W本 | PL本 |
---|---|
哲学者アイソーポスの生涯1 生涯を通じて、最も人生に資する人、物語・寓話作家のアイソーポスは、運命によって奴隷となったが、生まれは、プリュギアはアモリオン出身のプリュギア人、姿形の悪さたるや格別で、竿首、鼻べちゃ、色黒、両顎張って、出っ腹、イタチ腕、やぶにらみ、せむしという、正真正銘の出来そこない。かてて加えて、どもりで、言語不明瞭な悪党にして、奸智にかけては恐るべき者であった。 |
寓話作家アイソーポスの生涯1 人間界の出来事の自然本性をはっきりさせ、後世の人たちに伝え広めた人たちは他にもいる。しかしながら、アイソーポスほど、倫理的な教えの神的な霊感にはるかに深く触れて、他の多くの人々をはるかに凌駕した者はいないように思える。というのも、教訓(nouthesia)をたれるにしても、意見表明するわけでもなく、論理展開するわけでもなく、またもちろん、自分の世代より前の時代がもたらした歴史〔話〕に依拠することもなく、万事を寓話(mythos)によって知的訓練をし、しかもそれが聞き手の魂をあまりに強くとらえたので、理論派の人たちでさえ、小鳥たちも狐たちも〔登場し〕ないような話をしたり思考することを恥じ、あまつさえ、言葉なき〔生き物〕たちの多くが時宜を得た教訓をたれてきた事柄に改めて心を傾注しようとしたほどである。そこから、ある話は身にふりかかった危難を洞察させ、ある話は、時宜にかなった最大の利益を得させたのである。とはいえ、この 国制の模像としての哲学者の独立不羈の人生を過ごし、言葉によってよりもむしろ行動によって哲学者であった人物は、生まれは、大プリュギア注1)の呼び名を持つ地のアモリオンの出身であるが、運命(tyke)によって奴隷となった人であった。このことについては、プラトーンの『ゴルギアス』中に述べられていることが、すこぶる美しくかつ真実なこととしてあてはまるようにわたしには思える。すなわち、「たいていの場合、これらは」と彼は謂う、「お互いに正反対なのである、自然(physis)と法(nomos)は」(482E)と。すなわち、アイソーポスの魂を自然(physis)は自由人として引き渡したけれども、人間界の法(nomos)はその身を奴隷身分に引き渡したのである。しかしながら、彼は堅固であって、したがって魂の自由によってそこなわれることもなく、なるほど身体は多くの地方、さまざまな身分に住みかわったけれども、かの魂はその本来の位置を逸れることはなかったのである。とはいえ、彼は奴隷以外の何ものでもなかったばかりか、彼より後の時代のいかなる人間よりも不格好であった。というのも、頭でこぼこ、鼻はぺちゃんこ、首ずんぐり、たらこ唇、黒人(名前もここに由来した。というのは、アイソーポスとは、アイティオピア人というのと同じだから)、太鼓腹、扁平足でせむし、この姿の醜怪さは、たちまちにしてホメーロスのテルシテース注2)をもしのいだ。けれども、彼のなかで何にもまして最悪だったのは、どもりで、音声のしるしなく、不分明だったこと。一事が万事、アイソーポスには奴隷身分が用意されていたとさえ思える。というのも、身体がこれほど奇態な男に、奴隷たるの網の目からのがれられたとしたら、それこそが驚くべきことであったろうから。とにかく、この男の身体はこのとおりであった。しかし魂は、生まれつき抜け目なきことこのうえなく、ありとあらゆる思いつきにかけては、犀利なことこのうえなかった。 |
2 さて、主人は、この男が都市向きの奉公させるにはむさ苦しかったので、自分の所領のひとつに遣わして畑起こしをさせた。そして自分〔主人〕が野良にやってきたおりしも、ひとりの百姓が最美なイチジクの実を採集して、アイソーポスの主人のところに持って来て、謂う、「受け取っておくんなさい、ご主人さま、旦那の果物の初生りの果実でがす」。すると相手は大喜びして謂った、「わしの救い主にかけて、美しきイチジクじゃ」。そして家僕に謂う、「アガトポス、これを受けとって、わしのために取っておけ。そして、入浴して、昼飯を食った後で、これをわしに供せ」。ところが、刻限になって、アイソーポスは仕事からもどり、その日の昼食を求めて入ってくるということがおこった。するとアガトポスがイチジクを取り、腹が減ったので、そのなかの一つ二つを喰ってから、自分の奴隷仲間のひとりに言う、「このイチジクを腹いっぱい食えたらいいけど、怖いよななぁ」。これに相手が云った、「わしもあんさんといっしょに食えるのなら、あんさんに知恵をさずけてやるぜ、そうすりゃ、食っても仕置きされないってわけさ」。そこでアガトポスが謂う、「どうやって?」。相手が、「二人でこのイチジクを食う、そしてご主人が求めたら、旦那に云やいい、アイソーポスが怠けて、入りこんで、イチジクをかっ喰らっちまいやした、とな。そうすりゃ、アイソーポスときたらどもりだから弁解できねぇでお仕置きされる、おれたちは欲望を満たせられる」。こうしてイチジクの傍に座りこんで、一つひとつ平らげながら言った、「あんさんのおかげで、かわいそうなアイソーポス」。そして、何でもなくなったりこぼれたりしたら、アイソーポスがやったといいつけることにお互い意見が一致して、イチジクをむしゃむしゃ食いつくしてしまった。 |
