王の奴隷にして逃亡者のアモルゲスに説得されて、王の権力を何の価値もないと見限り、アモルゴスの友愛を、勝っていると信じて選んだのである。これに対して、王は私たちに怒りを発し、ラケダイモン人たちの同盟者となって、戦争のために彼らに5000タラントンを提供し、ついに私たちの権力を打倒した。これが一つ、私たちの評議内容であったのだ。

[30]
 さらに、シュラクサイ人たちがやってきた時、彼らは私たちに要求して、仲違いの代わりに親愛を、戦争の代わりに和平の実現を望み、同盟関係を示して、私たちが彼らとの間にその実現を望むなら、自分たちとの同盟関係の方が、エゲスタイ人たちやカタネ人たちとの同盟関係よりもどれほど勝っているかを明らかにしたが、ところがその時も私たちが選んだのは、和平ではなくて戦争、シュラクサイ人たちではなくてエゲスタイ人たち、家郷に留まってシュラクサイ人たちを同盟者として持つことではなくて、シケリアへ出征することであった。その結果、アテナイ人たちと同盟者たちの多くを、最善者から順に破滅させ、多くの艦船や金品や権力を投げ捨て、恥辱の中を素通りした者たちだけが助かったのである。

[31]
 さらに、その後、アルゴス人たち――今、戦争続行を説得しに来ているまさに同じ連中に説得されて、わたしたちとラケダイモン人たちとの間に和平が存在していたにもかかわらず、ラコニアに出航したために、彼らの憤激を掻き立て、多くの害悪の始めとなった。以来、戦争を続けたため、私たちは城壁を打ち壊し、艦船を引き渡し、亡命者たちを迎え入れざるを得なくなったのである。しかるに、私たちはそれだけのことを被たのに、戦争続行を私たちに説得したアルゴス人たちはどんな利益を私たちにもたらしたであろうか。また、どんな危険をアテナイ人たちのために身に引き受けてくれたであろうか。

[32]
 それゆえ、今、私たちに残されているのは、次のことである。すなわち、今回もまた選ぶのは、和平ではなくて戦争続行、ボイオティア人たちとではなくてアルゴス人たちとの同盟関係、ラケダイモン人たちではなくてコリントス人たちの国家を今所有している者たちをかということである。もちろん、おおアテナイ人諸君、私たちにそんなことを説得できる者は誰もいまい。なぜなら、人間たちのうちで思慮深い者たちにとっては、過去の過ちが充分な手本となって、もはや、過ちを犯すことはないはずだからである。

[33]
 ところが、あなたがたの中には、和平ができるかぎり早く成立することを、あまりに過度に欲求する人たちがいる。すなわち、彼らの言では、評議のために私たちに許された40日も余計なこと、その点でも私たちが不正である。なぜなら、全権大使として、ラケダイモンへ派遣された所以は、付託するために国に立ち戻るためではないのだと。私たちの、付託という用心深さを心配症と名づけ、彼らの言うには、アテナイの民衆を公開の場で説得して救った者はいまだかつて誰もおらず、これに気づかれることなく、これを騙して善く為すべきなのだ、というのである。

[34]
 ところが、このような言説を私は称揚しないのである。なぜなら、私の主張では、おおアテナイ人諸君、戦争の時には、将軍として国家に好意的で何を為すべきかに精通した人物は、人々の多くに気づかれずに、騙して、危難に導くべきであるが、ヘラス人たちに共通の和平についての使節の任にある者たちは、いかなる条件で誓約が立てられ、記録されるはずの標柱が立てられるのか、これに気づかないまま騙したままであってはならず、全権大使として派遣されていても、やはり、それについて考察するようあなたがたに付託しようとするなら、虚言するよりもむしろはるかにもっと称揚すべきである。したがって、可能な限り用心深く評議すべきであり、宣誓し取り決めを結ぶことになったからには、これを遵守すべきである。

