|  アポマサル/秘術について(第2巻) 
 
						
							| ギリシア占星術文書目録4361_006秘術について(第2巻)
								
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 [底本]TLG 4361.006
 De mysteriis (lib. 2)  (excerpta e cod. Petropol. XX Aa-II, fol. 194v)
 Astrol.
 
 Date of manuscript = A.D. 74
 M.A.F. Sangin,  Codices Rossici [Catalogus Codicum Astrologorum Graecorum 12. Brussels: Lamertin, 1936]: 96-104.
 Cross Reference
 
 
 12.
 (96)
 
 第2(lib. II, cap. 4). 土星が木星と合となるとき、もしひとが生まれ、しかも、このような合がホーロスコポスないし中天でおこる獣帯星座を有するなら、このようなひとは大王になるだろう、ということについて アポマサルは云った:土星と木星の合は大いなる神秘を有する:例えば、もしひとが合の日に生まれ、そのホーロスコポスが、このような合が起こった獣帯星座であるか、その中天であるなら、〔そのひとは〕大王となり、その名声は至る所に広まるだろう。 第3(lib. II, cap. 6).もし高揚する3つの星が集合し、これを太陽がアスペクトをなすなら、大王たちを効験する。(97) アポマサルが云った、つまり、5星の合は可能であるが、これをかつて見たことはなく、もちろん他のひとも、これを見たとわたしに云ったことはないけれども:ただし、老知者たちがこう言うのをわたしは聞いたことがある、誰かの出生時に〔それが〕生じると、大王たちを効験する、と。またアポムゥスゥルの子イオーアンネースが云った、3つの高揚する星が集合し、これらを太陽がアスペクトをなすときは、大集合であり、大王たちを効験する、と。  叛乱の遭遇について。アポマサルが云った、つまり、千年紀の初めに、あらゆる逃亡者が叛乱に着手し、王位を狙うだろう、と。
 小さな合、つまり、火星と太陽と金星、水星と月のそれはいかなることを象徴するかということ。アポマサルが云った、つまり、小さな合についてマサラが何を云ったか汝は知っているか、と。彼にわたしが云った:否、と。ではわたしに云え、小さな合とは、火星と太陽と金星と水星と月の合を名づける:ところが火星と太陽が、火性宮で合になるとき、吉星がアスペクトをとらぬかぎり、火事と、熱にして乾の病が起こるだろう:だが、金星と水星が太陽と合になるときは、学者たちの思いと老人たちの害を象徴する、と。
 白羊宮における土星と木星の合について。(98) 水星が活力の機会に月と合になるとき、共通の民の権力を象徴する。また次のことをも云え、土星と木星が白羊宮において合になるとき、反乱者たちが勝利し、悪しき権力者たちが生まれるだろう、と。
 12のトポスについて。アポマサルが次のことをも云った、つまり、第1基本方位はホーロスコポス、第2〔基本方位〕は中天であるが、基本方位に後続する〔星々〕でより勝るのは第11トポス、次いで第2〔トポス〕、次いで第8〔トポス〕である:しかし基本方位に先行する〔星々〕よりも勝るのは第9トポス、次いで第3〔トポス〕、だが第6〔トポス〕と第12トポスは星回りが悪い、と。
 第10.装いについて。 アポマサルが云った、つまり、第12トポスが象徴するのは、装いと(spavstra)??と美飾と友たちからの豊栄??と諸々の恋情である、と。彼はまた次のことも云った:つまり、金星が象徴するのはとくに西の王たちの事である、と。  降雨について。アポマサルが云った:降雨のことについて汝が知ろうとする当の地方に君臨する星を見よ、さらにまたその地方に帰属する獣帯星座をも〔見よ〕、またその地方で、はたして日照りか、降雨は持続的か程々かをも知れ:そこでもしその〔地方〕に降雨がある場合:月が水性宮にあり、水性宮で金星と合になるときは、降雨があるだろう。だがもしこの時に太陽が土星と対座となるなら、大洪水に近い降雨となるだろう。また合の〔星々〕や各月の満月のホロスコポスをも知れ:なぜなら、これらも降雨や日照りに関することを象徴するからである。