2 さて、この男を所有している者は、〔アイソーポスが〕内向きの仕事にはてんでなじめないものだから、畑仕事をするよう野良にさしつかわした。そこで彼は出かけて行き、その仕事を熱心にやった。やがて主人も、仕事の監督をするために畑にやってくると、ひとりの農夫が善きものらの中からイチジクをもぎとって、贈り物として差し出した。彼〔主人〕はおやつの時間に食おうと、家僕のアガトプウス これがその童僕の名前であった に、見張っていて、入浴後に自分に供するよう言いつけた。事情かくのごとくして、アイソーポスがちょっとした用事で屋敷に入ってゆくと、アガトプウスがこれをさいわいと、次のようなたくらみを奴隷仲間のひとりに持ちかけた。「よかったら、イチジクを、腹いっぱい食おうや、なぁ、あんさん、わしらのご主人がこれを所望しても、むろん、わしら二人してアイソーポスのせいにする、やつが屋敷に駆けこんで、恐れるところがなくなると、こっそりイチジクをぱくつきましたとな、そうやって、家への入口と真実の土台のうえに、ぎょうさんの嘘をうち建てるべぇ。そうすりゃ、二人対一人では何にもなるまいし、そのうえ、よしんば弁舌に力をもっていたとしても、訴えて咎めをまぬかれるなんてできっこねぇ」。それがよいと思われたので、彼らは行動に移し、イチジクを味わいながらお互いにほくそ笑みながら言いあった。「ああ、あんさんのせいで、気の毒なアイソーポスめ」。 |
3 さて、彼らの旦那は、入浴し昼食をしたためた後、謂う、「アガトポス、わしにイチジクをくれ」。すると彼が謂った、「ご主人さま、アイソーポスめが好機をねらって、蔵が開いているのを見つけて、入りこんでイチジクを喰っちまいましただ」。そこで彼は激怒して謂った、「誰かアイソーポスをわしのところに呼べ」。すると彼がやってきた。そこで主人が謂う、「わしに言ってみろ、このろくでなしめ、これほどまでにわしを馬鹿にしおって、蔵に入りこんで、わしのために用意されていたイチジクを喰っちまうとはな」。彼は聞いて、しかし舌が重いのでしゃべることができず、眼の前に自分の誹謗者たちが立っているのを観つめるばかり、いよいよ仕置きされそうになって、主人の膝に身を投げ出し、しばし待ってくれるよう頼んだ。そうして、壺をとり、ぬるま湯を混ぜ、盥を前に置いて飲み、指を自分の口の中に突っこんで、吐き気をもようしたが、吐き出したのは、飲んだばかりの水だけであった。ほかのものは何ひとつ食べていなかったからである。そして、誹謗者たちも同じようにするよう要求した、「そうすれば、イチジクを食った者がわかるでがしょう」。相手〔主人〕は彼の知力に驚嘆し、ほかの者たちにも同じようにするよう命じた。そこでくだんの奴隷たちは、指をほっぺたのあたりに挿しこんで、下の方まで突っこまないよう目論んだ。しかし、連中がぬるま湯を飲んで屈みこんだとたん、イチジクが胆汁をつくり、これを噴き上げ、吐きもどした。このとき主人が云った、「何でしゃべることのできない者を偽証したのか?」。そして連中が裸にされて殴られるよう命じた。かくして彼らははっきり知ったのである 他人に対して罠を仕掛ける者は誰しも、 みずから自分に対してそうしていることを知らない ということを。 |
3 さて、主人は沐浴から帰ってくると、イチジクを所望し、アイソーポスが平らげてしまったと聞くや、怒って、アイソーポスを呼ぶよう言いつけ、呼ばれてきた相手に謂う、「言ってみろ、このろくでなし、ここまでわしを馬鹿にして、倉に入りこんで、わしのために用意されていたイチジクを頂戴したわけを」。相手〔アイソーポス〕は聞いて事態を理解したけれど、どもりだからどうにもしゃべることができない。そこで今まさに打たれようとし、中傷者たちが勢いこんで迫ってきたとき、主人の足許に身を投げ出して、少し待ってくれるよう懇願した。そして、駈けていってぬるま湯を持ってきて、それを飲むと、指を口につっこむと、今度は水分だけを吐き出した。というのは、食い物には触れたことがなかったからである。とにかく、これと同じことを、追及者たちもするよう求め返した、そうすれば、イチジクをかっぱらったのが誰か、明らかになるだろう、と。主人は、彼の頭の良さに驚嘆しつつ、そうするように他の連中にも指示した。彼らは湯を飲むにしても、もとより喉に指をつっこむのではなく、それで頬の〔内側の〕横をかすめようとたくらんだ。しかし、ぐずぐずしながら飲むと、たちまちそのぬるま湯が飲んだ連中に船酔い気分を起こさせ、ひとりでに〔イチジクの〕実を吐き出させた。かくして、家僕たちの悪行と誣告が白日のもとにさらされ、連中は次のことばをはっきりと思い知ったのである、 他人に罠をしかける者は、 |
4 さて、次の日、彼の主人は〔荷獣に〕軛をつけて都市へ出かけていった。一方アイソーポスは、野良で畑堀をしているとき、イシスの神官たちが、人通りの多い道を外れて、野良にやって来ることになった、彼らはアイソーポスに町に通じる道を示すよう頼んだ。そこでアイソーポスは、一行を蔭深き木立の下に案内し、一向の前にパンとオリーブと乾しイチジクを供え、食べるよたって勧め、井戸のところに駈けていって、水を汲み上げ、一向に飲むようたって勧め、そして手をとって一行を真っ直ぐ通じる道に案内した。 |
次の日、主人は町に荷運びをし、アイソーポスは指図されたとおり畑起こしをしていると、アルテミスの神官たちだったか、あるいはまた他の人間たちだったか、道に迷って、アイソーポスに出くわし、町に通じる道を自分たちにおしえてくれるよう、ゼウス・クセニオスにかけてこの男に懇請した。そこで彼は、先ずは一行を樹影にともないゆき、質素な食事を供して、そのうえで彼らに説明し、彼らが所望している道へと案内してやった。 |
5 一行の者たちは、天に両手をさしのべて、彼によって善行を施されたと、彼のために祈ったうえで、立ち去っていった。 |
そこで彼らは、ひとつはその客遇に、ひとつはまたその道案内にも格別この男を頼りとして、両手を天にさしのべ、祈りをもってその善行に報いた。 |
6 アイソーポスの方は、もどってきたが、炎熱のせいでげんなりして、眠りに落ちた。 |
そしてアイソーポスは引き返したが、絶え間ない労苦と炎熱に眠りに落ち、 |
7 すると、夢の中で「運命(Tyche)」がそばに立って、彼のために最善の言葉と弁舌の機敏さと、多彩な寓話による独創的な話の発明の才を授けた、彼が神を敬愛し、外人を愛したゆえをもって。 |
「運命(Tyche)」が自分の上にやってきて、舌のもつれの解放、言葉の流暢さ、寓話の知恵を恵んでくださる夢を見たように思えたので、すぐに眼がさめて謂った。 |
