アッポロニオス『驚異譚』

[底本]
TLG 569 a 1
0569
APOLLONIUS Paradox.
(2 B.C.?)
1 1
0569 001
Historiae mirabiles, ed. A. Giannini, Paradoxographorum Graecorum
reliquiae. Milan: Istituto Editoriale Italiano, 1965: 120-142.
(Cod: 2,399: Paradox.)





"t"
アポッロニオスの『驚異譚(Historiai Thaumasiai)』

"x*"
 ボーロス(Bolos)の<欠損>。

第1章
 [1]クレーテー人エピメニデースは、言われているところでは、父親と父親の兄弟たちとに、家畜(ヒツジ)を町へ連れ帰るために野に使いにやられた。夜が彼をとらえたので、仕事を中断し、〔以来〕57年間、眠りに落ちたという。他に多くの人たちが述べ来たったことだが、さらにはテオポムポスも、『歴史』の中で諸地方の驚異譚に言及して〔述べている〕ところである。
[2]
 〔エピメニデースが眠っている〕その間に、エピメニデースの家族は亡くなったが、彼は眠りから覚めて、自分が使いにやられた目的の家畜を探したが、見つけられぬまま野を旅し — 自分が眠りについたと思われたその同じ日に目覚めたと彼は解していたのだ — 、野生化していたのをつかまえ、変わりはてた用具をも町に持ち帰った。そして家に入って、そこですべてを — 自分がどれくらい姿をくらましていたかをも — 知ったのである。
[3]
 テオポムポスの主張によれば、クレーテー人たちは、彼〔エピメニデース〕は157年間生きて亡くなったと言っている。
[4]
 この人物については、他にも少なからぬ意想外なこと(paradoxa)が言われている。

map1.jpg

第2章
[1]
 またプロコンネーソス人アリステアスは、プロコンネーソス〔右図2〕の洗い張り場で命終したが、その同じ日時に、シケリアで文字を教えているところを、多くの人たちに目撃されたと記録されている。
[2]
 ここから、彼にはしばしばそういったことが起こり、多年の間に〔そういったことが〕有名となり、シケリアでは〔そういったことの〕出現がさらに度重なったので、シケリア人たちは彼のために神殿を建造し、半神として供犠を捧げた。
 〔Hdt.IV_13〕

第3章
[1]
 クラゾメナイ〔右図8〕人ヘルモティモスについては、次のような伝説が語られている。すなわち、言い伝えでは、彼の魂は身体(soma)から遊離して、多年にわたって遊行し、諸地方に現れ、将来何が起こるかということ — 例えば大雨や渇水、さらには地震や疫病やそれに類したこと — を予言し、肉体(somation)が横たわっている間、魂の方はしばらくしてから、あたかも外被の中に〔入ってゆく〕ように入ってゆき、その身体(soma)を目覚めさせるのである。
[2]
 彼がこういうことをすることしばしばで、彼〔の魂〕が出かけようとするときは、市民もほかの人間も誰一人、〔自分の〕肉体に触れことのないよう、女(gyne)が彼に頼まれていたのだが、家に入ってきた一部の信者たち(ekliparesantes)は、小女(gynaion)が動かないヘルモティモスを裸のまま地面に横たえているのを眼にした。
[3]
 そこで彼らは、火をとって彼を焼いた。魂がその場にあっても、もぐりこむべきところをもはや持たず、完全に生を失った — まさにそういうことが起こったと信じたのだ。
[4]
 かくてヘルモティモスをクラゾメナイ人たちは今に至るまで崇拝し、彼の神殿を建造したが、ここに女が入れないのは、先に述べた理由による。

 〔以上、クレーテー人エピメニデース、プロコンネーソス人アリステアス、クラゾメナイ人ヘルモティモスについては、ドッズ『ギリシア人と非理性』邦訳 p.174-180を参照せよ〕

第4章
 ヒュペルボレオイ人の出身のアバリスは、みずからも占ト者(theologoi)の一人であったが、諸地方を遍歴して、託宣をも書いた、それが今まで伝存している。この人物もまた地震や疫病や近くのことや天界に起こることを予言した。
[2]
 言われているところでは、この人物はラケダイモーンに現れて、神々に厄除けの犠牲(kolyteria)を供犠するようラコーン人たちに述べたという、それによって、以後、ラケダイモーンには疫病が起こったことがない。
 〔Hdt. IV_36 参照〕

