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back.gif第19弁論・解説


Lysias弁論集



第19弁論

アリストパネスの財産に関して 執達吏に対して






[1]
 多大な困窮をこの争いは私にもたらしている、おお裁判官諸君、思いを致せば、私が今うまく話さなければ、私のみならず父までが不正者と思われ、そして私は全財産をとられるであろう。だから、必然なのである、――こういったことに恐るべき有能者として生まれついていなくても、できるかぎり力を尽くして父と私自身を救うのが。

[2]
 もちろん、敵たちの企みと熱意をあなたがたが目にされても、そのことについて何も言う必要はない。だが私の無経験は、私を知っているほどの人たちなら、みながご存知である。だから、あなたがたが正義と寛大さを施してくださるよう、怒りを持たずに、告発者たちにと同様、私たちにも耳を傾けてくださるよう懇望します。なぜなら、あなたがたが等しく耳を傾けても、弁明者が不利になるのが必然的なのである。

[3]
 というのは、一方の者たちは、長らくかけて策謀し、自分たちは危険もなく、告発を為しているのに、私たちの方は、最大の恐怖と中傷と危険を伴って争っているのだからである。だから、あなたがたは弁明者たちにより多くの好意を持つのが当然なのである。

[4]
 というのは、あなたがたはみなご存知だと思うが、すでに多くの人たちが、多くの恐るべき告発に遭い、公然たる虚言によって糾弾され、その公然さたるや、列席者全員に憎悪されながら退廷するほどなのである。ところが、虚偽を証言して不正に人々を破滅させた者たちも、後になって捕らえられはするが、その時には被害者たちにもはや何の役にも立たないのである。

[5]
 そこで、そのようなことが多く生じたものだから、私が聞いているところでは、当然、あなたがたは、おお裁判官諸君、告発者たちの言説を決して信ずべきものとまだ考えないのである、――私たちも陳述するまでは。すなわち、私の聞くところでは、また、あなたがたの多くの方もご存知と思うが、何にもまして最も恐るべきは中傷なのである。

[6]
 特に、次のことを人は目にすることができよう。つまり、多くの人たちが同じ罪状で争いに巻きこまれた場合に、最後に判決を受ける人たちはたいていの場合に助かるということを。なぜなら、あなたがたは怒りをやめて彼らに耳を傾け、その時にはすでに究明を進んで受け入れからである。

[7]
 そこで、思いを致していただきたい、――ニコペモスとアリストパネスは裁判も受けずに処刑された、不正したとして究明される彼らに誰かが味方する前にということに。なぜなら、誰一人逮捕後の彼らを目撃していないのだから。また、彼らの身体を埋葬することも認めず、その災禍の恐るべきさまたるや、その他のことに加えて遺体さえも奪われるほどだったのである。

[8]
 いや、そのことは放置しよう。なぜなら、何にもならないからである。しかし、はるかにもっと悲惨と私に思われるのは、アリストパネスの子どもたちである。なぜなら、私的にも公的にも、誰にも不正していないのに、彼らは父祖伝来のものをあなたがたの法習に反して失ったばかりか、たった一つ後に残った希望――祖父のもので養育されるという希望までも、同様の恐るべき事態に陥ったのである。

[9]
 さらにまた、私たちは姻族を奪われ、持参金を奪われ、三人の幼子を養育せざるを得なくなり、なおその上に、誣告され、先祖たちが義しい方法で所得し、私たちのために残してくれたものに関して、危険に身をさらしているのである。しかも、おお裁判官諸君、私の父は全生涯、自分や家族たちのためによりも、国家のためにより多く消費してきたが、それは今私たちが所有する二倍であった、――彼が勘定しているところにしばしば私が居合わせたところでは。

[10]
 だから、あなたがたの為すべきは、自分のためには僅かしか費やすことなく、あなたがたのために多くを毎年毎年費やしてきた彼に、不正の罪を予断で有罪判決することではなく、むしろ、父祖伝来のものをも、何でもどこかから手に入れたものを、最も恥ずべき快楽のために浪費するのが習慣となっている者たちをこそ〔有罪判決すべきである〕。

