G本 W本
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 さて、その後、何人かの鳥刺したちを呼び寄せ、わしを4羽捕獲するよう命じた。そしてワシたちが捕獲されると、先端の羽 — これによって飛ぶと思われている — をむしり取り、そうやってこれを飼い慣らし、童僕らを乗せることを教えこむよう命じた。そして成鳥になると、子どもらを運ぶようになった。しかも、〔ワシたちは子どもらを背に〕乗せて、紐で結わえられて、空中へと舞い上がり、結わえられているので、子どもらのいうことをきき、望みのところに運ぶのであった。こうして夏になると、アイソーポスは王に別れを告げ、アイギュプトスへと船出した、童僕たちとワシたちとを引き連れ、アイギュプトス人たちの度肝を抜くために、多数の家僕たちと身のまわり品を引き具して。
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 さてその後、アイソーポスは猟師たちを全員呼び集め、最上等のワシの雛を4羽捕獲するよう命じた。そしてそれが捕獲されると、先端の羽を抜き取り、そうやってそれらが飼い慣らされ、袋(thylax)に入れた子どもたちを乗せることを教えるよう命じた。そしてワシたちは成鳥になり、紐で結わえられてすでに子どもたちを乗せて高みに飛びあがれるようになり、しかも子どもたちのいうことをきいて、彼らの望むところに運べるようになっていた。すなわち、子どもたちの望むときに、上空に飛びあがり、再び望むときに地上に舞い降りるようになったのである。かくして冬至になったので、アイソーポスは旅に必要なものをすべて整え、リュクウルゴスに別れを告げて、子どもたちとワシたちを伴って、アイギュプトスへと船出した、アイギュプトス人たちの度肝を抜くため、他にもおびただしい調度類を引き具して。
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さて、彼がメンピスに到着すると、ネクタナボーン王に、アイソーポス到来としらされた。これを不興げに聞くや、友人たちを呼び寄せて謂う、「者ども、余は謀られた、アイソーポスは死んだと聞いたのに。リュクウルゴスに書簡で呼びかけるとはなぁ」。こう云って、アイソーポスに下船するよう命じた。そして翌日、アイソーポスが挨拶に参上した。ネクタナボーンはといえば、配下の将軍たちならびに州長官(nomarches)たちに白い衣裳を羽織るよう命じ、自分も同じように清浄なモスリン布(sindon)を身にまとって、頭上には角〔髷〕をつけた。そして王座に腰をおろして、アイソーポスに入室するよう命じた。
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さて、アイギュプトス人たちは、アイソーポスが汚いのを見て、女神の玩具だと思った、役立たずな道具立ての中に、高価なバルサモンとか、最美な葡萄酒が内在していることを知らなかったからだ。ネクタナボーンはといえば、アイソーポス到来と聞いて、友人たちを呼び寄せて云った、「アイソーポスは死んだと聞き知ったのに、謀られた」。さて、翌日、自分の役人たち全員に白い衣裳を身にまとうよう命じ、他方、自分は清浄な衣裳を身にまとい、頭には頭巻布(kidaris)と飾り紐(diadema) — これは宝石をちりばめた角〔髷〕がついていた。こうして高い王座にこれ見よがしに座し、アイソーポスに入室するよう命じた。
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で、その出で立ちを観て、彼は驚いた。するとネクタナボーンが、アイソーポスに向かって言う、「余は何に似ておるか? 余のまわりの者らみなは、いかに視えるや?」。彼が謂った、「月に似ておられます、また陛下のまわりの方々は星々に」。……〔欠損〕
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そこで入室し、その出で立ちを見て驚嘆し、跪拝した。そこでネクテナボーンが彼に向かって謂った、「余は何に似ていると見るか、また余のまわりの者どもは」。アイソーポスが謂った、「陛下は満月の月に、陛下のまわりの方々は星々に。なぜなら、月は自余の星々と異なるように、そのように陛下も、角の形で、月の性格をもっておられますが、陛下の役人たちは、月のまわりの星々に〔似ているのでございます〕」。ネクテナボーンはこれを聞き、驚嘆して彼に贈り物を与えた。
