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30
奉公女たちはこれを聞いて、言われていることが真実だとおもって、お互いに争い言い合いをはじめた、「あたいにご主人が男を買ってくだすった」。しかし他の者が謂う、「あんたのはぬか喜び、だって、あたいには夢の中でその方を結び合わせてくださったのだもの」。さらに他の者が謂う、「あたいは夢の中で結婚したのよ」。おりしも、これらの連中が言い争っている間に、細君がクサントスに謂った、「それほどの賛辞をあなたが呈するご当人は、どこにいますの?」。相手が謂った、「門のところまでついてきたが、呼ばれるまで中に入らず、外で待っている」。そこで相手が謂う、「誰か新入りを呼んでおいで」。するとひとりの奉公女が、好色であったので、他の連中が争っている間に、「抜け駆けして」と謂う、「その男と言い交わしてやろう」。そこで門の前に出ていって大声でいった、「どこなの、新入りさん、あたしのために購入された方は?」。アイソーポスが謂った、「ここだよ」。すると娘はびっくりして云った、「あんたがかい?」。相手が、「そう、おいらがそうだよ」。相手が謂う、「この魔除けめ、あんたの尻尾はどこなのさ? いきなり入ってくるのじゃないよ、さもなきゃ、みんな逃げ出しちゃう」。そうして、この小女は先にわかったので、他の連中に謂った、「あたしたちがみんなで何を言い争っていたか、出ていってご覧よ、どんなにひどいものか」。そこで他の小女が出ていって、彼を見て云った、「ちくしょう! あんたの顔なんかぶったたかれりゃいい。こっちに入っといで、けれど、あたいにひっつくんじゃないよ」。こうして、入って、女主人の前に立った。

そこでクサントスの奥方が、新入りを中に呼ぶように言いつけたので、一人の〔召使い〕女がほかの者たちより先に飛び出し、呼び入れることを手付けにしようと、走り出て新入りを呼んだ。そこでくだんの者が、「ほら、あっしならここにいる」と謂ったので、仰天して、「あんたがかい?」と謂う。そこで相手が、「そうや」。するとくだんの女、「この魔よけ、中に入るんじゃないよ、でなきゃ、みんな逃げ出しちゃう」。そこにさらに他の女が出てきて、彼を眼にするや、「おまえの顔なんか、ぶっ叩かれるがいい」と謂い、「こっちにお入り、けどあたいには近づかないどくれ」、入って女主人の前に立った。
31
しかし、彼を見た彼女は、顔をそむけて、夫に向かって謂う、「この化け物をどこからわたしのところへ? これがあなたの賛辞を呈する者なの? この者をわたしの眼の前から追い払ってちょうだい」。クサントスが云った、「満足おし、奥や、わしの新入り奴隷を馬鹿にしちゃいかん」。細君が謂った、「わたしを憎んでいるね、クサントス。他の女と結婚したくて、けれどもあたしに言うのを恥じて、あたしがこの家を出てゆくよう、こんなイヌザルをわざとわたしのところへ連れてきたのね、この者に奴隷奉公されるの拒んであたしが離別するようにと。それならわたしにわたしの持参金を返してちょうだい、そうしたら出てゆきます」。そこでクサントスがアイソーポスに謂った、「歩きながら道に小便するなと、あれだけの文句をわしに謂いながら、今は彼女に何も言わんのか?」。アイソーポスが云った、「彼女を闇の中に追っ払ゃいい」。相手が、「黙れ、ろくでなし。彼女のことを自分と同じほど好きなのがわからんのか」。アイソーポスが言う、「女房にいてほしいんで?」。クサントスが、「そうだ、この逃亡奴隷め」。「するとアイソーポスは足を中央に踏み出して、声を張りあげた、「哲学者クサントスは恐妻家なり。

彼女は、これを見ると、視線を夫の方にそむけて、謂う、「こんな化け物をどこからわたしのところに引っ張ってきましたの? これをわたしの前から追い出してちょうだい」。するとくだんの夫が、「おまえに充分だよ、奥や、わしの新入りをそんなに馬鹿にするもんじゃない」。「明らかですわ、クサントス、あんたがわたしを憎んでいるのは。というのは、他の女を迎え入れたいものの、きっと、わたしがあんたの屋敷から出てゆくようわたしに謂うのを恥じて、この男の奉仕にわたしが堪えられなくなって逃げ出すよう、こんな犬頭〔キュノケパロス〕をわたしのところに連れてきたのですわ。わたしの持参金をわたしに返してちょうだい、そうしたら出てゆきます」。このことばにクサントスはアイソーポスに対して、道中は、歩きながら小便することについて何なら綺麗事をぬかしながら、今はこの女に何も言わんのかと非難すると、アイソーポスが謂った、「このあまを処刑坑(barathron)に投げこむがいい」。するとクサントス、「やめろ、ろくでなしめ。この女を、〔この女が〕わしを〔好いてくれる〕ように好いているのが、いったいわからんのか」。
32
ところでそなたが、奥方、そなたの夫がそなたのために買ってくることを望んだは、若く、おめめの美しい、巻き毛の、色白の童僕 — その勤めは、風呂の中まで仕え、裸のそなたを見つめ、寝室の中にまで味つけし、そなたの両の脚をこすり、そなたといちゃつき、この哲学者を辱めること。いやさ、おお、エウリピデースよ、汝の偽りなき口は黄金にあたいする、汝がこう言ったとき、 —
  海原の浪に数多の怒りあり、
  恐ろしきは河と熱き火の息吹、
  恐ろしきは貧窮、恐ろしきは他に無量あれど、   女ほど諸々の災悪を凌駕するものなし。
されば、そなたが、この哲学者の妻でありながら、美しき若者らに奴隷奉公されたがっているは、さかりがついて、夫に暴行をはたらかんがためなるや?」。これを聞いて、細君が謂った、「こんな粗悪品をどこから買ってきましたの? けれども、このむさ苦しいのは口数が多いようにわたしには見えます。この者とは仲直りしましょう」。クサントスが謂った、「アイソーポス、奥方がおまえと仲直りしてくれたぞ」。しかし相手が謂う、「大したもんだ、女房を仰天させたらおとなしくなったとしたら……〔以下、欠損〕

