昔、聖なる存在であることを示す最も明瞭な特徴は、頭に角が生えていることだったようである。神々の化身とされた人間たちがかぶった仮面や冠は、雄ウシ、ヤギ、雄ジカといった角のある動物の仮面や冠であることが多かった。角は、男性の生命力に関するタントラの最古の教義と結びついていた。すなわち、射精を抑えると神秘的な活力は脊柱を経て頭部に昇り、知恵や魔力となって開花し、それが角という目に見える形で現れるというのだった。
「頭部から生えているものが、とくに重要である。角のある動物たちは。 r頭の中身1が発達して外に突き出ていることを示す明らかな証拠を頭上に持っており、したがって最も神聖である。雄ウシ・雄ヒツジ、雄ヤギなどは、とくに豊かな天分に恵まれている。シカも同様である。西洋の言語には、角と男性の性的能力との関連を示す証拠が豊富にある。 17世紀から18世紀にかげで製作されたインドの細 密画や象牙の彫刻では、美しい森の乙女に対する欲求のシンボルとして、角のあるシカが盛んに用いられている」[1]。
聖書によれば、ヤハウェの祭壇には角があり、更にヤハウェは、男根を表象する「わが救いの角、わが高きやぐら」(『サムエル記下』22: 3)と呼びかけられており、同時に、男根を表象する石、すなわち「汝を生みたまいし岩」とも呼びかけられていた。ヤハウェは、「セム人の諸神の中で最高位の神」エルと同一視されたが、このエルは聖なる雌ウシのマリ-アシュラの夫として、雄ウシの角を持っていた[2]。ゼウスやアピスと同様に、エルは白い月-雄ウシに姿を変えることができたが、これは、トーテム信仰でシヴァの化身とされた白い雄ウシのナンディ(祝福された者)をまねたものと思われる。
白い月-雄ウシは、月の神シンのさまざまな形姿のうちの1つだったようだが、モーセは、この月の神の聖なる山であるシナイ山に登り、その山の神と会ったしるしに「角を生やして」下りてきた。標準的な英語訳の聖書では、モーセはシナイ山(シンの山)から頭を輝かして(「光を放って」)戻ってきたとなっているが、その個所のへプライ語は、「角を生やされた」頭、あるいは「光を放射された」頭の意である[3]。ウルガタ聖書には、「彼(モーセ)は角を生やしていた」cornuta fuit facies ejusとある。ミケランジェロのあの有名なモーセの像は、サテュロスと同じように角を持っている[4]。
「角のある神」の存在は古く、石器時代にまでさかのぼる。世界各地に見られる原始時代の宗教美術には、雄ウシ、雄ジカ、雄ヒツジ、またはヤギなどの角を持った人物が描かれており、角は魔術師、聖王、祭司、あるいは生贄を特徴づけるものだった[5]。角を持った動物は、多くの場合、母神のさまざまな形姿と関連づけられていた[6]。後世の神話においても、女神と「角のある神」が結びつけられていた。「角のある神」としては、雄ジカのアクタイオン、ヤギのパン、雄ウシのディオニューソスあるいはゼウス、雄ヒツジのアメンなどがおり、更にこのような動物と人間の姿を組み合わせた存在となると、数えきれないほどだった。シグルトまたはシーグフリー卜と呼ばれたチュ一トン人の英雄は、あるときは人間の男、あるときは雄ジカで、男たちを不思議な冒険へといざなう「白い雌ジカ」の伴侶だった。彼は、ヒンデルフィヤル(「雌ジカの山」)の隠れ家で眠っていたヴァルキューレの姿の中に、自分の母親-花嫁を認めた[7]。のちに彼は、幾本もの矢を射こまれ、仕留められた雄ジカの姿となって森の中で落命した。彼のこの最期は、「狩猟の王」アクタイオンの最期や、中世においてアクタイオンと同格視された魔女たちの「角のある神」の最期に似ていた。
中世の人々は、人間の頭にも本物の角が生えることがあると考えた。角の生える理由としては、嘘をつくこと(これは、悪魔を「嘘言の父」と同一視したことにもとづく)から、妻を寝取られた夫cuckoldになるということまで含めて、いろいろあった。イタリア王キュプロスは1夜にして角が生えたと言われていたが、このことについてアグリッパ・フォン・ネッテスハイムは、次のような一見科学的と思われる解釈を示した。すなわち、王は1晩中雄ウシが戦う夢を見たが、その結果、「激しい想像によって成長力がかきたてられ、角質形成を受け持つ体液が頭にのぼり、角が生えた」[8]。
無論、角のある神々の中で主神とされたのは悪魔であり、悪魔は角のある異教の神々すべての複合体だった。トマス・ブラウン卿(1605-82。イギリスの内科医で、有名な『医師の信仰』をはじめ、数々の著作を執筆した)によると、聖書に登場する「悪魔たち」は、ファウニ、サテュロス、パンの息子たちとなっているが、しかし、これらの悪魔を一括して表すそもそものへプライ語は、「ヤギたち」だった[9]。スコットランドでは、悪魔をオウルド・ホーニーOuld Hornieと呼んだ。この悪魔は好色だったことで有名であり、そこから、「好色な」という意味を持つ現代の俗語hornyが生まれた。いわゆる悪魔のしるし、すなわち、人差し指と小指の2本だけをまっすぐに伸ばす仕草は、本来は角のある動物の頭を指すジェスチャーだったのであり、インドの太女神の聖なるムドラー(印契)をまねたものだった[10]。
Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)