114
〔欠落〕
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明くる日、ネクテナボーンは鮮やかな紫衣に身を包み、多数の花を持って、自分を取りまく者たちを従えて立ち、アイソーポスに入室するよう命じた。そして入室すると、こう言って問いただした、「何に似ていると余を見るか、また余を取りまく者たちを」。相手が謂った、「陛下は春季の太陽に、陛下を取りまく方々は、大地から採れる果実に。と申しますのは、王は外観から来る歓喜を紫衣にこめておられ、花盛りの果実を摘まれるのですから」。すると王は彼の知力に驚嘆し、贈り物を授与した。
115
さらに次の日、ネクタナボーンは白い衣裳を着用するとともに、自分の友人たちには緋色の衣裳を身にまとわせ、着座した。そしてアイソーポスがやってくると、聴いた、「余は何に似ているか?」。相手が謂った、「陛下は太陽に、陛下のまわりの方々は光線に。と申しますのは、太陽は輝き、けがれなきがごとく、陛下もまた、見つめたいと望む者たちに、みずからを清浄なものとして、そばに立ち、そして輝くのは、太陽のごとくおひとりでございます。かたや、こちらの方々の燃えさかること、光線のごとくでございます」。すると王は彼に驚嘆して謂った、「この王国がかくのごとく存続するなら、リュクウルゴスは無価値ということになろうぞ」。アイソーポスが微笑して言う、「あの方の名をやすやすと口になさってはなりませぬ。なぜなら、リュクウルゴスはゼウスのごとく、かくまでも世界にあるものらに超絶しているからでございます。すなわち、かの〔ゼウス〕は、太陽と月を出現させ、四季を安定させたまう。怒らんとすれば、自分の神殿を震動させたもうのです、 — 怖ろしき雷鳴をもとどろかせ、恐ろしき雷光をもきらめかせ、地震をもゆさぶって。同様にリュクウルゴスも、自分の王国の輝かしさによって、あなたがたの輝かしさを暗くし、消光させるたもうのです。なぜなら、ありとあらゆるものを超絶の中に静止させるたもうのですから」。
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明くる日、白くて清浄な衣裳に身を包み、友人たちには緋色の〔衣裳〕を身にまとわせて、アイソーポスがやってくると、同様に聴いた、「余は何に似ていると思うか?」。アイソーポスが謂った、「陛下は太陽に、陛下を取りまく方々は光線に。と申しますのは、太陽が輝き光っているように、そのように陛下も輝き、太陽の周囲のように清浄であらせられます、他方、この方たちは太陽の光線のように燃え立っておられます」。するとネクテナボーンが謂った、「すると、わが王国においては、リュクウルゴスには何ほどの価値もないな」。するとアイソーポスが微笑して謂った、「あの方のことを軽々しく口になさってはなりませぬ。なぜなら、あなたがたの王国は、みずからの族民と対比されたときに、太陽や月の光明のように見えるにすぎませぬが、リュクウルゴスが怒れば、その輝きを消しさるでしょう。なぜなら、何よりも抜きん出て超絶しておられるのですから」。
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さすがのネクタナボーンも、彼の勘のよさ(eustochia)と口舌の重宝さを知り、彼に向かって謂った、「例の塔を建造する者らをわしのところに連れて参ったか?」。相手が言う、「用意はできております、陛下がその場所を示してくださりさえすれば」。すると王は驚いて、都市の外に、アイソーポスと連れだち、建造のための区画を与えた。するとアイソーポスは、与えられた区画の一隅にワシたちを置かせ、子どもたちに命じて、ワシに騎乗させ、空中に飛び上がらせた。そうして、上空に達すると、声を張りあげた、「寄こしてくれ、泥と連歌と材木と、それから建造に必要なものをみな」。するとネクタナボーンが謂った、「空飛ぶ人間どもをどこから余のところに連れてきたのか?」。すかさずアイソーポスが謂う、「いや、空飛ぶ人間たちはリュクウルゴスが持っておられるのです。しかるに陛下は、人間の身でありながら、神に等しき王と争うおつもりでございますか」。するとネクタナボーンが謂った、「アイソーポス、余の負けじゃ。それでは、質問されたことに、余に答えてくれ」。するとアイソーポスが言う、「何なりとおっしゃってください、お望みならば」。