[11]
 確かに困難なのは、おお裁判官諸君、ニコペモスの財産に関して一部の人たちが持っている思惑に対して弁明することである。しかも、金銭の不足が現在国家を見舞っており、また、この争いが執達吏を相手にしたものである時に。にもかかわらず、そういう事情にあっても、告発された事柄は真実ではないということは、あなたがたは容易に判断できよう。そこで、私はあなたがたにお願いする、――あらゆる術を尽くし工夫を凝らして、好意をもって最後まで私たちに耳を傾け、何であれあなたがたにとって最善であり誓いにかなっているとあなたがたが信ずるところ、これを票決するように。

[12]
 そこで、先ず第一に、いかなる仕方で彼らが私たちと姻族関係になったかを、あなたがたに説明しよう。つまり、ペロポンネソス包囲作戦の将軍となったコノンは、三段櫂船奉仕をしていた私の父とその時以来の友となっていたが、私の妹をニコペモスの息子の求婚に応じて与えるよう要求した。

[13]
 そこで父は、彼らがあの者によって信頼もされ、少なくとも当時にあっては、国家にとって有徳の士として人気があるのを目にして、与えることを説得されたが、将来の中傷を知らず、当時はあなたがたの内の誰でも彼らと姻戚になることを名誉としていたのであり、少なくとも財産のためでないことは、父の全生涯と父の行いとから判断するのは容易である。

[14]
 すなわち、彼は適齢期になった時、多くの財産をもった他の女性と結婚できたのに、何の持参金も持たない私の母を娶ったのである。ただ、エウリピデスの息子のクセノポンの娘という理由で。この人は私的に有為の士と思われていたのみならず、将軍となるようあなたがたが彼に要請した、と私は聞いている。

[15]
 さらに、私の妹たちを持参金なしで喜んで娶りたいというきわめて裕福な者たちもいたのに、生まれが悪いと思われたからと与えず、一人はパイアニア区のピロメロスに、――より裕福であるよりはより善い人だと多くの人たちが看做している彼に、もう一人は、貧乏になったが悪行によってではない人物、――甥のミュリヌス区のパイドロスに、40ムナの持参金をつけて嫁がせ、その後、アリストパネスに同額で嫁がせた。

[16]
 さらにこの他に、私には非常に多くの持参金を受け取ることができたのに少なく、――規律正しく思慮分別のある姻族を持っていることがよくわかる程度に、受け取るよう忠告してくれたのである。今も私は妻としてアロペケ区のクリトデモスの娘を持っているが、彼はラケダイモン人たちによって殺された、――海戦がヘレスポントスで起こった時〔BC 405〕に。

[17]
 言うまでもなく、おお裁判官諸君、みずからは財産を受け取らずに結婚し、二人の娘には多くの金をつけて嫁がせ、息子には僅かな持参金しか受け取らなかったような者が、どうして、金銭のためにこれらの者と姻戚となったのではないと、彼について信じることが当然でないことがあろうか。

[18]
 ところがしかし、少なくともアリストパネスの方は、すでに妻を得たけれども、多くの人たちとの方が私の父とよりも親密であったということは、容易に判断できる。なぜなら、年齢も大いに違っていたが、人為(ひととなり)はなおもっと違っていたからである。すなわち、自分のことを為すことが後者のすることであったが、アリストパネスは私事のみならず国家共通事の世話をやくことを望み、もしも彼に何ほどか金があったら、評価されることを欲して消費したであろう。

[19]
 そこで、真実を私が言っているということを、彼が為した当のことからあなたがたは判断できよう。すなわち、先ず第一に、コノンが誰かをシケリアに送ろうと望んだ時、彼が引き受けてエウノモスといっしょに出かけた。この人は、ディオニュシオスの友であり客友であり、あなたがた大衆に最も多くの善いことを為した人物である、そう私はペイライエウスでいっしょだった人たちから聞いた。

