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蛙と鼠の合戦

(Batrachomyomachia)




[底本]
TLG 1220
BATRACHOMYOMACHIA Parod.
2/1 B.C.

1220 001
Batrachomyomachia
Parod.
T.W. Allen, Homeri opera, vol. 5, Oxford: Clarendon Press, 1912 (repr. 1969): 168-183.
Cross Reference

1220 002
Batrachomyomachia (prosodia Byzantina)
Parod.

T.W. Allen, Homeri opera, vol. 5, Oxford: Clarendon Press, 1912 (repr. 1969): 170, 172-173, 176, 178-182.
Cross Reference



蛙と鼠の合戦

1
 初めにあたって 第一帖〔を演ずる〕の合唱舞踏隊が ヘリコン山より
わが心の座に来たりて 歌うことを祈願す。
そは、両膝の上なるわが書版に 新たにわが記せる歌 —
はてしなき諍い、アレースの合戦使嗾の所行をば、
5
節よき言葉にて よろず人の耳に容れらるることを祈りつつ
鼠たちが蛙ども相手に勇戦していかなる結末を迎えしか、
そは、大地より生まれたるギガンテスらに似て、
死すべき人間どもの話のごとし。しかして、その始まりは以下のごとし。

 鼠、あるとき、鼬の難を逃れたによって 喉に渇きをおぼえ、
10
近くの沼に華奢なひげをひたし、
蜜のごとき水を満喫しあり。これを眼にしたる
この沼の多声の雅び〔蛙〕、かくのごとき詩韻を響かせり。

 「客人、おぬしは何者? どこからここへ来なすった? 生みの親は誰?
ありていに申せ、おぬしを嘘つきと思わいでもすむように。
15
おぬしが貴い友と知ったれば、館に案内しようぞ。
引き出物には、まこと、よか贈り物をたんと贈り申そう。
しかして拙者はピュシグナトス〔頬張り〕王、この沼で
長の日々、蛙どもの指導者と崇められておる。
わしを育てしは父王ペーレウス、ヒュドロメドゥーサ〔緑水〕と
20
エーリダノス河の堤で愛のうちに交わって。
して、おぬしも美しく、衆にすぐれて剛の者と見ゆる、
王ならば笏持つ身、戦場にあっても闘将たるに
違いなし。されば、いざ、勇を鼓して、おのが素性を名乗られよ」。

 代わってプシカルパクス〔パン屑盗人〕、これに答えて声張りあぐる。
25
「わが素性を穿鑿するは何故? ありとある
人にも神々にも、天翔るものどもにも、明らかなるに。
われこそはプシカルパクスと添え名さるもの。父
威風堂々たるトロークサルテース〔パンかぶり〕の継嗣。しかして母は
プテルノトロークテース〔ハム囓り〕王の娘レイコミュエー〔肉舐め〕。
30
〔母が〕われを生みしは小部屋、育て上げるにパン、
無花果、胡桃、いろいろとりどりの食い物を以てせり。
されば、いかにしてわれを友となしえようや、生まれつき何ら似たところなきに。
何となれば、おぬしにあるは水の中の生活のみ。されどわれには
人のもとにあるものは何なりと囓るが習い。さらには、われには
35
丸いパン籠の中の三度捏ねしパンに欠けることなく、
胡麻チーズたっぷりの裳裾ひく菓子も欠けることなく、
ハムの薄切りに欠けず、白衣のレバーに欠けず、
甘き牛乳の凝りしチーズに欠けず、
冥福者たちでさえ欲しがる旨き蜜入り菓子に欠けることなく、
40
要は、物言うもの〔=人間〕の食事に供されるものには何ひとつ欠けることがない —
料理番どもがこしらえ、とりどりの薬味で鍋を飾りしものはみな。
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53
〔されど〕われが囓るは大根にあらず、キャベツにあらず、カボチャにあらず、
薄緑色した砂糖大根を餌食とせず、芹も食わぬ。
55
これらは、沼に棲むうぬらの食い物なればなり」。

