アリストクレース断片集

[底本]
TLG 0571
ARISTOCLES Paradox.
fiq Aristocles Hist. vel Aristocles Myth.
(3 B.C.?/A.D. 1)
4 1
0571 004
Fragmentum, ed. H. Lloyd-Jones and P. Parsons, Supplementum
Hellenisticum. Berlin: De Gruyter, 1983: 80-81.
fr. 206.
5
Dup. partim ARISTOCLES Hist. (2302 001).
(Q: 62: Epigr.)
5 1
0571 005
Fragmenta, ed. K. M[u]ller, FHG 4. Paris: Didot, 1841-1870:
329-332.
(Q: 768: Hist.)





"t"
Fragmentum

206.
#524〔Fragmenta断片5の詩に同じ〕

 豊穣の女神ダマテール*1よ、御身はシケリア人たちの間に著(しる)けし、
 また、エレクテウス*2の子たちのもとでも、されど、これはいと大いなる業ひとつ
 ヘルミオネー人たちの間に認めらる。すなわち、畜群の中より、巨体の
 牛 — これを男たちは、十人がかりでも扱えぬに、
 これを老女ひとり行きて、耳ひとつ牽きて来る
 この祭壇へと。か〔の牛〕のしたがうこと、あたかも、母に子が〔つきしたがう〕ごとし。
 そは御身のもの、ダマテールよ、その力は御身のものなり。慈しみを賜りますよう、
 そして、ヘルミオネーなる万人の領地がいや栄えますよう。
*1「ダマテール」 — デーメーテール(Demeter)のドリス方言。
*2「エレクテウス」 — アテナイの伝説的な王。アテナイが飢饉に苦しんでいたとき、エジプトからやって来て、小麦の栽培法を教えた功により、王になったという伝説がある。エレクテウスの子らとは、アテナイ人のこと。
Fragmenta
"t1-2"
イタリア誌
第3巻より

断片1
Plutarch. Par. c.25〔311F〕:

 ガイウス・マクシムスはシミリウスとレーススという息子たちを持っていた。これ〔レースス〕は、アメリアによって設けた庶子であった。このレーススは*3、狩りの時に兄弟〔シミリウス〕を殺害し、逃げ帰って、出来事は偶然により、裁きにあたらず、と云った。しかし〔父は〕真実を知って、追放に処した。そのように、アリストクレースが『イタリア誌』第3巻の中に。

*この1文は、TLGのテキストのまま読むと、「これ〔レースス〕は、レーソス人コノーンがアメリアによってもうけた子であった」となり、意味をなさないので、Loebに依って読む。
Quercus coccifera

断片2
同書 同巻 c.41〔316A-B〕:

 テーレゴノス(Telegonos)はオデュッセウスとキルケーとの間にできた子、父の消息を求めて派遣されたが、百姓たちが花冠をかぶって合唱舞踏しているところを見たら、そこに都市を建設すべしと〔の神託を〕知った。そして、イタリアのとあるところにたどりついたところ、野生のプリノス*4の小枝の冠をかぶり、合唱舞踏して楽しんでいる人々を眼にして、都市を建設し、偶然の一致にちなん〔その都市を〕プリニストン(Priniston)と名づけた、これをローマ人たちはもじってプライネストン(Praineston)*5と呼んでいると、アリストクラテースが『イタリア誌』第3巻の中に記録している。

*4「プリノス」 — Prinosは、学名"Quercus coccifera"。樫の木の1種(kermes oak)。この樹に巣くうエンジムシの雌から、赤紫色の染料を採取した。
*5「プライネストン(Praineston)」 — "Praeneste"、現"Palestrina"。ローマの東南東37Km、アペニン山脈の支脈に位置し、多角形の市壁を有する古代都市。建設は神話時代に属し、エトルリア期の埋葬品に富み、前7世紀ころ、当時の有名な都市であったことがわかる。文献には、前5世紀、強力なラテン都市として登場する。
palestrina.jpg
"t3-5"
パラドクサ
3"t"
第1巻より