8 さて、アイソーポスは夢から覚めて謂う、「う〜ん、何と快い眠りだったことか。それどころか、じつに美しい夢を見たもんだ、いや待てよ、今おれは支障なくしゃべり、眼に見えるものら名をいえるぞ。二叉鋤、ロバ、ウシ、荷車。神々にかけて、おれはしゃべっているぞ。どこからこんな恩恵を得たのやろ? わかった」と彼は謂う、「外人たちに対して敬虔なふるまいをしたから、善行に対して神に嘉していただいたのだ。なるほど美しく為す者は、美しき希望を受けられるというものだ」。 |
「おやおや、なんて快い眠りやったことか。いや、それだけやない、美しい夢を見たもんや。しかも、そら、支障なくものが云えるぞ。ウシ、ロバ、二本鋤。神々にかけて、こんないいことがわしに起こった理由がわかったぞ。客人たちに敬虔にふるまったので、お返しにこんないい目にあったにちがいない。なるほど、いいことをするのは、もろもろの善望にみたされるってことやな」。 |
9 そういうわけでアイソーポスはすっかり嬉しくなって、再び二叉鋤をとって畑起こしを始めた。そこへ野良の家令がやって来て、家僕たちの一人を棍棒でぶちのめした。そこでアイソーポスは同情して謂った、「あんさん、あんさんに何も不正してない者を、何でそないに扱うて、1日中いたずらに殺すんや、自分は何も働かないくせに。ええか、あっしがご主人に洗いざらい報告してやる」。するとゼーナスは、アイソーポスがそういうふうにしゃべったのを聞いてびっくりし謂う、「アイソーポスはしゃべり始めたとたん、わしに刃向かいおった。やつより先にとっちめてやろう、ご主人がやってきたら、訴え出て、わしを家令の職から退けるつもりなんやから」。 |
4 さて、こうしてアイソーポスは事態に狂喜し、再び畑起こしを始めた。するとひとりの男が畑にやってきた その名はゼーナス 、働いている者たちのところに来ると、中の一人を、作業を少ししくじったので、杖で殴りつけたので、すぐさまアイソーポスが大声を出した。「やい、ちっとも不正してない者を、何でそないにいじめ、1日中わけもなく鞭ばかりくらわすんや。このことを旦那に洗いざらい報告したる」。ゼーナスは、アイソーポスの口からこのことを聞いて、ひとかたならず驚き、自分に向かって云った。「アイソーポスがしゃべり始めたのは、ちっともわしの得にはならん。ここは先手を打って、わしの方が先にやつをご主人に讒言してやろう、やつがそんなことをしでかすまえに。そうすれば、ご主人がわしを追及するのをゆるめてくれよう」。 |
10 そしてこう云うと、駄獣〔ロバ〕に乗って町へと出かけた。そして主人のところに着くと云った、「ご機嫌よろしゅう」。相手が謂う、「うろたえてやって来たのは、どうしたわけか?」。そこでゼーナスが、「ご主人さま、旦那の領地でどえらいことが起こりやした」。すると相手が、「何がだ」と謂う、「樹が後の雨の時機に外れた何か実をつけたとか、あるいは、家畜が自然に反した四つ足を産んだとかいうのじゃあるまい?」。相手が、「ちがいます」と謂う、「そうじゃなくて、くそったれのアイソーポスめが、べらべらしゃべり始めたんでがす」。すると主人が、「おまえにとってはちっとも善いことではないな、それをどえらい前兆と考えているからには?」。「たしかに」と彼が謂う。主人が、「何ゆえじゃ? 神々があやつに立腹なさって、しばらくの間やつから声を奪っておいでだったのが、今は再び宥められて恩恵を施されたとするなら」。そこでゼーナスが、「ご主人さま、しゃべり始めたとたん、人間の自然についてあることないこと言い立てるんでがす。あっしに対してひどい暴行をくわえ、旦那や神々に対しても大いに罵ってやがるのでがす」。 |
こう云うとすぐに町の主人のもとに駈けだした。そうして騒々しく走り寄って、「ご機嫌よろしく」と謂った、「ご主人様」。相手が、「何をそんなに騒いでいるんや」と謂う。そこでゼーナスが、「畑でいささか奇っ怪なことが起こりやした」。そこで主人が、「いったい、どの樹かが季節外れの実をつけたんか? それとも、家畜のどれかが自然に反した仔を産んだんか?」。すると相手、「そうじゃござんせん。アイソーポスめが、前はおしだったのに、今しゃべり始めたんでがす」。すると主人、「そんなら、おまえにとってちっともいいことじゃないな、それを奇っ怪なことみなすからには」。そこで相手、「さいでがす」と謂う、「わしを馬鹿にしくさるのは、喜んで見逃しやす、ご主人様。けど、あなた様や神々に対して、聞くに堪えぬ冒涜をしくさるのでがす」。 |
11 相手は激怒してゼーナスに言う、「行け、今からはおまえにくれてやる、売るなり、与えるなり、殺すなり、やつをおまえの好きにするがいい」。こうしてゼーナスは、彼に対する全権を得て、田舎に帰って、アイソーポスに謂った、「おまえはご主人からわしに与えられたから、わしの好きなようにおまえを扱ってよいことになった。そこでおまえを売ることに決めた」。 |
このことばに主人は怒りにとらわれ、ゼーナスに謂う、「ええか、アイソーポスはおまえに引き渡そう。売り払うなり、贈り物にするなり、おまえの好きにするがええ」。そこでゼーナスは、主人のところに現れたアイソーポスを受けとり、これに対して自分が主人としての権利を有することを宣告すると、相手は、「もちろん、何でもあんさんの望みのままに」と謂う、「働きますでがす」。 |
12 このときたまたま、ひとりの奴隷商人が、田舎を通りがかった、彼は家畜を賃借しようとしていたのだが、自分の顔見知りのゼーナスに行き合って、相手に挨拶して、謂う、「わしに賃貸するなり売るなりしてくれる家畜を持っておいでか?」。ゼーナスが云った、「持ってまへんけど、安い奴僕なら持ってまっせ。お望みなら、購入しておくれやす」。交易商人が謂った、「そいつをわしに見せておくれやす」。 |