第5章
[1]
 ペレキュデースに関することでは、ほぼ次のようなことが記録されている。シュロス島〔右上図11〕で、あるとき、喉が渇いたので、知己のひとりに1杯の飲み水を所望し、飲み終えると、3日後にこの島に地震が起こるだろうと言った。はたしてその通りになって、彼は大いに好評を博したという。
[2]
 また、サモス〔右上図10〕のヘーラ神殿に旅したとき、船が港に入ろうとしているのを眼にして、同行の人々に、〔あの船は〕港の中に入ることはできまいと云った。さらに彼が話していると、雷雲が巻き起こり、結局、その船は海の藻屑となったという。

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第6章〔アリストテレース断片(R3)191〕
[1]
 これらの人たちの後継者となったのは、ムネーサルコスの息子ピュタゴラスで、初めのうちは数学や数に関して研鑽を積んだが、後には、時としてペレキュデースの不思議な業(teratopoiia)をも敬遠しなかった。
["2a"]
 というのも、メタポンティオン〔上図12〕で、荷を積んだ船が入港しようとし、居合わせた人たちが、その積み荷のために、それが無事に上陸するよう祈っていたとき、この人物がそばに立っていて云ったという。「そのうち死体をこの船が運んでくることがあなたがたにわかるであろう」。
["2b"]
 またカウローニア〔上図19〕においても、アリストテレースの主張では<欠損>彼について他にも多くのことを書いて言っているが、テュッレーニア〔上図2〕でも、彼〔アリストテレース〕の主張では、致命傷を与える蛇が咬んだのを、彼自身が咬んで殺したという。
["2c"]
 さらに、ビュタゴラス学徒たちに対する党争(stasis)が起こることも予言した〔前5世紀半ば、反ピュタゴラス勢力により、クロトーン〔上図18〕のピュタゴラス派会合所(synedria)が焼き討ちに遭い、ピュタゴラス派の主要な人物の多くが失われた。(Polybius, Histor. II.39.1-4)〕。だからこそ、誰にも目撃されることなく、メタポンティオン〔上図12〕に退去したのである。
["2d"]
 また、他の人たちといっしょにコサス地方の川〔ラティウム地方の小河、フルシノFrusino 〔ローマの南西〕の近くを流れる。〕を渡っていて、人間離れした大音声を聞いた、「ピュタゴラス、ようこそ」。居合わせた人たちは恐れおののいたという。
["2e"]
 ある時には、同じ日時に、クロトーン〔上図18〕にもメタポンティオン〔上図12〕にも現れた。
["2f"]
 ある時には、劇場に座していたのが立ち上がり、アリストテレースの主張では、自分の太股が黄金になっているのを、着座している人たちに示した。この人物については他にもかなり意想外なことが言われている。けれども、わたしたちは書き写しの仕事をしたくないので、この人の言葉〔話〕はやめにしよう。

第7章
 アリストテレースが『自然学の諸問題』〔Cf.『問題集』929b、967b〕の中で、オオムギを植えることに携わっている人たちは、コムギに従事している人たちよりも、身体的にみて顔色が悪く、カタルに罹っているという。

第8章
[1]
 アンドローンは『ピリッポスのための供儀』第4巻のなかで。アッティケーのハシボソガラス(kolone)でアクロポリスに入りこむものは一羽として見られない。
[2]
 それはちょうど、〔キュプロス島の〕パポスにあるアプロディーテー〔神殿〕の扉口には、飛来するハエは一匹もいないのと同じである。

第9章
[1]
 またアリストテレースは『自然学の諸問題』〔Cf.『問題集』864b、884a〕の中で主張している。日に1食主義の人たちは、日に2回食事をとる人たちより、きつい性格を有する。

第10章
 またテオポムポスは『驚嘆すべきことども』の中で、オリュムピア競技の祝祭の間、多数のトビたちが〔空に〕輪を描きながら、ほかの肉は引き裂くけれども、犠牲の供物には触れないでいるという。

第11章
 またアリストテレースが『異邦人の法習』のなかで。カリアのラトモンにはサソリがいて、このサソリは外国人たちを刺しても大した不正〔=害〕は与えないが、地元民たちはたちどころに死なせる。