そこでアイソーポスが、「この女を恋していなさる?」。するとくだんの相手が、「もちろんだ、逃亡奴隷め」。するとこれに対してアイソーポスは真ん中で〔不同意の〕足を踏み鳴らしながら大声でよばわった、「哲学者クサントスは、女の尻にしかれていなさるぞ」。

そして自分の女主人の方に向き直ると謂った、「あなたは、おお、おかみさん、哲学者があなたのために奴隷を購入してくれることを望んだのですな、若くて、体つきがよくて、活きのいいのを、そいつはあんたが風呂に入るときにもあんたの裸を眺め、哲学者の醜聞になるようなことをしてあんたといちゃつく。エウリピデース、あっしはあんたの口を黄金だと主張する、こういうことを言っているのだから。
 海原の波頭にあまたの怒りあり、
 河川にも、はたまた熱き火の息吹もあまたあり、
 恐ろしきは貧窮、恐ろしきは他にも無量、
 されど悪しき女ほど恐ろしきは他になし。      〔断片1059〕

あなたは、おお、おかみさん、哲学者の妻だから、美しい若者たちに奉仕されることを拒み、あなたの夫に侮辱をなすりつける真似をけっしてしてはなりませぬ」。彼女はこれを聞くと、何も反論できなくて、「どこで、あなた」と謂う、「この美を狩猟してらしたの? そればかりか、このくそったれはおしゃべりで、ふざけたもの。とはいえこれと仲直りしましょう」。するとクサントス、「アイソーポス、おまえの女主人はおまえと仲直りなさるぞ」。そこでアイソーポスが皮肉っぽく、「大層なことだ」と謂う、「女を飼い馴らすのは」。するとクサントス、「もうこれ以上は黙れ。おまえを買ったのは、奴隷にするためで、やりこめさせるためじゃないのだから」。

33
〔欠落〕

34
 クサントスが謂った、「それ以上は、黙れ。おまえを買ったのは、奴隷にするためであって、つべこべ言い返させるためなどではけっしてないのだ。とにかく、麻袋をかついでわしについてこい、菜園に野菜を買いに行くのだ」。そこで彼は麻袋を肩にかついで、クサントスについていった。そして彼らがひとつの菜園にやってくると、〔クサントスが〕菜園家に言う、「わしらに野菜をくれ」。すると相手は鎌をとって、自分で、アスパラガス、砂糖大根、ゼニアオイ、それに薬味草を刈り取った。そしてざっと括って、荷をアイソーポスに手渡した。そこでクサントスは小袋を開けて、野菜の代金を手渡そうとした。
9
 次の日、クサントスはアイソーポスについてくるように言いつけ、野菜を買うため、とある菜園家のところに出かけていった。そして菜園家が野菜の束を刈り取ってくれたので、アイソーポスが担ぎ上げた。
35
すると菜園家がクサントスに向かって謂った、「お気遣いなく、旦那。ある問題について、旦那の一言に用があるもんで」。そこで相手が謂う、「望みのことを言ってくれ」。すると菜園家が、「お師匠、あっしの手で大地に植えられた野菜は、耕され、水をやられるのに、生長は遅い、ところが、大地から勝手に生えたのは、全然世話されないのに、より速く生長する、これは何でなんでがすか?」。相手は哲学的な問題を聞いたが、解き方を見つけられず、「神的配慮によって」と謂った、「万事は規定されているのだ」。

そこでクサントスが菜園家にまさに小銭を支払おうとすると、菜園家が、「まあまあ、旦那」と謂う、「問題をひとつあんたに解いてもらいたい」。そこでクサントス、「どんな?」。すると相手が、「一体全体どうしてなんでがすか、あっしに植えられた野菜は、面倒見よく耕され水をかけてもらっているのに、それでも成長は遅い。ところが地面に勝手に芽を出したやつは、なんの面倒も必要としないのに、こっちの芽吹きは早いって〜のは」。ところがクサントスは、その提題は哲学者のものだったにもかかわらず、ほかに云いようも思いつかず、神的配慮によって、それはほかの目的に向けられているのだと謂うばかり。
36
アイソーポスはこれを聞いて笑った。するとクサントスが、彼に向かって謂う、「おまえはただ笑っているのか、それとも、嘲笑しているのか?」。相手が、「嘲笑しているんでさぁ」と謂う、「あんたをじゃなく、あんたに教えたやつを。なぜなら、神的配慮によって統治されている物事は、知者たちによって解かれるんですから。だから、お任せください、そうしたらおいらがこの〔問題〕を解いてみせやしょう」。

するとアイソーポスが、傍にいたものだから、笑い出した。これに向かって哲学者が、「どちらなのか、ただ笑っているだけなのか、それとも嘲笑しているのか?」。するとアイソーポスが、「嘲笑しているんでがす」と謂う、「いや、旦那ではなく、旦那に教えた人を。だって、神的配慮によって起こったことは、みな知者によって解明されているんでがすから。とにかくあっしに問題を出してください。そしたらその問題を解いてみせやしょう」。
37
クサントスが菜園家に言う、「才気あふるる方よ、あれほどの聴衆を前に対話してきたわしが、今、菜園の中で謎々を解こうとするは不都合。されど、経験豊かな童僕がわしについてきておる。やつに打ち明けてみなされ、さすれば、問題を解いてくれよう」。菜園家が謂った、「このむさいのは、文字を知ってんですか? ああ、なんたる不幸、云ってくれ」と彼が謂う、「もし知っていなさるなら」。するとアイソーポスが、「あんたの聞きたがっているのはこういうこと、つまり、植物を大地に植え、これを丹誠こめて耕作するのに、野草の方は、あんたに植えられたものらよりもより速く、よりよく生長するのは、いかなる理由でかということ。お聞きなさい、そして心を傾注しなさい。女が再婚した場合、前夫との間にできた実の子らを連れていて、〔新しい〕夫の方も前妻との間に子を持っていることがわかったという場合を。前者にとっては母親と申し立てるが、後者にとっては継母ということになる。しかし両者には多くの差異が生じる。というのは、自分から産まれた子は、情愛深く育てるが、他人の陣痛によって産まれた子は、嫉妬心をいだいて憎み、こちらの子らの養いは大いにへつって、自分の実の子らに与えるのだ。なぜなら、自分の子は自然本来的に愛するが、夫の連れ子は他人のものとして嫌うからである。そういうわけで、大地も同じであって、ひとりでに生えでたものにとっては母親であるが、あんたに植えられたものにとっては、継母になり、だから、自分の養い子は、あんたに庶子として植えられたものらよりも、よく繁茂するようにさせるのだ」。これを聞いて菜園家は言う、「わしの苦痛を大いに軽くしてくれた。この野菜は贈り物としてとってくれ。そして何か別のものが必要になったら、自分の菜園のように思ってきてくれ」。