5 この時たまたま、ひとりの男が役畜を買おうとして、そのためにかの畑に通りがかり、ゼーナスに尋ねたので、この者が「わしのところに」と謂う、「売り物の家畜はおらんけど、男の奴僕(somation)ならおる。これを買う気があるなら、売り渡せる」。 |
13 そこでゼーナスはひとをやって、アイソーポスを連れてこさせて謂う、「さぁ、この牧童でさぁ、とくと見て買っておくんなせぇ」。 |
そこでくだんの交易商人が、その奴僕を自分に見せてくれるよう謂うので、ゼーナスがアイソーポスを呼び寄せると、 |
14 すると、振り返った交易商人は、アイソーポスを見て、笑って謂った、「おまえさん、この土瓶(chytra)はどこから手に入れなすった? 葦か人間か。こいつは怪獣戦争の喇叭兵だ。声を持ってなかったら、革こぶだというところだった。おお、ゼーナス、こんなろくでもないもののために、わしに寄り道させただけで、何か善いものを売りつけるつもりだとはなぁ」。こう云って行きかけた。 |
交易商人は彼を見るなり、吹き出してしまった、「どこからおまえさんのとにに来たんや」とゼーナスに向かって謂う、「この土壺(chytra)は? 樹のうろからうまれたんか、それとも人間か? こいつが声を持っていなかったら、革こぶと思わないわけにはいかんかったとこや。こんなろくでなしのために、わしに道草をくわすとは、どういうつもりや?」。 こう云うと、もと来た道に引き返そうとした。 |
15 するとアイソーポスが駆け寄って謂った、「買っておくんなさい」。相手が彼に向かって、「わしを放せ、おまえの身のためにならんぞ。何でわしを呼びとめるんや」。アイソーポスが謂った、「何のためにここに来なすった」。交易商人が、「何か善い儲けがあると思ったのに、まったくのくそったれ、悪いものに用はない」。アイソーポスが言う、「あっしを買い取ってくだせえ、そうしたら、大いに旦那のお役に立ちましょう」。そこで相手が彼に、「おまえがわしのどんな役に多つんや」。するとアイソーポスが、「旦那の奴隷倉庫には、泣きわめいて身勝手な童僕がいるんじゃありやせんか。あっしを買い取って、あっしを家庭教師にしておくんなさい。そうすれば、あっしが連中のお化けの代わりになりやしょう」。すると交易商人はその言葉に説得されて、振り返ってゼーナスに言う、「この悪たれをいくらで売るのか」。ゼーナスが言う、「3オボロス貨2枚をくだせえ」。すると交易商人は笑いながら、3オボロス貨を払った、何ものもただでは買えないと計算したからである。 |
するとアイソーポスが彼を追いかけて、「待っておくんなさい」と謂う。相手が振り返って、「しっしっ」と謂う、「あっち行け、くそけがらわしい犬め」。するとアイソーポスが。「あっしに云っておくんなさい、何のためにここに来なすったのか」。そこで交易商人。「ろくでなしめ、何か役に立つものを買うためやがな。ところがおまえときたら、役立たずのくそったれで、わしには用がないんや」。するとアイソーポス、「あっしを買っておくんなさい、いろいろとあんたは得をすることができるんでがす」。すると相手が、「おまえからどんな得がえられるんや、ほんまに憎たらしいやつや」。するとアイソーポス、「あんたの屋敷には、だらしなくて泣きわめく童僕がおるんとちゃいまっか。そいつらにあっしを家庭教師としてあてがったら、ぜったいそいつらにとってお化けの代わりになりまっせ」。するとこのことばに交易商人は笑って、ゼーナスに謂う、「このできそこないの容れ物はなんぼで売るんや」。彼が謂う、「3オボロス」。交易商人はすぐさま3オボロスを支払って言う、「払うも買うも、ただみたいなもんやな」。 |
16 こうして町へと道を進んで、奴隷倉庫の中に入っていった。すると、母親の世話になっている2人の童僕が、アイソーポスを眼にしたとたん、悲鳴をあげて身を隠した。そこでアイソーポスが交易商人に謂った、「あっしが約束したことはもう証明されやした、餓鬼どもに対して先手を打って、用意のお化けを買うことになるという」。すると相手は笑いながら言う、「アイソーポス、中の居間に入って、おまえの奴隷仲間に挨拶しろ」。そこで入っていって、最美で非の打ち所なき童僕たちがいるのをみて、連中に挨拶して言う、「ご機嫌さん、お仲間さん」。すると連中が異口同音に言った、「ヘーリオスにかけて、むさ苦しいやつめ。ご主人はどうなってるんや。こんな胸くその悪い奴僕を買ってくるとは。もっとも、やつをこの奴隷蔵の魔除符にするため買ったというなら別やけど」。 |
かくして、道を進んで、彼らが屋敷に着いてみると、まだ母親のもとですごしている2人の童僕が、アイソーポスを眼にすると、びっくりして泣き出した。するとアイソーポスがすぐに交易商人に謂う、「あっしの請け合ったとおりになったでがしょう」。相手は笑いながら、「ずっと奥に入って」と謂う、「おまえの奴隷仲間に挨拶するんや」。そこで中に入って、彼が挨拶するのを、彼らは、「わしらの主人に、いったいどんな悪いことが起こったのやろ」と謂う、「あんな醜い奴僕を買いなさるとは。いやいや、どうやら、屋敷の魔よけ代わりにあれを買いなさったらしい」。 |
17 やがて、交易商人が童僕たちのところに入ってきて謂った、「おのれらの運命に歎息するがいい。というのは、駄獣を購入するにも賃借するにも見つけられなかった。だから、旅行用の身のまわり品を分けるがいい。明日、アシアに出発するから」。そこで童僕たちは2人ひと組になって、身のまわり品を分担した。ところがアイソーポスはぺこぺこしながら云った、「美しい奴隷仲間の方々、あっしは新入りで弱いから、あっしには軽い荷を認めてくれ」。すると彼らが謂う、「できないのなら、何も担がなくていい」。アイソーポスが言う、「みんなが苦労しているのに、あっしだけご主人に恩知らずと見られたんでは、呆れ返られる」。そこで彼らが謂う、「おまえの好きなのを担げ」。 |