[20]
 さて、この航海には目的があった、――ディオニュシオスを説得してエウアゴラトスの姻戚とならせ、ラケダイモン人たちと敵対させ、あなたがたの国家と友邦にして同盟国とならせるという。そして、海と敵国人たちとの関係で多くの危難に遭ったにもかかわらず、これを遣り遂げ、ディオニュシアスを説得して当時ラケダイモン人たちのために用意していた三段櫂船を送らないようにさせたのである。

[21]
 さらに、その後、キュプロスから長老たちが援助を仰いでやってきたので、彼は何ら熱意に欠けるところなく精励した。そこで、あなたがたは10艘の三段櫂船を彼らに与え、その他のことも票決したが、彼らは艦隊のための金に困窮していた。というのは、彼らはわずかな金銭しか持ってきていないのに、多くのものをさらに必要とした。すなわち、艦船のためのみならず、軽盾兵をも雇い、武器を購入したのである。

[22]
 そこでアリストパネスは財産の大部分を自分で提供してやった。それでも充分でなかったので、友たちを説得し、懇願し、保証人となって、父を同じくする兄弟のために自分の家で蓄えていた40ムナに手を付けて、これを充当した。さらに、乗船する前日に、私の父のところへ顔を出して、いくらかでも金があれば使うよう命じた。というのは、軽盾兵の給料にまだ足りないのだと彼は言った。ところで、私たちの家には7ムナあった。そこで、彼はこれをも受け取って充当した。

[23]
 いったい、こんなことをする人間がいるとあなたがたは思うか、おお裁判官諸君、名誉愛強く、キュプロスで何に行き詰まったのでもない父親から、自分のところに書簡が届くや、使節に選ばれてエウアゴラのところへ航行しようとするような者が、幾らかでも財産を残すだろう、可能なすべてをあの王に提供してご機嫌をとることもしない、少しでも返済しないでおこうとすることもしない、などということを。それでは、以上のことがいかに真実であるか、どうぞ、エウノモスを呼んでください。

証言


 その他の証人たちも、どうぞ、呼んでください。

証人たち


[24]
 証人たちからお聞きになったのは、彼の要求で彼らが金を融通したことのみならず、取り戻したということもである。すなわち、三段櫂船で彼らのもとに送金されたのである。
さて、述べられたことから容易に判断できるのは、このような時局にあっても、彼は自分のものを何も節約しようとしなかったということである。しかし、最大の証拠はこうである。

[25]
 すなわち、ピュリラムプスの子のデモスは、キュプロスのために三段櫂船指揮官となった人だが、彼〔アリストパネス〕のところに出向くよう私に要求して、こう言った。――割符として大王から黄金製の深止をもらったが、これを担保に16ムナを受け取ってアリストパネスに渡したい、そうすれば、三段櫂船艤装費に充てられよう。そして、キュプロスに着いてから、20ムナを払って請け戻したい。というのは、この割符によって、陸地のどこででも、多くの善いものや他にも金品がたっぷり手に入るだろうから、と。

[26]
 するとアリストパネスは、このことはデモスから、以来は私から聞いて、その黄金製品を持ってゆき、4ムナを利子として手に入れようとしたが、彼は断わり、他所から借金までして外国人たちに貸してしまったと誓った。そうでなければ、誰よりも喜んであの割符を真っ先に持ってゆこうし、私たちが要求しているものを私たちに供与したであろう、と。

[27]
 では、以上のことが真実であるという、証人たちをあなたがたに立てよう。

証人たち


 それでは、アリストパネスが銀を残さず、金も残さなかったということは、述べられた事柄と証言された事柄から容易に判断できる。また、合金製の調度類を多くは所有しておらず、エウアゴロスから遣わされた長老たちをもてなした時も、賃借して使ったのである。それでは、彼が何を残したか、あなたがたに読み上げられよう。

調度類の財産登記簿


[28]
 おそらく、あなたがたの中の幾人かには、おお裁判官諸君、少ないように思われよう。いや、次のことに思いを致していただきたい、――彼には、コノンが海戦に勝利する〔BC 394、クニドスの海戦〕以前、ラムヌース区にあるわずかな地所以外に土地は持っていなかった。ところが、エウブウリドスが執政の時に海戦が起こった。