そこで、そういうわけで、クサントスは菜園家に向き直って言う、「とにもかくにも都合がよろしくない、あんた、あれほどの聴衆の中で対話してきたわしが、今菜園の中で知的な問題を解くというのは。ただ、これなる童僕は、あまたの経験を持っておって、わしについてきておる。こいつに相談すれば、提題の解を得られるやもしれぬ」。すると菜園家が、「この醜怪なやつは、文字を知ってんでがすか? ああ、なんたる不幸。さあ、謂ってくれ、おお、最善の御仁よ、提題の解を知っているなら」。そこでアイソーポスが、「女が」と謂う、「再婚した場合、前夫との間にできた実の子らを連れていて、〔新しい〕夫の方も前妻との間に子づくりをしていたのがわかったとしたら、自分が連れてきた子にとっては、彼女はその母親であるが、夫の連れ子にとっては、その継母となる。このとき、両者に対する態度は大いに異なる。すなわち、自分の子どもは情愛深く面倒見よく養ってすごすが、他人の胎から産まれた子は、憎み、嫉妬心をいだき、こちらの子らの養いはへつって、自分の実の子らへの足しにする。なぜなら、後者は自然本来的に自分の子として愛するが、夫の連れ子は他人のものとして嫌うからである。じつに大地も同じであって、ひとりでに自分から生えでたものにとっては母親であるが、あんたが自分で植えたものにとっては、継母になる。そのために、自分のものは嫡子としてますます強く養い育むが、あんたに植えられたものには、庶子としてそれほどの養いを分け与えないのである」。このことばに、菜園家はよろこんで、「あんたはわしを信じてくれるやろ」と謂う、「どうしようもない苦痛と無駄口からわしを楽にしてくれたってことを。野菜はただで持ってってくれ、そしてあんたにこれが必要になったときはいつでも、自分の菜園のように入ってきて取ってくれ」。〔Cf. Perry119〕
38
〔欠落〕

39
 さて、数日後、クサントスが入浴したとき、友だちを見つけるということがおこり、アイソーポスに謂う、「家に先に帰れ、そうして豆を三脚鍋に入れ、わしらのために煮てくれ」。そこでアイソーポスは走って帰り、台所に入ると、豆の粒をひとつとって、三脚鍋で煮た。他方、クサントスはといえば、友だちといっしょに入浴を終え、「粗食をともにすることを」と謂う、「多としていただきたい。われらにあるのは豆の煮物だが。というのは、友を判断するのは、ご馳走の多彩さによってであってはならん、熱意で審査すべきだから」。
10
 数日後、クサントスは今度は風呂に行き、何人かの友だちと出会ったので、アイソーポスに向かって、屋敷に先に帰り、レンズ豆を鍋(chytra)に入れて煮るよう云ったので、くだんの人物は帰って、レンズ豆の一粒を鍋に入れて煮た。さて、クサントスが友だちと連れだって入浴した後、いっしょに食事しようと彼らを誘った。ただし予告して、食事はつましくレンズ豆だけということ、また、食い物の多彩さによって友だちを判断すべきではなく、真心をこそ審査基準にすべきだともいった。
40
こうして、彼らを家に案内して謂う、「アイソーポス、湯上がりの飲み物をくれ」。そこで彼は壺をとり、風呂場に走っていって、 クサントスに差し出した。相手は、悪臭にとりつかれて謂う、「ぺっぺっ、アイソーポス、何だ、これは?」。相手が、「湯から上がったやつで」と謂った。しかしクサントスは、この時も、心中煩悶したが、黙りこんでしまった。そして謂う、「わしに盥を持て」。すると空の盥を置いて突っ立っている。そこでクサントスが、「洗わんのか?」。アイソーポスが謂った、「あんたがおいらに命じたのは、おいらが聞いただけのこと、それをまた実行するようにということ。『盥に水を入れ、わしの脚を洗え、そうしてサンダルを置け』とか、それに付随することは云わなんだ」。そこでクサントスは友たちに謂った、「わしが買ったのは自分の奴僕ではなかったのか。いやむしろお師匠だったらしい」。