6 久しからずして、交易商人も入ってきて、旅支度をするよう奴隷たちに差配した。翌日、アシアへの旅行をするというのだ。そこで彼らはただちに調度類を分けあった。するとアイソーポスが、荷物のいちばん軽いのを自分に譲ってくれるよう頼んだ。新入りで、こういった奉公にまだ鍛錬ができていないからというのだ。そこで一同は、何も持とうとしなくたって、かまわないといったが、彼は、みんなが骨折りしているのに、自分だけ手伝わないわけにはいかないと言った。 |
18 そこで彼はこう見まわして、そこに身のまわり品や、旅のための種々の容器、粗布服や敷物類や行李があるのを見る。そして、パン類のぎっしり詰まった行李がひとつ、2人がかりで担ぎたいようなのがあるのを眼にして、云った、「あっしにこいつを運ばせてくれ」。すると連中が言った、「こいつより馬鹿なやつが何かいるか。誰よりも軽い荷を担がせてくれと懇願しながら、誰よりも重い荷を選びよった。やつの求めをかなえてやろうぜ」。かくして彼に行李を担がせてやると、ぶるぶる体をふるわせながら動いた。すると交易商人が彼を見て褒めそやし、謂う、「アイソーポスは辛労に熱心やな。しかも残りの連中にまで、気張ってふるまうよう、はっぱをかけとる。やつの元手はもうとりかえした。なにしろ、駄獣1頭分の荷をかついどるんやから」。 |
そこで一同が、何でも好きなものを持つよう任せたので、あちらこちらと見まわして、粗布と敷布と籠といったさまざまな道具を集め、ひとつの籠にはパンをいっぱいにして、これを二人で運ぼうとしたのを、自分にかつがせてくれと申し出た。 |
19 残りの連中は、2人ひと組になって運びながら、彼のことを大笑いした。彼はといえば、道に出ると、行李を〔地面に〕置いて、〔荷物のまわりを〕歩きまわることを教えた。というのは、登り坂にさしかかると、両手と歯で行李を引っ張り上げ、しかし下り坂になると、もっと簡単にそれを転がしたからである。じつにそういうふうに苦労しながら、ついに宿屋に着いた。そこで奴隷商人は奴婢に元気を取りもどさせようと、一同食卓につくよう命じた。そしてアイソーポスに謂う、「パンを配れ」。そこで彼はめいめいにパン一対を供した。こうして、多数のパンが与えられたので、行李は半分空になった。こうして奴婢が元気を取りもどすと、再び旅をつづけた一行のなかで、アイソーポスはもっと熱心に、宿泊地に到着した。そして夕方にパンを配って、行李を空にした。こうして翌日には、空になったそれを肩にひっかついで、一同の前を走った。そこで奴隷たちはお互いに言いあった、「前を走っているやつは誰や? よそ者か、それとも、わしらの仲間か?」。別のひとりが謂った、「あのむさ苦しいやつよ」。他のひとりが謂った、「おまえさんらはあの小人が、わしらみんなよりもどんだけ頭が利口に立ちまわったか知らんな。なにしろ、わしらが敷物や残りの、消費されることのない身のまわり品を、担いで苦労してる間に、やつときたらさっさと消費されるパンを、何とも抜け目なく担いだんやから」。 |
一同は笑って、こんなとんでもないろくでなし以上の愚か者はいないと謂った、ちょっと前まではいちばん軽い荷物を持たせてくれと頼みながら、今はどれよりもいちばん重たいのを選ぶとはなぁ、しかし、本人の熱意を満たしてやらねばなるまいと、籠を持ち上げてアイソーポスにかつがせてやった。彼は、肩に荷をのせられ、あっちへふらふら、こっちへふらふら。これを見て交易商人は、驚嘆して謂う、「アイソーポスめ、労苦に熱心だから、わしの払った代価はすでにもとをとったようなものだ。家畜1頭分の荷を持ってくれるのやから」。 こうして、昼食の刻限になって一行が休息したとき、アイソーポスはパン配りを言いつけられ、大勢で喰ったので、籠のひとつは半分にした。おかげで昼食後には、荷物はより軽くなったので、ますます熱心に道を進んだ。さらにまた夕方になって宿泊するときも、再びパン配りをし、次の日には完全に空になった籠を肩にのせて、皆の先頭を進んだので、これが先頭切るのを見て、くそったれはアイソーポスなのか、はたまた誰かほかの者なのか、奴隷仲間たちにも両論が生じたほどである。そして彼らは思い知ったのである、この黒い肌をしたやつがいかに誰よりも賢明な行動をしたか驚嘆すべきは、あっさりと使い果たされるパンを持ったこの男であって、ほかの連中は敷布やほかの道具類といった、自然本性的にそれほどは使い果たされることのないにきまっているものをかついだのである。 |
20 こうして旅をつづけて、エペソスにやってきて、この地で奴婢を売って儲けた。しかし彼には3人が売れ残った。筆生、竪琴弾き、そしてアイソーポスである。するとひとりの友だちが交易商人に言う、「この奴婢を売ってしまいたかったら、サモスに渡るといい。そこには哲学者クサントスが住んでおり、他にも、ヘッラスや島嶼出身の多数が、裕福な連中だから彼のところに通っている、だから、連中を購入するだろう」。こういう次第で、交易商人は友だちの意見に説得されて、サモスにやってきた。 |
かくして交易商人はエペソスにつくと、奴隷人足たちの他の連中はいい値で売り払えたが、彼には筆生(grammatikos)と竪琴弾き(psaltes)とアイソーポスという3人が売れ残った。しかし彼の馴染みのひとりが、サモスに渡るがいいと忠告し、あそこなら奴僕(somatia)を大きな儲けで売り払えるだろうからと説得した。 |
21 そうして、竪琴弾きは、いい脚をしていたので、白い内衣と履き物を身につけさせ、髪の毛をといて、陳列台に立たせた。しかし筆生の方は、華奢だったので、厚手の内衣と履き物を身にまとわせ、髪の毛をとかし、手巾を与えて、陳列台に立たせた。ところがアイソーポスは、全体が出来そこないで、包み隠すところとか飾るところとかなかったので、彼には粗布製内衣を身にまとわせ、美しい連中の真ん中に立たせた。すると大勢の連中が奴婢に注目したが、アイソーポスを見て、お互いに言いあった、「あの粗悪品はどこからまぎれ込んだんだ? あいつが他の連中まで台無しにしている」。しかしアイソーポスは、大勢の連中に罵られながらも、堂々と立っていた。 |