116
するとネクテナボーンは彼の言説の勘のよさに驚倒し、ややあってから謂った、「例の塔を建造する者たちを連れて参ったか?」。アイソーポスが謂った、「用意はできております、その場所を示してくださりさえすれば」。そこで王は町の外の野原に、アイソーポスを伴ってやって来て、区画を区切って与えた。するとアイソーポスは、与えられた場所の一隅にワシたちを置き、子どもたちを袋に入れて〔ワシの〕脚にぶら下げさせ、匙を手渡して、飛び上がるよう命じた。そして彼らは上空に達すると、声を張りあげた、「泥を寄こせ、煉瓦を寄こせ、材木を寄こせ、建造に必要なだけ、ここまで運んでくれ」。ネクテナボーンはといえば、ワシたちによって上空に運ばれる子どもたちを観て謂った、「空飛ぶ人間どもはどこから余のところにきたのか?」。アイソーポスが謂う、「いや、リュクウルゴスが持っておられるのです。しかるに陛下は、人間の身でありながら、神に等しき王と争うおつもりでございますか」。するとネクテナボーンが謂った、「アイソーポス、余の負けじゃ。それでは、質問するから、余に答えてくれ」。
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ネクタナボーンが云った、「出産間近の牝馬をヘッラスから取り寄せたのじゃが、バビュローンにいる牡馬のいななきを聞くと、流産する」。するとアイソーポスが、「これについては明日、お答えしましょう」。そうして、アイソーポスは屋敷に帰ると、自分の家来たちに、猫を生きたまま捕獲するよう命じた。…〔欠損〕…。アイギュプトス人たちはこれを見て、アイソーポスの屋敷に押しかけ、怒鳴り倒した。そこでアイソーポスは、その猫を放すよう命じた。それでもアイギュプトス人たちは、王のところに赴いて、アイソーポスを訴えて叫んだ。そこで王は、アイソーポスを呼んだ、そして参上すると、彼に云った、「まずいことをしでかしおって。〔猫は〕聖なるブウバスティス女神のお姿じゃ、これをアイギュプトス人たちは崇拝しておるのに」。
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さらに〔ことばをついで〕謂う、「ヘッラスから馬どもを取り寄せ、当地の牡馬どもと交尾させた。ところが、牝馬どもは、バビュローンにいる牡馬どものいななくのを聞くと、流産しよる」。アイソーポスが謂った、「これについて、明日、お答えいたしましょう」。そして屋敷に帰ると、自分の家来たちに、猫を捕獲するよう命じた。そして1匹の巨大なのを捕獲すると、公然と鞭打ち始めた。するとアイギュプトス人たちがこれを見て、恐ろしく不平を鳴らし、アイソーポスの屋敷に押しかけて、猫の引き渡し要求をしたが、彼はそれ以上のことはしなかった。そこで〔アイギュプトス人たちが〕王にご注進におよび、彼〔王〕は彼で怒って、アイソーポスを呼びつけた。そして彼がやってくると、謂った、「ひどいことをしでかしおって、アイソーポス。これはブウバスティス女神のお姿であって、アイギュプトス人たちはことのほかこれを崇拝しておるのだ」。
118
するとアイソーポスが謂った、「いえ、リュクウルゴスこそ、昨夜、あやつめに不正されたのです。と申しますのは、雄鶏 — 若くて喧嘩っ早く、なおその上に時刻も彼に告げてくれる — を持っておられるのですが、これを昨夜、あの猫が殺したのでございます」。ネクタナボーンがアイソーポスに謂った、「恥ずかしくないのか、明々白々の嘘をいいおって。いったい、どうして、一晩のうちに、アイギュプトスからバビュローンまで猫がたどりつけようぞ」。すかさずアイソーポスが謂った、「わたしのところにいる牡馬たちがいななくのを、どうして、当地にいる牝馬たちが聞くことができましょうや、そして流産するなどということが」。すると王は彼の分別(nous)を見て、〔自分が〕負けてリュクウルゴス王に貢祖を納めることになるのではないかと怖れた。