そこで一行が連れ立って、屋敷に到着すると、クサントスが謂う。「わしらに風呂あがりの〔"apo loutrou"〕飲み物をくれ、アイソーポス」。そこで彼が、風呂の流し(aporroia)から汲んで手渡したので、クサントスは悪臭ふんぷん、「ぺっぺっ、何だこれは」と謂う、「アイソーポス」。すると彼が、「風呂あがり〔"apo loutrou"〕でさ、言いつけどおり」。クサントスは友だちがいる手前、怒りを抑えて、洗足盥を自分に供するよう言いつけると、アイソーポスは洗足盥を置いて突っ立っている。そこでクサントス、「洗わんのか」。すると彼、「旦那はあっしに、何なりと指示すること、そのことだけするよう申しつけなすった。ところが旦那は今いわなんだ。『水を洗足盥に入れて、わしの足を洗え、靴を置け、云々』とはな」。これに対して、友だちに向かってクサントスが謂った。「わしが買うたんは奴隷ではなかったのか? とんでもないことだ。買うたんが先生だとは」。
41
さて、友たちが寝椅子につくと、クサントスが謂う、「アイソーポス、豆は煮えたか? くれ、食ってみよう」。そこで彼は匙で豆の粒をすくって、相手に差し出した。これをとってクサントスは、煮具合を調べるために差し出されたと思って、潰してみて謂った、「美しく煮えている、運んでこい、食べよう」。彼が運んできたので謂った、「豆はどこだ?」。それはあんさんが取りなすった」と彼が謂う。クサントスが云った、「おまえが煮たのは粒ひとつか?」。相手が、「へい」と謂う、「だって、豆をと云うただけで、豆豆をとは云わなんだ。前者は単数だが、後者は複数だもんね」。クサントスが謂う、「知者の諸君、こやつはわしをすぐにも狂気におちいらせる気だ。

こうして、彼らが寝椅子につき、クサントスがアイソーポスに、「豆は煮えたか」と尋ねると、彼は豆の1粒をすりこ木にとって渡した。そこでクサントスがとって、煮え具合を調べるために豆を受けとり、指で潰してみていった、「煮え具合や美(よ)し。持ってくるがいい」。そこで彼はめいめいの皿の中に水だけ空けて、給仕したので、クサントスが「豆はどこか」と謂う。すると彼、「そいつぁ、旦那がとっただ」。そこでクサントス、「豆粒1個を煮たのか」。するとアイソーポス、「もちろん。豆をひとつと云うて、豆豆をとは云わなんだやろ、それは複数でないということや」。
42
とにかく、わしが友たちに無礼者と思われないよう、行って、若豚1頭の分の脚4本を買ってきて、茹でて給仕せい」。そこでアイソーポスは〔それを〕手に入れて、煮だした。ところがクサントスは、相手をたやすくいいなりにしようとして、アイソーポスが何かの用で物置に出ていった隙に、鍋の中から脚を1本取って隠した。やがてアイソーポスが入ってきて、鍋を覗きこんで、脚が3本だったので、自分に罠が仕掛けられと気づき、家畜小屋に降りていって、戦刀をを執ると、食料用の若豚の脚をぶった切り、 鍋の中に放りこんで、いっしょに煮た。他方、クサントスはといえば、アイソーポスが残りの脚をどうしても見つけられなくて逃亡するのではないかと心配になり、それを再び鍋の中に放りこんでおいた。こうして脚は5本になったけれども、何が起こったかは、彼らの中に知っている者は一人もいなかった。

こうして、クサントスはすっかり困りはて、「同志諸君」と謂う、「こいつはわしを気狂いにさせよる」。それからアイソーポスに向かって、云った。「さぁ、あくどい奴隷め、わしが侮辱しているように友たちに思われないよう、さがって仔豚の脚を4本買ってこい、そして大急ぎで煮て供応せい」。そこで彼は急いでそうして、脚が煮えているあいだに、クサントスは口実をもうけてアイソーポスを殴ってやろうと、彼〔アイソーポス〕が何かの用事で忙しくしているすきに、鍋から脚を1本こっそり抜き取って、隠しておいた。しばらくして、アイソーポスも入ってきて、鍋を検分し、脚が3本しかないことを見つけ、自分に対して何かたくらみがなされたことを悟った。それならと、中庭(aule)に駈けおり、食用仔豚の脚の1本を戦刀(machaira)で切り取り、毛をむしって、鍋のなかに放りこんで、ほかの脚といっしょに煮た。クサントスはといえば、アイソーポスが脚をくすねられて、見つけられないために逃げ出しはしないかと怖れて、ふたたび鍋の中にそれを入れておいた。
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そうして少しして〔クサントスが〕謂った、「アイソーポス、若豚の脚を煮たら、くれ、食べよう」。そこでアイソーポスが脚を皿に空けると、見よ、5本ある。そこでクサントスが、「何だ、これは?」。アイソーポスが蒼白になって謂った、「2頭の若豚は脚を何本持っておりやすので?」。クサントスが謂った、「8本」。アイソーポスが云った、「ここに5本、そして下に3本脚の若豚が餌を食っている」。そこでクサントスが友たちに謂った、「こやつはじきにわしを狂気におちいらせると云ったではないか」。アイソーポスが謂った、「ご主人、あんたはおいらに仕来りをおっかぶせるべきじゃなかった、そうすれば、あんたに適切に奉公するものを。なぜなら、付加にしろ省略にしろ、過不足に言われることは、程を得ぬ過ちなんでがすから」。こうしてクサントスは、相手を鞭打つ口実を何ひとつ見つけられぬまま、黙りこんでしまった。