そこで交易商人はサモスに上陸し、筆生は竪琴弾きといっしょに新調した衣裳を着せ、二人とも陳列台の上に立たせた。アイソーポスの方は、どこをとっても飾りたてられるようなところがなく、というのは全体が出来損ないであったから、こいつには山羊皮の粗服でくるみこんで、二人のまんなかに立たせた、だから見物人たちもこう言って辟易したものだ、「この胸くその悪ぃのがくっついているのか? こいつのおかげで他のものまでが台無しだっちゅ〜のに」。しかしアイソーポスは、多衆に馬鹿にされようと、一向平気で、その連中を見つめて立っていた。 |
22 さて、クサントスは、先ずは学校へ赴き、講義をしてから、友だちといっしょに市場にやってきた。 |
ところで、哲学者のクサントスは、当時、サモスの住民の一人であったが、市場に入りかけて、 |
23 そうして、2人の童僕は器量よしなのに、真ん中のがむさいのを観て、交易商人の思いつきに驚嘆し、友だちに向かって謂う、「あの交易商人が、美形の童僕たちを外側に、真ん中にむさいのを立たせたのは、売らんがためではなく、美しさの点で醜いものを並置することで、あれらの徳を際だたせて示さんがためだよ」。 |
2人の童僕が奇麗に着飾って並び立ち、そのまんなかにアイソーポス〔が立っているの〕を目撃して、まんなかに醜怪な人間を配置することによって、不細工さの並置によって若者たちがその美しさを引き立たせるようにした、交易商人のその思いつきに感心した。 |
24 かくして、最初の童僕のそばに寄って云った、「どこからきたか、またそなたの名は?」。くだんの童僕が謂った、「カッパドキア人です、テュロスと呼ばれています」。「して、何の仕方を知っているのか?」。相手が、「何でも」。立っていたアイソーポスが笑った。すると学生たちが、彼が突然笑いだし、しかも、その顔がどす黒くて陰鬱で、そのくせ歯だけはきらきらしているのを見たとたん、怪物を眼にしたように思った。そこでお互いに言いあった、「歯を持った瘤じゃないのか?」。別のひとりが言った、「何を見て笑ったんやろ?」。もうひとりが謂った、「笑ったんやない、がたがた震えてんだ。何をしゃべっているかきいてみよう」。そういう次第で、行って彼を後ろから引っ張って謂う、「貴公、何で笑ったんや?」。すると相手は彼の方を振り返って言う、「さがれ、海のヒツジ」。学生の方は、いわれたことに面くらって引き下がった。他方、クサントスは、交易商人に謂った、「この竪琴弾きはいくらか?」。相手が、「1000デーナリオンで」。けれども、その値が法外に聞こえたので、別のひとりのところに行って謂う、「そなたはどこからきたか?」。相手が謂った、「リュディア人で」。「で、そなたの名は何という?」。相手が、「ピロカロス」。クサントスが言う、「何の仕方を知っているか?」。童僕が言う、「何でも」。するとアイソーポスが再び笑った。学生たちがこれを眼にとめて言った、「いったい、何だってやつは何に対してでも笑うんだ」。別のひとりが云った、「もういっぺん海のヤギというのを聞きたければ、やつに尋ねてみたいところだが……」。クサントスが交易商人に謂った、「この筆生はいくらで売るのか?」。相手が、「3000デーナリオンでさ」。クサントスは聞いてがっくりして、くるりと向きを変えて行きかけた。そこで学生たちが云った、「お師匠、奴隷は先生の気に入ったのではありませぬか?」。「しかり」と彼が謂う、「しかし、高価な小僧っ子(paidaria)を買うべからず、廉価な奴隷に奴隷奉公さるべしという戒律(dogma)がある」。すると学生のひとりが謂う、「高価なものを買うべからずとのご高説ならば、この醜いのを購入なさいませ。やつなら、同じだけの奉公を提供するでしょうし、わたしたちも共同で値段を払いましょう」。そこで彼が謂う、「君たちが値段を払って、わしが奴僕を購入するというのは滑稽だよ、それに、女房はべっぴんだから、みっともない奴隷に奴隷奉公されるのは我慢なるまい」。すると学生たちが云った、「お師匠、先生の主たる教えは、女のいいなりになるなということです」。 |
そこでもっと傍近くに寄って、竪琴弾きに、どこの出身かと聴いた。すると相手が、「カッパドキア」。そこでクサントスが、「して、おまえは何ができるのか?」。そこで相手が、「何でも」。するとこのやりとりに、アイソーポスが笑い出した。そこで、クサントスの馴染みの弟子たちは、彼がとつぜん笑いだし、しかも歯をむきだしにしているのに眼をとめて、何か化け物を見ているような気になって、ある者は、「きっと、歯を持った瘤にちがいない」と言い、ある者は、「いったい何を見て笑ってんだ」と〔言い〕、ある者は、「笑ったんじゃない、震えてんだ」というふうに〔言い〕、皆が皆して、笑ったのがいったい何者なのか知りたくなって、なかの一人が進み出てアイソーポスに謂った、「何だって笑ったんだ?」。すると彼が、「さがれ、海のヒツジ」。この言葉に相手はすっかり面くらって、じきに引き下がった、クサントスが交易商人に謂った。「この竪琴弾きはいくらか?」。相手が「1000オボロス」と答えると、もう一人の方に行った、法外な値を聞いたからだ。そしてさらにその相手にも哲学者は、どこの出身か質問した、そしてリュドスと聞いて、問い返した、「して、おまえは何ができるのか?」。こいつもまた「何でも」と謂ったところが、またもやアイソーポスが笑った。弟子たちのひとりが当惑して、「いったい何だってあいつは何かにつけて笑うんだ?」。ほかのひとりが彼に向かって云った、「おまえも海の牡山羊が聞きたけりゃ、質問してみな」。クサントスはといえば、またもや交易商人に尋ねた、「この筆生はなんぼや?」。するとその者が、「3000オボロス」と答えたので、哲学者はその値の法外さにがっかりして、くるりと向きを変えて立ち去ろうとした。弟子が、奴僕たちが気に入らなかったのかと質問すると、「そうじゃないが」と謂う、「奴隷人足ごとき、高すぎるのは買わないつもりだ」。すると彼ら弟子のひとりが謂う、「なるほど、そういうことでしたら、とにかくこの醜いのを買わないって法はありません。こいつだって同じ奉公をするでしょうから。こいつの代金ならわれわれも払いましょう」。クサントスが謂った、「いや、面白いな、君たちが金を出して、わしが奴隷を買うとはな。けれど、わしのべっぴんの女房は、醜い奴僕に仕えられることに我慢できまい」。するともう一度弟子たちが、「導師よ、近い教えがあります、女のいうことを聴くなという」と云うので、 |
