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back.gif第18弁論・解説


Lysias弁論集



第18弁論

ニキアスの兄弟の財産没収に関して 結語






[1]
 それでは、思いを致していただきたい、おお裁判官諸君。私たち自身も、また、私たちの親類で、不正されたがゆえにあなたがたによって哀れまれ正義に与かるよう私たちが要請している人たちについても、市民としていかなる人物であるか、ということに。なぜなら、私たちが争っているのは、ただに財産に関してのみならず、国家体制に関して、国家が民主制統治されている時、私たちにとってこれに参加すべきかどうかということでもあるのだから。そこで、先ず第一に、私たちの叔父のニキアスについて想い起こしていただきたい。

[2]
 なぜなら、あの人が自分の考えを持って、あなたがた大衆のために実行したかぎりのことでは、いたるところで明らかなとおり、国家にとっては多くの善いことの原因になったが、敵国人たちに対しては最多・最大の害悪をもたらしたのである。だが、望まずに心ならずも為さざるを得なかったかぎりのことでは、諸々の害悪はみずからが負わざるところなかったが、災禍の責めは、あなたがたを説得した者たちが負うのが義しいであろう。

[3]
 ――あなたがたに対する好意と自分の徳とを彼が証拠立てるのは、あなたがたの幸運と敵たちの不運とにおいてこそなのだから。すなわち、将軍となって多くの国々を略取し、敵地に多くの美しい勝利牌を打ち立て、その一つ一つについて語るのは大変な仕事となろう。

[4]
 ところで、エウクラテスは、あの人の兄弟であり、私の父であるが、最後の海戦〔BC 405アイゴスポタモイの海戦〕が起こった時、あなたがた大衆に関して持っていた好意を早くも公然と示した。すなわち、海戦に劣敗してから将軍としてあなたがたに選ばれ、大衆に策謀する者たちによって寡頭制に参加するよう呼びかけられたにもかかわらず、

[5]
 彼らに聴従することを拒み、大部分の人たちが状況に合わせて変節したり、運の赴くままに身を任せるような、こんな時局に陥っていたにもかかわらず、民衆が不運に見舞われていた時、国家体制から逃亡せず、支配せんとする者たちに対して私的敵意があったわけでもないから、彼には「三十人」の一人になることも、誰にも劣らぬ権力者となることもできたのに、むしろ、あなたがたの救済のために活動して破滅することの方を選んだのだ、――城壁が破壊されることや、艦船が敵国人たちに引き渡されることや、あなたがた大衆が隷属させられるのを目撃することよりは。

[6]
 そして、久しからずして、ニケラトス、――私の従兄弟にしてニキアスの息子は、あなたがた大衆に好意を持つ者として、逮捕されて「三十人」によって殺された。生まれの点でも財産の点でも年齢の点でも、国家体制に参加する資格なしとは思われないのにである。いや、これらのものは、あなたがた大衆との関係で、そして祖先たちや自分自身のおかげで自分に帰属していると彼は考えていたので、別の国家体制は決して欲し得なかったのである。

[7]
 すなわち、彼らはみな国家によって評価されていると自覚しており、多くの場合にあなたがたのために危険に身を挺してきた一方、多額の臨時財産税を寄付し、最美に公共奉仕してきたのであり、その他にも国家が自分たちに下命したことを何一つ未だ避けたことはなく、熱心に奉仕しているのである。

[8]
 しかるに、私たちよりも不運な者が誰かいるであろうか、――寡頭制下にあっては、大衆に好意的であるとして殺され、民主制下にあっては、大衆に悪意ある者のごとくに財産を奪われるとしたなら。

[9]
 さらにまた、おお裁判官諸君、ディオグネトスも告訴屋たちに中傷されたので亡命して立ち退いたが、わずかな流浪者たちといっしょになって国家に向けて出征することも、デケレイアに行き着くこともしなかった。また亡命中も帰還後も、あなたがた大衆に対して何らかの悪の原因となることもなく、徳の深さゆえに、むしろ、あなたがたに対して過ちを犯した者たちに怒っていたほどなのである、――自分の帰還の原因となった人たちに感謝するよりも。