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アイソーポスが謂った、「リュクウルゴス王があやつに不正されたのでございます。すなわち、昨夜、この猫が、〔リュクウルゴス王の〕持っておられます雄鶏 — 高貴で喧嘩っ早く、なおその上に時刻をも彼に告げてくれる — を殺したのです」。するとネクテナボーンが謂った、「虚言して恥ずかしくないのか? いったい、どうして、一夜のうちに、アイギュプトスからバビュローンまで猫が行けようぞ」。すると彼が微笑して謂った、「どうして、バビュローンにいる馬たちがいななくのを、当地の牝馬たちが聞いて流産するということがありましょうや?」。これを聞いて王は、彼の分別知(phronesis)を浄福視した。
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 そういう次第で、ヘーリウポリスの預言者たち — 自然の諸問題(erotemata)にも精通した — を呼び寄せた。そして彼らは彼〔王〕とアイソーポスについて協議して、〔王は〕彼らに、同時にまたアイソーポスに、食事会に出席するよう命じた。かくて所定の刻限になって、彼らは参上して食事会の寝椅子に横たわった。するとヘーリウポリス人たちの一人がアイソーポスに向かって謂った、「われらが神より遣わされたるは、そなたにいくつかの言葉を告げ、これ〔言葉〕をそなたが解くためなり」。するとアイソーポスが言う、「あなたがたは自分たち自身と神とを告発していなさる。なぜなら、神ありとせば、ひとりびとりの考え(dianoia)を知っていなさるはずだから〔質問などなさるはずがない〕。それはそれとして、何でも望みのことを言いなさるがよい」。
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 次の日、ヘーリウポリスから知者たち — 自然の諸問題に精通した — を呼び寄せ、これとアイソーポスについて討議して、彼といっしょに食事に呼んだ。そして彼らが寝椅子につくと、ヘーリウポリス人たちのひとりがアイソーポスに向かって謂った、「われらが神より遣わされたるは、そなたに言葉(logoi)を述べ、これをそなたが解くためなり」。そこで彼が、「嘘をおっしゃっておる」と謂う、「なぜなら、神が人間から学びたがれることは何もなく、各人の心と性格の吟味の仕方はご存知だからです。だから、あなたがたは自分たち自身のみならず、あなたがたの神までも告発していることになるのです。それはそれとして、何でも望みのことを云いなさるがよい」。
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そこで彼らが云った、「ある神殿あり、柱が1本、そしてその柱の上に都市が12,そしてその〔12都市の〕おのおのは30本の梁に覆われ、その〔梁の〕1本ずつの周りを2人の女が回っている」。するとアイソーポスが謂った、「そんな問題は、拙者のところでは子どもたちが解きます。されば、神殿とは、ひとの住まいする〔この世〕のこと、それは万物を包摂しているからだ。柱とは、1年のこと、1年は確乎として確立しているからだ。その上の12都市とは、月々のこと、それらは絶えることなく統治しているからだ。30本の梁とは、30日のこと、これは時間を覆っているからだ。まわりをめぐる2人の女とは、夜と昼のこと。それぞれが交替で進行する」。この後で、食事はお開きになった。
120
そこで彼らが謂う、「神殿あり、この神殿に、12の都市を持った柱あり、しかして各都市は,30本の梁に覆われている。その〔梁〕を2人の女が回っている」。アイソーポスが謂った、「そんな問題は、拙者のところでは子どもたちでも解きます。されば、神殿は、ひとの住まいする〔この世〕のこと、それは万物を包摂しているから、また神殿の柱とは、1年のこと、またその上の12都市とは、月々のこと、30本の梁とは、1か月の30日のこと、まわりをめぐる2人の女とは、昼と夜のこと、それぞれが交替で進行し、はかない人の日々の生を審査する」。じつにこう云って、彼らの出題を解決した。