 これに対して、ピュシグナトス、笑って言い返せり。
「客人よ、胃の腑の自慢がすぎようぞ。われらにも、
陸の上と同じく沼の中に驚嘆すべきことすこぶる多く見ること可能。
二つながらの暮らし方をクロノスの御子が蛙族に与えたまえばなり、
60
地上に飛び跳ね、水中に身を隠し、
二要素に分けられし住処にすまうという。
それをしも知るを欲さば、容易なことなり。
わが背に乗りたまえ、されど滑らぬようわれにしがみつきたまえ、
さすれば、喜んで、わが住まいに案内しようぞ」

65
 かくこそ言いて、背を差し出せり。すると、彼、さと乗って
両の手にぬめる首を持つや、すばやく抱きつけり。
かくて、初めは、はしゃいで、近くの泊まり場を眺め、
ピュシグナトスの泳ぎを愉しみてあり。されど、やがて、
深緑色した波に洗われはじめるや、滂沱の涙を流して
70
後悔にくれて徒に自分を責め、髪の毛かきむしり、
両足を腹部に抱えこみ、あたりの異様に
心臓は飛び跳ね、陸に帰ることを願えり。
されば、おぞましき恐怖のまにまに、恐ろしき呻き声をあぐ。
初め、尾は櫂のごとく形をなして水面を曳きたるも、
75
陸に着くことを神々に願いつつ、
深緑色した水に洗われ、助けを求めること、いかほどぞ。
されど、口からは、かくのごとき神話を語り、また口走る。

 「背に恋の荷をにない、牡牛、エウローペーをクレテーへと
海峡を越えしときのごとくにはあらで
80
鼠を背にとらえて、館に案内せんとす
蛙、緑の身体を白き水の上にかかげて」

 このとき、突如、水蛇あらわれ出でて、両人に対し苦々しき
気色。すっくと水面に鎌首をもたげたり。
これをみてピュシグナトス水にもぐる、おのが友
取り残されていかなる破滅を遂ぐか考えもせで。
沼の深みにもぐって、黒き運命を避けんとす。
かたや、放り出され、仰向けにまっすぐ水中へ、
そしてもがき、破滅に悲鳴をあぐ。
ときには水中に沈みつ、ときにはまた
90
ばたつきながら浮かびつ。されど運命を避けることあたわざりき。
濡れたる毛が、より多くの加重を彼にかけたれば。
水に溺れつつ、かかる話を響かせり。

 「気づかれぬことはないぞ、プシグナトスよ、こんな騙し方をして、
難破者を、岩礁からのように、身体から振り捨てるとは。
95
陸の上で、わしより優れていたわけではない、最悪のやつめ、
全格闘技においても相撲においても競走においても。それどころか
水の中に誘い込んで、わしを振り捨てたのだ。神は応報の眼を持っておられる」
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99
 かく言いて、水の中にて息絶えたり。これを目撃したるは、
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レイコピナクス〔皿舐め〕、軟らかな堤に座し居たるため。
恐ろしき声で喚きちらし、走って鼠どもに報告せり。
して、その運命を知るや、凄まじいまでの憤怒が全員を突き落とせり。
そこで自族の伝令使たちに命じ、あした
トロークサルテース邸での会議の場へと布令させたり。
105
〔トロークサルテースとは〕不運なるプシカルパクスの父親、〔プシカルパクスは〕沼に
死体となって仰向けに身を延ばし、あわれにも、もはや
堤の近くにはあらで、沼の真ん中に運び去られてあり。
さて、夜明けとともに急ぎ寄り合うや、真っ先に立ち上がったは、
トロークサルテース、子のために悲憤慷慨、話を切り出せり。

110
 「友人諸君、蛙どもから多大の害悪をこうむったるは
わし一人じゃが、わざわいなる試練はすでに皆の衆の上に降りかかっておるのじゃ。
不運なは、わし — 子ども3人を失うた。
しかり、長子を掠して殺害したは
憎っくき鼬め — 巣穴の外でとらまえて。
115
もう一人は、今度は情け知らずの男どもが、運命に引き渡しおった。
新しき技術にて木製の罠を工夫してのう。
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第三番目は、わしと、いとしの妻の愛する子、
これをピュシグナトスめが水底に引き込んで溺死させおったのじゃ。
120
されば、いざ、武装して、やつらに向けて出陣しようぞ
巧みを凝らせし具足に身を飾って」。