[35]
 ところで、おおアテナイ人諸君、私たちが使節の務めを果たす際に注目すべきは、書かれた文書内容に対してのみならず、あなたがたの性格に対してもである。なぜなら、あなたがたは、あなたがたに用意されているものについては疑い深く不機嫌であるが、現有しないものは、それがあなたがたに用意されているかのように話をこしらえる習性があるからである。だから、戦争続行しなければならない場合には、あなたがたは和平を欲し、あなたがたのために和平を実現する人がいる場合には、戦争がどれほどの善をあなたがたにもたらすか、計算するのである。

[36]
 今もここに、すでにこう言っている人たちがいる、――和解がいかなる内容か、また、艦船や城壁が国家に生じることになるのかどうか、わからない。彼ら自身の私的なものは外地から手に入るのではなく、城壁からは自分たちの養育は生じないから、と。そこで、このことに対しても抗弁するのが必然である。

[37]
 すなわち、かつて、おおアテナイ人諸君、城壁と艦船をわれわれが所有しなかった時があった。しかし、城壁ができたおかげで、われわれは諸善〔繁栄〕の端緒を開いたのである。その繁栄を、もし、あなたがたが今も欲するなら、それらを獲得すべきである。そして、これを基地にして、私たちの父たちは他のいずれの国家も未だ所有したことのないほどの権力を国家にもたらした。一部はヘラス人たちを説得し、一部は気づかれないように、一部は買収し、一部は力づくによってである。

[38]
 ところで、説得というのは、共有財産の同盟財務官をアテナイ人たちにして、艦船の集合が私たちのもとにあるように、しかし国々の中で所有したことのない国は私たちが提供するというように説得した。さらに、城壁の建設をラケダイモン人たちに気づかれないで実行したのである。さらに、買収とは、そのことの償いをラケダイモン人たちにしないでよいよう買収した。さらに、反対者たちに力づくで、私たちはヘラス人たちへの支配をもたらしたのである。しかも、これらの諸善は85年間にわたってわれわれのものであった。

[39]
 しかるに、戦争に負かされて他のものまでも喪失し、城壁も艦船も、私たちの担保として取得したのはラケダイモン人たちであり、私たちは艦船は引き渡し、城壁は引き倒した。二度とこれを基地として国家に権力を打ち立てることないようにとである。ところが、私たちに説得されてラケダイモン人たちは、全権使節として今認めているのである。担保を私たちに返却するばかりか、城壁も艦船も所有することも、島々がわれわれのものであることも認めているのである。

[40]
 ところが、私たちの先祖たちが手にしたと同じ諸善の端緒をつかんでいるのに、この和平を受諾すべきでないと主張する人たちがいる。しからば、みずからが進み出てあなたがたに説明せしめよ――40日を評議のために付け加えて、彼らに自由をもたらしたのは私たちである――条文の中に美しくない点があるならその点を。削除できるのだから。また、何らか付け加えるべしと忠告する人がいるならその点を、あなたがたを説得して書き加えしめよ。全員がこの条文に同意して和平の受諾ができるのである。

[41]
 しかしこれに何ら満足しなければ、戦争続行は必至である。とにかく、これらはすべてあなたがた次第である、おおアテナイ人諸君。この中から何でもあなたがたの望むものを選択せよ。確かに、ここにはアルゴス人たちとコリントス人たちとが、戦争続行がより善いということを説明するために列席しており、ラケダイモン人たちも、あなたがたが和平を実現するよう説得するためにやってきている。しかし、その最終決定はあなたがたの判断によるのであり、ラケダイモン人たちには関係せず、かくなった原因は私たちにある。そこで、わたしたち使節は、あなたがた全員を使節としているのである。つまり、あなたがたのうちで挙手せんとする人、この人は、和平でも戦争でも、どちらでも自分に善いと思われる方を実現する使節だからである。それでは、おおアテナイ人たちよ、私たちの言説を銘記して、あなたがたに決して悔いの残らないような票決をされよ。
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