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次の日、ネクタナボーン王は自分の家臣たちをともに評議会を持って言う、「わしの見るところ、あのむさい姿のいまいましいやつのおかげで、リュクウルゴス王に貢祖を送ることになりそうじゃ」。すると彼の友人たちのひとりが云った、「やつに問題を尋ねてみましょう、『われわれの見たことも聞いたこともないものがあるか』と。そして、やつがほかにどんな理屈をこねようとも、聞いたことがあるし見たことがあると、やつに云ってやりましょう、そうすれば、これには行き詰まって、やつの負けということになりましょう」。王はこれを聞いて、大喜びした、勝利を見つけたと思ったのだ。そうして、アイソーポスが現れると、ネクタナボーン王は彼に謂った、「なおひとつわれらのために解いてくれ、そうすれば貢祖をリュクウルゴスに差し出そうほどに。われらが今まで見たことも聞いたこともないものを、われらのために言ってくれ」。するとアイソーポスが謂った、「3日間をわたしに与えてください、そうすれば、陛下にお答えいたしましょう」。そして、王のもとから退出しつつ、アイソーポスは自分の心の中で思いめぐらせた、「何を云っても、それは知っていると謂うだろう」。
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次の日、ネクテナボーンは自分の友人たち全員を動員して、これに向かって言う、「あのアイソーポスのおかげで、バビュローン人たちの王リュクウルゴスに、われらは貢祖を払うことになりそうじゃ」。すると彼の友人たちのひとりが謂った、「やつに問題を問いただすことにいたしましょう、われわれの聞いたことも見たこともないものをわれわれに謂ってくれと、と。そして、やつが何を云っても、『そんなことはわれわれは聞いたことがあるし見たことがある』と申してやりましょう」。そういう次第で、ネクテナボーンは満足して、〔アイソーポスに〕云った、「アイソーポス、われらの聞いたことも見たこともないものをわれらに申せ」。すると彼が謂う、「わたしに3日間の猶予をお与えください、そうすればお答えいたしましょう」。
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しかし、奸智にたけていたので、アイソーポスは座って、自分で次のような貸付証書を捏造した、それは、黄金1000タラントンが、リュクウルゴスからネクタナボーンに貸し付けられたという内容で、日時は返済期限をすでに超過していることになっていた。さて、3日後、アイソーポスがネクタナボーン王のもとに参上してみると、彼〔王〕が友人たちを引き連れて、〔相手が〕行き詰まることを見越して迎えていることを見出した。そこでアイソーポスは借用証文を取り出して謂った、「この協定をお読みください」。するとネクタナボーン王の友人たちが、だまされて謂った、「そんなものは見たこともあるし、何度も聞いたこともある」。すかさずアイソーポスが謂った、「証言していただき、感謝いたします。ただちに金銭を返済いただきますよう。返済期限は過ぎておりますゆえに」。これをネクタナボーン王が聞いて謂った、「わしが追うてもおらぬ借金の証言をするとは、何事か」。そこで彼ら〔家臣たち〕が云った、「いまだかつて見たことも聞いたこともありませぬ」。すかさずアイソーポスが謂った、「これがあなたがたにそういうふうに思われるのなら、問題はすでに解決しました」。
122
かくて、奸智にたけていたので、次のような貸付の証書を捏造した、それは、1000タラントンが、リュクウルゴスからネクタナボーンに貸し付けられた、返済期限をすでに超過している、というものであった。さて、3日後、アイソーポスが参上してみると、ネクテナボーンが友人たちを引き連れて、迎えていることを見出した。そこで、入室すると書類を手渡した。すると彼らは、その内容を読む前に、それはよく知っていると謂った。すかさずアイソーポスが謂った、「感謝いたします。返済期限は過ぎておりますゆえに」。そこでネクテナボーンが読んで、云った、「余はリュクウルゴスに何の負債もないのに、そなたらは証言いたすのか?」。そこで彼らは云った、「われらは見たことも聞いたこともありませぬ」。アイソーポスが謂った、「これがそういうふうに思われるのなら、問題はすでに解決しました」。
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そこでネクタナボーンは謂った、「浄福者はリュクウルゴスよ、おのが王国にかかる知恵袋(sophia)を持っておるとはなぁ」。そして、彼に3年分の貢祖を与え、和平の書簡を持たせて彼を見送った。アイソーポスはといえば、バビュローンに着き、アイギュプトスで起こったことをすべてリュクウルゴスに説明し、金銭を彼に差し出した。こういう次第で、リュクウルゴスはアイソーポスの黄金の人像を、ムーサたちともいっしょに奉納するよう命じ、また、アイソーポスの知恵をたたえて、王は盛大な祭典を挙行した。