 かく言いて、皆して完全武装するよう説き伏せたり。
されど、彼らに〔戦の〕羽根飾りを付けてやったは、戦争の世話人アレース。
先ずは、脛当てをば両の腿に装着せり —
125
青豆を割って、よっく錬磨したるを、
これは、夜通しかかってみずから器用に囓りあげたもの。
胸甲は、葦札(さね)皮から成るを身にまといたり、
これは鼬を恐れて器用に作ったるもの。
楯は燭台の中臍。それから槍は
130
長々しい針、アレースの青銅づくめの造作。
額の兜は豌豆の鞘。

 鼠たちの戦拵えはかくのごとし。かたや、心づくやいなや
蛙ども、水から上がって、一所に
寄り合い、わざわいなる戦評定を開きけり。
135
騒動の因やいかに、騒ぎを起こせしは誰と、考えめぐらせんとするおりしも、
伝令使、手に杖を持して、近寄り来たれり、
威風堂々たるテュログリュポス〔チーズ掬い〕の子エムバシキュトロス〔使節壺〕、
わざわいなる宣戦布告して、かく言えり。

 「蛙どもよ、鼠たちが汝らに脅迫の使いを送りしは、
140
合戦のため勝負のために武装すべしと告げるため。
彼らは知れり — とにもかくにもピュシカルパクスをば水辺に討ち取ったるが
汝らの王ピュシグナトスなるを。されば、勝負すべし
何人なりと、蛙どものなかに、善勇このうえなき者あらば」。

 宣明して言いしは以上のごとし。この言葉が皆人の耳に
145
入るや、雄々しき蛙どもの心を掻き乱せり。
口々に非難の声をあげるなかで、プシグナトス、立ち上がって言えり。

 「友人諸君、わしは鼠公を殺したおぼえなく、くたばるのを
眼にさえしておらぬ。ただただ、沼の畔に戯れて、溺れ死んだにすぎぬ、
蛙たちの泳ぎを真似てのう。しかるに、極悪人どもは
150
今、無実のわしを非難する。されば、いざ、評定を
進めん — いかにして小賢しい鼠公どもを殲滅するか。
ともあれ、わしから言おう、わしに最善と思われる策を。
われら皆、身を具足に飾って立たん
この先の水際、地勢険阻な場所に。
155
して、やつらが出立してわれらに向かって出撃したとき、
誰でもかまわん、向かい合ったやつを、兜をひっつかみ
それもろとも、やつらを沼の中にすぐに放り込む。
さすれば、泳げないやつらを水の中で溺死させ
かくて陽気に、鼠殺しの勝利牌を建てられようぞ」

160
 かく言いて、皆して完全武装するよう説き伏せり。
ゼニアオイの葉にて、おのが脛を覆いかくし、
胸甲は、美しき薄緑色した砂糖大根からつくったのをまとい、
キャベツの葉は楯によっく錬磨し、
槍としては、鋭くとがった長い灯心草をおのおの装着し、
165
しかのみならず、小さな蝸牛の殻で頭を隠せり。
かく身支度をして、高き堤の上に立てり
槍をしごきつつ、おのおのが闘志に満ちて。

 さて、ゼウス、星ちりばめる天空に神々を呼び、
兵士の群を指さしたまえり — 強者や闘将、
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大勢の大丈夫たちが、長き槍たずさえて、
あたかもケンタウロスらか、はたまた、ギガンテスらの軍勢のごとくなるを、
心地よげに笑みつつ尋ねたまえり。「不死なる者らのうち、蛙どもに
助っ人するは誰々ぞ、あるいは、鼠どもに?」。しかしてアテーネーに向かいてのたまえり。

 「娘よ、おまえは定めし鼠を援けにゆくじゃろうよのう?
175
そなたの神殿では、どいつもこいつもいつも跳ねまわっておるのじゃから
生け贄の薫りや、とりどりの食いもんを愉しんで」

