第13弁論・解説
[1] あなたがた皆さんにとっては、おお裁判官諸君、あなたがた大衆に好意的であるがゆえに刑死した人たちのために報復することがふさわしく、私にとってもまた大いにふさわしいのである。なぜなら、ディオニュソドロスは私の義兄弟であり従兄弟であったのだ。だから、私とあなたがた大衆とには、このアゴラトスに対して同じ敵意がまさしく存するのである。なぜなら、この男は私によって今憎まれて当然の所業を為し、またあなたがたによって、神が許されるなら、報復されるのが義しい所業を為したのである。 [2] すなわち、私の義兄弟であるディオニュソドロスや、その他多くの人たちを、その名をいずれあなたがたは聞かれるであろうが、あなたがた大衆に対して善き人である者たちを、「三十人」時代に彼は殺したのである。あの人たちに対する密告者となって。かかることを為して、私的には私や親類の者たちの各々に大きな害を加え、公的には国家全体からこういった人たちを奪い取って、私の信ずるところでは、小さからぬ害を与えたのである。 [3] そこで私は、おお裁判官諸君、私にとってもあなたがた皆さんにとっても、各人ができるかぎり報復するのが義しく、敬虔なことだと思うのであり、そうすることで私たちは神々からも人間たちからも嘉されるのだと信ずるのである。そこで、あなたがたは、おおアテナイ人諸君、初めから事柄全部に耳を傾けるべきである。 [4] それはあなたがたが知るためである。――先ず第一に、いかなる仕方で、また誰のせいで、あなたがたの民主制が解体したのかを。第二に、いかなる仕方で人々はアゴラトスによって刑死したのか、さらには、彼らは死せんとする時、どんなことを遺言したのかを。これらすべてを正確に学び知るなら、より進んで敬虔にこのアゴラトスをあなたがたは有罪票決するであろう。それでは、私たちが容易至極に教え、あなたがたが学ぶことのできるところ、そこからあなたがたに陳述を始めよう。 [5] さて、あなたがたの艦船が壊滅し、国家における事が非力になった後、久しからずしてラケダイモン人たちの艦船がペイライエウスに到来して、同時に、ラケダイモン人たちとの間に和平交渉がもたれた。 [6] この時に当たって、国家に革命が起こることを望んだ者たちは策謀した。最美な好機をつかんだ、今こそ、自分たちが望んだとおりに、事はうまく運ぶだろうと信じて。 [7] だが彼らは、ほかならぬ民衆派の指導者たちや将軍たちや歩兵指揮官たちが自分たちにとって邪魔だと考えた。そこでこれらの人たちをどうにかして排除したいと望んだ。望んだ目的を遂げるのが容易なようにである。そこで、先ず初めに、クレオポンに次のような仕方で襲いかかった。 [8] すなわち、平和に関して主要民会が開かれ、ラケダイモン人たちからの使者たちが、ラケダイモン人たちは平和を実現する用意がある条件として、もしも長壁の両側が10スタディオンにわたって掘り崩されるならばと言った時、この時あなたがたは、おおアテナイ人諸君、城壁の掘り崩しを耳にして受け入れず、クレオポンがあなたがた皆に代わって立ち上がって、いかなる仕方でもそれを為すことはできないと抗弁した。 [9] すると、その後でテラメネスが、あなたがた大衆に策謀して、立ち上がってこう言った。つまり、自分を平和に関する全権大使に選んでくれれば、城壁に穴を開けることもなければ、他に何も国家が弱小化することもないようにして見せよう。さらに、他にも何か善いことをラケダイモン人たちから国家のために見出せると思う、と。 [10] そこで、あなたがたは説得されて、彼を全権大使に選んだ。――あなたがた大衆にとって好意的人物とは信じられないので、前の年に将軍に挙手採決されていたのを罷免していた人物をである。 [11] さて、あの男はラケダイモンに赴いて、長らくそこに留まった。あなたがたを攻囲されたまま放置し、あなたがた大衆が行き詰まりの状態にあり、多くの人たちが戦争と諸悪が原因で必需品にも事欠いているのを知っていながら。それは、こう信じていたからである。――もしもあなたがたを、彼が実際に扱ったとおりに扱えば、いかなる内容の和議でも喜んで結ぶ気になるだろうと。 [12] 他方、当地に留まり、民主制解体を策謀していた連中は、クレオポンを争訟に引きずりこんだ。表向きの理由は、休息せんとして武器を執らなかったということだが、真実には、城壁を破壊しないようあなたがたのために反対したからである。かくして、あの人に民衆法廷をしつらえ、出頭して、寡頭制樹立を望む連中が、この表向きの理由によって殺したのである。 [13] その後、テラメネスがラケダイモンから帰着した。そこで、彼のところに将軍たちや歩兵指揮官たちのうちの何人かが詰め寄って、その中にはストロムビキデスやディオニュソドロスや他にも市民たちのうちであなたがたに好意的な何人かが含まれていたのだが、後になって彼らが明らかにしたところでは、激しく憤懣をぶちまけた。なぜなら、彼がもたらした平和とは、私たちが事実において学び知った種類のものだった。つまり、市民たちの多くの善き人たちをわれわれは破滅させ、自分たちは「三十人」によって放逐されたのである。 [14] 許されたのは、10スタディオンにわたって長壁を取り壊す代わりに、城壁全部を掘り崩すこと、他の何か善きものを国家のために見出す代わりに、艦船を引き渡し、ペイライエウスを囲む城壁を取り払うことであった。 [15] だから、この人たちは、名目上は平和と言われるが、事実は民主制が解体されたのを目にして、そうなるよう委ねることを拒否したのである、おおアテナイ人諸君、城壁が打ち倒されたからとて、哀れむからではなく、艦船がラケダイモン人たちに引き渡されたからとて、憂慮するからでもなく(そんなことは、あなたがたの各々 にふさわしいほどには、彼らにとって何らふさわしいことではないからである)、 [16] むしろ、かかる仕方によって、あなたがた大衆が解体されるであろうと感知したからであり、また、一部の人たちが言っているように、平和を欲しなかったのではなくて、アテナイ人たちの民衆にとって、これよりもより善い和平の実現を望んだからである。可能だろうと彼らは信じていたし、またそれを実行したことであろう、――このアゴラトスによって破滅させられさえしなければ。 [17] しかるに、テラメネスと、他にもあなたがたに策謀した者たちは、次のことを、つまり、民衆制解体を妨げ、自由のために反抗しようとしている人たちのいることを知って、平和に関する民会が開かれるまでに、この人たちを先ず中傷と争訟の危険に引きこむことに決めた。誰一人民会においてあなたがた大衆のために反対しないようにと。 [18] そこで次のような策謀を彼らは実行に移した。つまりこのアゴラトスを説得して、将軍たちと歩兵指揮官たちとに関する密告者にならせたのである。彼があの人たちの知己だからではなく、おおアテナイ人諸君、とんでもないことだ(言うまでもなく、あの人たちは無思慮で友のいない人たちであったわけではないのだ。これほどの重大事を行うのに、奴隷であり奴隷階級の生まれであるアゴラトスを、信頼に足る好意的な人物として呼びかけるほどに)、むしろ、自分たちにとってこの男は密告者として必須であるように思われたのである。 [19] とにかく、彼らは彼が密告するのが不承不承であり、進んでではないように思われることを望んだ。密告がより信頼に足るものに見えるためである。ところが、いかに喜んで彼が密告したか、あなたがたも為されたことから感知できると私は思う。つまり、彼らはエラポスティクトスの子と呼ばれているテオクリトスを評議会に送りこんだ。このテオクリトスというのは、アゴラトスの同志であり縁故者であった。 [20] ところで、「三十人」の前で評議していた評議会は堕落していて、あなたがたのご存知のとおり、寡頭制を大いに欲していた。これには証拠がある。つまり、あの評議会に属していた人たちは大部分、後に「三十人」時代の評議会を構成したのである。だが、何のためにこんなことを私があなたがたに言うのか。あなたがたが知るためである、――あの評議会の票決事項は、あなたがたへの好意を目差してではなく、あなたがた民衆派の解体を目差して、すべてが為されたのだということを。そして、彼らがこういう人物であることに、あなたがたが心を傾注するようにである。 [21] さて、この評議会に秘密裏に出頭して、テオクリトスは密告した、――あの時制定された事柄に反抗しようとしている者たちが何人か集結している、と。しかしながら、彼らの名前を一人ずつ言うことを彼は断わった。なぜなら、彼らと同じ誓いを立てており、名前を言うのは別の人物であって、自分は決してそれを為すつもりはないと。 [22] もちろん、手筈を決めて密告したのでないとしたら、どうして評議会が、テオクリトスに名前を言うよう、そして匿名で密告をしないよう、強制しないはずがあろうか。ところが実際は、次の票決事項が決議されたのである。 [23] さて、この票決事項が決議された後、評議員の中から選ばれた者たちが、アゴラトスを探しにペイライエウスへ下ってゆき、市場の中で彼に出くわしたので同行を求めた。だが、傍にいたニキアスやニコメネスや他にも何人かが、国家の中で事が最善なように運ばれていないのを見て、アゴラトスを連行するに任せておくことを認めず、取り戻して評議会に差し出すことを保証し同意した。 [24] そこで評議員たちは、保証人にして妨害者たちの名前を記録し、市に帰って行った。そこで、アゴラトスと保証人たちとは、ムニキアで祭壇にすがって助命嘆願した。そしてその上で、どうすべきかを評議した。かくして、保証人たちとその他の皆には、アゴラトスをできるかぎり速やかに立ち退かせるのがよいと思われた。 [25] そこで二艘の船舶を海岸に投錨させ、どうしてもアテナイを退去するよう彼に求め、自分たちも事が収まるまでは同船出航しようと主張して、こう言った。――もしも評議会へ連れてゆかれたら、拷問されて、国家の中で何か悪事を働こうと望んでいる連中が示唆するなら、おそらく、アテナイ人たちの名前を白状させられるだろう、と。 [26] こういったことをあの人たちは要求し、船舶も準備し、自分たちも同船出航する用意があったにもかかわらず、このアゴラトスは彼らに聴従することを拒んだ。しかも、おおアゴラトスよ、あなたに何らかの企みもなく、何ら悪いことを蒙ることもないと知っているのでなかったら、どうして立ち去らないことがあったろうか、――船舶も準備され保証人たちもあなたと同船出航する用意があったのに。なぜなら、まだあなたにはそれができたし、評議会もまだあなたを拘留してはいなかったのだから。 [27] いや、実際には、あなたとあの人たちとには等しいところは何もなかったのだ。先ず第一に、彼らはアテナイ人であったから、少なくとも拷問される恐れはなかった。