[29]
 しかし、初め四、五年の間、財産がなかった時には、困難だったのである、おお裁判官諸君、自分と父のために、悲劇俳優たちに、二度、合唱隊奉仕し、三年続けて三段櫂船奉仕し、何度も臨時財産税を寄付し、50ムナの家を購入し、300 プレトロン以上の土地を所有するのは。これに加えて、さらにまた、多くの動産を残していたと思うべきであろうか。

[30]
 いや、昔から裕福と思われていた人たちでさえ、語るに足るほどのものを持ちこたえることはできないであろう。なぜなら、往々にして、人がどんなに欲しても、いったん所有すれば将来にわたって快楽を提供するようなものを購入することはできないからである。

[31]
 いや、次のことを考察すべきである。あなたがたに財産を没収されたその他の人たちについて、あなたがたは家具調度を競売したことがないばかりか、門扉までも住居から引きはがされていたということを。ところで私たちは、すでに没収宣告され私の妹も立ち退いた時、無住の家に番人を置いた、――扉板も容器も他の何も壊されないためである。ところで、家具調度類は1000ドラクマ以上に相当し、あなたがたが誰も未だかつて持ったこともないほどのものである。

[32]
 さらに、これに加えて、以前も今も、私たちは裁定委員会に進んで確言――人間にとって最大事の確言をしてきたのであるが、アリストパネスの財産のうち、何にも手を付けたことはないが、妹の持参金と、私の父からとって行った7ムナは保証されている、ということである。

[33]
 しかるに、どうしてより惨めな人間があり得ようか、――自分たち自身の財産を失ってしまっているのに、彼らの財産を手に入れたように思われているとしたら。だが、何よりも恐るべきことは、たくさんの幼子を抱えた妹を引き取り、自分たちも何も持っていないのに、これを養育しなければならないことである。もしも、あなたがたが手持ちの財産を奪い取るならばの話であるが。

[34]
 なにとぞ、オリュンポスの神々にかけて(というのは、こういうふうに、おお裁判官諸君、考察していただきたいのである)、あなたがたのうちの誰かが、たまたまコノンの息子のティモテオスに娘なり妹なりを与え、あの人が外地にいる間に彼が中傷に落とし入れられて財産が没収され、すべてが売却されたが、国家に銀4タラントンも入らなかったとしたら、これをもって、あなたがたは彼の子どもたちや親類を破滅させるべしと主張するであろうか。財産があなたがたの思っていたほんの少しもないからという理由で。

[35]
 むろん、あなたがたはみな次のことをご存知である、――コノンは指揮官であり、ニコペモスは彼が下命したことを何でも実行したと。だから、戦利品のうちほんのわずかな部分をコノンは誰か他の者に分け与えるのが当然であるから、もしニコペモスに多くが帰属したと思われるなら、コノンの財産はその十倍以上あったと同意されよう。

[36]
 さらにまた、彼らは未だかつて仲違いしたことがないのは明らかだから、財産に関しても同じと判断するのが当然で、それぞれが当地の息子には充分に残し、その他のものは自分たちの手もとに所持していたことになる。というのは、コノンには息子と妻が、ニコペモスには妻と娘がキュプロスにいた。だから、かしこ財産も当地の財産と同じくらい自分たちのところに確保していたと考えられているからである。

[37]
 これに加えて、思いを致していただきたい、――何人かが、所有してではなく、父から相続して子どもたちに分配する場合でも、自分の手もとに留めておかないものはほとんどないということである。なぜなら、誰しも困窮者として子どもたちに懇願するよりも、財産所有者としてこれに仕えられることの方を望むのだからである。

