第16弁論・解説
[1] もしも、おお評議会の皆さん、告発者たちが、あの手この手で私を酷い目に遭わせたいと望んでいることを私が関知していなかったら、この告発を私は彼らに大いに感謝していたことであろう。というのは、私は考えるのだが、不正に中傷を受けてきた者たちにとって最大の善事の原因となる相手は、自分の生きてきた人生を吟味にかけるよう自分たちに強いるような人たちである。 [2] なぜなら、私はかくも深く自分自身を信じているので、誰かが私に対してたまたま気に食わなくても、為されたことに関して私が言うのを聞きさえすれば、彼が自分を悔い、将来にわたって私をはるかにより善い者と認めるようになるという希望を持っているほどである。 [3] ところで、私は断言する、おお評議会の皆さん、たとえ次のことだけを、つまり、現行の体制に私が好意的であるということ、そして、私があなたがたと同じ危難に参加せざるを得なかったということを、あなたがたに明示しても、まだ私にとっては何の役にも立たない。だが、その他の事柄に関しても節度をもって、しかも、敵たちの思惑や言説にはまったく反して、生きてきたと判明するなら、私はあなたがたにお願いする、――私の方は適格審査し、この者たちの方は劣悪な者と看做すように。それでは、第一に、証明しよう、――私は騎兵ではなかったし、「三十人」時代に内地にいなかったし、また、当時の国家体制に参加してもいなかったということを。 [4] さて、父は私たちを、ヘレスポントスにおける災禍の前に、ポントスにいるサチュロスのところで過ごすようにと送り出したので、私たちは城壁が破壊される時も、国家体制が転覆する時も、内地にはおらず、私たちが帰ってきたのはピュレを進発した人たちがペイライエウスに帰還する五日前であった。 [5] もちろん、このような時機に帰着した私たちが、他人事の危難に参加しようと欲するはずもなく、あの連中が、外地にいた者たちや、何ら罪過を犯していない者たちを、国家体制に参加させるというような考えを持っていないのも明らかで、むしろ、彼らは民主制解体に助力せんとする人たちをさえ市民権剥奪していたのである。 [6] さらにまた、登録簿を基にして騎兵であった者たちを探索するというのも馬鹿げている。なぜなら、その中には、騎兵になることに同意した者たちの多くが載っていない一方、外地にいた人たちの中に、記載されている人たちもいるからである。だが、最大の反駁根拠はこうである。すなわち、あなたがたが帰還してから、あなたがたは部族騎兵指揮官たちに騎兵であった者たちを届け出るよう票決したが、それは、彼らから支度金(katastasis)をとり上げるためであった。 [7] ところが、誰も証明できないであろう、――私が部族騎兵指揮官たちによって届け出られたとも、裁定委員(syndikoi)に引き渡されたとも、支度金を返却したとも。しかも、次のように判断することは万人に容易である。つまり、部族騎兵指揮官たちにとっては、支度金をもらった者たちを明示しなければ、自分たちに罰が与えられるのは必然であったということは。したがって、あなたがたはあれ〔登録簿〕よりもこの文書を信じる方がはるかに義しいのである。なぜなら、前者からは望む者を削除するのは容易であったが、後者には騎兵であった者たちが部族騎兵指揮官たちによって届け出られるのは必然であったからである。 [8] さらにまた、おお評議会の皆さん、かりにもし私が騎兵であったとしても、何か恐るべきことを為してきたかのように拒否されるのではなく、市民たちの中に私によって酷い目に遭わされた者は誰一人いないということを立証した上で、適格審査されることを要請したことであろう。現に、私の見るところ、あなたがたもこの考えを持っておられ、また、あの時騎兵であった人たちのうち、その多くは評議員となり、その多くは将軍や騎兵指揮官として挙手選出されたのである。したがって、私がこのような弁明を為す理由はほかでもない、彼らが公然と敢えて私に対して虚言するからであると考えていただきたい。では、どうぞ、あなたがたが登壇して証言してください。 [9] さて、この咎については何を更に言うべきか私は知らない。だが、私に思われるのは、おお評議会の皆さん、他の争いの際には、告発事由そのものに関してだけ弁明するのがふさわしいが、資格審査の際には、人生全体について言を為すのが義しい。そこで私は、好意を持って私に耳を傾けるようあなたがたにお願いする。では、可能な限り手短に弁明を試みよう。 [10] すなわち、私は、先ず第一に、私に残された財産は、父の災禍や国家の災禍といった災禍のせいで多くはなかったが、二人の姉妹をそれぞれに三十ムナの嫁資をつけて嫁がせ、父祖伝来のもののうち、弟に配分した額は、私よりも多くを取得したと本人が同意するほどであり、その他どんな者たちに対しても同様に生きてきたので、未だかつて誰一人にも何一つ私は訴訟を起こされたことがないのである。 [11] さて、私的なことでは私はそういうふうに斉家してきた。また、公共事に関しても、私の品行の最大の証拠が私にはあると考えている。つまり、若者たちのうち、賭事や飲酒やそういった放縦にかかわって、たまたま暇つぶしをしている者たち、彼らみなが私とは異なった存在であるのをあなたがたは目にされるるであろうし、彼らが私について夥しい物語をこしらえ虚言しているのを〔目にされるであろう〕。