第12章
 バビュローンのほとりのエウプラテース河の渡し場には小ヘビがいて、外国人たちは刺すが、土地の者たちには不正〔=害〕を与えない。

第13章
 諸地域の神話伝説のなかで<欠損>、ハリカルナッソスにおいては、ゼウス・アスクライオス〔アスクラ〔ボイオティアのヘリコン山麓〕にましますゼウス〕に供儀が勤行されるとき、ヤギの群れが神殿前に連れ来られ佇む。そして、祈る者たちが勤行を始めると、1頭のヤギが、誰にも導かれないのに歩み出て、祭壇に近づいて行く、そしてこの犠牲〔獣の肉片〕を手に入れた者に吉兆をあらわすという。

第14章
 ピュラルコス〔前3世紀のギリシア史家〕が『歴史』第8巻の中で主張しているところでは、アラビア湾に湧き水あり、この水を足に塗りつけると、たちまち恥部がひどく緊張し、ある人のはまったく収縮することなく、ある人のは、たいへんな悪症状と看護の後に安定するという。

第15章
 またキオス(Chios)人スキュムノスの言によれば、ブレッタニア島は周囲4万スタディオンあり、この島に産するものは核なしになるという、例えば、オリーブは核を持たず、ブドウの房やこれに同類のものも種子を持たないという。

第16章
Thapsiagarganica.jpg  またテオプラストスが『植物について』という研究の中で、タピシア〔学名"Thapsia garganica"、右図〕の根 — 医師たちが用いる — は、肉といっしょに煮ると、多数のものがひとつになり、容器からもはや引き剥がすことができなくなるほどになるという。
 〔HP. IX_18.2。Plin.27_42;25,67 参照〕


第17章
[1]
 クテーシアスの主張では、インドイ人たちのところには、"parebon"と呼ばれる樹〔学名"Ficus religiosa"、サンスクリット語で「ピッパラ(pippala)」、つまりインドボダイジュである〕があるという。この樹は、自分に接近するものを何でも、例えば金、銀、錫、銅、その他どんな金属でも引きつけるという。
[2]
 さらには近くに飛来するスズメも引きつける。
[3]
 この樹がもっと大きくなると、ヤギでも家畜〔ヒツジ〕でも同じ背丈の生き物でも〔引きつける〕。

第18章
 ピュラルコスが『歴史』の第20巻の中で主張しているところでは、インディケーから白い根がもたらされたが、これを水といっしょに砕いて、足に塗布すると、膏薬をつけられた者たちは性交をを忘れ、宦官のようになる。それ故、さらにまた、未成熟なうちに塗りこめられると、死ぬまで勃起することがない。

第19章
 また人文学者(kritikos)のヘーラクレイデースが『ヘッラスにおける諸都市について』の中で主張しているところでは、ペーリオン山〔テッサリアのマグネシア半島、オッサ山に続く森林山地〕には実の成るアカンタ(akantha)が生えるが、この実をオリーブ油および水といっしょにすりつぶして、冬の間、自分のであれ他人のであれ、身体に塗りこめると、寒さを感じなくなる。

第20章
 またクテーシアスは『ペルシア誌』の第10巻の中で、カスピア地方にラクダの一種がいる、これの毛の柔らかさは、ミレートスの羊毛に匹敵する、神官その他の権力者たちはこの毛を使った衣裳を身につけるという。

第21章
 また観察されていることのひとつに、動物のうち双蹄類は後肢にアストラガロス〔距骨〕を有するというのがある。アリストテレースはその理由 — なにゆえ後ろ肢であって、前肢でないのか — を、『自然学の諸問題』の中で説明している。すなわち、自然は何ものをも無駄にはつくらなかったからである〔この語は、『動物進行論』第8巻(708a)にある〕。
 〔アストラガロス(astragalos)とは、「くるぶしの間にある距骨(talus)であるが、動物によって形はさまざまである。反芻類では対照的な両凸型で、古代のさいころにされたものであるが、他の動物では不整形である。アリストテレースは両凸型の、さいころにされるようなもののみを「アストラガロス」と呼んだ」(『動物誌』第2巻1章(499b)、島崎註(35)。
 なお、アストラガロスがなにゆえ後ろ肢にあるのかについては、『動物部分論』第4巻10章(690a)に述べられている。〕