第二に、自分たちのみずからの祖国を後にしてまで、あなたといっしょに同船出航する用意があったのは、その方が益すると考えてであった。市民たちの多くの善き人たちをあなたのせいで不正に破滅させるよりは。これに反し、あなたには、先ず第一に、留まっていては拷問される危険があったし、 [28] 第二に、あなた自身の祖国を後にするわけでもなかったから、あらゆる点から見て、出航することは彼らにとってよりもむしろあなたにとって有利であった。あなたに何らかの確信がないかぎりは。ところが実際は、心ならずものふりをしながら、じつは進んで、アテナイ人たちのうち多くの善き人たちをあなたは殺したのである。そこで、私の言っていることがすべていかに仕組まれたものであることについては、証人たちもおり、彼に対する評議会の決議そのものも反対証言するであろう。 [29] さて、この決議が票決され評議会の代表たちがムニキアに赴くと、アゴラトスは進んで祭壇から立ち上がった。にもかかわらず、今は、力づくで引き離されたと彼は主張するのである。 [30] ところで、彼らは評議会にもどると、アゴラトスは、先ず第一に、自分の保証人たちの名前を、次いで将軍たちと歩兵指揮官たちのを、さらには他にも何人かの市民たちの名前を供述した。そして、これがあらゆる悪の初めとなったのである。そこで、いかにして彼が名前を供述したかは、彼自身も同意するだろうと私は思う。さもなければ、自明の事実に基づいて私が彼を究明しよう。それでは、返答してもらいたい。 [31] さて、彼らは、おお裁判官諸君、もっと多くの人たちの名前を供述するよう望んでいた。かくも甚だしく評議会は何か悪事を働こうと力んでいたのであり、この男はまだ真実をすべて告発していないように彼らには思われた。かくして、その人たちすべてを進んで彼は供述したのである。自分にとって何一つ必然性はなかったのに。 [32] しかも、民会がムニキアの観劇場で開かれた時、一部の者たちは、将軍たちと歩兵指揮官たちについて、民衆の前でも密告が生じるようにと大いに心がけた(その他の者たちについては、評議会で生じた密告だけで充分であった)、その結果、彼らはそこでも彼を民衆の前に連れ出したのである。それでは返答してもらいたい、おおアゴラトスよ。というのは、あなたが否認するとは思わないのである、――全アテナイ人たちの面前であなたが何をしたかを。 [33] 彼自身も同意しているが、やはり、あなたがたに対する民会の票決事項も読み上げさせていただきたい。 このアゴラトスがあの人たちの名前を、評議会おいてのそれも民会においてのそれも、供述したのであり、彼こそはあの人たちの殺害者であるということは、あなたがたはほとんどご存知であると私は思う。そこで、彼は国家にとって諸悪すべての責任者であり、それ一つとっても彼が哀れまれるのはふさわしくないということを、私はあなたがたに要約して証明しようと思う。 [34] すなわち、あの人たちが逮捕され投獄され、この時にまたリュサンドロスもあなたがたの港に入港し、あなたがたの艦船もラケダイモン人たちに引き渡され、城壁も掘り崩され、「三十人」体制が樹立した後、いったい、国家にとって恐るべきことのうち、生じなかったものが何かあろうか。 [35] さらに、「三十人」が樹立した後、すぐにこれらの人たちに対する判決を評議会において下させたが、民会は「二千人による民衆裁判所において」と票決したのである。それでは、どうか、次の決議を読み上げていただきたい。 [36] さて、もし彼らが民衆裁判所において判決を下されていたなら、救われるのは容易であったろう。なぜならあなたがたは皆すでに認識していたからである、――もはや何ら自分たちが益することはできないが、国家がいかなる害悪に陥ったかを。ところが実際には、連中は「三十人」の意のままの評議会へ彼らを出頭させたのである。しかも審判は、あなたがたご自身もご存知のとおりの、そういうものであった。 [37] なぜなら、今は当番評議員たちが座っている座席に「三十人」が座っていたからである。さらに、二つの机が「三十人」の前に置かれていた。しかも、票を投票箱にではなく、公開票をそれらの机の上に、有罪票の方は背後の机の上に、置かねばならなかったので、彼らのうちで誰か救われようとして救われる方法があったであろうか。 [38] 一言でいえば、判決を受けるために評議場に出頭したかぎりの者は、全員に死刑判決が下され、誰一人無罪票決された者はなかったのである。このアゴラトスを除いて。そればかりか、彼らはこの男を功労者なりとして放免した。では、この男によっていかに多くの人たちが殺されたかをあなたがたが知るために、彼らの名前をあなたがたに読み上げたい。 [39] さて、おお裁判官諸君、死刑がこれらの人たちに有罪判決され、これらの人たちは死なねばならなかったので、彼らは使いを遣って牢獄に呼び寄せた。ある人は妹を、ある人は母親を、ある人は妻をと、自分たちの各々にとって誰であれふさわしい女性を。身内の者たちに最期の別れをして、かくして生を終えるためにである。 [40] そしてディオニュソドロスもまた、私の妹を牢獄に呼び寄せたが、それは彼の妻であったからである。それで、彼女は聞いて駆けつけた。黒い衣服を着用していたのは、こんな災禍に見舞われた自分の夫のために当然であった。 [41] しかし、私の妹と対面してディオニュソドロスは、自分の家事を自分によいと思われるとおりに処置し、このアゴラトスについて、こいつこそ自分の死の責任者であると言って、私と、自分の兄弟であるこのディオニュシオスと、友たち全員に、自分のためにアゴラトスに報復するよう遺言したのである。 [42] また、自分の妻には、彼女が自分の子を妊娠したと信じていたので、彼女に児が生まれたら、生まれた子に自分の父を殺したのはアゴラトスだと言明し、これを人殺しとして自分のために報復するよう命じるようにと遺言したのである。そこで、私が真実を言っているということ、このことの証人を立てよう。 [43] さて、この人たちは、おおアテナイ人諸君、アゴラトスの供述によって刑死した。そこで、これらの人たちを「三十人」が排除したので、いかに多くの恐ろしいことがその後、国家に生じたか、あなたがたはおおよそご存知であると私は思う。そのすべての責任は、彼らを殺したこのアゴラトスにあるのである。確かに、国家に生じた災禍は思い出すのも辛いが、 [44] おお裁判官諸君、それはこの機会に必要である。あなたがたがアゴラトスを哀れむことが、あなたがたにとっていかに甚だしくふさわしいかを知るためにである。というのは、市民たちのうちサラミスから連れて来られた人たちが、どのような人たち、どれほどの人たちであり、また「三十人」によっていかなる破滅理由によって破滅させられたかを知っていただきたい。また、エレウシスからの人たちを、いかに多くがその災禍に見舞われたかを知っていただきたい。さらに、当地の人たちも、私的な敵意によって牢獄に連行されたのを思い起こしていただきたい。 [45] これらの人たちは、国家に対して何ら悪事をしていないのに、最も醜い最も不面目な破滅理由によって破滅するよう強制され、ある人々は老齢の両親を、自分たち自身の子どもによって養育されて、生を終える時には、埋葬されることを望んでいたのに、後に残し、ある人々は未婚の姉妹を、ある人々は小さな子どもたちをまだ多くの養育が必要なのに、後に残したのである。 [46] この人々は、おお裁判官諸君、この男についていかなる考えを有するとあなたがたは思うか。あるいは、いかなる票決を下すと〔思うか〕。この男のせいで快事を奪われたあの人たちの意のままであるとするなら。さらにまた、城壁が掘り崩され、艦船が敵国人たちに引き渡され、造船所が破壊され、ラケダイモン人たちが私たちのアクロポリスを占領して、国家の全権力が麻痺し、その結果、国家は最小の国家と何ら異なるところなくなった。 [47] これに加えてさらに、あなたがたは私的な財産を破滅させ、結局はあなたがた皆が総じて「三十人」によって祖国から放逐されたのである。以上のことを、あの善き人たちは感知したがゆえに、おお裁判官諸君、和議を結ぶことを委ねることを拒んだのである。 [48] 彼らをあなたは、アゴラトスよ、国家のために何か善きことを実行せんと望んでいた人たちを殺したのである。国家に対して策謀していると彼らを密告して。そして国家に生じたあらゆる悪事の責任者となったのである。だから今、あなたがた各自が私的な不運事をも国家共通の不運事をも思い起こして、その責任者に報復すべきなのである。 [49] ところで、私としては驚きなのだが、おお裁判官諸君、いったい何を彼はあなたがたに対して敢えて弁明せんとするのであろうか。なぜなら、彼が証明しなければならないのは、これらの人たちを密告しなかったし、彼らの死に責任もないということであるが、これを彼は決して証明できないであろうからである。 [50] なぜなら、先ず第一に、彼に対する評議会決議と民会決議とが反証しているからである、――「アゴラトスが白状した人々について」と成文化して公示して。第二に、「三十人」時代に判決が下され無罪放免にした判決が、成文化して言っているのである、「それゆえに」と判決文は言っている、「彼は真実を弾劾していると判断された」。それでは、どうか、読み上げていただきたい。 [51] それでは、彼が供述しなかったということは、いかなる仕方でも証明不能であろう。そこで、彼がしなければならないのは、それを密告したのは義しかったということを明らかにすることである、――彼らがあなたがた民衆に対して邪悪で不都合なことを実行するのを目にしたのでと。だが、その点でも、彼は証明を企てることはできまいと私は思う。というのは、無論、アテナイの民衆に対して何か悪事を彼ら「三十人」が働いたとするなら、民衆制が解体するのではないかと恐れて、民衆のために報復して彼らを殺したというわけはなく、それとはまったく正反対だと私は思うからである。 [52] いや、おそらく、これほどの悪事を働いたのは不本意にであったと彼は主張することであろう。だが、私はそうは思わないのである、おお裁判官諸君、何びとかがあなたがたに対して不本意に、これ以上の過度はあり得ないというほどの、可能な限り大きな悪事を働いたとしたら、あなたがたがそのために自衛をしてはいけないという理由はない。その上さらに、次のことをもあなたがたは思い起こすべきである。つまり、このアゴラトスには、評議会に連れていかれる前に、ムニキアの祭壇にすがった時、救われることができたということである。というのも、船舶が準備され、保証人たちもいっしょに退去する用意があったのだから。 [53] 実際、あの人たちに聴従し、あの人たちといっしょに進んで出航していたなら、本意にも不本意にも、アテナイ人たちのうちのこれほど多くの人たちをあなたは殺すことはなかったであろうのに。