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Antiphon弁論集



第1弁論

毒殺の罪で 継母に対して






[1]
 私はまだ若くて訴訟沙汰にも無経験であるばかりか、私にとって本件は恐るべき事態と窮地とを招来するものなのである、諸君。つまり、片や、父が自分の殺害者たちを提訴するよう遺言しているにもかかわらず、私が出訴しないとすれば〔それは恐るべきことであろうし〕、片や、出訴すれば、決して不和になってはならない相手、すなわち父親を同じくする兄たちや兄たちの母親と〔不和に〕陥らざるを得なくなるからである。

[2]
 とはいえ、運命と彼ら自身とが、他ならぬ彼らに対して争いを引き起こさざるを得なくしたのである。彼らは、死者のためには報復者となり、出訴者のためには援助者となるのが尤もな者たちである。しかるに実際は、それとは反対のことが生じた。すなわち、彼ら自身が訴訟相手と殺害者として立ったのであり、それは私も訴状も述べているとおりである。

[3]
 そこで私はあなたがたにお願いする。諸君、策略(epiboule)と予謀の殺意(proboule)とを持ってこの者たちの母親が私たちの父親の殺害者となったこと、しかも、それまでにも一度ならず再三にわたって父の死を工作して現行犯で捕まったことがあるということを私が証明し得たなら、先ず第一にあなたがたの法習――これをあなたがたは神々と祖先から継承し、彼らと同じように容疑内容に関して判決を下すのであるが――のために報復するよう、そして第二には、あの死者のために、と同時に、たった一人後に残された私のために、助けてくださるように。

[4]
 なぜなら、あなたがたは私にとってかけがえのない人たち(anankaios 「必要な」「血のつながった」両意ある)なのだから。というのは、死者にとっては報復者となり、私にとっては援助者となるはずの者、この者たちが死者の殺害者となり、私の訴訟相手として立っているからである。こういう場合、人は援助者として誰の所に赴けばいいのか、あるいは、どこに庇護を求めればいいのか。あなたがたと正義以外に。

[5]
 ところで、この兄には私としてはすっかり驚いているのだが、いったいどんな考えを持って私に対する訴訟相手となっているのか。母親を裏切らないこと、それが敬虔なことだと信じているとしてもである。だが、私の思うには、死者の報復を放棄することの方こそはるかに不敬なことである。とりわけ、予謀の殺意によって心ならずも殺された男のために、わざと殺意を持って殺害した女に対する〔報復を放棄することは〕。

[6]
 しかも、自分の母親が私たちの父親を殺害したのでないことはよくわかっていると、そんなことは彼も言えないはずである。なぜなら、拷問によってはっきりとわかることが彼に出来たときには、これを彼は拒否した。ところが、訊き出すことが出来なくなったときには、そのことにやけに熱心なのである。実際は、私も申し立て(prokalein)ていたこと、このことにこそ彼は熱心であるべきだったのだ。そうすれば、為されたことを真実に提訴できたであろう。

[7]
 なぜなら、人足奴隷たちが同意しなかったら、被告は〔事情を〕よく知った上で弁明もでき、私に対して張り合うこともできたばかりか、彼の母親も、この罪状から解放され得たであろう。しかるに、為された事柄の詮議を拒んだからには、訊き出すことを彼が拒んだ事柄、少なくともその事柄について彼が知っているとどうして認められようか。

[8]
 いったい彼は私に何と弁明するつもりなのか。なぜなら、人足奴隷たちに対する拷問があっては、彼女を救うことは出来ないということをよく知っており、だから拷問にかけられることさえなければ救いがあると考えた。すなわち、生起したことが、後者の場合には、見えなくなると彼らは思ったのである。されば、よく知っていると称して厳粛な誓いを立てることがどうしてできようか。本件に関して最も公正な拷問を適用することに私が乗り気なときに、はっきりと訊き出すことをかれは拒んだのである。