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そこでネクタナボーンは謂った、「浄福者はリュクウルゴスよ、おのが王国にかかる賢哲(philosophia)を持っておるとはなぁ」。そして、彼に3年分の貢祖を与えて送り返した。アイソーポスはといえば、バビュローンに着き、アイギュプトスで起こったことをすべてリュクウルゴスに説明し、金銭をも差し出した。そこでリュクウルゴスは、アイソーポスの黄金像を奉納するよう命じ、大手柄を立てたものとして大いに彼を尊敬した。
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 さて、アイソーポスは王に別れを告げ、デルポイに行くことにした、もちろん、再びバビュローンの彼〔リュクウルゴス王〕のもとに立ち返って、余生を過ごすとの誓ったうえでのことである。そして、そのほかの諸都市を遍歴しつつ、自分の知恵と教育を演示してまわった。やがてデルポイにたどりつき、ここでも演示を始めた。ところが、ここの群衆は、初めのうちこそ喜んで彼の話に耳を傾けたが、彼に意を払わなくなった。そこでアイソーポスは、この人々が野菜と同色なのを見て、彼らに向かって謂った。   まことに、木々の葉の世のさまこそ、人の世の姿とかわらぬ〔Il. VI_146〕
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 さて、しばらくしてから、王に別れを告げ、ヘッラスに船出することを望んだ、もちろん、バビュローンに立ち返って、余生を過ごすと彼〔王〕に誓ったうえでのことである。かくして、ヘッラスの諸都市を遍歴し、自分の知恵を演示しつつ、デルポイにたどりついた。ところが、ここの群衆は、彼の話に喜んで耳を傾けはしたが、彼を何も尊敬しなかった。
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なおその上に、彼らに突っかかって謂った、「おお、デルポイ人たちよ、あなたがたは海に漂う材木に等しい。なぜなら、遠く隔たったところから、波に漂うのを見れば、何か価値あるもののように思われるが、これに近づいて、そばに寄ってみると、最小の、何ら語るに値しないものだとわかる。それと同様に、わたしも、あなたがたの国から遠ざかっているときは、あなたがたが富裕で、魂に置いて偉大な人たちだとすっかり驚倒していたものだが、あなたがたを見るに、他の人間たちより、生まれにおいても国の点でも劣等なのに、惑わされていたのだ、あなたがたについてつまらぬ理解の仕方をして。なぜなら、両親にふさわしくないことは何も為していないのだから」。
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そこで、彼らに対して突っかかって謂った、「おお、あなたがたは海に漂う材木に等しい。なぜなら、遠く隔たったところから、波に漂うのを見れば、何か黄金の価値あるもののように思われるが、すぐ近に寄ってみると、最小のものだとわかる。そのように、わたしも、あなたがたの国から遠ざかっていたときは、あなたがたを偉大な人たちだと思ってすっかり驚倒したものだが、あなたがたのところに来てみると、おお、デルポイ人諸君、あなたがたが他の人間たちより卑しいことがわかった。要は、あなたがたについて美しい理解(dianoi)をもっていたが、それは惑わされていたのだ、あなたがたは、あなたがたの先祖にふさわしくないことは、何も為していない」。
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これを聞いてデルポイ人たちが彼に向かって云った、「われわれの両親とは何ものか?」。するとアイソーポスが、「奴僕だ、知らなければ、学ぶがよい。ヘッラス人たちのあいだには、古法があった、それは、もしも都市を占領したら、戦利品のうち10分の1をアポッローンに送るというものだ、例えば、100頭のウシからは10頭を、ヤギからは同じ割合を、そのほかのものからも同じ割合を、金銭から、男たちから、女たちから……。この者たちから、あなたがたは自由なき者として生まれて、捕縛されている者たちと同様に状態にいる。そういうところからなのだ、全ヘッラス人たちの奴僕だというのは」。こう云って、旅立ちの支度をした。