第22章
 また有角動物のうち放屁をするものはいないということも、動物界に見受けられることである。この理由をもアリストテレースは『諸問題』の中で説明している。
 〔『問題集』第10巻44〕

第23章
 さらにまた驚くべきことは、太陽はわれわれを〔日焼けで〕焦がすのに、火はまったくそういうことがないということ、また、金剛は火にかけられても熱くならないということ、また磁石は、昼間は〔鉄を〕引きつけるが、夜間はほとんどまったく引きつけることがないということである。
 〔前半は、『諸問題』第38巻7-8章〕

第24章
 ロドス人エウドクソス〔歴史家、盛時 225-200 BC?〕の主張では、ケルタイ地方には、昼間は目が見えず、夜間は目が見えるという民族がいるという。

第25章
[1]
 アリストテレースが『酩酊について』の中で。アルゴス人アンドローン〔DL. IV_3, IV_4〕は、彼〔アリストテレース〕の主張では、全生涯にわたって塩辛いものや乾燥したものを多く食べたが、渇きを覚えることなく、飲酒せずに過ごした。
[2]
 さらに、〔アンドローンは〕2度、砂漠[の道]を通ってアムモーンに旅したが、乾燥した碾き割り大麦(alphita)を食べ、汁を寄せつけなかった。また生涯通じてそうした。
 〔アリストテレース断片(R3)103〕

第26章
 またアリストテレースが『生と死について』〔『自然学小論集』中「青年と老年について、生と死について」第17章その他で〕という書の中で主張しているところでは、カメは心臓をとられても生存するという。陸生・水生いずれかを彼は規定しなかった。

第27章
 アリストテレースが『動物論』〔散佚〕の中で — というのは、彼には二つの研究があり、ひとつは『動物誌(peri zoion)』、ひとつは『動物論(peri zoikon)』である — 。死滅する人たちは、彼の主張では、長期の闘病生活で、患者たちが命終しようとする場合、死滅するのは頭部においてではなく、頭部は枕の上に置いているのが見出せる。
 〔文意不明。『自然学小論集』中「呼吸について」第17章。死滅はすべて熱のある種の欠乏によって起こる。その熱は、有血動物では心臓にある。老人は、長期間の生活によって、内部の熱が消尽されるため、微細な影響によっても速やかに死ぬ云々とある。  死は、脳においてではなく、心臓の停止によって起こる、というこのことを言っているのか?〕

第28章
 アリストテレースが『動物論』の中で。彼の主張では、耳の中の垢(rhypos)は、〔通常は〕苦いが、長い闘病生活のうちに[命終しそうな場合は]甘くなる。このことは、彼の主張では、多くの人たちに生じることが観察されている。さらに、それがそうなる理由を、『自然学の諸問題』の中で説明している。
 〔『問題集』第32巻4(960b)〕

第29章
aristolochia_clematitis.jpg  テオプラストスが『植物について』という研究の中で。彼の主張では、子宮が脱出した場合、水に浸したアリストロキア〔Aristolochia,学名"Aristolochia clematitis"(右図)〕を何日も注ぎこまれる。
 〔Hp. IX_20,(13も)〕


第30章
parietaria_officinalis.jpg  また音楽家のアリストクセノスが主張するには、四日熱にかかった者は、ヘルクシネー〔学名"Parietaria officinalis"右図〕 — オリーブといっしょにすりつぶされ、発作の前に擦りこまれたの — が、症状をまぬがれさせるという。


第31章
 テオプラストスが、『植物について』〔HP. IX_17.4〕という書の中で。家畜〔ヒツジ〕は、と彼は主張する、ポントスにいるやつは、アプシンティオン〔ニガヨモギ(Artemisia Absinthium)。いわゆる「アブサン酒」の原料であるが、中毒性が強いため、多くの国で製造が禁止され、現在出まわっているものはニガヨモギを含まないという〕を食べるので、胆汁(chole)をもたない。