[38]
 さあ、そこで、ティモテオスの財産をあなたがたが没収した(こんなことは起こり得まいが。彼が何らかの点で国家にとって大悪人になろうとしないかぎりは)、ところが、そこからあなたがたが手に入れたものの方が、アリストパネスの財産から生じたものよりも少なかった場合、これがために、あなたがたは彼の血縁者が彼ら自身の財産を破滅させたと主張するであろうか。

[39]
 いや、そんなはずはないのである、おお裁判官諸君。なぜなら、コノンの死と、彼がキュプロスで作成した遺言状とが、財産はあなたがたが加増してきたもののほんの一部分にすぎなかったことをはっきりと明かしたのだから。すなわち、アテナイ女神とデルポイのアポロンには献納物として5000スタテールを奉納した。

[40]
 自分の甥には、――この人物は彼を護衛し、キュプロスにあるものをすべて差配したのだが、約10000ドラクマを与え、兄弟には3タラントンを与えた。さらに、残りを息子に残したが、それは17タラントンである。したがって、これらの総額はほぼ40タラントンになる。

[41]
 もちろん、奪い取られたとか、決算報告が義しく行われていなかった、と言うことは誰にもできない。なぜなら、彼自身が病床にありながら、正気で遺言状作成したのだからである。それでは、以上のことの証人たちを呼んでいただきたい。

証人たち


[42]
 もちろん、誰でも、おお裁判官諸君、両者の財産が明らかとなるまでは、ニコペモスの財産はコノンの財産のほんの一部分にすぎないと思うであろう。ところで、アリストパネスは土地と家は5タラントン以上のものを所有していたが、自分と父のために5000ドラクマを合唱隊奉仕に散財し、三段櫂船奉仕者となって80ムナを消費した。

[43]
 さらに、両方のために40ムナあまりを寄付した。さらに、シケリアへの航海のため200 ムナを消費した。さらに、三段櫂船の艦隊のためと、キュプロス人たちがやって来て、あなたがたが彼らに艦船十艘を与えた時だが、軽盾兵の給料と武器の購入金として30000 ドラクマを提供した。そして、これらすべての合計は15タラントン足らずとなる。

[44]
 したがって、あなたがたが私たちを責めるのは当然ではないのだ、――コノンの財産は、彼自身の手によって義しく決算報告されたと同意されており、幾倍もあると思われていたのだが、明らかにアリストパネスの財産がその三分の一を越える程度なのだから。もっとも、ニコペモス自身がキュプロスで持っていたかぎりのものをあなたがたは加算してはならない。彼にはかしこに妻と娘がいたのだから。

[45]
 そこで、私は拒否するのである、おお裁判官諸君、かくも多くの大きな証拠を提供している私たちが不正に破滅させられることを。すなわち、私としては、父からも他の年長者たちからも聞いている、――今のみならず、以前にも、あなたがたは多くの人たちの財産に欺かれた。彼らは、生きている時は富裕と思われていたが、死んだ時にまったくあなたがたの思いに反していることが判明したのである。

[46]
 例えば、イスコマコスには、生きている間は、70タラントン以上あるとみなが思っていた、そう私は聞いている。ところが、彼が死んだ時に、二人の息子は各々10タラントンも分配されなかったのである。また、タロス区のステパノスには、50タラントン以上あると言われていたが、死んだ時、財産はほぼ11タラントンと判明した。

[47]
 さらに、ニキアスの家産は100 タラントンを下らず、しかもその多くが内にあると予想されていた。ところが、ニケラトスは、彼が死んだ時、銀や金は何も残っていない、息子に残した財産は、40タラントン以上の値打ちはない、と彼自身も否定した。

[48]
 さらに、ヒッポニコスの子カリアスは、最近になって父が死んだ時、父はヘラス人たちのうちで最も多く所有している思われており、人々の言うのには、祖父は自分の財産を200 タラントンと見積もっていたが、この人の実際の評価財産は2タラントンにすぎない。また、クレオポンをあなたがたはみなご存知である、――多年にわたって国事全般を掌握し、権職から非常に多くを得たと予想されていた。しかるに、彼が死んだ時、財産はどこにも見当たらず、血縁者たちも姻戚者たちも、彼が遺留した相手たちは、周知のとおりみな貧乏である。

[49]
 特に、あなたがたは明らかに、素封家たちにも、最近評判になった人たちにも、完全に欺かれているのである。で、その原因と私に思われるのは、何某は権職から多くのタラントンを得たと気安く敢言する者たちがいることである。死者たちについて言うかぎり、なるほど私は驚かないが(少なくとも死者によっては究明されようもあるまいから)、生者について虚言を企てるとは!