[10]
 そして、寡頭制下では何一つ公職に就かなかった。だが、ラケダイモン人たちとパウサニアスがアカデメイアに進駐するやいなや、ニケラトスの子と、まだ子どもだった私たちとを連れ、前者をパウサニアスの両膝の上に置き、私たちを自分の傍に立たせて、彼とその他の居合わせた人たちに向かって言ったのである、――いかほどのことを私たちが蒙り、どのような不運に見舞われてきたかを。そして、パウサニアスに、友愛によっても現在の客友関係によっても助けるよう、また、私たちに対して過ちを犯した者たちの報復者となるよう頼んだのである。

[11]
 この時からパウサニアスは民衆にとって好意ある者となり始め、「三十人」の邪悪さによる私たちの災禍を、その他のラケダイモン人たちに対する見本としたのである。というのは、ペロポンネソス人たちのうち進駐してきた者たち全員にとって明らかとなっていたのは、連中が殺したのは市民たちのうちの最も邪悪な者たちではなく、生まれによっても富裕さによってもその他の徳によっても、評価されるのが最高にふさわしい人たちであったからだ。

[12]
 かくのごとくに私たちは同情され、恐るべきことを蒙ってきたと万人に思われた結果、パウサニアスは「三十人」からの客遇は受けることを拒み、私たちからのそれを受け入れたのである。しかるに、恐るべきことである、おお裁判官諸君、寡頭制救援のために進駐してきた敵国人たちによっては、子どもである私たちは同情されたのに、あなたがたによっては、おお裁判官諸君、自分たちの父親は民主制のために命を捧げた、そういう者の子であるのに、財産を奪い取られるとは。

[13]
 言うまでもないことだが、おお裁判官諸君、ポリオコスはこの争いに成功することを何にもまして重視している。それは市民たちと外国人たちとに向かっても、自分の見せびらかせが美しいと考えてである。――アテナイにおいて自分はかくも有力であって、あなたがたが宣誓をした同じ人物を、あなたがたが自分たち自身の思いと反対に票決するようにさせられるほどだということを。

[14]
 なぜなら、誰でもが間もなく知るところとなろうが、かつては私たちの土地を公地にせんと望んだ彼を、あなたがたは1000ドラクマの罰金に処したのに、今は彼が没収を命じて勝利してしまうのであり、これら両方の訴訟に関して、アテナイ人たちは、同一人物が違法にも被告となっているのに、自分たち自身の思いとは反対に票決するのである。

[15]
 したがって、恥ずべきことではないのか、――あなたがたがラケダイモン人たちと協定したことは堅持するが、自分たちで票決したことはかくも易々と破棄し、彼らとの協定は有効とするが、自分たちとのそれは無効とするなら。そして、あなたがたよりもラケダイモン人たちの方を重んじる者がいれば、あなたがたは他のヘラス人たちに対しては怒るが、これに反して、あなたがた自身は、明らかに彼らの方をあなたがた自身よりも信頼するのであろうか。

[16]
 だから、憤懣やるかたないのは当然なのである、――国事に携わる者たちがすでにこのとおりであるので、何でも国家にとって最善のこと、これを提案者たちが言うのではなく、自分たちがそこから利得しようとするところ、これをあなたがたは票決するほどなのである。

[17]
 そして、ある者たちは自分たちのものを手にするが、ある者たちの財産は不正に没収されるようなことが、もしもあなたがた大衆に寄与するのなら、当然、あなたがたは私たちによって言われたことを気にしないであろう。ところが実際は、あなたがたはみな同意するであろう、――同心は国家にとって最大の善であるが、党争はあらゆる害悪の基であり、相互に対する仲違いは、ある者たちは他人のものを欲求し、ある者たちは財産から追い出されているというような、そういう状態からとりわけ発生するのだと。

[18]
 しかも、これをあなたがたは帰還後間もなく、正しく評議して認識したのである。すなわち、あなたがたは生じた災禍をまだ記憶していて、国家が同心状態に落着することを神々に祈願したのだ、――国家が党争し、発言者〔為政者〕たちがすぐに富裕となるような過ぎ去った過去の報復をめざすよりは。