さて、アイソーポスが脚を皿に空けると、それは5本になっていたので、クサントスが、「これは何だ」と謂う、「アイソーポス。なんで5本なんや?」。するとくだんの男、「仔豚2匹の脚は何本でがすか?」。そこでクサントス、「8本やがな」。するとアイソーポス、「でがすから、ここに5本、下に3本脚の食用仔豚が1頭おりますがな」。するとクサントスはひどく不機嫌になって、友たちに向かって謂う、「ついさっき言うたのとちがいますか、じきにわしを気狂いにさせるのは、こいつだってことを」。するとアイソーポスが、「ご主人さま、〔指示内容を〕具体と抽象との、どれくらいの割合で要約したらいいかをご存じなかったのは、過ちではありませぬ」。こうしてクサントスは、アイソーポスを鞭打つに都合のよい理由を何ひとつ見つけ出せなかったのである。
44
 さて、次の日、彼〔クサントス〕といっしょに講義に出席した。このとき学生のひとりが、盛大な晩餐のこしらえをして、クサントスならびに残りの学生たちを招いた。このとき、クサントスは食事中に、たくさんの余し物を取ってアイソーポスに手渡し、謂う、「帰って、好意を寄せてくれるもの〔女性形〕に渡してくれ」。相手は自分に謂う、「今こそおいらがおいらの奥方に仕返しをする好機だ、おいらが買われてきたとき馬鹿にしおったことのお返しを」。
11
 次の日、弟子たちのひとりが豪勢な宴会をしつらえ、他の弟子たちといっしょにクサントスをも招いた。そうして〔一同〕腹いっぱいになったとき、クサントスはありあわせの食膳から見繕った余し物を取り分けて、後ろに控えていたアイソーポスに渡し、「さがって、わしを好いてくれるものに」と相手に向かって謂う、「これを手渡してくれ」。そこで彼は、帰る道々心に思いついた、「今こそわしの女主人に仕返しをする絶好の機会や、新入りで来たときにわしを馬鹿にしくさった仕返しや。わしの主人を好いているのが誰だか、今に見とれ」。
45
こういう次第で、家に着くと、自分の奥方を呼び、手提げ籠を彼女の前に置いて、謂う、「奥方、何か傷んだものはありませぬか?」。彼女が、「みんな無事で無疵よ」。アイソーポスが云った、「これはみんなご主人が寄越されたもんでがすが、おなたにではなく、好意を寄せているものに」。するとクサントスの細君が謂う、「いったい誰よ、あたし以上にあの人に好意を寄せているひとって?」。相手が謂った、「待ってください、そしたら眼にもの見るでしょう」。そうして牝犬を呼んで、「おいで」と謂う、「リュカイナ、お食べ」。牝犬はわんわんいいながら彼のところに駆け寄った、そうして、〔アイソーポスは〕牝犬に余し物をひとつずつ残らず投げてやりながら言う、「ご主人はおまえにくれてやるようにとおっしゃった」。こうして牝犬が食べ終わると、アイソーポスは再び主人のところに引き返した。

こうして、屋敷に着くと、玄関口に腰を下ろして、女将さんを呼び出し、余し物の籠を彼女の目の前に置いて謂う、「おかみさん、ご主人が遣わされたのは、これをみなあなたにではなく、好いてくれるものになんでがす」。そして雌犬を呼んで、「おいで、リュカイナ〔「雌オオカミ(lykaina)」の意〕や、お食べ、これをおまえにやるようにとのご主人の指示なんやから」云いつつ、一切れずつ雌犬にみんな投げ与えた。
46
するとクサントスが彼に言う、「好意を寄せてくれるものに余し物をやったか?」。相手が謂う、「みんな取って、おいらの目の前で平らげやした」。するとクサントスが、「食べながら、何か言ったか?」。アイソーポスが云った、「おいらには何も、けど身振りでは、心の中であんたに感謝してやした」。そのころクサントスの細君は、悲嘆にくれて言った、「あたしよりも牝犬を立てた、あの人にどうして好意を寄せられるでしょう? あの人とはいっしょにいられません」。そうして、寝室に入って、嘆き悲しんだ。

その後で、主人のもとにふたたび立ち返って、好いてくれるものにみんなやったかと尋ねられたので、「みんな残らず」と謂う、「わしの顔前でぺろりと平らげやした」。すると相手はさらに問いただす、「食いながら、何か言ったか?」。くだんの男、「わしには」と謂う、「なんにもおっしゃらなんだが、心の底からぞっこんなのが、わしにはわかりやした」。ところがクサントスの奥方は、夫に対する好意を、雌犬の二の次と暴露されたものだから、この事態をわざわいと受け取り、これからはもはや夫といっしょには誓って暮らすまいと、寝室に引きこもって悲嘆にくれていた。
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 そのころ、酒宴は最高潮に達し、相互に問題が出し合われた。「人間界における大きな混乱はいかにして生起するか?」とひとりが云うと、後ろに立っていたアイソーポスが謂った、「屍体たちが生き返って自分のものを返せというとき」。すると学生たちが笑って、「利口者だ」と謂った、「この新入り奴隷は不愉快でもない。もちろん万事クサントスが即興でやつに教えている、ただし、万事を美しく言うことはべつにしてだが」。

酒宴もたけなわとなり、お互いに質疑応答が起こり、彼らの一人が、人間界において大いなる必然が生起するのは何時かという問題に行き詰まっているとき、後ろに控えていたアイソーポスが云った、「死人たちがよみがえって、自分たちの所有物の返還を要求したとき」。すると弟子たちは笑って謂った、「この新入りは頭がいい」。
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他のひとりが謂った、「羊は供犠に引っ張ってゆかれるとき鳴き声をあげないが、若豚が大声で泣きわめくのは何ゆえか?」。アイソーポスが再び立ったまま謂った、「羊は乳を搾られたり毛を刈られたりするのに慣れているので、引っ張ってゆかれてもついてゆき、ひっくり返されたり刃物を見ても、何の疑うところがない。これに反し若豚の方は、有用な乳も持たず、毛も持たず、自分の血を空にしようとひとがするのは、肉に用があるからと知っているので、鳴き喚くのだ、ほかにどうしようもなくて」。学生たちは驚嘆し、彼を称讃した。そして、そういうふうにして晩餐はお開きになった。

すると今度は別の者が次のような問題を出した、羊は屠殺に引かれてゆくとき鳴かないのに、仔豚はぎゃーぎゃー鳴き立てるのはなぜか、アイソーポスは再び謂った、「羊は、普段、乳を搾られたり、重たい羊毛を刈り取ってもらえるから、黙って引かれてゆく。だから、ひっくりかえされても、刃物を見ても、何ら恐ろしいものと疑うことをせず、それらをいつものことにすぎないと信じているように思える。これに反して仔豚の方は、乳を搾られたことも毛を刈られたこともなく、何かそういったことのために引っ張ってゆかれたということがないのを自覚しているから、当然、喚くのだ」。こういうふうにいわれたので、弟子たちはまたもや吹き出して、彼を賞讃した。
49
 さて、クサントスは、寝室にいる自分の細君のところに入ってゆき、彼女に優しくした。ところが彼女は彼に背を向けて言う、「あたしにさわらないで。あたしの持参金をあたしに返してちょうだい、もうあんたとはいっしょにいられません。出てゆきますから、牝犬に優しくすりゃいい、余し物を送り届けたでしょ」。クサントスは心中で、「アイソーポスめ、今度はいったい何をわしに仕掛けたんだ?」。そして謂う、「奥や、酒を飲んだのはわしだが、酔っぱらっているのはおまえだよ。余し物を誰に送り届けるものか、おまえにでなくて」。すると彼女が謂った、「わたしにじゃなくて、牝犬によ」。クサントスが云った、「誰かアイソーポスをわしに呼んでくれ」。