第32章
 テオプラストスは、『植物について』〔HP. IX_8?〕という書の中で、インドイ人たちのところには、エレビントス(Cicer arientinum)もパコス(Ernum Lens)もキュアモス〔Vicia Faba、ピュタゴラス学派が忌避した豆類〕も生えないと〔いう〕。

第33章
 さらにテオプラストスは、『植物について』第7巻の中で〔HP. VIII_4.5〕、バクトリア地方[街道]の村々では、コムギ(Triticum vulgare)の育ちがあまりにもよくて、核(pyren)の大きさがオリーブほどもある。

第34章
 同じ哲学者が。オリュントスや〔エウボイアの〕ケーリントスの土が混ぜられると、彼〔テオプラストス〕の主張では、これが〔食糧としてのコムギの質を悪くするが〕穀物の育ちを見た目によりよくさせる。〔HP. VIII_11.7〕

第35章
 さらにまた次のことも観察されている — 妊娠した女たちは、夫に似た子を楽々と、難産に遭うこともなく出産する。このことはアリストテレースも『歴史』の第14巻の中で述べている。
 〔親子の類似については、『動物発生論』第4巻3章で長々と述べているが、一致するような発言内容はない。〕

第36章
[1]
 ソータコスが『鉱石について』という書の中で。カリュストス石〔カリュストスは、エウボイア北端、オケ山中腹の都市〕と言われる鉱石は、彼〔ソータコス〕の主張では、純毛・綿毛状の自然本性を有し、これから紡がれて手巾が織られる。
[2]
 さらにまたこの石から灯心をも縒りあわせるが、〔これで作った灯心は〕点火されて光を放っても、燃え尽きることがない。
[3]
 汚れた灯心の洗濯は、水によって行われるのではなく、小枝が燃やされ、このときまた灯心が〔火に〕あてられる、すると汚れが落ち、〔灯心の〕本体は火によって白く清浄になり、ふたたび同じ用途に役立つようになる。
[4]
 かくて、灯心はいつまでたっても消尽することなく、油をさされば燃えつづけるのである。
[5]
 さらにまた燃える灯心の臭いは、てんかん患者かどうかをも審査する。
[6]
 この石はカリュストス — その名を得ているのもここに由来する — にも産するが、キュプロスには多く、〔??? わたしの力では訳せない — ゲランドロンから[下って]だいたいソロイの方角に、エルマイオス河下流の岩場の左手に???〕〔産する〕。
[7]
 また、満月の時には増大し、お月さんがかけると、この石も減少する。
 〔Strab. X_1(6) 参照〕

第37章
 アリストテレースが『自然学の諸問題』の中で。膨張したものら〔"kyrtos"?〕の深い吸気(anapnoe)は、口を通して出て行く。それがそうなる理由をも彼は説明している。
 〔文意不明。『自然学小論集』中の「呼吸について」第21章(480a)を説明したものか? すなわち、曰く —
 「呼吸は、栄養の根源である熱分が増大することによって起こる。……〔熱分が増大すると〕必然にその器官は膨張せねばならぬ。……そしてそれが膨張すると、必然にその周囲の部分までが膨張する。……すなわち胸が膨張すると、……必然に冷たい外部の空気がはいりこんで行き、それが冷たくあり、かつ冷却の用をするので、火の過多を消さねばならぬ。……それが減退すると、必然に〔胸は〕収縮せねばならぬ。そしてそれが収縮すると、入って来た空気は再び出て行かねばならぬ。……して空気が入りこむことが吸い込み(anapnoe)と呼ばれ、それが出て行くことが吐き出し(ekpnoe)と呼ばれる。そして実にこの運動は動物が生きていてこの部分を絶えず動かす間は、常に絶えず行われる。そして生ということが〔空気の〕吸い込みと吐き出しにおいてあるのはこの故である」。〕

第38章
 クニドス人エウドクソス〔c390-c. 340 BC、数学者・天文学者〕『大地の周遊』第7巻の中で。リビュエーにはおびただしい数の民族がおり、これはシュルティス〔カルケードーンとキュレーネー間に挟まれた広大な湾、現在のガベス湾とシルテ湾をあわせた湾岸〕とカルケードーンより上〔北?〕の海岸地帯に住んでいて、ギュザンテスと呼ばれる。この人たちは、諸地方の花を集めて多量の蜜のようなものを作る技術を仕事として、ミツバチによって作られるようなものがつくられる。