断片3
Stobaeus Floril. 64, 37:

 アリストクラテースの『パラドクサ』第1巻の中で。生まれはエペソス人の著名人の若者で、デーモストラトスの息子とされるが、真実にはアレースの息子 — この者は、女という種族を憎んでいたので、深夜、父親の畜群の中に駆けこみ、雌ロバと交合した。やがてその雌ロバが妊娠し、このうえなく器量よしの乙女を産んだ。その名はオノスケリア(Onoskelia)、出来事にちなんで命名したのである*6。

*6「オノスケリア(Onoskelia)」 — 意味は「ロバにのしかかって(生まれた)女」とでもなろうか……。

断片4
Schol. Pind. Olymp. VII, 66:

 〔アテーナを生むために〕ゼウスの頭を叩き割ったのは、ある人たちはパラマオーンだと言う。ある人たちはヘルメースだと。ある人たちはプロメーテウスだと。しかしアリストクラテースは、アテーナの誕生はクレーテー島だと推測した。なぜなら、彼の主張では、この女神は雲に隠されたが、ゼウスがその群雲を打ち払ってこの女神を顕現させたというのである。

断片5
Aelian. H. An. XI, 4:

 デーメーテール女神をヘルミオネー人たちは尊崇し、この女神のために彼らが行う供犠は気前よく、しかも豪勢である。そして、その祝祭をクトニア祭(Chthonia)と呼んでいる。とにかく、わたし〔筆者〕の聞いたところでは、最大の牛たちがデーメーテールの女神官によって群から祭壇に連れられてくるのだが、〔牛たちは〕みずからを供犠に差し出すという。これにもわたしは証人としてアリストクレースを挙げよう、彼はどこかで主張している。

 豊穣の女神ダマテールよ、御身はシケリア人たちの間に著(しる)けし、
 また、エレクテウスの子たちのもとでも。されど、いと大いなる業ひとつ
 ヘルミオネー人たちの間に[それと]認めらる。すなわち、畜群の中より、巨体の
 牛 — これを男たちは、十人がかりでも扱えぬに、
 これを老女ひとり行きて、耳ひとつ牽きて来る
 この祭壇へと。か〔の牛〕のしたがうこと、あたかも、母に子が〔つきしたがう〕ごとし。
 そは御身のもの、ダマテールよ、その力は御身のものなり。慈しみを賜りますよう、
 そしてヘルミオネーなる万人の領地がいや栄えますよう。
"t6"
ギガンテースたちについてMentha viridis

断片6
Photius Lex.:

 ミンタ(Mintha)とは、一部の人たちのいう"hedyosmon"のこと*7。言い伝えでは、ハデースの妾が変身したもので、彼女から、エーリスの近くにある境界石も生じたという。しかしゼーノドトスは、ミンタとはイュンクス(Iynx)*8のことで、ペイトー(Peitho)の娘にして、ニュムペーのナイアス(Naias)のことだと、一部の人たちによって言われているという。しかしアリストクラテースは『ギガンテースたちについて』の中で、この植物は軽蔑されていたが、実の多さが発見されたことから、彼女にまつわる神話がつくりだされたのだという。

*7「ミンタ(Mintha)」 — "hedyosmon"〔よい匂いのする草〕。和名はミドリハッカないしオランダハッカ(学名 Mentha viridis)。
wendehals_26.jpg*8「イュンクス(Iynx)」 — 和名「アリスイ」。学名"Iynx torquilla"で、キツツキの1種。

"t7"
音楽について

断片7
Athenaeus XIV〔620d-e〕:

 さらにまた、ヒラロードス(Hilarodos)と呼ばれる歌い手たちも(現在は、彼らのことをシモードス(Simodos)と呼ぶ人たちがいると、アリストクラテースが『音楽について』第1巻の中で主張しているが、この〔シモス〕歌では、マグネーシア人シモス(Simos)が、(hilarodein)による作詩者たちよりも著名であるという)、次々とわたしたちの前に現れている。また、アリストクラテースは、次の人たちをも〔音楽家の中に〕数え上げて、『音楽について』の中で次のように書いている。「マゴードス(Magodos)。これはリュシオードス(lysiodos)と同一人である」。