 かくこそクロノスの御子はのたまえり。これに応えてアテーネーのたまう。
「お父さま、あたしはこれまで、いまいましい鼠の加勢に
行こうと思ったことはありませんの。あたしに悪いことをいっぱいするのですもの、
180
笏杖を損ねたり、オリーブ油目当てに燭台を〔損ねたり〕。
でも、ひどくあたしの癪にさわるのは、こんなことまでしでかしたの —
あたしの打ち掛け — 細い横糸から丹精して、長い糸を紡いで
織り上げたのを、囓りまわって、
穴をあけたのよ。修繕屋はあたしにつきまとって、
185
あたしからぼろうとするし。不死の者たちとて惨めなもの。
手許不如意だから紡いだのに、報酬ももらえないのですもの。
けれど、蛙たちに助太刀したいとも思いません。
あれらは心がしっかりしていないばかりか、昨日、あたしを — 、
戦争からもどって、くたくたに疲れていたので、
190
眠りたいのに、鳴き騒いで
少しも眠らせてくれなかったのですもの。おかげでわたしは寝不足。
頭が痛くって、とうとう雄鳥が時を告げたってわけ。
されば、いざ、神々はこの連中に助太刀するのはやめましょう。
あなたがたのなかに、穂先鋭い矢弾で怪我する者が出ないように。
195
だって、神までが相手になれば、白兵戦になりますもの。
だから、みんなで天上から闘いを見物して愉しみましょう」

 かくこそ言いけり。されば、他の神々も女神に聴従し、
皆がみな、もう一度一所に寄り合った。
このとき、蚊ども、大きな喇叭を持して、
200
戦争の恐るべき開始を喇叭で合図したり。天上からは
クロノスの御子ゼウス、雷鳴を轟かせり、わざわいなる戦争の前兆として。

 真っ先に、ヒュプシボアス〔金切り声〕、レイケーノール〔舐め男〕を槍で突き刺せり
前衛に立ちたるを、腹部の肝臓のど真ん中を。
して、〔相手は〕仰向けにのけぞり倒れ、つややかなる髪の毛を塵にまみれさせり。
205
して、地響き立てて倒れると、そのうえで戦具足からから鳴れり。
次には、トローグロデュテース〔穴もぐり〕、ペーレイオーン〔泥息子〕を投槍で狙い
堅牢な長柄をその胸に命中させり。倒れるこなたを
とらえしは死の闇、魂は身体より飛びされり。
はたまた、セウトライオス〔砂糖大根〕をば、心の臓を撃って討ち取りしはエムバシキュロス、
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テュロパゴス〔チーズ喰らい〕をも、同じ堤で片づけたり。
されど、プテルノグリュポス〔ハム囓り〕を見たるカラミンティオス〔薄荷〕は恐怖にとらわれ、
225
沼の中に一目散に退散、楯を投げ出して。
はたまた、リトライオス〔シケリア銀貨〕をば討ち取りしは天晴れなるボルボロコイテース〔泥寝っころがり〕、
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228
礫弾によって額を撃って。すると脳漿は
両の鼻孔より滴り落ち、地は血にまみれたり。
230
されど、レイコピナクス〔皿舐め〕、天晴れなるボルボロコイテースを殺せり、
槍にて攻め立てて。さればこの両の眼を闇影が隠しぬ。
プラッサイオス〔大蒜色〕が、〔ボルボロコイテースの〕戦死を眼にして、〔レイコピナクスの〕足を引っ張り、
手に腱をつかんで沼の中にて窒息させんとした。
対して、プシカルパクス、戦友の亡骸を守らんとし
235
プラッサイオスの腹をその肝臓のど真ん中で撃ち、
ために相手の前に倒れ、魂は冥府へと歩み去れり。
クラムボバテース〔キャベツ泥棒〕がこれを見て、一掴みの泥を相手に投げつけると、
これがまた眉間をかすめ、しばしの間、盲いさせたり。
されば、こなたは怒り狂い、しかのみならず、頑丈な手に
240
地面に横たわれる重き石 — 畑の厄介者をば振り上げ、
これをクラムボバテースの膝下に投げつけぬ。右脛
ことごとく打ち砕かれ、仰向けに砂塵の中に倒れたり。
されば、クラウガシデース〔鳴き蛙〕、これを助けんと、相手に立ち向かい、
その腹の真ん中を撃てり。柄まですっぽりと
245
鋭く尖りし灯心草は貫き通し、ありとある内臓をば
地に撒き散らす — 頑丈なる手に引き抜かるる長柄にしたがって。
トローグデュテース〔穴もぐり〕、河の堤の上にこれを眼にするや、
すたこら戦場より引き上げ、すさまじいまでに煩悶せり。
しかして、塹壕に身をひそめ、非業の死を逃れんとす。
250
トロークサルテースはピュシグナトスのつま先を撃てり。
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252 プラッサイオス〔!!!?〕は、もはや息絶え絶えなるを眼にするや、
前衛の衆の間を通り抜け、鋭く尖った灯心草の槍を投げつけぬ。
されど、〔楯の〕獣皮は破れもせず、長柄の先はそこに留まりぬ。
255
されど、四壺からこしらえし不壊の兜を撃破できなんだは
アレースその方を真似た気高きオリガニオーン〔まよら菜〕も同じ、
これ〔オリガニオーン〕ひとりは、蛙勢の中にあって、乱戦群衆の中で奮迅せり。
ために、これに向かって突進せり。これを眼にするや、踏みとどまるらざりき。