かくして酒宴がお開きとなり、クサントスは屋敷に帰ると、奥方にしゃべりかけようとなれなれしく抱きついたところが、彼女は彼から身をそらせて謂う、「わたしに近寄らないで。わたしに持参金を返してちょうだい、出てゆきますから。もうあんたといっしょにここにはとどまれません。あんたはあっちへ行って、御馳走を届けてやった雌犬におべんちゃらをいっていればいいのよ」。これにはクサントスも仰天して言う、「どうみたって、アイソーポスめがまたもやわしに何か悪いことを仕組んだにちがいない」。そこで奥方に向かって謂う、「奥や、わしが飲んでいるあいだに、おまえは酔っぱらったのか。御馳走を届けた相手は、おまえではないのか?」。「ゼウスに誓って、わたしにではございません」とくだんの女が謂う、「雌犬にですわ」。
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 そして彼がやってくると、〔クサントスが〕言う、「誰に余し物をやったのか?」。すると相手が謂った、「好意を寄せてくれるものに」。クサントスが謂う、「彼女は何も受け取っていないぞ」。細君も発言した、「わたしは何も受け取っていませんわ」。アイソーポスが謂った、「誰に余し物が渡されるよう云いなすったんで?」。クサントスが云った、「好意を寄せてくれるものに」。すかさずアイソーポスが、「けれど彼女はあんたに好意を寄せてはおらんよねぇ」。クサントスが、「そうでなきゃ、だれが? 逃亡奴隷め」。アイソーポスは牝犬を呼んで謂う、「あんたにもっと好意を寄せているのはこいつでさぁ。細君は、好意を寄せていると言ってるけど、好意を寄せちゃいませんやね。なぜなら、ちっぽけなことに腹を立てて、暴力をふるい、文句を言い、離別するんでがすから。それに反してこの牝犬ときたら、ぶん殴ろうが、追い出そうが、引っ込むことはけっしてなく、すぐに忘れて再び主人に尻尾を振るんでがす。だからあんたは云うべきだったんでがす、『わしの細君にこれを送り届けてくれ』と、『好意を寄せてくれるものに』じゃなくてね」。クサントスが細君に云った、「見たろ、奥や、責任はわしにあるのじゃなくて、運んだやつにあるってことを。とにかく我慢するんだ、そうしたら、口実を見つけて、やつを鞭打ってやるから」。

そこでクサントスは、呼ばれてやってきたアイソーポスに謂う、「御馳走を誰にやったんや?」。そこでくだんの男、「あんたを好いているものに」。そこで奥方に向かってクサントスが、「何も受けとらなかったのか?」。するとくだんの女、「なんにも」。するとアイソーポスが、「誰に御馳走を渡せと言いつけなすったのでがすか、おお、ご主人さま」。そこで彼が、「わしを好いてくれるものに」。するとアイソーポスは雌犬を呼び寄せて、「こいつは旦那を」と謂う、「好いとりますです。というのは、奥さんは〔口では〕好いていると言っても、ちっぽけなことで腹を立てて文句をつけ、罵り、離れてゆくのでがす。ところがこの雌犬ときたら、殴ろうが、追い払おうが、離れようとせず、どんな仕打ちも忘れて、すぐに愛情深く嬉々として主人に尻尾を振るのです。だから、旦那は、ご主人さま、御馳走は奥方に、つまり、好いてくれない女に持ってゆくよう云うべきでした」。するとクサントスが、「わかったかい、奥や、過ちはわしではなく、運んだやつにあるのだってことが。何はともあれ我慢しておくれ、やつを鞭打つ口実には困らないはずだから」。けれども彼女は聞き入れず、こっそり自分の両親のもとに離別したので、アイソーポスが云った、「あっしが云ったのは正しかったではありませんか、おお、ご主人さま、旦那を好いているのは雌犬の方が上であって、あっしの女主人ではないというのは」。
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 しかし彼女が、「今からはもうあんたといっしょに暮らせません」。そしてこっそりと抜け出して、自分の両親のもとに身を寄せた。するとアイソーポスが自分の主人に謂った、「あんたに云うたやないですか、あんたに好意を寄せているのは牝犬で、おいらの女主人やないって」。しかし、数日すぎても彼女が和解しないままだったので、クサントスは何人かひとを遣って、自分のところにもどってくるよう呼びかけた。しかし彼女は聞き入れなかった。そのため、細君がいなくなってクサントスがすっかり意気消沈しているので、アイソーポスが近づいて彼に言う、「心痛しなさんな、おお、おいらのご主人さま。おいらが明日、彼女が自分ひとりであんたのもとに戻ってくるようにしますから」。そして貨幣を受け取ると、市場に出かけて行き、鳥やガチョウや別の幾品かを買いこみ、これを運んで帰る途中、自分の女主人がいる場所に通りがかった、もちろん、そこにクサントスの細君がいるということは知らぬふりをして。そして、彼女の両親の家僕たちのひとりを見つけると、これに謂った、「ほんに、兄弟、このお屋敷には、ガチョウとか他に何か婚礼用の品がおませんか?」。相手が、「いったい何でそんなもんが要るんや?」。すかさずアイソーポスが、「哲学者のクサントスが、明日、女と連れ合いになる予定でんねん」。相手は一目散に駆けあがり、このことをクサントスの細君に報告した。彼女は聞くやいなや、大急ぎでクサントスのもとに帰ってきて、彼を罵って言う、「おお、クサントス、あたしが生きているかぎり、他の女とくっつくことはできないわよ」。