第39章  アリストテレースが『解剖学』〔散佚〕の抜粋の中で主張している。〔キュプロスの〕パポスにいるヘビは、陸生大トカゲに類似した2本の足を有しているのが見受けられる。
 〔『動物誌』第2巻17章、島崎註18参照。"Varanus monitor"や"Varanus stellio"の類という〕

第40章
[1]
 音楽家のアリストクセノスが『完徳者の生活』の中で主張するには、彼がイタリアで遭遇したことだが、同じ時機に受難がおこり、そのなかで女たちをめぐって生じたことも奇妙なひとつあったという。すなわち、そういった女たちが脱魂情態となり、その結果、誰かが聴従するよう命じたかのように、時々座りこみ、食事をし、あげくのはてに手がつけられなくなって脱走し、国外に走り出たという。
[2]
 そこで、ロクロイ人たちやレーギノイ人たちが神託のおうががいをたてたところ、春の讃歌(パイアン)を[12篇]60篇を歌うべしと神が告げた。ここから、多数の讃歌作家(paianographos)たちがイタリアに輩出することになったという。

第41章
Acontium_anthora.jpg  テオプラストスは、『植物について』第8巻の中で、サソリ草(Aconitum Anthora) — 「女殺し(thelyphonon)」とも呼ばれる — はサソリたちに押しつけられると、すぐにサソリをひからびさせる。〔HP. IX_18.2; Plin. HN. 25_12.2 参照〕


第42章
 観察されていることのひとつに、瘢痕形成しがたい傷ができるのは、妊娠したり脾臓病にかかった女たちや、静脈瘤(kirsos)のできた — 大腿に精系静脈瘤(ixia)のできた — 男たちや女たちであるというのがある。

第43章
 テオプラストスが『植物について』の中で。キリキアのピナロスと呼ばれる河 — アレクサンドロスとダレイオスとの戦闘が生じたところ〔前333年、イッソスの戦い〕 — の河畔にあるソロイ市のあたりでは、ザクロ(rhoa)〔Punica granatum〕は核なしになる。総じて、アイギュプトスの〔ザクロの〕実〔タネ〕(kikkos)は葡萄酒のような味(oinizon)を有する。
 〔HP. II_7〕

第44章
 アリストテレースが『動物について』という書の中で。ミツバチは、彼の主張では、針を失うと死ぬ、ミツバチたちは〔仲間の死体を〕巣の外に運び出す。
 〔『動物誌』第9巻40章(626a)、Plin.XI_10参照〕

第45章
Galanthus_navalis.jpg  レウコイオン〔学名"Galanthus nivalis"上図〕の花や花冠のために、夜中提灯をともしておくということも観察されることのひとつである。それは、春までにこれらの花がしおれないためである。こんなことをするのは、花冠の編み手たち(stephaneplokoi)である。
 〔Cp. HP. VI_8.1。レウコイオンは春一番に咲く花とされる。咲く時季をさらに早めようとしていると考えられるので、アポロニオスの解釈は間違いであろう〕


第46章
[1]
 テオプラストスが『植物原因論』の第5巻〔CP. V_15.1〕の中で主張しているところによれば、豆類のさや(kelyphia)は、樹木の根のまわりに置かれると、その作物をひからびさせるという。
[2]
 また家禽類も、続けざまにこれを食うと、不妊となる。
[3]
 じつにこの故にこそ、そしてまたおそらくは他の理由によっても、ピュタゴラス派の人たちは豆を用いることを禁止していた。というのも、鼓腸〔胃腸内にガスがたまること〕、消化不良、さらには混乱した夢をわたしたちに作りこむからである。

第47章
 トリュフ(hydna)〔Tuber cibarium〕は、雷が続くと、にがくなると、テオプラストスが『植物について』の中で述べている。
 〔出典箇所不明〕

第48章
 テオプラストスは『植物について』〔HP. IX_11.11〕という書の中で主張している。油草(libanotis)〔Lactuca graeca〕は、着物(himation)といっしょに置いておかれると、イガの小虫(ses)の発生を防ぐ。
 〔イガの小虫(ses)については、アリストテレース『動物誌』第5巻32章(557b3)島崎註「Tinea pellionella, T. tapetzella, T. sarcitella 等のイガ類の幼虫」とある。
 いずれにしても、羊毛製品に発生する寄生虫であるから、着物(ヒマティオーン)が羊毛から作られていることがわかる。当時、肌触りのよい木綿製品は高級品だったのであり、もっと肌触りのよい絹製品は、願っても得られない最高級品だったのである。〕