25 クサントスが謂った、「やつが何か知っているかどうか、きいてみよう、諸君がいたずらな好意に加えて値段までも無駄にしないよう」。そういう次第で、アイソーポスに近づいて謂った、「ご機嫌さん」。すると相手が謂う、「いったい、何であっしが不機嫌なんで?」。クサントスが謂った、「わしはおまえに挨拶してんだ」。すると相手が、「おらもあんさんに」。クサントスはといえば、申し開きの抜かりなさにどぎもを抜かれながらも、再び彼に言う、「出身は?」。相手が、「生身の肉で」。そこでクサントスが、「そういうことを言っているのじゃなくて、どこで生まれたのか?」。「おらのおっ母の胎の中で」と彼が謂った。「そういうことを尋ねているのじゃなくて、いかなる所で生まれたのか?」。するとアイソーポスが、「おらのおっ母はおらに教えてくれなんだ、寝室でだか、居間でだか」。クサントスが謂った、「何の仕方を知っているか?」。相手が、「全然なんにも」。「何ゆえだ」と彼が謂う。「だって、こいつらが何でも知っているとあんさんに公言したのやから」。そこで学生たちが驚嘆して云った、「美しくも申し開きしよった、たしかに何でも知っている人間なんておらんもんなぁ。だからこそやつは笑ったってわけか」。 |
哲学者が云った、「その前に、あたら金を無駄にしないために、何を知っているか試してみなくちゃ」。 とにかくアイソーポスに近づいて、「ご機嫌さん」と謂う。すると相手、「何であっしが不機嫌でないんで?」。そこでクサントス、「おまえを歓迎するよ」。すると相手も、「あっしも旦那を」。これにはクサントスも、その他の者たちもいっしょになって、返答の意外さと周到さに仰天し、尋ねた、「何者か?」。すると相手が、「黒人や」と謂う。そこでクサントス、「そういうことを謂っているんのではなくて、どこから来たのか?」。すると相手、「あっしの母親の子宮から」。そこでクサントス、「そういうことを言ってるのではなくて、どこで生まれたのか?」。相手も、「床の上だったか土間だったか、あっしのおっ母は、あっしに告げてくれなんだ」。そこで哲学者、「で、何ぞ仕方を識っていることがあるか?」。すると相手が、「何にも」。そこでクサントス、「どういうことか」。そこで相手が、「こいつらがどんなことでも知っていると称したからには、あっしには何ひとつ残ってないんでがす」。このやりとりに弟子たちは滅法よろこんで、「神的な先見の明にかけて」と謂った、「まったく美しくも返答したもんだ。たしかに、ひとりで何でも知っている人間なんていやしないからな。だからこそ、明らかにやつは笑ってたんだ」。 |
26 クサントスが云った、「よければ、おまえを買い取ってやろうか?」。するとアイソーポスが、「そのことに、おらの助言があんさんに必要なんで? よければ、買えばいい、よければ行きゃいい。あんさんに強制する者は誰もおらん。それはあんさんの自由。そして、もしもその気があるなら、財布の口をゆるめて、銀子を払ゃいいし、もしもその気がないなら、おらをからかいなさんな」。クサントスが云った、何でそんなにおしゃべりなんだ」。アイソーポスが云った、「小鳥がしゃべれば、高価とわかる。何でおらを馬鹿にしなさる」。学生たちが、「美しくも、神々にかけて、やつはお師匠を立ち往生させたぞ」。クサントスが云った、「おまえを買ってやっても、逃げ失せるなよ」。アイソーポスが笑って云った、「そうしようという気になったら、あんさんがおらにしたのと違って、あんさんを助言者にするつもりはおへん、それに、逃げ失せるというのは、あんさんの問題であって、おらの問題やおへん。なぜなら、あんさんが奴隷の扱いのいい方なら、美しいことを逃げ出す者は誰もおりまへんが、あんさんが奴隷の扱いの悪い方で、必需品に配慮することなく、破滅をもたらす方なら、一刻もあんさんにもとにとどまってはおりまへん」。するとクサントスが、「その言や美(よ)し、けれどもおまえはむさ苦しいやつ」。アイソーポスが謂った、「心(nous)に注目すべきでっしゃろ、見てくれではなくて」。 |
そこでもう一度クサントスが謂う、「わしに買ってもらいたいか?」。するとアイソーポス、「そんなことをあっしに相談する必要があるんでがすかい? 買うも買わないも、旦那の善いようにすりゃぁいい。誰も何も力ずくに訴えはしまへん。それは旦那の思いのまま。望むなら、財布の口を開けて銀子を払いなされ。さもなきゃ、馬鹿にするのはよしとくれ」。そこで再び弟子たちがお互いに謂いかわした。「神々にかけて、導師を言い負かしたぞ」。さらにクサントスが謂う、「おまえを買い取ったら、逃げだそうとするだろうな」。アイソーポスが笑って謂った、「そうしたいなら、旦那に相談なんかしないやい。ついさっき、旦那もあっしにしなかったようにね」。するとクサントスが、「言うことは美しいが、おまえは醜男だ」。すると相手、「注目せなあかんのは、心であって、哲学者殿、見てくれやおまへんやろ」。 |
