第1章 ギリシア語による「蟻と蝉」
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第2章
ラテン語による「蟻と蝉」
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イソップ寓話は、バブリオスによるギリシア語韻文化よりも早く、パエドルスによってラテン語韻文化され、これがラテン語イソップ寓話の礎となった。
ギリシア語の蝉(tettix)は、ラテン語では"cicada"として登場するが、ラテン文学の長い歴史を通じて、これがはたして変わることなく蝉を意味したかどうかには、いまだ不明な点もある。
ラテン語イソップ寓話集の主だったものに見られる「蟻と蝉」は、以下のとおりである。
- Phaedrusの『寓話集(Phaedri Augusti Liberti Fabularum Aesopiarum)』
〔正式名称は、「アウグストゥスの解放奴隷パエドルスによるイソップ風寓話集」、紀元後1世紀前半の成立。5巻94話と、15世紀にニコラ・ペロッティによって抜き書きされた31話とが伝存する。が、これらの中に「蟻と蝉」は入っていない〕
- Avianusの『寓話集(Fabulae)』
〔アヴィアヌスは紀元4世紀末ころのラテン詩人。バブリオスのギリシア語韻文をラテン語の詩型に翻案。42篇。
アヴィアヌスのテキストは、Web上にかなりアップされている。
例えば Labyrinth Library〕
[Scanned in by James Marchand from Leopold Hervieux, Les fabulistes latins,vol. 3, Avianus et ses anciens imitateurs (Paris, 1895). A few changes have been made, such as changing the u's to v's where needful, changed e-caudata to ae or oe, and capitalized proper nouns; some punctuation has been re-edited. Final editing was done by Martin Irvine for the Labyrinth Library.
For another edition and translation, see J. W. Duff and A. M. Duff, Minor Latin Poets, Loeb Classical Library, 284 (London: Heinemann, 1934), 680-749.]
【原文】
XXXIV. [DE CYCADA ET FORMICA]
Quisquis torpentem passus transisse iuventam,
Nec timuit vitae providus ante mala,
Collectus senio, postquam gravis adfuit aetas,
Heu frustra alterius saepe rogabit opem.
Solibus ereptos hiemi formica labores
Distulit, et brevibus condidit ante cavis.
Verum ubi candentes suscepit terra pruinas
Arvaque sub rigido delituere gelu,
Pigra nimis tantos non aequans corpore nimbos,
In propriis laribus humida grana legit.
Decolor hanc precibus supplex alimenta rogabat,
Quae quondam querulo ruperat arva sono:
Se quoque, maturas cum tunderet area messes,
Cantibus aestivos explicuisse dies.
Parvula tunc ridens sic est affata cicadam;
Nam vitam pariter continuare solent:
Mi quoniam summo substantia parta labore est,
Frigoribus mediis ocia longa traho.
At tibi saltandi nunc ultima tempora restant,
Cantibus est quoniam vita peracta prior.
【試訳】
[誰しも、なまくらな若い時を送るにまかせ、
人生の災難を予見して恐れることをせぬ者は、
歳をかさね、辛い生活が降りかかってくるや、
あわれ、他人の助けをいたずらに頼むばかり。]
太陽の季節に、冬にそなえて労働の果実をもぎとっていた蟻は
これを取りのけておいて、小さな巣穴にしまいこむを常とする。
しかるに、大地が白い霜をいただき
野という野が堅い氷に覆われた時、
あまりに激しく、身にかなうべくもない大雨に、為すすべもなく、
濡れた種をおのが住処にしまっていた。
その蟻に、色褪せた物乞いが、嘆願者よろしく食い物を乞うた、
にぎやかな鳴き声で、野〔の静寂〕を破ることしばしばだったあの者が:
自分もまた、〔あなたが〕実の入った穀物を地に打穀している時、
夏の日々を歌って暮らしておりました、と。
すると小さな〔蟻〕が笑いながら、蝉にこう言った;
(人生は(誰にも)等しく流れゆくのが常なので):
「あたしは身代を最高の労苦によって得たんですもの、
冬の日のさなかも、長い安息の時を享受できるのです。
けれどもあなたには、今、最終の時期を踊ることが残っているのです、
歌うことで前半の人生を過ごしてしまったのですから」。
〔下から3行目、"ocia"では読めないので、Loebによって、"otia"に訂正〕
- Romulus
〔中世を通じて最も普及し、よく知られていたイソップ寓話集のラテン語散文。これには3種の異本があった〕
- 第1種(ロムルス集)
〔10世紀の写本で、4巻に分かたれ、所収の寓話は83篇。シュタインヘーヴェルが底本としたのも、これである。これの中の第4巻19話が「蟻と蝉」〕
【原文】
Romulus IV, 19
hiemis tempore formica ex caverna frumentum trahens *secabat, quod aestate colligens collocaverat. esuriens autem cicada rogabat eam, ut aliquid sibi daret. cui formica, quid agebas in aestate? at illa; non mihi vacabat, *spes oberrabam cantando. ridens formica et frumentum includens ait, si aestate cantasti, hieme salta. -- pigris, ut tempore certo laboret, ne dum minus habuerit, dum petierit, non accipiet.
【試訳】
冬のよい日に、蟻が穴から穀物を引っ張り出して 乾かしていた、夏の間に集めて貯めていたのを。そこに 腹をすかした蝉がそれを求めた、どうか自分にちょっとたもれ、と。相手に蟻が、「夏の間、何をしておいでやったん?」。相手が言った、「あたしには暇がなかったの、 生け垣で歌うことに夢中やったもんやから」。蟻が笑い、かつ、穀物をしまいこみながら言った、「夏のあいだ歌っておいでやったんなら、冬には踊りゃんせ」ーー 〔この寓話は〕怠け者たちに、時宜を得て真に働くなら、ものに事欠くときさえ、物乞いすることはなく、歓迎されぬこととてない〔と教えている〕。
- 第2種(ルーフス集)
- 第3種(アデマール集)
〔11世紀にアデマール・ド・シャバンヌという人が編したと考証されているもので、67篇。
この写本には挿し絵が描かれており、その意味できわめて貴重である。これについては、次のページで考察する〕
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