"t8-12"
合唱舞踏について"8t"
第1巻より

断片8
Athen. XIV〔621b-c〕:

 しかし、もっと真面目なのは、上述の作詩家たちよりも、いわゆるヒラロードス(hilarodos)である。なぜなら、〔この歌い手は〕みだらなしぐさ(schinizesthai)なんかはしない。そして、男性用の白い衣裳を用い、黄金の冠をかぶる。また、昔は履き物を使ったとは、アリストクレースが主張するところであるが、現在は長靴(krepis)である。そして、この歌い手のために弾奏するのは男性か女性であるが、これは笛に合わせて歌う歌い手(aulodos)のため〔の吹笛者〕と同様である。しかし、冠が与えられるのは、ヒラロードス(hilarodos)やアウロードス(aulodos)といった歌い手であって、弾奏者ではなく、まして吹笛者ではない。また、マゴードス(magodos)と呼ばれる歌い手は小太鼓(pl. tympana)とシンバル(pl. kymbala)を持ち、身にまとった着物はすべて女物である。みだらなしぐさをする(schinizesthai)どころか、公序良俗に外れることなら何でもする — あるときには女(姦婦であれ取り持ち女であれ)を演じ、あるときには酔っぱらった、それも、練り歩き(komos)の最中に恋人にところに現れる男を演じる。

"9t"
第8巻より

断片9
Athenaeus XIV〔630b〕:

 ところで、サテュロス合唱舞踏(satyrike orchesis)とは、アリストクレースが『合唱舞踏について』第8巻の中で主張しているところでは、シキンニス(sikinnis)と呼ばれ、サテュロスたちはシキンニステース(sikinnistes, pl. sikinnistai)と〔呼ばれる〕という。

断片10
同 XIV〔620b〕:

 また、吟唱家(rhapsodos, pl. rhapsodoi)がホメーロス語り(pl. Homeristai)とも呼ばれたことは、アリストクラテースが『合唱舞踏について』の中で述べているところである。

断片11
Athen. I〔22a〕:

 とにかくアリストクレースは主張している、テレステース(Telestes)すなわちアイスキュロス〔劇〕の踊り手(orchestes)は、術知者(technites)であったあまりに、『テーバイを攻める七将』を踊るさいに、合唱舞踏〔だけ〕で何が起こったかを明らかにしたほどだったと。

断片12
同 IV〔174c〕:

 アリストクラテースは『合唱舞踏について』の中で、ほぼ次のような言い方で記録している。
 「水笛〔水オルガン〕(hydraulis)*9は管楽器に属するものなるや、それとも、弦楽器に属するものなるやという問題がある。ところが、アリストクセノスはそのことを知らなかった。けれども、プラトーンがその仕組みについていささかの洞察を与えたと言われるのは、彼は夜間用の時計(horologion) — すこぶる大きな一種の水時計(klepsydra) — を作ったことがあるが、それが水笛〔水オルガン〕に似ていたからである。たしかに、水笛〔水オルガン〕は水時計のようなものだと思われている。だから、弦楽器だとか打楽器だとはみなされておらず、おそらくは管楽器と称されてしかるべきなのは、この楽器は水によって息を吹きこまれるからである。すなわち、いくつかの笛〔管〕が水の中に挿しこまれていて、一人の若者によって水がかきまわされ、さらにまたこの楽器の中を回転軸(axinos)〔?〕が貫通すると、笛〔管〕に空気が送られ、やさしい反響音をつくりだす。ところで、この楽器は円い祭壇に似ている。また、言い伝えでは、これは床屋のクテーシビオスによって発明されたといい、このとき彼はアスペンディアに住んでいたという、エウエルゲテース2世の御代である。そして、大いに著名となったといわれる。そこで彼は自分の妻タイスにまで教えたという」。

