title.gifBarbaroi!
back.gif第14章 バイユーのタピスリー


インターネットで蝉を追う

第15章

中世の百科事典






 わたしたちの探求も、しばらく足踏み状態であったが、竹村氏がアルベルトゥス・マグヌスの英訳本を入手するに及んで、探求の矛先をどこに向ければよいかが、やっとわかってきた。そう! 中世の百科事典という便利なものがあるではないか!?

 ラテン語が読めぬわたしたちにとって、問題は、訳本の入手であるが、今、参照すべき百科事典を列挙すれば、以下のごとくである。

  • 奇異事物集成(Collectanea Rerum Memorabilium)』3世紀
     著者:ソーリーヌス(Gaius Julius Solinus)
     後3世紀前半のローマ帝政期の著作家。主に大プリーニウスの『博物誌』から抜粋した『奇異事物集成』を編纂(後200年代初頭)、世界各地の民族の歴史や風習、産物などを記した。内容は珍奇な事物や現象に富み、多くをプリーニウスに依拠していたので、「プリーニウスの猿」と渾名された。本書は後6世紀頃、「ポリュヒストル(Polyhistor)」と改題されて刊行、中世の西ヨーロッパで愛読された。「地中海(Mare Mediterraneum)」なる名称や、アイルランド(ヒベルニア)に蛇が棲息しないことは、本書に初めて見られる。
     内容
    C. Iulii Solini Collectanea rerum memorabilium/
    iterum recensuit Th. Mommsen. -- 2. ed. ex editione anni 1895 lucis ope expressa.
    Berlin : Weidmann, 1958
    (2.40, p. 41, l. 5-9)
    || Cicadae apud Reginos mutae, nec usquam alibi: quod silentium miraculo est, nec inmerito, cum vicinae quae sunt Locrensium ultra ceteras sonent. || causas Granius tradit, cum obmurmurarent illic Herculi quiescenti, deum iussise ne streperent: itaque ex eo coeptum silentium permanere.

    [試訳]
     レギウム〔レーギオンのラテン名〕にいる"cicada"類は鳴かず、〔こんな"cicada"類は〕他にどこにもいない。驚くほど沈黙しているのは、何か理由がないはずはなく、隣のロクリスにいるものは他のものよりも大きな鳴き声をたてるのである。〔レギウムの"cicada"が鳴かない〕理由は、グラニウス〔何者でっしゃろ?〕の説明によれば、この地でヘラクレイトスが休んでいたときに、やかましく鳴いたため、この神に鳴くことを禁止された。かくて、それ以来ずっと、沈黙し続けているのである。
  • 語源論(Etymologiae=Etymologiae sive Origines)』7世紀
     著者:セヴィーリアのイシドルス(Isidorus Hispalensis) c.560-636
     教会博士、聖人。セヴィーリアの司教。スペインの学問の振興、教会の発展、修道院の創設に努める。古典文化と中世の学問を結びつけた最も重要な人物。
     内容:7世紀当時の百科全書で、数世紀間使われ、1000以上の写本が流布しているといわれる。
     内容は20部門に分かれ、医学、法律、歴史、動物学、農業などに関しては、前代の専門家からの抜粋より成る。
  • 事物の本性について(De Naturis Rerum)』1170
     著者:ネッカム(Alexander Neckam)c.1157-1217
     イギリスの学者・自然研究者・修道院長。『事物の本性について』のほか、ラテン語の詩・文法書も著す。
     内容:中世百科全書の一つ。神と天使、人間、生物、非生物、五感などを19巻、1230章にまとめたもの。セヴィーリアのイシドルスをはじめ他の著作からの借用があるが、地誌、民族誌、薬学などの記述の価値は高い。
  • 動物について(De animalibus)』c.
     著者:アルベルトゥス・マグヌス(Albertus Magunus/本名Albert Graf von Bollst[a]dt)c.1193-1280
     ドイツのスコラ哲学者・神学者、自然研究者・聖人。アリストテレスの学説を西洋哲学・自然科学に導入。《全科博士》と称される。
     内容
     
