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back.gif第30弁論・解説


Lysias弁論集



第30弁論

ニコマコスに対して 書記官の執務報告の告発






[1]
 すでに、おお裁判官諸君、裁判にかけられて不正だと判断されながら、祖先の徳や自分たち自身の功労を宣明して、あなたがたからの容赦に与かった者たちが何人かいる。しかし、あなたがたは弁明者たちに対しても、彼らが国家に対して何らかの善を為してきたならば受け入れるのだから、告発者たちに対しても、被告たちが以前邪悪であったことを〔告発者たちは〕宣明するならば、聞き入れるよう私は要請する。

[2]
 さて、ニコマコスは父親が公共奴隷であったこと、そして、この男は若い時どんなことに従事したか、何歳になった時に部族に入籍されたかということは、語るのは大変な仕事であろう。だが、法習の編纂者となってからは、彼が国家をどれほど損なったか知らぬ者があろうか。すなわち、四か月間、ソロンの法習を編纂するよう下命されたにもかかわらず、彼はソロンの代わりに自分を立法者に任じ、四か月の代わりに六年間その公職を遂行し、日々、金を受け取って、ある法は書きこみ、ある法は削除したのである。

[3]
 かくして、私たちはこのような状態に陥った結果、この男の手で法習を差配され、訴訟当事者は民衆法廷に反対の法を提示したのである。双方がニコマコスから受け取った称して。そして、執政官たちが罰金を課し、法廷に引きずり出したけれども、彼は法習を引き渡すことを拒んだ。いや、国家の方が先に最大の災禍に陥ってしまったのである、――この男が役職を解かれ、業務の執務審査を受ける前に。

[4]
 いや、そればかりか、おお裁判官諸君、彼はその業務の償いをしなかったので、今も等しく役職に就いているのである。先ず第一に、四年間編纂した者は誰でも、三十日間解放されることができるのにである。第二に、編纂すべき原本を限定されていたのに、彼はみずからをあらゆる法習の主宰者と為し、未だ誰も手掛けたことがないほどのことを遂行して、この男だけが公職者たちの執務報告をしたことがなく、

[5]
 他の人たちは自分たちの公職の報告を当番期日ごとに提出するのに、あなたは、おおニコマコスよ、四年間提出しようとしたこともなく、市民たちの中であなただけには長期間公職にあることが許されていると信じ、執務報告をすることも、票決結果に聴従することも、法習に配慮することもなく、あることは書きこみ、あることは削除して、これほどの暴慢に達した結果、国事は自分のやることだと信じているのである、――ただの公共奴隷にすぎないのに。

[6]
 したがって、あなたがたの為すべきことは、おお裁判官諸君、ニコマコスの祖先のことをも、彼らがいかなる人物であったか、また、この男がいかに恩知らずに、あなたがたに違法して過ごしてきたか思い起こして、彼を懲らしめること、そして、あなたがたは一つずつの償いをさせてこなかったのだから、今、とにかくそのすべてについて報復を為すことである。

[7]
 だが、おそらくは、おお裁判官諸君、彼は自身について何ら弁明できないから、私を中傷しようとするであろう。だが、私のことに関して、この男を信ずるようあなたがたに私は要請する、――ただし、私に弁明の機会が与えられているのに、彼が虚言していることを私が糾明できない場合にである。しかし、彼が評議会でと同じに、私が「四百人」の一員であったと言おうとするなら、思いを致していただきたい、――そういうことを言う者たちに従えば、千人以上の人たちが「四百人」の一員だということになるだろうことを。というのも、あの時代にまだ子どもだった者たちや、外地にいた者たちまでも、中傷せんと望む者たちが罵るのはその点だからである。

[8]
 しかし、私はこのとおり「四百人」の一員でなかったことはもちろん、五千人の一員にも抽選登録されたことはないのである。また、恐るべきことだと私に思われるのは、私的契約に関して争って、彼が不正者であることをこんなにはっきり私が糾明したなら、そういったことで弁明しても彼は自分でも無罪放免になることを要請できないであろうが、今は国事に関して裁判を受けているにもかかわらず、私を告発することで、あなたがたに償いをしなくてもよいと彼が思うようになることである。

[9]
 さらにまた、驚くべきことだと私は信じるのは、ニコマコスは大衆に策謀したことを私が証明しているのに、恨みを忘れないのは不正だと本人が他の人たちに主張していることである。そこで、私にも耳を傾けていただきたいのである。すなわち、義しいのは、おお裁判官諸君、かつては民主制解体を幇助しながら、今は民主制的人間だと称しているような者たち、こういった連中に対しては、こういう告発を受け入れることである。

[10]
 なぜなら、艦船が破滅して革命が起こった時、クレオポンは評議会を罵り、グルとなって国家にとって最善なことを評議していないと主張した。そこで、評議員であったケピシア区民サテュロスは、彼を拘留した上で民衆法廷に引き渡すよう評議会を説得した。

