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ムネーモシュネー(Mnhmosuvnh)

mnemosyne.jpg  「記憶」を意味し、「 9体の誇神たち」の古い形であるミューズ三女神の第1の女神。詩人は、まだ文字のなかった時代に暗記で学んだ聖なる物語を語るとき、誤りを犯さないように助けを求めて、ムネーモシュネーの名を呼んだ[1]。ムネーモシュネーは、北欧の吟唱詩人がエルダと呼んで祈りを捧げる、「大地母神」とも結びつきがあった。


[1]Graves, G. M. 2, 400.


 「記憶」の擬人化された女神。ゼウスは彼女とピエーリアPieriaで九夜つづけて枕を交わし、1年後に9人のムーサたちが生まれたという。(『ギリシア・ローマ神話辞典』)
 バーバラ・ウォーカーは、おそらく、ムネーモシュネーと、ムーサ三女神の1体・ムネーメー〔記憶〕とを同一視し、さらに「大地女神」とも関連づけようとした。詩人の妄想と云ってよい。

 霊感をうけた詩人には未来を預言する力があるという考えの裏には、記憶の女神であり、ミューズたちの母であるムネーモシュネーの存在がある。この女神の役目は、個人の記憶を強めたり、消えてしまった過去の記憶を順番に呼び戻すことではない。永久に変わらぬ現実を見ることができる特権を詩人に与えることである。それは預言者の特権と同じものである。女神は原初的存在に触れることを詩人に許す。普通の人間はほんの少しだけそれを垣間見ることができるが、すぐに時間の流れがそれを隠してしまう。記憶の役割は、私たちが考えているように時間を飛び越してさかのぼることではなく時間から遠く逃避することによって、現実を明らかに見ることであるという考えは、哲学的想起(ajnamnhvsiV)のなかに姿を変えてふたたび見いだされる。プラトーンの記憶とは、魂が肉体から解放されて旅するときに見ることができる永遠の真実を思い出させることである。不死についての新しい教義と、記憶力の働きは、明らかに結びついているということを、プラトーンははっきりと示した。この考え方はホメーロスからイオーニア学派に至るギリシアの思想と、はっきりと一線を画している。(ジャン=ピエール・ヴェルナン『ギリシア人の神話と思想』p.539-540)


[画像出典]
Mnemosyne
Alternately titled: Lamp of Memory
Alternately titled: Ricordanza
Dante Gabriel Rossetti
1876-1881 (circa)