    De animalibus, XXVI, 16
     CICADA(Cricket)[1] is the insect we call "grillius," a name appropriate to the sound of its voice. There are two varieties of crickets: one lives in warm locations within wall crevices and sings during the evening and night hours; the other emits its sound from perches in bushes and trees[2]. In any event, each one is a musical insect.When its head has been lopped off, both the head and body continue to show signs of life for some time afterward. Since it produces its little song [cantilenam] by means of a spirit enclosed in its thorax, it sings more brightly at mid-day when the air is more serene. My colleagues and I have observed that, when a cricket's head has been amputated, it sometimes continues to chirp for a long time, making the same sound in its thorax as it made before.
     Some people name that hornetlike insect [scabronem], which grows horns like a deer and flits about in wooded areas, a cricket; but this is inaccurate because the insect in question is a beetle, not a cricket[3].
     (translated by James J. Scanlan)

    l_cervus.jpg [註1]
     "cricket"は、直翅目コオロギ上科Grylloideaに属する昆虫を呼ぶときに用いる通俗的な呼名である。コオロギ類は、キリギリス類やバッタ類とともに直翅目を構成する主要な群であるが、類縁はキリギリス類に近い。
     Old Ger. "grillius", Mod. Ger. "Grille"。イシドルス、12. 3. 8.を参照せよ。
     なお、セミは半翅目であるから、まったく所属を別にする。

    [註2]
     家コオロギは"Gryllus domesticus"、「炉端のコオロギ」として、西洋文学ではおなじみのものである。いわゆる(野原の)コオロギは"Gryllus campestris"であるが、アルベルトゥスはキリギリス類も含めているようだ。アルベルトゥスがここにセミも含めているかどうかは、はっきりしないが、彼がセミの実物を知ることのできる環境になかったことは確かであろう。

    [註3]
     ここで言っているのは、"Lucanus cervus"〔右図〕のこと。

     いまだ暫定的ながら、シュタインヘーヴェルが"cicada"を"Grille"と訳した根拠は、当時の最新・最高の権威アルベルトゥス・マグヌスに求めることもできよう。


  • 自然の鏡(Speculum Naturale)』c.1250
     著者:ボーヴェのヴァンサン(Vincent de Beauvais)c.1190-1264
     フランスの学者。スコラ学派に通じたドミニコ修道会に入る。ルイ9世の宮廷教師を務める。18世紀以前最大の百科知識の大要『大鏡』(全80巻)を著す。その中に『自然の鏡』が含まれる。
     内容:『大鏡(Speculum Majus)』の第3部を成す。全33巻は植物・動物の記述に当てられ、最後の巻に動物と解剖学と生理学が収められている。古典ギリシア、アラビア資料と、キリスト・神学上の資料を融合させたもの。
  • 事物の特性について(De Proprietatibus Rerum)』1225-1440
     著者:バルトロメオ・グランヴィル(Bartholomew de Glanville/Bartholomeus Anglicus)c.1200-1250
     イギリス人のフランシスコ会修道士。パリ大学の神学教授。マクデブルクで講師として活動する。
     内容:全19巻。みずからの観察をもとに、動物、植物、鉱物、地誌について、また動物の属性についても記述し完結させた自然学の書。写本・翻訳により、ヨーロッパに広く流布した。
  • 俗信論(Vulgar Errors=Pseudodoxia epidemica, or treatise on Vulgar Errors)』1646
     著者:ブラウン卿(Sir Thomas Browne) 1605-1682
     イギリス人の医師・著述家。オックスフォードおよびライデン両大学で医学を修める。『医師の宗教』『俗信論』『壺葬論』などの著者。
     内容:『俗信論』は正式には《伝染性謬見》の意。理性を重要視し、誤った俗聞・信仰を解剖して、痛烈に批判した。おびただしい伝説・迷信の実例を渉猟し、皮肉と奇想とを織りまぜている。この中に、"grasshopper"は「セミではない」ことを説いている箇所(第5巻3章"Of the Picture of a Grashopper. ")がある〔『俗信論』全文が シカゴ大学の James Easonの註付きで入手できる〕。
     
forward.GIF目次
back.gifBarbaroi!