何日かが過ぎ、奥方が仲直りしないままだったので、クサントスは親類の者を何人か彼女のもとに遣って、家にもどってくるようにいったが、彼女は聞き入れようとしなかったところ、アイソーポスが彼のところに来て謂う、「心配しなさんな、ご主人さま。あっしが明日、彼女が自由意志で自発的に旦那のところに帰ってくるようしやしょう」。そして小銭を受けとると、アゴラに出かけて、ガチョウや鳥やその他、宴会用の必需品を何やかやと購入して、歩きまわりながら家々を訪問。そうやって、自分の女主人の両親の屋敷にも立ち寄った、彼女がそこの娘であることも、まして、そこに女主人がいることも知らぬようなふりをしてである。そうして、その家の人たちに、婚礼用の品々を買うことのできるところがどこかあるか尋ねた。相手が、「いったい誰がそれを必要としているのか」と聴いたので、「クサントスでがす」と謂う、「哲学者の。明日、女と懇ろにするつもりでがすから」。すると相手は、中に入って、クサントスについて聞いたとおりに奥方に報告するや、くだんの奥方はただちにクサントスのもとに息せききって駈けもどり、彼を罵り倒した、そして他人にこんなことまで言ったものだ、「あたしが生きていなければ、おお、クサントス、他の女とよろしくやれたでしょうけどね」。こういうふうにして、アイソーポスのせいで別れたと同様、彼のおかげで屋敷にとどまったのである。
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 さて少しの日がたって、クサントスは何人かの学生を食事に呼び、アイソーポスに謂った、「さがって、何か美しいものとか有用なものがあれば、料理してくれ」。アイソーポスはさがりながら、自分に言った、「おいらがあの御仁に、たわけたことを言いつけるものでないことを教えてやろう」。そこで食料品市場に急ぎ、供犠された若豚の舌を片っ端から購入し、帰って準備した。さて、友人たちがクサントスといっしょに寝椅子につき、飲んだ後、「アイソーポス」と謂う、「われわれに食い物をくれ」。そこで彼がめいめいに茹でた舌と酢入りの魚ソースとを供した。すると学生たちはクサントスを称讃して言う、「おお、お師匠、食事までがあなたの哲学に満たされております。というのは、すぐに舌を饗応されましたが、すべての哲学は舌を介して遣わせられるのですし、もっとすぐれている点は、水を通されたことです。なぜなら、すべての舌の構成要素は、湿なのですから」。そういう次第で、彼らは喜んで食べた。
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 数日後、今度はクサントスが弟子たちを食事に呼ぼうとして、アイソーポスに謂う、「出かけて行って、何でもいいから、最も有用で最も善いものを食材に買い出してきてくれ」。かれは道々ひとりごとを言った、「たわけたことを用命するもんじゃないってことを、わしが主人に教えてやろう」。そこで豚の舌ばかりを買って、準備をし、寝椅子についた人たちに、焙った舌をそれぞれ酢入りの魚ソースつきで供した。

弟子たちが、理にかなった舌の供応に、最初の食い物は何と哲学的かなと賞讃すると、今度はアイソーポスは茹でた舌を供した。
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さて、飲んだ後、クサントスが謂う、「アイソーポス、われわれに何か食うものをくれ」。そこで彼はめいめいに塩と胡椒で焙った舌を供した。すると学生たちが云った、「何と、お師匠、焙った舌とは家族的で?偉大です。なぜなら、すべての舌は火によって研ぎすまされているのですから。もっとすぐれている点は、塩胡椒によっていることです。なぜなら、塩味はぴりっとしたところと混じり合い、辛みを際だたせるからです」。そういう次第で、彼らは再び喜んで食べた。そうして少ししてクサントスが、「アイソーポス、われわれに食うものをくれ」。すると彼はめいめいに味つけした舌を配った。学生たちはお互いに言い合った、「舌を噛んだら、われわれの舌が痛い。他に何か食うものはないのか?」。今度はアイソーポスはめいめいに舌のスープを供した。そこで学生たちが憤慨して言った、「いつまで舌なんだ? くそ、こんな食事があるか」。そこでクサントスが怒って謂った、「アイソーポス、他に何かないのか?」。すると彼が云った、「おません」。

弟子たちは同じ食べ物に憤慨し、「いつまで舌なんだ」と云い、「われわれは1日中舌を食ったので、われわれの舌はひりひりしている」と〔云い〕、クサントスも怒って謂った、「おまえにはほかのものはないんか、アイソーポス」。
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すかさずクサントスが、「おまえに云ったではないか、ろくでなしめ、何か美しきものや有用なものがあったら、買うてこい、と」。相手が謂う、「愛言家諸氏のいなさる前でおいらを叱っていただき、お礼申しあげます。何か美しきものや有用なものがあればとあんたは云うた。いったい、人の生において舌より偉大なものが何ぞありましょうや? 舌あってこそ哲学や教育は成り立ち、舌あってこそ与えること、受け取ること、挨拶すること、取り引きすること、思うこと、語ること、結婚、諸都市が立て直されもし、打ち倒されもする、舌は人を謙虚にしまた逆に高慢にもする、舌あってこそすべての生は成り立っているのです。だから、これにまさるものは何もない」。すると学生たちが云った、「美しく言っている、舌にまさるものは何もないのです。あなたが間違っています、お師匠」。しかし、それを無礼とは心得ながらも、彼らは食事の〔席〕を起った、そして一晩中、〔下痢に〕苦しめられた。