27 こういう次第で、クサントスは奴隷商人に近づいて言う、「いくらでこいつを売るのか?」。相手が謂った、「あっしの商売をからかっておいでや」。そこでクサントスが、「何ゆえ?」と謂う。相手が、「あんさんにとって価値ある童僕らをそっちのけにして、むさいのを選びなさったもんで。あいつらの一人を買っておくんなさい、そうすりゃ、こいつはおまけにとってもらいやす」。クサントスが、「こいつの値段を云え」。相手が彼に向かって、「60デーナリオンを払って、やつをもらっとくれ」。そこで学生たちが払い、クサントスが買い取った。すると、収税吏たちが、取り引きを知ってやって来て、誰が売り手で誰が買い手か尋ねた。ところが、両者とも、あまりにけちくさい値段だったので、言いそびれていると、アイソーポスが大声を張りあげた、「売られたのは、おら、売り手はこちら、そしてあちらが買い手。しかしご両人が黙っておるなら、おらは自由の身」。すると収税吏たちは笑って、クサントスには税金をまけてやり、お互いに挨拶を交わして、立ち去っていった。 |
このとき交易商人に近寄ってクサントスが謂う、「いくらでこいつを売るんか」。すると相手が、「あっしの商売を冷やかしといでか、あんたの童僕として値打ちのあるのをうっちゃっといて、こんな醜男を選ぶなんて。ほかのやつらを買うとくれ、こいつはおまけにしときまっせ」。するとクサントス、「いいや、ぜったいこいつだ」。そこで交易商人。「買うなら60オボロス」。そこで弟子たちが即座に値段を出しあって払い、クサントスが買い取った。すると、収税吏たちが取引のあるのを知って、売り手が誰で買い手が誰か調べるため、傍に寄ってきた。しかし両人ともしみったれた値段に名乗りをあげるのを恥ずかがっていると、アイソーポスが真ん中に立って大声で言った。「買われたるは、あっし。買ったるはこちらの方、売ったるはあちらの方。両人とも黙っていたら、むろんあっしは自由人」。おかげで収税吏たちは心がなごんだので、クサントスには税を免除して立ち去った。 |
28 かくしてアイソーポスはクサントスについていった。ところが〔太陽が〕中天にある炎熱の時、道は焼けついたなか、クサントスは歩きながら、外衣をまくって〔一物を出して〕、小便する。これをアイソーポスが見て、後ろから外衣をつかんで引っ張り、謂う、「おいらをすぐに売ってくれ、さもなきゃ、逃げ失せまっせ」。クサントスが謂った、「どうしたんだ?」。そこで相手が謂う、「こんな御仁に奴隷奉公することはできまへん」。クサントスが、「何ゆえ?」。するとアイソーポスが、「旦那は、主人だから、旦那が道草食っても、怖いものなしなのに、自然〔の欲求〕に休息を与えるどころか、歩きながら小便しなすった、〔この分では〕おいらのような奴僕が急ぎの奉公に遣わされた日にゃ、走りながら排泄しなきゃなんねぇ」。クサントスが、「そんなことでうろたえていたのか? 3つの悪を避けたいとおもって、歩きながら小便したのだ」。相手が、「それは何々で?」。クサントスが、「立ち止まったら、わしの頭を太陽が照らしつけるであろ、また、小便している間、わしの両脚を地面が焼くであろ、さらに小便の刺激臭がわしの鼻をつくであろ。されば、これら3つの厄介事を避けようと、歩きながら小便したわけよ」。アイソーポスが言う、「歩いておくんなさい、旦那はおいらを説き伏せやした」。 |
7 こうして、アイソーポスは家に帰るクサントスについて行った。焼けつくような真昼時であった、クサントスは歩きながら長衣(chiton)をたくしあげて小便をした。これを見てアイソーポス、その内衣(himation)の後ろをつかんで、自分の方へ引っ張って謂う。「なるべく早くあっしを売っておくんなさい、さもなきゃ、逃げ出しちまうだよ」。そこでクサントス、「何のために?」。「なぜって」と彼が謂う、「こんな主人にゃ仕えてられねぇだ。なぜというて、あんさんは主人で、怖いものなし、それやのに、自然〔の欲求〕に休息を取ることもせず、歩きながら小便をしなさる、〔そうとすると〕奴隷のあっしが何か仕事を仰せつかった日にゃ、道を歩いている最中に何かこんな自然的欲求がきざしても、あっしは飛びながら大便をしなくちゃなんねぇのは必定」。するとクサントス、「そんなことがおまえの心をさわがしているのか? わしが歩きながら小便するのは三つの害悪を避けようとしてだ」。そこで相手が、「どんな?」。すると彼が、「突っ立ったままでは、太陽がわしの頭を燃え上がらせるであろ、足を地面が焦がすであろ、小便の臭いが鼻をつくであろ」。「そこでアイソーポスが、「歩き続けておくんなさい、旦那はあっしを納得させやした」。 |
29 クサントスが言う、「アイソーポス、わしの女房はべっぴんで、醜い奴隷に奴隷奉公されることを好まんから、門の前で待っておれ、わしが中に入って、おまえの奥方に、何か面白い賛辞を伝えてくるまでな、おまえのむさ苦しさをいきなり見て、持参金を取り返して離別ということにならんように」。アイソーポスが云った、「行って、すぐにそうしなはれ」。そこでクサントスは入っていって、細君に謂う、「奥や、おまえの阿魔っ子たちに奴隷奉公してもらっているといって、もうわしを罵ることはできんぞ。見ろ、わしもおまえのために童僕を買ってきた、それも、おまえが今まで見たこともないぐらい見目美しいやつだ」。 |
8 さて、屋敷の近くに到着すると、クサントスはアイソーポスに門の前で待っているよう命令した。自分の女房がべっぴんだとわかっているので、彼女をもいくらか丸めこんでおくまえに、こんな醜怪なものがいきなり彼女の前に現れるわけにいかなかったからである。そこで自分が入っていって言う。「奥や、これからはもう、おまえの召使い女たちの奉仕をわしが享受するといっておまえがわしを罵ることはあるまいよ。なぜなら、眼にも美しい、いまだ見たこともないような童僕を、わしもおまえのために買ってやったところだから。やつはもう門の前に立っている」。彼が〔いったのは〕こういうことであった。ところが召使い女たちは、言われたことが真実だと思って、新入りが自分たちの中の誰の情人になるかをめぐって、お互いに賤しからぬ言い合いを始めた。 |