 (99) そこで同人が云った:太陽と土星の合は、冬の大寒を象徴するが、春季、二重身宮における太陽と火星の合は、大気の暗化と、星々の不規則運動を象徴する、と。
 獣帯星座の徴候は、星でないものらの徴候よりも有力であということ、また、第12トポスが、そこに遇在する凶星に悪行されると、たとえ脚や足を象徴する獣帯星座が善行しようとも悪行されということ、また、その時は白羊宮が足をも象徴する、ということについて。アポマサルにわたしは云った:より有効な徴候は、獣帯星座の〔徴候〕ですか、それとも、星々の〔徴候〕ですか、どちらですか、と。すると彼がわたしに云った、つまり、  (100)
 徴候を示す星、つまり、土星、木星、火星、太陽、そして水星について。土星、木星、火星、そして太陽は、支配者たちや行事を行う者たちの徴候を示す星であるが、水星は学者たちの〔徴候を示す星である〕。また、偉大な支配者たちについても水星を徴候星となせ。
 意想外なものと思われるものの一種の効験について。(101)アポマサルが云った:
 月は、いつ雨天を、いつ曇天を象徴するか、ということについて。アポマサルが云った: (102)
 もし汝が生命を恋し、太陽と土星がホーロスコポスに遇在するなら、質問が関与する当人は命終するだろうということについて。アポマサルにわたしが云った:病について質問されたら、はたして〔質問者は〕生きるか命終するか:また太陽と土星がホーロスコポスにあったら如何:彼について汝は何と言うか? すると相手が云った、彼は命終するだろう、と。
 降交点は寒冷にして腐敗的だということについて。そこでわたしは彼に云った:降交点は寒にして乾であると汝が言うのをわたしは聞いた、さらにまた、湿にして女性の顔であると汝が言うのも聞いた、と、すると彼が云った、いつも乾であるのではなく、不寒にして腐敗的なのである、と。
 ホーロスコポスにある水星について。アポマサルが云った:水星が明け方ホーロスコポスに遇在して順行するとき、生まれる者はロゴス的な者、弁論家、詩人であるが、人馬宮に同様の仕方で遇在するときも同じである、と。
 ホーロスコポスにある土星について。(103)同じ人が云った、つまり、土星が吉星と同道するか、あるいは、固有の宿ないし昂揚において吉星によってアスペクトをとられるとき、生まれる者は  (103) 幸運に与り、彼の幸運がその生の<終わり>まで持続することしばしばであるが、子どもらや子孫に移ることもしばしばである、と。
 出郷について。また同じ人が別の神秘をもわたしに云った、つまり、何らかの益のために出郷しようとしている人をして、
 幸運と、苦痛からの解放について。同じ人が云った、党派に属する光の三合の支配星が、愛すべき形で互いに合になる、つまり、第1の星は第2の星に、また第2の星は第3の星に〔合になって〕、互いに許容しあうとき、持続的な幸運や、苦痛の解放を象徴することはない、と。
 海路の出郷が美しいのは何時かについて。(103)同じ人が云った:金星が双魚宮にあり、月もそこにおいていかなる形であれ合になるとき、海路で出郷する者は誰しも、その出郷は善である、と。
 土星が天秤宮に遇在し、木星が巨蟹宮に〔遇在する〕とき、大変化をつくるということについて。(104) 同じ人が云った:土星が天秤宮に、木星が巨蟹宮に遇在するときはいつも、この世界に大変化を効験する、と。
 訴訟相手たちについて。同じ人が云った:もしひとが汝に、訴訟相手たちについて質問したら、ホーロスコポスの君臨星が逆行ないし太陽の15度以内にあるのが見出されようとも、その訴訟相手に敗北するだろう:だがもし第7トポスの君臨星が同様の仕方で見出されるなら、その訴訟相手が敗北するだろう、と。
 太陽と月の対座に測定される幸運箭は力能を有さないということについて。わたしがアポマサルに云った:わが主よ云ってください、太陽がホーロスコポスに対座し、月がホーロスコポスに遇在し、太陽と月の中間の度数をあなたが取り、これらをホーロスコポスから放すとき、幸運箭は何処に落ちますか、と。するとわたしに答えた、ホーロスコポスに対座するとき、このような箭は力能を有さず、もちろん効験も有さない、と。
 2020.04.05. 訳了 
 
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