第26弁論
[解説]重大な国事犯を含め、いかなる権職にあろうとも、これを裁きの庭に引きずり出すことのできる弾劾裁判制度(eisangelia)は、執務審査と並ぶ、アテナイの公職者弾劾制度のもう一方の柱であった。これが適用される犯罪行為は、次の三つである。 (1)何びとかが、アテナイ人たちの民主体制を解体した場合、あるいは、民主体制 解体の目的で、何処かに集合するなり、政治結社を組織した場合〔民主制転覆〕。 (2)何びとかが、いずれかのポリスまたは艦船または陸海の軍隊を裏切り売り渡し た場合〔売国〕。 (3)提案者(rhetor)でありながら、金品を受け取って、アテナイ人たちの民主制 のために最善であることを提案しなかった場合〔提案者の議案提出に関する不正行 為〕。 手続きには不明な点が多いが、次の二つの経路があった模様である。(橋場弦『アテナイ公職者弾劾制度の研究』参照) (1)告訴せんと思う市民は、各プリュタネイアごとに一度開かれる主要民会(kyria ekklesia)に弾劾提起する。民会がこれを取りあげることに決すれば、評議会に議題の作成を要求する。評議会は、民会の付託を受けて、弾劾裁判の手続きについて審議し、議題(probouleuma) として民会に提出する。これを受けて民会は、弾劾裁判の提起先、法廷の大きさ、量刑などを決する。事件を民衆裁判所に付託することが決まれば、テスモテタイが民衆裁判所に提出し、民会で終審することに決すれば、ただちに審判が行われる〔第28弁論の弾劾裁判では、二日おいて後である〕。有罪となれば、死刑もしくは重罰金であり、追放・市民権剥奪などは見られない。 (2)提訴先が評議会の場合である。評議会は、これを審議し、有罪と判断すると、ただちに犯人を逮捕拘留する権限を持っていた。そして、議題(probouleuma) を作設すると、これを1)民会に提出する場合と、2)直接民衆法廷に提出する場合、とがあった。リュシアスの第30弁論に言及されているクレオポン裁判は、この手続きを自派に有利なように利用したものと考えられる。 さて、第27弁論は、「(公金)横領」「収賄」などの語が見られるが、陳述部を欠いているので、正確な告訴事由がわからない。BC 392/391年、スパルタへの使節となり、本国の指示に従わなかったとして、売国の罪で欠席裁判のまま死刑を宣告された人物〔Demosthenes,De Falsa Legatione、276-280〕と同一人物と考えられるが、それとこの弾劾裁判との関連性も、よくわからない。 |