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これを聞いてデルポイ人たちが謂った、「いったい、われわれの先祖とは何ものか?」。するとアイソーポスが、「解放奴隷だ。知らなければ、学ぶがよい。ヘッラス人たちのあいだには、法があった、それは、都市を打倒した場合には、戦利品の中から10分の1を送るというものだ、ウシ、ヤギ、ヒツジからも、またそのほかの獲得物のうち、金銭から、男奴や女奴からも。そういう次第で、この者たちから解放奴隷としてあなたがたは生まれた、ここから生まれたから、ヘッラス人たちの奴僕になっている」。こう云って、アイソーポスは旅に出ようとした。
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そこで執政官たちは、彼の悪言を見て、推測した、「もしも彼の旅立ちを放置すれば、ほかの諸都市を経巡って、われわれの不名誉をさらに広めるだろう」。そういう次第で、罠にかけて亡き者にすることを相談した。また、アポッローンも、サモスでの侮辱ゆえに — ムーサたちといっしょに自分を祭らなかったから — 恨んでいたこともあって、〔デルポイ人たちは〕筋の通った罪状をてにできなかったものの、相当奸智にたけたことを工夫して、一般市民たちが彼を助けられないようにした。〔すなわち〕市門のそばで敵意をもって、彼の奴僕が寝入るまで窺っていて、神殿から黄金の盃(phiale)を持って来ておいて、調度の中に忍びこませた。アイソーポスはといえば、何が荷造りされたかも知らず、ポーキスに向けて旅立った。
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ところがデルポイ人たちは、もしもアイソーポスがほかの諸都市にゆけば、自分たちのことをもっとひどく悪口するだろうと推測して、相談して、罠にかけて亡き者にし、神殿荒らしとして彼を処罰することにした。そこで、町の門の前で、彼の奴僕が荷物を運ぶのを窺っていて、アポッローンの神殿から持って来た黄金の盃を、敷布の中に隠した。アイソーポスはといえば、自分の荷も知らず、ポーキスに向けて旅立った。
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すると、数人のデルポイ人たちが襲いかかり、彼を捕縛して都市に引っ張っていった。道々、彼は叫んだ、「いったい何のためにわたしを縛って連れてゆくのか」。すると彼らが、「神殿から金銭を盗んだろ」。しかしアイソーポスは、なにひとつ心当たりがないので、泣きながら謂った、「破滅するがいい、何かそんなものがわたしのところに見つかるなら」。デルポイ人たちが荷物を振るうと、盃が見つかった、彼らは〔それを〕町中に示しながら、暴力と大騒ぎとで彼を見せしめにした。アイソーポスは、陰謀が隠されていると推測して、デルポイ人たちに問いただした。けれども彼らは、聞き入れなかった。アイソーポスは言う、「死すべきものでありながら、神々に代わって思慮してはならんぞ」。けれども彼らは、仕返しとばかり、彼を番所に閉じこめた。アイソーポスは、自助の工夫も見いだせず、謂った、「今こそ、死すべき人間であるものが、いかにして来たるべき事態をまぬがれられようか」。
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すると、デルポイ人たちが走ってきて、彼を取り押さえ、都市に連れこんだ。道々、「これはどういうことだ」とアイソーポスが困惑していうと、彼らが謂った、「おまえが神殿から盗んだものを、われわれが確認する」。そこで彼が、もし有罪なら、破滅してもいいと言ったが、連中は荷物を振るって、アポッローンの黄金の盃を見つけ、町のみんなに見せびらかせ、騒動と混乱で、彼のまわりで喚き散らした。アイソーポスはといえば、陰謀と感づいて、申し開きさせてくれるようさんざんに懇願した。しかし彼らは、彼を番所に閉じこめた。かくて、アイソーポスは、邪悪な運命(tyche)からのまぬがれる工夫も見いだせず、死すべき人間であるものが、来たるべき事態をまぬがれられないと、嘆いた。
forward.GIFイソップ伝(その10/10)
forward.GIFインターネットで蝉を追う/目次