[9]
 ひとつには、この者たちの人足奴隷たちを拷問にかけることに私が乗り気であったのは、彼らが関知していたからである――以前にも件の女が、つまりはこの者たちの母親が、私たちの父親に毒薬で死を工作して、父が現行犯で捕らえ、彼女も否定はしなかったが、ただ、〔毒薬を〕与えたのは殺すためではなく媚薬としてだと主張したということを。

[10]
 こういうことがあったので、私は彼らをそのような拷問にかけることに私は乗り気であったのであり、件の女を糾弾する内容を書字版に書いたのである。そこで、拷問者としては彼ら自身が私の立ち合いのもとで当たるよう私は命じたのだが、それは、私があらかじめ尋問しておいた内容を〔人足奴隷たちが〕強制されて述べないようにするためであって――私としては書字版にしたためた内容を用いるだけで満足だったのだ。実にこれこそが、私が父親の殺害者を起訴したのが正当であり義にかなっているという、私の公正さの証拠となる――だが、もしも、連中が否認するなり、一致しないことを言うなりしたら、〈拷問が〉生起した事実をして告発せしめることになろう。拷問は虚偽を言おうとたくらむ者たちにも真実の告発をさせるからである。

[11]
 実際のところ、わかりきったことではあるが、被告たちが私の所にやってきて、父親の殺害者を私が訴え出るということを自分たちに告げられるやいなや、自分たちのところの奴隷人足たちを喜んで差し出しているのに、私が受け入れることを拒んだとしたら、それこそ、彼らがこの殺害に罪がないということの最大の証拠として提示したことであろう。しかるに実際は、片や、私は自らが拷問者となるつもりでいながら、片や、他ならぬ彼らに私に代わって拷問するよう命じたのは私に他ならないから、私からすればこれこそ、同じ道理で、その殺害に彼らが有罪であるということの証拠となるのは、もちろん当然である。

[12]
 なぜなら、彼らが拷問にかける気があるのに、私が受け入れなかったとしたら、彼らにとってはそれが証拠になったはずだからである。だから、これと同じことを私にも帰結させていただきたい。本件の詮議を私が進んでする気でいるのに、彼らが与えることを拒んだのだからである。だから、私としては恐るべきことだと思われるのである――もしも、彼らがあなたがたには自分たちに有罪判決を下さないようにと要請を求めながら、自分たちの人足奴隷たちを拷問に渡して裁き手となることを、自分たち自身には求めないとすれば。

[13]
 さて、以上のことに関しては、為された事柄を明白に訊き出すことから彼ら自身が逃げたということに不明な点はない。すなわち、自分たちの悪事が自らのものであることが判明するのを恐れた結果、それが沈黙のまま・拷問されぬ〔不分明の〕ままにされることを望んだのである。いや、〔それを望んでいるのは〕あなたがたではなく、諸君、私としてはわかりきったことだが、むしろあなたがたは明らかにされるであろう。そこで、この点はここまでにしておこう。だが、過去の出来事については、あなたがたに真実を陳述してみよう。そうすれば、正義が導いてくれるであろう。

[14]
 私たちの家にはちょっとした上階があり、これをピロネオスは――彼は生まれも育ちもいい人物で、私たちの父の友であったが――、市内ですごすときはいつも利用していた。また彼には妾がいて、これをピロネオスは遊女屋に置くつもりでいた。ところで、この女〔妾〕と兄の母親〔継母〕は友情をかわしていた。

[15]
 そこで、〔妾が〕ピロネオスに不正されかかっているのを〔継母は〕知って、ひとをやって呼び寄せ、〔妾が〕やってくると、自分も私たちの父親に不正されていると彼女〔妾〕に言ったのである。そこで、聴従する気があるなら、彼女〔妾〕にはピロネオスの愛情を、自分には私の父を、取り戻せる方法があると言い、それを発見したのは自分だが、彼女の手助けが必要だと称した。