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260
 さて、鼠の中に衆に優れし子、メリダルパクス〔屑盗人〕あり、
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天晴れなるパン盗人クナイソーン〔削り屋〕の愛し子なり。
家にありしが、子どもながら参戦することを願いけり。
この子が、蛙族を掠奪で脅かせんとは。
すなわち、近くにあって奮戦せんとはやり立ち、
265
胡桃の真ん中を主稜のところで二つに割り、
鎖帷子として両の隙に手を通せり。
これに恐れをなした者たちは、みなすぐに沼にもどれり。
その力は強大にして、彼はおのが思いを遂げたことであろう、 —
人間ならびに神々の父が、鋭く思いをめぐらせる方でなかったならば。
270
このときも、蛙どもの滅亡を嘆きたまいてクロノスの嗣(クロニオーン)、
頭を振って、かくお声を発したまえり。

 「はてさて、これはとんだことを眼にするもんじゃわい。
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「掠奪(Harpax)」が蛙どもに乗り移りおったわい。いや、すぐに
275
合戦使嗾者パッラス〔アテーネー〕を、あるいはまたアレースをも遣わそう、
いかな強者をも闘いから引き離せるはこれらだけなのじゃなから」。

 かくこそクロノスの御子はのたまえり。さればアレース、詔に応えたり。
「されど、クロノスの御子よ、アテーネーの強さを以てしても、アレースの
力を以てしても、われら、蛙どもの非業の死を防ぐあたわず。
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されば、いざ、われら皆して加勢におもむかん。あるいは、御身の武具を
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動かせたまえ。さすれば、いかな善勇の士も降参せん、
かつて、剛勇の士カパネウスをも
巨大なエンケラドスをも野蛮な巨人族をも撃ち殺せしごとくに」。

285
 かくこそ言いけり。されば、クロノスの御子はきらめく雷霆を投げつけんと
先ずは雷鳴とどろかせ、大オリュムポス山を鳴動させたり。
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しかのみならず、〔雷霆を〕投げつけて、蛙ども鼠どもみなを恐れさせたり。
290
されど、鼠軍はひるむ気配なく、いや、それどころか、いよいよ
蛙族を槍の穂先にかけんと、劫掠を望む、
ともあれ、オリュムポスから、クロノスの御子、蛙どもを憐れみたまい、
この時しも、ただちに蛙どもに助っ人を送りたもう。
 すなわち、突如、現れたるは、鎖帷子の、鈎爪の、
295
横這いの、やぶにらみの、じょきじょき歯の、硬殻の、
骨がらみの、背広の、両肩てかてか光った、
がにまたの、両手万歳の、胸からのぞき込む、
八本足の、二重頭の、手なしの、言うところの
蟹ども。こいつらが鼠たちの尻尾を口で噛みきり、
300
足といわず手といわず。かくて槍の穂先はひん曲がれり。
やつらに恐れをなしたる臆病な鼠たち、もはやとどまろうともせず、
一目散に退散。はや陽は沈み、
戦争も1日で決着がついたのである。
               //END

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