[50]
 なぜなら、あなたがた自身が最近民会において聞いたとおり、ディオティモスは回船商人や貿易商人から、自分が同意した額よりも多い40タラントンを受け取ったという。しかるに、彼が帰国してから、宣誓供述をし、自分の居ない時に中傷されたことに激昂した時、誰一人究明する者はいなかった、――国家が財産を必要とし、彼は会計報告する気でいたのにである。

[51]
 そこで、いかなる事態が生じるかに思いを致していただきたい、――もしも、全アテナイ人たちが、ディオティモスは40タラントンを取得した、しかし、当地に上陸する前に何事かが起こったと、すべてを耳にしたならば。そうなれば、彼の親類は最大の危険に陥るだろう、もしも彼らが、為されたことが何もわからないまま、これほどの中傷に対して弁明しなければならなかったとしたら。だから、あなたがたにも責任があるのだ、――すでに多くの人たちについて虚言し、何人かの人たちを私的に不正に破滅させたという責任が。安易に敢えて虚言し、人々を誣告することを欲した者たちは。

[52]
 というのは、あなたがたはご存知だと私は思うが、アルキビアデスは四、五年続けて将軍となって優勢を保ってラケダイモン人たちに勝利し、国々が他の将軍たちの誰よりも自分には二倍を与えるよう要求し、かくして100 タラントン以上が彼にはあると一部の人たちは思った。ところが、彼が死んで明らかになったのは、それが真実ではないということであった。なぜなら、彼が子どもたちに残した財産は、自分が後見者たちから相続したよりも少なかったのである。

[53]
 さて、以前にもこういうことが起こったということは、判断は容易である。ところが、最善者たちも最も思慮分別のある者たちも、著しく心変わりするのが常だと言われる。そこで、私たちが当然のことを言い充分な証拠を提示しているように思われるなら、おお裁判官諸君、何としてでも哀れむべきである。私たちは中傷に対しては、これほど大きな中傷であっても、真実によって負かそうといつも期しているからである。しかるに、あなたがたは、いかなる仕方でも説得される気はなく、救いの希望一つもないように私たちに思われた。

[54]
 いや、オリュムポスの神々にかけて、おお裁判官諸君、あなたがたは私たちを不正に破滅させるよりも、むしろ義しく救うことを望み、この人たち、つまり、沈黙していても、全生涯にわたって、自分たち自身を思慮深く義しい者として提示している人たちこそ、真実を言っているのだと信じていただきたい。

[55]
 さて、供述書そのものについては、いかなる仕方で彼らが私たちの姻族となったかも、また、出帆のためには彼の財産で充分でなかったことも、いかにして他所から借金して貸したかということも、あなたがたは傾聴し、あなたがたのために証言され終わった。だが、私自身については、手短にあなたがたに述べておきたい。つまり、私はすでに三十歳になっていたけれども、未だかつて何一つ父に抗弁したこともなく、市民たちのうち誰一人私に対して訴訟を起こした者もなく、市場の近くに住んでいながら、今回の災禍が起こるまでは、民衆裁判所にも評議会議場にも未だかつて現れたことはなかったのである。

[56]
 さて、私自身についてはこれだけを言うに留めて、父については、まるで不正者のごとく告発が為されたのだから、国家のため友たちのために何を費やしたかを私が言っても、容赦していただきたい。なぜなら、名誉愛のせいではなく、証拠立てるためなのだから、――必要もないのに多くを費やすことと、最大の危険があるのに何らかの点で公共事に参加することを欲することとは、同一人物のすることではないということを。