[16]
 そして、自分に従う気があるかどうか彼女に質し、彼女もすぐに引き受けたのだ、そう私は思う。
 その後、たまたまピロネオスにはペイライエウスでゼウス・クテシオス(家産の守護神)に神事を執り行う機会があり、私の父の方はナクソスに出航することになっていた。そこで、ピロネオスに最美だと思われたのは、ペイライエウスまで同道して自分の友である私の父を見送りに行くついでに、神事を執り行ってあの神を祭ることも同時にやってしまうことであった。

[17]
 そこでピロニオスの妾は供犠のためについていった。そして、ペイライエウスに着くと、当然のことながら、供犠を捧げた。そして、彼によって神事が執り行われた後、このときになってその女は彼らにどうやって毒薬を盛ったらいいのか思案した。晩餐の前にか、それとも、晩餐の後にか。かくして思案の結果、晩餐の後に盛るのが最善だと彼女に思われた。それはこのクリュタイムネストラの指示にも従うものであった。

[18]
 しかし、この晩餐についてその他のことを語るのは、陳述する私にとっても、これを聞くあなたがたとっても冗長となろう。むしろ、残りのことを、つまりいかにして毒薬が盛られたかを、できるかぎり手短にあなたがたに陳述することにしよう。
 すなわち、彼らは晩餐をし終えた後、当然のことながら、一方の者はゼウス・クテシオスに供犠を捧げて他方の者を歓待し、他方の者は出航することになっていたので自分の仲間のところで晩餐に与り、自分たちのために〔三度〕献酒するとともに乳香を振りまくつもりでいた。

[19]
 そこでピロネオスの妾は献酒を注ぎながら、彼らが決して成就することのない祈りを捧げている間に、諸君、毒を注いだのである。と同時に、利口なことをしている気になって、ピロネオスに多くを盛ったのは、おそらくは、多くを盛れば、それだけ余計にピロネオスに愛されると思ったからであろう。というのは、ひどい状況に陥ってしまうまでは、彼女は私の継母にだまされているとはまだ気づかなかったのである。そう言うわけで、私たちの父には少しを注いだのである。

[20]
 さて、彼らは献酒を終わると、自分たちの殺害者に手をかけながら、最期の一服を飲みほした。するとピロニオスはすぐさまその場で死亡し、私たちの父は病にかかって、これがもとでやはり20日後に亡くなった。その代償に、役務して手を下した女は、元凶ではなかったのに、相応の報いを受けた――つまり刑車にかけるため処刑吏に引き渡された――、他方、元凶であるばかりか、発案した女の方も、〔報いを〕受けるであろう、あなたがたおよび神々がその気になれば。

[21]
 それでは、あなたがたにお願いしようとしていることが、兄よりも私の方がどれほど義しいか、考察していただきたい。私の方は、死者のために、つまり不正された者のために、あなたがたが常に報復者となるよう求めているのである。しかるに被告は、死者については――あなたがたからの憐憫にも救済にも報復にも与る資格があり、天寿を全うする前に、決してあってはならない者たちによって無神的・無惨に人生を後にしたのに――、あなたがたに何も懇願しようとはしないくせに、

[22]
 人殺しをした女のためには、不法・不敬・無効・聞き届けられぬことを神々にもあなたがたにもお願いしようとして、悪巧みをしないよう彼女が自分を抑えられなかった犯行に対して報復しないようあなたがたにお願いしているのである。だがあなたがたは、人殺しの救済者ではなく、殺意によって殺害された者たち〔の救済者である〕。しかも、彼らが殺されたのは、決してあってはならない者たちによってである。したがって、もはやあなたがたにかかっているのは、正しく判別することであり、これをあなたがたは現に実行されるであろう。