第49章
[1]
 留意にあたいする[ことが述べられている。]のは、テオプラストスが『入神情態について(peri enthousiasmou)』という書の中で云っていることである。すなわち、この人が主張するには、音楽は魂や身体に関して生じる受難の多くを、例えば、卒倒、恐怖、長期にわたってつづく精神の錯乱(ekstasis)などを癒すという。すなわち、彼の主張では、吹笛は、座骨神経痛をも癇癪をも癒すのである。
[2]
 例えば、音楽家アリストクセノス — 彼は妹パシピレーの占いの部屋を用いるのだが〔???〕 — のもとを訪れた人を、[この音楽家は]テーバイで、ラッパの音によって一種忘我情態にさせたと言われている。すなわち、〔ラッパの音を〕聞いて絶叫したあまり、不格好なふるまいにまで至らせたというのである。とすると、戦争の時でも、かりにラッパを吹いたとしたら、狂乱してはるかにひどい目に遭うことになろう。
[3]
 そこで、この人を少しずつ笛に近づけ、人が云うところでは、手引きによってラッパの音にも辛抱できるようにさせたという。
[4]
 こうして、吹笛は、身体のある部分が苦痛8algema)の情態にあっても、手当てできる。〔すなわち〕身体が笛の音に聞きほれながら、その吹笛をして最低でも5日間続けさせよ、そうすれば、第1日目か第2日目にもすぐに肉体的苦痛(ponos)は減少するであろう。
[5]
 吹笛によって行われる〔治療〕は、他の地方においてもそうだが、テーバイにおいてはとくに現在に至るまで、慣行となっている。

第50章
Varatrum_album.jpgHelleborus_cyclophyllus.jpg [1]
 テオプラストスが『植物について』の中で、この研究の最終巻で。彼の主張では、キオス(Chios)人の薬種商エウノモスは、エッレボロス(elleboros)〔白い種(Veratrum album)〔上図上〕、黒い種(Helleborus orientalis)ないし(Helleborus cyclophyllus)〔上図下〕〕を何服も飲んだが、排泄しなかった。またあるときは、彼〔テオプラストス〕の主張では、1日中、同業者たちといっしょになってアゴラに座したまな、22服を摂取し、夕方まで排便に起つこともしなかった。それから帰宅して、いつものように沐浴し、食事をとったが、吐くこともなかった。
[2]
 こんなまねが彼にできたのは、少量から始めて、これほどの多量な服用まで、長年にわたる習慣のせいである。
[3]
 どんな薬の効能も、習慣になった者たちには効き目は弱く、ある者たちには作用さえしなくなるのである。
 〔テオプラストスによれば、この薬種商は解毒剤を用いたとのだという。HP. IX_17.3。エッレボロスについてはPlin.25_47-61〕

第51章
 また留意するにあたいするのは、アリストテレースが『自然学の諸問題』の中で述べている事実である。すなわち、彼の主張では、人間は食べたり飲んだりする行為を、空腹な時と同じ住処で行うという。それがそうなる理由をも彼は説明しようと試みている。
 〔『断片』(R3)232〕

 //END
2002.09.02. 訳了



[画像出典]
Thapsia garganica<http://www.uib.es/depart/dba/botanica/herbari/generes/Thapsia/garganica/>
Aristolochia clematitis<http://erick.dronnet.free.fr/belles_fleurs_de_france/aristolochia_clematitis.htm>
Parietaria officinalis<http://www.flogaus-faust.de/e/parioffi.htm>
Aconitum anthora<http://www.terra.hu/haznov/htm/Aconitum.anthora.html>
Galanthus nivalis<http://www.grzyby.pl/rosliny/gatunki/Galanthus_nivalis.htm>
Veratrum album<http://www.liberherbarum.com/Pn0166fd.htm>
Helleborus cyclophyllus<http://www.gartendatenbank.de/pflanzen/helleborus/010.htm>


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