しかし、明らかなのは、もしも私たちが同じことを欲していたなら、彼らは私に関してそのような考えは持たなかったであろうということである。 [12] さらにまた、おお評議会の皆さん、私に関して誰も証明できないであろう、――恥ずべき私訴や公訴や弾劾が起こったとは。しかるに、他の人たちはしばしばそのような争いに巻きこまれるのをあなたがたは目撃しているのである。さらに、兵役や敵国人たちに対する危難について考察していただきたい、――どれほど私が国家のために身を挺しているかを。 [13] すなわち、先ず第一に、ボイオティア人たちとあなたがたが同盟を結んでハリアルトス市を助けねばならなかった時〔BC 395〕、私はオルトブウロスによって騎兵に選抜されたが、誰しもが騎兵には安全さがあるに違いないと信じ、重装歩兵には危険性が〔ある〕と看做しているのを目にしたので、他の人たちは法に反して資格未審査のまま馬に騎乗したが、私はオルトブウロスのもとに出向いて、私を名簿から削除するよう主張したのである、――大衆が危険を冒そうとしている時に、我が身の安泰を図って出征するのは恥ずべきことだと考えて。それでは、どうぞ、登壇してください、オルトブウロスよ。 [14] さて、出陣の前に同区民が集結した時、そのうちの幾人かの市民が有為の士であり熱心でありながら、旅費に困窮しているのを知って、私は言った、――持てる者たちは困窮している者たちに必需品を提供すべきであると。そして、他の人たちにそう忠告するばかりでなく、みずからも二人の人物の各々に三十ドラクマを与えたが、それは私が多くを所有していたからではなく、これが他の人たちの手本となるためであった。それでは、どうぞ、あなたがたが登壇してください。 [15] さて、その後、おお評議会の皆さん、コリントスに向けての出陣があり、危険に身をさらさねばなるまいということが大いに予想された時、他の人たちが怖けづく中で、私は最後まで持ちこらえて第一戦列に位置して敵国人たちと闘ったのである。特に、私たちの部族は不運であり、また最多の戦死者を出したが、どんな人間にでも怯懦のそしりを浴びせかけるステイリア区のあの堅物よりも、もっと後から私は退却したのである。 [16] また、その後、日ならずして、コリントスにある堅固な要塞地が占拠された結果、敵国人たちは通過できなくなり、そこでアゲシラオスがボイオティアに侵攻、指揮官たちは救援部隊を分遣することを票決したので、皆は恐怖にとらわれた(当然である、おお評議会の皆さん。なぜなら、少し前に辛うじて救われたばかりであったから、別の危地に赴くことは恐るべきことであったのだ)私は歩兵指揮官のところへ出向いて抽選なしに私たちの部隊を送るよう命じたのである〔BC 394 コロネイアの戦い〕。 [17] かくして、もしあなたがたの中に、国事を為すことを要求しながら、危難からは逃亡する者たちに怒る人たちがおられるなら、私についてそのような考えを有するのは義しくないであろう。なぜなら、下命された事を熱心に果たしてきたのみならず、敢えて危険を冒してもきたのだから。しかも、それを為してきたのは、ラケダイモン人たちと闘うことは恐るべきことではないと考えてではなく、かりにいつか不正に危機に陥ったとしても、以上の行いに免じて、あなたがたによってより善い者と看做されて、あらゆる正義に与かるためである。それでは、以上のことの証人として、どうぞ、あなたがたが登壇してください。 [18] さて、その他の出征や辺境守備のどれ一つも私は未だ欠かしたことがなく、いつも私が守ってきたのは、あくまでも最初の人たちといっしょに出陣し、最後の人たちといっしょに退却することであった。もちろん、名誉を愛して規律正しく市民生活を送る者たちは、こういったことから考察すべきであって、人が長髪にしていたら、それを根拠に憎むということがあってはならない。というのは、そのような生活習慣は、私人たちをも国家の共通事をも害することはなく、あなたがた皆さんが益されるのは、敵国人たちに対して進んで危険に身を挺しようとする人たちによってだからである。 [19] したがって、価値があるのは、おお評議会の皆さん、外見によって人を愛し憎むことではなく、行動によって考察することである。というのは、多くの人たちは、小さく対話し規律正しく身を装いながら、大きな諸悪の原因となるが、他の人たちは、そういったことをなおざりにしながら、多くの善事をあなたがたにもたらすからである。 [20] ところで、私はすでに感知しているのだが、おお評議会の皆さん、一部の人たちが私に憤慨する理由は、ただ、弱輩の身でありながら民会で発言することを企てたということである。だが、先ず第一に、私は自分のことで民会演説するよう強いられたのであり、第二に、確かに必要以上に名誉欲が強すぎたと自分でも思われる、――祖先たちは、国事に従事することを決して止めなかったことに思いを致しすと同時に、 [21] 他方、あなたがたが(真実を言わなければならないから言うのだが)そういう人物だけを何ほどか価値ある者と看做すのを目にするわけであるが、それゆえに、あなたがたがそのような考えを持っているのを目にしながら、誰が国家のために行動し発言することに奮い立たないでいられようか。さらにまた、そういう者たちにあなたがたが憤慨する理由がどこにあろうか。なぜなら、彼らについて審判するのは、余人ならぬあなたがたなのだから。 |