[23]
 しかし、被告は自分の母親のために、彼女が存命であり、夫を果てさせたのは思い設けず心神耗弱のためという理由で、あなたがたを説得できればだが、不正行為の償いをしなくてもすむようにとあなたがたにお願いしようとしている。だが私は、私の死んだ父のために、何としてでも〔彼女が〕償いをするようにあなたがたに要請する。またあなたがたは、不正した者たちが償いをするよう、そのためにこそ裁判官となっておられるのであり、そう呼ばれているのである。

[24]
 そして私が訴えているのは、〔彼女が〕不正行為の償いをし、私たちの父親とあなたがたの法習のために報復するためである。私をあなたがた皆さんが援助するのは、彼女にとって現に価値あることなのである。私の言っていることが真実ならば。しかるに被告の方は逆で、法習を無視した女が不正行為の償いをしなくてすむように、彼女の援助者として立っているのである。

[25]
 はたして、どちらがより義しいであろうか――殺意を持って殺害をした者が償いをするのと、しないのと。いったい、どちらの人を嘆くべきであるのか――死んだ男と殺した女と。私は死んだ男の方をだと思う。というのも、神々の前でも人間たちの前でも、その方があなたがたにとってより義しくより敬虔なことになるからである。だから、先ほどから私は主張しているのである――夫を情けも容赦もなくこの女が破滅させたように、そのようにこの女もあなたがたと正義とによって破滅すべきだと。

[26]
 なぜなら、彼女が殺したのは故意に死を策謀してだが、彼が死んだのは、心ならずも力ずくによってなのだからである。いったい、どうして力ずくで殺されたのでないことがあろうか、諸君。少なくとも彼はこの地から出航しようとして、自分の友のもとでいっしょに食事をしていた。しかるにこの女が毒薬を送りつけ、あの女に命じて盛らせて飲ませ、私たちの父親を殺したのである。いったい、どうして、この女に同情したり、私たちからにせよ他の誰かからにせよ、慈悲に与らせたりする必要があろうか。自分の夫を哀れもうともせず、不敬・恥知らずに破滅させたような女である。

[27]
 かくのごとく、哀れむのがよりふさわしいのは、むしろ心ならずも受難した者たちの対してである。故意に、つまり殺意を持って不正し過ちを犯した者たちに対してよりは。そして、彼を彼女が、神々をも英雄たちをも人間たちをも憚らず、恐れもせずに破滅させたように、そのように彼女もあなたがたと正義とによって破滅させられ、あなたがたからの慈悲にも憐憫にも遠慮にも何一つ与らないのが、最も公正な報復に与ることになるのである。

[28]
 しかるに私が驚くのは、兄の悪辣さと精神である。〔母親が〕事を起こしたことはないということを〔自分は〕よく知っていると、母親のために宣誓供述するとは。いったい、どうして、自分が遭遇したのでもないことをよく知っている人がありえようか。むろん、隣人に死を策謀する者たちは、証人たちの前で工作し企むということはなく、可能なかぎり隠密裡に、人々の誰にも知られないようにするのである。

[29]
 そして策謀される者の方は何も知らず、気づいたときには、すでに災いのただなかに立たされ、自分の置かれた破滅を自覚するにすぎない。だがその時には、もしも、死ぬ前に可能であり余裕があれば、自分自身の友たちをも血縁者たちをも呼び寄せて証言し、自分の破滅の張本人たちを彼らに告げ、不正された自分に代わって報復するよう遺言するのである。

[30]
 まだ子どもだった私にも、父は致命的な最期の病に伏していたが、遺言したのである。だが、もしもこれをし損じた場合には、文書を書き記し、自分自身の家僕を証人として呼び寄せ、誰のせいで破滅するのかを明らかにするであろう。父もこれを明らかにし伝言したのであるが、まだ若かったけれども私にであって、諸君、自分の奴隷にではなかったのである。

[31]
 さて、私の陳述は以上であり、死者と法のための擁護も以上である。そこであなたがたに残るところは、あなたがた自身で考察し義しい判決を下すことである。また、地界の神々も、不正された者たちのことを気にしておられると私は思う。
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