ところが実際は、あの時にあなたが説得された人たちに説得されて、将軍たちや歩兵指揮官たちの名前を言いさえすれば、何か大きなことを彼らから儲けることになるだろうとあなたは思ったのだ。だからと言って、あなたがわれわれから何らかの容赦を受けねばならない理由はない。あの人たちもあなたから何一つ容赦を受けなかったのだから。あなたが殺したあの人たちも。 [54] かくして、タソス人ヒッピアスとクーリエウス人クセノポンは、この男と同じ罪状で評議会からの使いによって呼び出されたのだが、この人たちは刑死した。後者のクセノポンはねじられ(拷問され)、前者のヒッピアスも同様に。「三十人」にとって救う価値なし思われたが故に(なぜなら、アテナイ人たちの誰をも彼らは破滅させなかったからである)。しかるにアゴラトスは放免された。あの者たちにとって最も快適なことを為したと思われたが故にである。 [55] ところで、彼がこれらの供述内容に関してメネストラトスにも何か転嫁していると私は聞いている。だが、メネストラトスのやったことは、次のようなことであった。このメネストラトスは、アゴラトスによって供述されて、逮捕投獄された。ところで、アムピトロペ区民アグノドロスは、メネストラトスの同区民で、「三十人」の一人クリティアスの義兄弟であった。そこで、この男が、ムニキアの観劇場で民会が開かれた時、且つはメネストラトスを救うことを、且つはできるかぎり多くの人たちを供述して破滅させることを望んで、彼を民衆の前に連れ出し、次の決議にしたがって彼に免罪を得させたのである。 [56] そこで、この決議が成立した後、メネストラトスは市民たちの別の人たちを密告し追加供述した。もちろん、彼を「三十人」がこのアゴラトス同様に放免したのは、彼が真実を弾劾していると思われたからだが、あなたがたの方は、長らく経ってから捕らえて、人殺しとして民衆裁判所において正当にも死刑を有罪票決して、処刑吏に引き渡し、彼は撲殺された。 [57] しかしながら、もし彼が刑死したのなら、無論、アゴラトスも刑死して当然である。現にこの男はメネストラトスを供述して、彼の死刑の原因になったのであり、メネストラトスによって供述された人々にとって責められるべき相手は、彼をこのような必然に落とし入れた張本人以外に誰がいようか。 [58] じつに、私にとって無法に思えるのは、コレイデス区民アリストパネスの身に起こったことである。彼は、あの時、この男の保証人となり、船舶を準備して、ムニキアからこの男といっしょに同船出航する用意があった。だから、彼の意のままになっていさえすれば、あなたは救われ、アテナイ人たちの誰をも破滅させることも、あなた自身もこのような危険に陥ることもなかったであろう。 [59] ところが実際は、ほかならぬ自分の救助者をもあなたは敢えて供述し、供述したために彼をもその他の保証人たちをも殺したのである。しかるに、この人を、アテナイ人として生粋ではないといって拷問されることを望んだ者たちがいて、次の決議を民衆が票決するよう説き伏せたのである。 [60] さて、その後、あの時このことを実行した人たちは、アリストパネスのもとを訪れて彼に求めた、――白状して救われるよう、そして、外国人身分で争って極刑を蒙る危険を冒さないように、と。だが、彼は断固として拒否した。投獄された人たちにとってもアテナイ人たちの民衆にとっても、彼はこれほど有為の士であったので、白状して不正に何人かを破滅させるよりも、むしろ死ぬことを選んだのだ。 [61] かくして彼は、あなたによって破滅させられる時でさえも、かくのごとくであった。これに反してあなたの方は、何らあの人たちの知己でもなく、少なくともあなたは、あの人たちが破滅したなら、あの時樹立した国家体制に参加することになろうと説得されて、供述してアテナイ人たちの多くの善き人たちを殺したのである。 [62] そこで、私はあなたがたに、おお裁判官諸君、いかなる人々をアゴラトスのせいで私たちが奪われたかを示したい。ところが、彼らが多数でなかったなら、一人ずつ彼らについてあなたがたは聞くであろうが、今は一括して全員について。すなわち、ある人たちはあなたがたによって何度も将軍に選ばれ、国家をより大きくして将軍職を継承する人たちに引き渡した。またある人たちは、別の大きな公職に就き多くの三段櫂船奉仕に奉仕して、未だかつてあなたがたによって恥ずべき責めを何一つ負ったことはない。 [63] 彼らの一部は生き残って救われたにもかかわらず、この男が等しく殺し、彼らに死刑判決が下されたが、幸運と精霊が味方して、当地から逃れて逮捕されることなく、また判決を待つこともなく、ピュレから帰還して善き人なりとしてあなたがたによって名誉回復されたのである。 [64] しかしながら、この人たちがこういうふうであるのに、アゴラトスはある人たちは殺し、ある人たちは当地からの逃亡者とさせたのだが、彼はいったい何者であるのか。というのは、あなたがたは知らねばならない、――彼は奴隷であり奴隷階級の生まれであることを。あなたがたを虐待したのが、いかなる人物であるのかを、あなたがたは知るためである。すなわち、この男の父はエウマレスであったが、そのエウマレスはニコクレスとアンティクレウスのものであったのだ。それでは、どうぞ、証人として登壇してください。 [65] さて、その他のことは、おお裁判官諸君、いかほどの悪事と恥ずべきことが、この男とその兄弟によって行じられたか、言うのは大変な仕事となろう。