すると彼、「むろん」。そこで相手が、「おまえに言いつけたではないか、くそいまいましいやつめ、何でもいいから最も有用で最も善いものを食材に買うようにと」。するとアイソーポスが、「哲学者たちのいなさる前で、あっしをなじってくださって、おおきにありがとうさんどす。この人生において、はたして、舌より有用で善いものがおますやろか? どんな教育も哲学もこれによって教育され、教えられるのです。授与も取得も、取引も、挨拶も、祝福も、ありとあらゆる学芸も、これによるのです。これによって結婚はまとまり、諸都市は立ち直り、人間は安泰に過ごせるのです。これを要するに、われわれの人生は皆これによって存続してきたのです。然りしこうして、舌にまさるものは何もないのです」。このやりとりに弟子たちは、正しく言っているのはアイソーポスであり、誤っているのは先生だと謂って、解散してめいめい家に帰った。
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さて翌日、友人たちに文句をつけられてクサントスは謂った、「事はわたしの意向で起こったのではなく、無用者の奴僕のせいで起こった。本日、改めて食事してもらおう、そして諸君の目の前でやつと対話することにしよう」。そうして謂う、「アイソーポス、おまえには有用なことをいっているように思えるらしいから、わしもおまえに反対なことを言いつけよう。さがって、何かむさいもの、何かより悪いものがあったら、買ってこい、学生諸君を食事に呼ぶから」。すると、アイソーポスは何らうろたえるところもなく、食料品市場に行って、またもや舌を買い、同様にこしらえをした。そうこうするうちに、学生たちがやってきて、寝椅子についた。そして飲酒後、めいめいに酢と安赤ぶどう酒で仕込んだ舌を給仕した。一同がお互いに言い合った、「またまた若豚の舌だ。きっと、昨日の下痢から、胃袋を酢で生き返らせるつもりで、これを給仕したのだ」。また少ししてから、再び舌を給仕した。これには学生たちもうろたえた。

次の日、彼らはまたもやクサントスを責めたので、かれは、「あんなことになったのは、わしの考えではなく、役立たずの奴隷の悪行のせいだ」と言い訳した。その証拠として、夕食に取り替えて、「あんたたちのいるところで、わしもやつと対話しよう」。そして彼を呼んで、弟子たちが自分といっしょに食事できるよう、何でもいいから最も低劣で悪いものを食材として買い出しするよう言いつけた。相手は、平気の平左、またもや舌を買って、準備し、寝椅子についた者たちに給仕した。一同は、お互い異口同音に叫んだ、「またもや豚の舌か?」。しかも、少しすると再び舌を給仕し、いやそればかりか、次から次へと。
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そこでクサントスが謂う、「アイソーポス、何だ、これは? おまえには、『何か美しいもの、何か有用なものがあれば』とは云わなんだよなぁ。おまえには、『何かむさいもの、何かより悪いものがあれば』と云うたやないけ?」。すると相手が謂った、「いったい、舌より悪いものが何ぞありましょうや? 舌あってこそ、敵意、仲違い、非難、口論、物惜しみ、妬み、そして諸都市の滅亡がある。はたして多言を要しましょうや? 舌より悪いものは何もないのです」。すると同席者の一人がクサントスに謂った、「お師匠、こんなやつに構っていたら、あなたを気狂いにするでしょう。なぜなら、格好と同様、魂もそのとおりのやつなんですから」。アイソーポスが謂った、「あんたの方こそもっと悪たれなようにおいらに思える、主人を家僕に対してたきつけて、他人のことを思い煩うお節介やなんだから」。

クサントスは気分が悪くなって、「これは何や、アイソーポス」と尋ねた、「今度は、何でもええから最も有用で善いものを食材にするようおまえにゆ〜たんとちゃうぞ。何でもええから最も低劣で悪いものをとゆ〜たんとちゃうんか」。すると彼、「いったい、舌より悪いものがありましょうや、おお、ご主人様。こいつのせいで諸都市は没落するのではありませぬか。人間どもはこいつのせいでくたばるのではありませぬか。ありとあらゆる虚言、呪い、偽証は、こいつのせいでくわだてられるのでは。結婚、支配、王位は、こいつのせいで転覆するのでは。要するに、人生はこいつのせいですべて無量の過ちに満たされるのではありませぬか」〔プルタルコス『七賢人の饗宴』151B以下参照〕。こうアイソーポスが謂うと、同席者のひとりがクサントスに謂う、「こいつは、あんたがよくよく身を守らねば、間違いなくあんたにとって狂気の因となりますぞ。格好と同様、魂もゆがんだやつなんですから」。するとアイソーポスが彼に向かって、「旦那、旦那はどうやら、悶着起こしの出しゃばり野郎らしい、家僕に対して主人をけしかけるとは」。
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 クサントスはといえば、アイソーポスを鞭打つ口実を探していたものだから、言う、「逃亡奴隷め、友人をお節介と云うたからには、お節介でない人間をわしに証明してみい」。そこで彼が謂う、「ご主人、みずからのものを噛んだり飲んだりし、自分のことを思い煩う者たちは多くいます、ところが人間の中には、自分のものを思い起こすことなく、他人のことにお節介をやく連中がいるのです」。クサントスが云った、「別の食事を用意しよう。おまえは出かけていって、お節介でない、つまり、何かを見たり聞いたりしてもお節介しないということ、そんな人間をわしのために呼んでくれ」。

これに対してクサントスが、アイソーポスを鞭打つ口実を求めて、「逃亡奴隷め」と謂う、「友だちを出しゃばりとゆ〜たからには、出しゃばりでない人間を連れてきてわしに見せてくれ」。
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そこでアイソーポスは出かけていって、お節介でない人間を捜した。そして市場に行くと、喧嘩が起こり、大勢の群衆で人だかりがしているのに、一人だけその一隅で読書している者を見つけた。アイソーポスは自分に謂う、「こいつを呼ぶことにしよう、お節介屋でないように見えるし、そうしたらおいらは鞭をくらわなくてすむだろう」。そこで彼のところにとって返して謂う、「才気あふるる方、哲学者のクサントスがあなたの穏和さを知って、あなたを食事に呼んでおります。相手が謂う、「うかがいましょう、門の前でわたしを見つけられるでしょう」。そういう次第でアイソーポスは帰り、食事の支度をした。するとクサントスが謂う、「アイソーポス、お節介でない人間はどこだ?」。彼が、「門の前に立っております」。やがて定刻になって彼を招じ入れ、友人たちといっしょに寝椅子についた。

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