hydraulis.gif
*9「水笛〔水オルガン〕」 — 以下はウィトルーウィウスの『建築書』(森田慶一訳注、東海大学出版会、1979.9)からの引用である。

第八章
 さてわたくしは、水カオルガンについて、それがどんな理法に基づいているかということにできる限り簡明に直載に触れ、それを記述することを省略しないであろう。木で台を組立て、その中に青銅で造った箱を置く。台の上には左右に梯子(はしご)状に組合わせた角材を建て上げ、それに青銅の気筒 — 轆轤で精密に仕上げられ、まん中に取付けた関節で挺子と接合された鉄の肱形の桿をもった、羊の皮でくるまれた可動ピストンを備えた — が取付けられる。また(気筒の)の頂面には約三ディギトゥスの孔がある。この孔に近く、関節で結合された青銅の海豚(いるか)が、嘴から筒の孔の下方に鎖で引寄せられるシンバルをもつ。

2 箱の内部 — そこには水がたたえられる — には逆漏斗状の気圧調節室があり、その下に高さ約三ディギトゥスの賽(さい)が置かれて気圧調節室の縁と箱の間に空隙をつくる。この室の頸の上に組立小箱がこの器械の頭部を支える。この小箱はギリシア語でカノーン・ムーシコスと呼ばれる。その長の方向に、(通気)管が、四音音階の場合は四つ、六音音階の場合は六つ、八音音階の場合は八つ、つくられる。

3 それぞれの管にはそれぞれコックが鉄の把手に連結されて挿し込まれる。この把手が捻じられると(小)箱から管に鼻孔が開く。またこのカノーンは上部の板にある鼻孔に対応する横列の孔を管にもっている。この板はギリシア語でピナクスといわれる。板とカノーンの間には同様に孔をあけられた直棒が挿し込まれていて、中で容易に押されたり逆に引かれたりすることができるように油を施されている。これが孔を塞ぎ、プリソティデースと呼ばれる。これの出し入れが、ある孔の明きを塞ぎ、ある孔の明きを開く。

4 このオルガンは直棒に取付けられ鍵(けん)に連結された鉄の連動装置をもっていて、この鍵への接触が常に直棒の運動を引き起こす。天板の孔 — そこを通って気流が管から出て来る — の上にはそれぞれ輪金物が膠付けされていて、それにオルガンの舌がすべて挿し込まれている。一方、連続したそして小箱にある鼻孔まで通ずる細い管が気圧調節室の頸に接続される。この鼻孔に轆轤で仕上げそこに嵌め込んだ栓がある。この栓は、小箱が空気を受入れた時、孔を塞いで気流が逆行することを許さない。

5 こうして、梃子が持上げられる時、肱は気筒のピストンを底まで引下げ、関節に連結されている海豚はシンバルを気筒の中に呼んで筒の空間を空気で満たす。さらに肱は気筒の中で激しい脈動を繰返してピストンを持上げ、またシンバルで上方の孔を塞いで、そこに閉じこめられて圧迫されている空気を細管の中に押入れる。それが細管を通って気圧調節室に、気圧調節室の頸を通って箱に突進する。実に、いよいよ激しい梃子の動きによって圧せられた稠密な気流はコックの隙間から溢れて管を空気で満たす。

6 こうして、鍵(けん)を手で触れ、それが孔を交互に開閉しながら直棒を連続的に押したり引いたりする時、音楽の技法に従って多くの様々な旋律で響く音を発生させる。

 わたくしは、わかりにくいことも記述を通じてはっきりと誰にでも知ってもらえるようにと力の及 ぶ限り努力したが、しかしこれは容易な業ではなく、また、この種のことを実際に手がけたことのあ る人は別として、すべての人がすぐ了解できるものでもない。しかし、もし誰か書き物からは理解し なかったとしても、その人がほんとうに実物を知った時は、万事が巧妙に秩序づけられていることを 発見するであろう。(p.284-286)

 //END
2003.06.13. 訳了


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