[57]
 たしかに、ある人たちは、そのためだけでなく、あなたがたに要請されて権職に就いて二倍を儲けるためにも、思惑で出費する人たちが存在する。ところが私の父は権職に就くことは未だかつて欲したことはなかったが、あらゆる合唱隊奉仕を受け持ってきたし、三段櫂船奉仕者となること七度、何度も莫大な臨時財産税を寄付してきた。そこで、あなたがたも知るために、一つずつ読み上げさせていただきたい。

諸々の公共奉仕


[58]
 お聞きのとおりである、おお裁判官諸君、多さは。つまり、五十年間である、――財産によっても身体によっても国家のために奉仕してきたのは。しかも、れだけの長きにわたって、初めから何ほどのものかを所有していると思われている者が、何らかの出費も避けないのは当然である。にもかかわらず、また証人たちをあなたがたのために立てよう。

証人たち


[59]
 以上すべての総計は9タラントンと2000ドラクマである。さて、さらに、私的にも市民たちの中の困窮している人たちに娘たちや妹たちを嫁がせ、また、ある人たちは敵国人たちから解放し、ある人たちは埋葬のために金を提供してやった。しかも、これをしたのは、友たちを益するのは、誰一人知ろうとしなくても、善き人物のすることだと考えてなのである。しかし今は、あなたがたも私から聞くのがふさわしい。それでは、これこれの男を呼んでいただきたい。

証人たち


[60]
 それでは、証人たちからお聞きのとおりである。そこで、思いを致していただきたい、――人が自分の性格を形成するのは短時間でも可能であろうが、七十年にわたって邪悪な人間だと誰一人にも気づかれないでいることはできまいということに。それで、私の父に対して、他の点ではおそらく咎めることのできる人もいるかも知れないが、財産については誰一人、敵でさえも決して敢えてしたことはないのである。

[61]
 したがって、告発者たちの行いよりもむしろ言葉を信ずるのは価値がないのである。行いは人生と時間のすべてにわたって実践されてきたものであり、時間というものをあなたがたは善き人の最もはっきりした試金石と看做しているのである。なぜなら、もしも彼がそういう人物でなかったら、多くのものから僅かを残すことはなかったであろう。というのは、もし今あなたがたがこれらの人たちによって欺かれ、私たちの財産を没収しても、2タラントンも手に入れることはできないであろうから。したがって、世評に反してのみならず財産の観点からも、あなたがたにとって無罪票決することがむしろ得なのである。なぜなら、私たちが保持すれば、あなたがたははるかに多く益されるであろうから。

[62]
 そこで、過ぎ去った過去の時間から考察していただきたい、――明らかに国家のためにどれほど消費されてきたかを。そして今も、残余財産の中から私は三段櫂船奉仕者となっているが、三段櫂船奉仕していた父は死に、私は彼をも目にしているかのように、共通の利益のために少しずつ僅かなものを工面するよう努めるであろう。そうすれば、この行いによってそれらはいつか国のものになるであろうし、また私も奪い取られて不正されているとは思わないであろうし、あなたがたにとっても、そうすれば、利益はより多いであろうが、ただし、あなたがたが没収するなら別である。

[63]
 さらに、これに加えて、父がどのような自然本性の持ち主であったかに思いを致すべきである。なぜなら、必要以上に消費することを欲したかぎりのもの、こういったものがすべて、将来、何らかの点で国家にとっても名誉となるはずだということは明らかであるから。例えば、彼が騎兵になった時、白い馬たちを所有したのみならず、イスチュモス祭でもネメア祭でも勝利した競走馬を所有し、かくして国家は勝者として宣言され、みずからも花冠をかぶらせられたのである。

[64]
 それゆえ、私はあなたがたにお願いする、おお裁判官諸君、以上のことも、その他のことも、陳述されたことすべてのことを心に留めて、私たちを助けるよう、そして、敵たちに敗滅させられるのを見過ごすようなことのないようにと。そして、そうすることによって、義しいことと、あなたがた自身に寄与することを票決していただきたい。
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