そこで、告訴屋稼業については、この男が私訴として誣告して訴訟に持ちこんだものにせよ、公訴として提訴したものにせよ、供述書を提出したものにせよ、私は一つずつ言う必要は何もない。というのは、要するに、あなたがた皆が民会においても民衆裁判においても、彼を誣告罪で有罪判決を下し、 [66] あなたがたに対しての一万ドラクマの罰金を課したので、この点ではあなたがた皆によって充分に証言されているからである。そこで、かかる人物であるにもかかわらず、彼は市民たちの妻女と姦通し、自由人の女を堕落させることを企て、姦通者として捕らえられた。この男の刑罰は死罪である。では、私が真実を言っていることについて、証人を呼んでいただきたい。 [67] さて、おお裁判官諸君、彼らは四人兄弟であった。このうちの一人、長兄は、シケリアで敵国人たちに密告の火の合図をしたので捕らえられ、ラマコスによって撲殺された。次兄は、当地からコリントスに人足奴隷を連れ出し、かの地から今度は奴隷娘を連れ出して捕まり、牢獄に捕らわれたまま死んだ。 [68] 三番目の兄は、パイニッピデスが当地で追い剥ぎとして逮捕し、あなたがたも彼を民衆裁判所で審判してこれに死刑の有罪判決を下して、撲殺するために引き渡した。では、私が真実を言っているということは、彼自身も同意するだろうと私は思うが、証人たちをも立てよう。 [69] それでは、この男を有罪票決することが、どうしてあなたがた皆さんにとってふさわしくないことがあろうか。なぜなら、以上の者たちの一人一人は、一つの過ちによって死罪に価するとするなら、無論、公的には国家に対しても、私的にはあなたがたの各人に対しても、多くの過ちを犯し、その一つ一つの過ちが法習では刑罰が死刑なのだから、あなたがたは彼にもちろん死罪を有罪票決すべきである。 [70] しかるに、彼はこう言って、おお裁判官諸君、あなたがたを騙そうと試みるであろう。つまり、自分は「四百人」時代にプリュニコスを殺したのであり、その見返りに民衆は自分をアテナイ人と認めたのだと彼は称するが、虚言しているのである、おお裁判官諸君。なぜなら、彼はプリュニコスを殺したのでもなく、民衆が彼をアテナイ人と認めたのでもないからである。 [71] すなわち、プリュニコスに対しては、おお裁判官諸君、カルドン人トラシュブウロスとメガレウス人アポロドロスとが共通に策謀したのである。つまり、彼が歩いているところに両人が出くわしたので、トラシュブウロスがプリュニコスを打擲して殴り倒したが、アポロドロスは触れなかった。とにかく、この時に悲鳴が起こり、彼らは逃げ去った。だが、このアゴラトスは、呼びかけられたわけでも、その場に居合わせたわけでも、事件のことを何か知っていたわけでもなかった。では、私が真実を言っているということは、次の決議そのものがあなたがたに明らかにするであろう。 [72] 彼がプリュニコスを殺したのではないということは、この決議から明らかである。なぜなら、トラシュブウロスやアポロドロスのように、「アゴラトスはアテナイ人である」とは(決議文の)どこにも書かれていないからである。しかしながら、かりにもし彼がプリュニコスを殺したとしたら、彼は同じ碑文の中に、トラシュブウロスとアポロドロスの名が記載されているところに、アテナイ人とみなされると刻みこまれていなければならなかったであろう。しかるに自分たち自身の名前を、提案者に金銭を与えて、功労者なりとして碑文の中に追加記載することやってのけた者たちがいるのである。それでは、真実を私が言っているということを、次の決議が明証するであろう。 [73] しかしながら、この男はあなたがたを甚だ軽蔑しているので、アテナイ人でないにもかかわらず訴訟沙汰を起こしたり民会発言したり考えつくかぎりの公訴を提起してきたのである、アナグルース区民なりと肩書きして。 その上さらに、プリュニコスを殺した、それゆえアテナイ人となったと彼は称するのであるが、そうではないという別の大きな証拠もある。すなわち、あのプリュニコスは「四百人」を樹立した。だが、彼が死んだので、「四百人」の多くは亡命した。 [74] そこで、あなたがたに思われるのはいずれであるか。――「三十人」とあの時評議した評議会とは、それ自身が皆亡命した「四百人」の一員であったが、プリュニコス殺害者を捕まえながら放免した、と〔思われる〕か。それとも、プリュニコスと、自分たちが逃亡したその逃亡のために、報復したと〔思われる〕か。私としては、報復したろうと思う。 [75] そこでもし、私が主張しているとおり、殺していないのに殺したふりをしているなら、彼は不正である。だが、あなたが反論して、プリュニコスを殺したと称するなら、明らかに、アテナイ民衆に対してより大きな悪事を働くことを代償に、プリュニコス殺害の罪滅ぼしを「三十人」に対してしたことになる。なぜなら、人々の中の誰一人としてあなたは決して説得できまい、――プリュニコスを殺したのに「三十人」によって放免されたとは。アテナイ民衆に対して大きな癒しようのない悪 事を働かないかぎりは。 [76] そこで、なおもプリュニコスを殺したと彼が称するなら、あなたがたは以上のことを記憶し、この男が為したことの代償に報復すべきである。だが否認するなら、何故アテナイ人にしてもらったと称するのか彼に尋ねるべきである。だが証明できなければ、アテナイ人なりと名前に肩書きして訴訟沙汰を起こしたり、民会発言したり、多くの人々を誣告したりしたとして、彼に報復すべきである。 [77] ところで、彼が弁明を企んでいると私は聞いている、――ピュレに行き、ピュレからいっしょに帰還した、そしてこれが最大の係争点であると。しかし、起こったのは次のようなことであった。この男はピュレに赴いた。しかるに、これ以上不埒な人間がいようか。ピュレにはこの男のせいで放逐された人たちが何人かいるということを知りながら、その人たちのところへ敢えて赴くとは。 [78] さて、彼らはこの男を目にするやいなや、捕まえて、殺す場所にまっすぐ連行した。そこは、他にも盗人や悪行者を捕まえた際に、いつも喉を掻き切ってきた所である。だが、将軍たちの一人アニュトスが、自分たちはそういうことをしてはならないと主張し、こう言った、――仇敵たちのだれそれに報復するような状態にはまだなく、今は自分たちは平静にしなければならない。だが、いつか家郷に帰還した時には、その時こそは、不正者たちに報復もできよう、と。 [79] こう言った彼のおかげで、この男はピュレで免れたのである。また、将軍である人物の言うことを聞くのは必然であった、――救われようとするからには。いや、違う。というのは、誰一人この男と食事を共にする者もなく、天幕を共にする者もなく、歩兵指揮官は部族に配置することもなく、罪人のように誰一人として彼と口をきかなかったのだ。それでは、どうぞ、歩兵指揮官を呼んでください。 [80] さて、両派間に和解が成立して、ペイライエウスからの人たちが行列を国家に向けて送った時、アイシモスが先導したが、この男はここにおいても次のごとき勇敢さを発揮した。すなわち、武器を執って同伴し、行列を重装歩兵といっしょに市に向けて送ったのである。 [81] だが、城門のところに着いて、市に入る前に、武器を置くと、アイシモスは認めて近づいてゆき、彼の盾をつかんで引き剥ぎ、立ち去るよう命じた。――失せやがれ。お前は人殺しだから、と彼は言った、アテナイ市のための行列に付き添ってはならないのだ、と。こうしてアイシモスによって彼は追い払われたのである。では、私が真実を言っているという、証人を立てよう。 [82] これが、おお裁判官諸君、ピュレにおいても、ペイライエウスにおいても、彼と重装歩兵たちとの間に起こったことである。すなわち、人殺しとして彼とは誰一人口を利かず、アニュトスのおかげで殺されないですんだのである。だから、ピュレへの道行きを弁明として彼が使うのなら、報復する用意のある人たちがいたので、アニュトスのおかげで彼が殺されないですんだのかどうか、また、アイシモスが彼の盾を引き剥いで行列に付き添うことを許さなかったかどうか、と応じるべきである。 [83] とにかく、あなたがたは彼の言うことを受け入れてはならないのだ、――たとえ、長らく経ってからわれわれが報復しようとしていると彼が言っても。なぜなら、こういった不正事に何ら時効があるとは私は思わず、私が思うには、直ちにであれ時が経ってであれ、何人かが報復する場合には、彼は罪責のある事柄に関して為してこなかったと証明しなければならないのである。 [84] それゆえ、この男に次のことを明らかにさせるべきである、――あの人たちを殺さなかったというふうにか、あるいは、彼らはアテナイの民衆に対して何か悪いことを為したので、〔殺したのは〕義しかったというふうにか。だがもし、以前に報復すべきであったにもかかわらず、後になって私たちが報復するのであれば、彼は時間を得したことになるのである、――彼にとって生きるにふさわしくない時間だが、同じ長さだけ、あの人たちはこの男によって殺されたままの時間を。 [85] さて、彼は次のことをも盾にとって、つまり、「現行犯で」と起訴状(apagoge) に書き添えられていると強調するのだが、これは何よりもばかげたことだと私は思う。あたかも、現行犯でということが書き加えられていなかったら、起訴状に該当する者である、だが、それが書き加えられているが故に、自分にとって何か恩赦があると彼は思っているかのように。しかし、それは、どうやら、確かに現行犯逮捕ではないけれども、殺害したことに同意し、そして、現に殺害しても、現行犯でないかぎりは、これをもって自分は救われねばならないと強調する以外の何ものでもない。 [86] しかしながら、思うに、この起訴状を回付した「十一人」は、あの時もアゴラトスは強調していたのだが、彼の共犯者となろうと考えてではなく、略式起訴を提起したディオニュシオスに対して、現行犯でということを書き加えるよう強いしたのだが、それは甚だ正当な行為であったのだ。それとも、どういう仕方があり得たであろうか、――先ず第一に、五百人の面前で、第二には、今度は全アテナイ人の面前で供述して、何人もの人たちを殺して死刑の原因となった男に対して。 [87] もちろん、現行犯でというのは、何人かが棍棒か短剣で殴り倒した場合だけだとは、あなたは思っていない。少なくともあなたの論理によれば、明らかに、あなたが供述した人たちを殺したのは誰もいないことになるからである。なぜなら、誰も彼らを殴ったわけでも屠殺したわけでもなく、あなたの供述によって強いられて死んだにすぎないのだから。すると、死刑に責任ある者、この者が現行犯なのではないか。ところで、責任者は供述したあなた以外に誰がいようか。したがって、殺したあなたが現行犯でないことが、どうして、あろうか。 [88] さらに、彼が誓約についても協定についても言おうとしているのを私は聞知している、――私たちペイライエウスにいた者たちが、市内にいた人たちとの間に取り決めた誓約と協定に反して争訟している、と。ところが、これらを盾に強調することで、彼はほとんど人殺しであることに同意しているようなものである。とにかく、誓約とか協定とか時間の経過とか現行犯の意味とかで妨害して、事実そのものによっていかほどか美しく係争できるとは彼は信じないのである。 [89] だが、あなたがたには、おお裁判官諸君、そういったことについて受け入れるのはふさわしくない。いや、供述しなかったし人々も死ななかったという、このことについて彼が弁明するよう命じよ。しかも、誓約と協定が私たちとこの男との間にあるというのは、何らふさわしくないと私は思う。なぜなら、誓約は市内にいた人たちとペイライエウスにいた者たちとの間に成立したものだからである。 [90] だから、この男が市内にいて私たちがペイライエウスにいたのなら、協定は彼にとって何らかの道理を有していたであろう。ところが実際は、この男もペイライエウスにいたが私もディオニュシオスも、この男に報復せんとしてここにいる人たち皆もいたのであるから、私たちには何の妨げもないのである。なぜなら、ペイライエウスにいた人たちは、ペイライエウスにいた人たちとの間に何らの誓約も立ててはいないからである。 [91] さて、いかなる点から見ても、一回ぐらいの死刑では足らないように私には思われる、――民衆によって認知されたと称しながら、これを自分の父であるとみずからが称する、その民衆を明らかに虐待し、叛いて、民衆がより大きくより強固になる依り拠を売り渡したような者は。だから、自分の生みの父を打擲し、何らの必需品をも供給せず、養父が所持していた善きものをこれから奪い取ったような者が、その一事によってさえ尊属虐待の法に遵って死刑の刑罰を受けるに価するということが、どうしてないであろうか。 [92] そこで、あなたがた皆は、おお裁判官諸君、私たちの各々一人と同様に、あの人たちのために報復することがふさわしいのである。なぜなら、彼らは死ぬ時に、私たちにも友たち全員にも遺言したのである、――自分たち自身のために、このアゴラトスに殺人犯として報復し、各人がわずかでも可能な限り悪く為すようにと。そこで、もし、あの人たちが国家なりあなたがた大衆なりに、何か善いことを為してきたことが明らかな者であるなら、あなたがた自身も同意しておられることだが、あなたがた皆があの人たちにとって友であり縁故者であるのが必然であるから、私たちにと同様にあなたがたの各々一人にも彼らは遺言したことになる。 [93] だから、このアゴラトスを放免することは、あなたがたにとって敬虔なことでも適法なことでもないのである。そこであなたがたは、おお裁判官諸君、今こそ、かつてあの人たちが殺された時には、逆転した事態のためにあの人たちに味方できなかったが、それが可能な今この時に、あの人たちの殺人犯に報復すべきである。そこで、思いを致していただきたい、おおアテナイ人たちよ、何にもましてひどい仕打ちをしでかさないようにと。なぜなら、もしこのアゴラトスをあなたがたが無罪票決するなら、あなたがたはそれをしでかしてしまうばかりでなく、あの、あなたがたに好意的であったとあなたがたが同意している人たちに、その同じ票決でもって、死刑を有罪票決することになるのだから。 [94] すなわち、あの人たちの死の責任者を釈放することによって、ほかでもない、あの人たちがこの男によって殺されたのは義しかったと、判決を下すのと違わないことになるのである。そうなれば、彼らは何にもまして恐るべきことを蒙ることになろう、――もしも、あの人たちが自分の友と思って、自分たちのために報復するよう遺言していた相手、その相手が、あの人たちの意に反して、「三十人」に賛設票を投ずる者となるようなことになれば。 [95] 断じて、おお裁判官諸君、オリュンポスの神々にかけて、いかなる術によっても細工によっても、あなたがたはあの人たちに死刑を有罪票決してはならない。――多くの善事をあなたがたに為して、それゆえに「三十人」とこのアゴラトスによって殺された人たちに。だから、恐るべきことのすべてを、国家共通のそれも私事のそれをもを、あの人たちが命終した後に各人に生起したかぎりのことを想起して、これの責任者に報復すべきである。ところで、あなたがたには、決議事項からも供述内容からもその他のすべてからも、あらゆる点で彼らの死の責任者はアゴラトスであることが証明され終わっている。 [96] さらにまた、あなたがたにとって現にふさわしいのは、「三十人」に反対に票決をすることである。それゆえ、連中が死刑の有罪判決を下した相手には、あなたがたは無罪票決をすべきである。これに反し、連中が死刑の有罪判決を下さなかった相手には、あなたがたは有罪票決をすべきである。ところで、「三十人」は、あなたがたの友であったあの人たちには、死刑の有罪判決を下したのだから、あなたがたはあの人たちに無罪票決すべきである。これに反し、連中がアゴラトスには無罪票決したのは、あの人たちを破滅させることに熱心であるように思われたが故である。この男に有罪票決するのがふさわしい。 [97] ゆえに、もしあなたがたが「三十人」に反対票を投ずれば、先ず第一に、敵たちに賛設票を投ずる者とはならないし、第二に、あなたがた自身の友によって報復されることもあるまいし、さらには、義しく敬虔な票決をしたと万人に思われることになろう。 |