[19]
 確かに、過去の確執にこだわったとて、帰還後間もない人たちになら、怒りがまだ生々しいのだから、いくらでも容赦できる。ただし、これほどの時が経ってから、過ぎ去った過去のことの報復をめざすことは別である。それも、こんな連中に説得されて、――市内に留まっていたくせに、自分たちの好意の確約をあなたがたに与えたと思っており、他の人たちを酷い目に遭わせ、自分たち自身を有為の士として提示するのではなく、今もまた、国家の幸運を享受しているが、先駆けてあなたがたの危難に参加するでもない連中に。

[20]
 そこで、もし、あなたがたが、おお裁判官諸君、これらの連中によって没収されたものが国家にとって救いとなるのをご覧になるなら、私たちは容赦することができよう。ところが実際は、ご存知のとおり、それらのあるものはこれらの連中によって隠匿され、あるものは多大な価値を有するのに安値で売却されてしまう。しかし、あなたがたが私に聴従なさるなら、あなたがたはそれらから私たち所有者に劣らず益されるであろう。

[21]
 というのは、今もディオムネストスと私と兄弟とが、一家三人で三段櫂船奉仕をしているのであり、国家が金品を要求する場合にも、これらからあなたがたに寄付しているのであるから。だから、私たちがこの考えを持ち、私たちの先祖たちもこういうふうであったのだから、私たちを容赦していただきたい。

[22]
 なぜなら、私たちが最も惨めな者であることは何ものも妨げないのである、おお裁判官諸君、「三十人」時代には孤児として取り残され、民主制下には財産を奪われるのだから。運命の委ねるままに、私たちはまだ子どもだったけれども、パウサニアスの幕屋に出向いて大衆を助けたのに。じつに、こういったことが私たちに帰せられるのに、私たちはいかなる裁判官たちのところに庇護を求めればいいのか。

[23]
 父親も私たちの親類の人たちもそのために命を捧げた、その体制ために、このように為政している人たちのところにではないのか。そこで、今、あらゆることに代えて、私たちがあなたがたに返還要求しているのは次の恩恵である。つまり、私たちを困窮状態のまま、また必需品にも事欠いたままに見過ごすこともなく、先祖たちの幸福を解体することもなく、むしろ、国家に善くすることを望む者たちにとって、彼らが危難に際してどのような待遇をあなたがたから受けるかという、見本とすることである。

[24]
 私は、おお裁判官諸君、私たちのために登壇させられるような哀願者を持ってはいない。なぜなら、親類の人たちのうち、ある者たちは善き者としてみずからを捧げて国家を大きくして戦争で死に、ある者たちは民主制とあなたがたの自由のために「三十人」のせいで毒人参を飲んだ。

[25]
 かくして、私たちの孤立無援の原因となったのは、親類の人たちの徳と国家の災禍とである。こういったことにあなたがたは思いを致して、私たちを助けることに熱心であっていただきたい、――民主制下にあってあなたがたによって善い目を見るのが義しいのはこういう人たち、つまり、寡頭制下にあって諸々の災禍を被った人たちにほかならないと考えて。

[26]
 そこで、これらの裁定委員の人たちも、あの時のことを思い起こして、私たちに好意的であるよう私は要請する。――祖国から脱出し財産を喪失したあなたがたは、あなたがたのために死んだ人たちを最善な人と信じた。そして、彼らの子どもたちに恩恵を施すことができるよう神々に祈ったあの時のことを。

[27]
 ところで、私たちは、自由のために危険に先駆けてきた者たちの息子であり同族なのだから、あなたがたに、今、この恩恵の返還要求をするのである。――不正に私たちを破滅させないよう、いや、むしろ同じ災禍に与かった者たちを助けるように、と。とにかく、私はお願いもし懇願もし嘆願もして、こういったことにあなたがたから与かれるよう要請する。なぜなら、私たちが危険を冒しているのは、小さなものを賭してではなく、全財産を賭してのことなのだから。
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