[11]
 だが、彼を破滅させることを望んでいた者たちは、民衆法廷では死刑にできないのではないかと恐れて、評議会も陪審すべしとの法を公示するようニコマコスを説得した。かくして、誰よりも最も邪悪なこの男は、いかほど公然と党争幇助したことか、――裁判が行われる当日にその法を公示したほどであった。

[12]
 たしかに、クレオポンに対しては、おお裁判官諸君、他の点では告発できる人もいよう。だが、次の点は、万人から同意されているのである。つまり、民主制を解体した者たちは、市民たちの中でも特に彼を排除することを望んだということ、また、サテュロスとクレモンは「三十人」の一員となったが、クレオポンを告発したのは、あなたがたのために怒ったからではなく、彼を殺して自分たちがあなたがたに悪く為すためであったということである。

[13]
 しかも、彼らがこういったことを仕遂げたのは、ニコマコスが公示した法のおかげである。ところで、当然ながら、おお裁判官諸君、あなたがたの中で、クレオポンを悪い市民だと信じていたような人たちも思いを致すべきである。つまり、寡頭制のもとで刑死した人たちの中にも、おそらく邪悪な人はいた、しかしながら、そういう人たちのためでさえ、あなたがたが「三十人」に怒るのは、不正行為のせいではなく、党利党略で彼らを殺害したからだということに。

[14]
 しかし、以上のことに対して彼が弁明するなら、あなたがたは次のことだけを思い起こすべきである。つまり、国家体制が変革するようなあんな時局に、法を公示して、民主派を解体した者たちに恩恵を施したのは彼であった、そして、サテュロスやクレモンが最大権力をふるったあの評議会にも陪審させ、ストロムビキデスやカリアデスや、市民たちのうち他にも多くの美にして善なる人たちを破滅さたということを。

[15]
 以上のことに関しても、私は何ら言説を為さないつもりであった、――もしも、彼が民主制的な人物として正義に反して救われようとし、そして、大衆に対する好意の証拠に亡命したことを挙げようとするのを感知しなかったなら。たしかの、私は、民主制解体の幇助者たちの中にも、あるいは死刑にされ、あるかは亡命して国家体制に参加しなかったという、他の人たちもいたことをも証明できるが、

[16]
 だからと言って、彼をその勘定に入れられないのは当然である。なぜなら、あなたがたの亡命にこの男もちょっとした役割を果たしたが、この男の帰還の原因となったのはあなたがた大衆であったのだから。さらにまた、現に恐るべきは、もしも、あなたがたが心ならずも受難したことを彼に感謝し、彼が故意に過ちを犯したことには、あなたがたが何ら報復しないということになることである。

[17]
 さらに、聞くところでは、彼は私が供犠を解体することで 神行為を働いていると言っているという。だが、編纂にかかわって法習を制定するのが私だったら、私に関してそういう陳述をすることをニコマコスには許容されると私は考えたことであろう。ところが今は、国家共通の現行法にこの男が聴従することを私は要請する。しかるに、彼が思いを致していないことに私は驚くのである、――標柱や碑版に編纂された供犠を、決まりにしたがって執り行わなければならないと私が言っているのを、神行為だと彼が主張する場合に、彼は国家をも告発しているのだということに。なぜなら、それはあなたがたが票決したことだからである。その上、もしそれを恐るべきことだとあなたが信じるなら、むろん、標柱に決められた神事だけを執り行ってきたあの人たちは、甚だ不正だと彼は考えるのにちがいない。

[18]
 言うまでもなく、おお裁判官諸君、敬神についてはニコマコスから学ぶべきではなく、過去のしきたりから考察するべきである。ところで、先祖たちは、標柱に決められた神事を執り行うことで、ヘラス諸国の中で国家を最大にして最も浄福なものとして相伝してきた結果、あの人たちと同じ供犠を執行することが、他に何も理由がないかぎりは、あの人たちの神事にとって生じた幸運ゆえに、私たちの務めである。

[19]
 だから、どうして、私よりも敬神的な人物が誰かあり得ようか。というのは、私が要請しているのは、先ず第一に、父祖伝来の決まりにしたがって供犠を捧げることであり、第二に、国家により役立つものをということであり、さらにまた、民衆が票決し、私たちが収入公金から出費可能なものを、ということであるのだから。これに反してあなたは、おおニコマコスよ、これと反対のことをしてきたのである。すなわち、あなたは下命されたこと以上のことを編纂することで、収入公金をこのことのためには浪費するが、父祖伝来の供犠の際には滞らせる責任者となったのである。

[20]
 例えば、昨年、神事は、標柱の編纂では3タラントンかかるが、中止された。だが、国家収入が充分でなかったとは言えない。なぜなら、この男が6タラントン以上で編纂していなければ、父祖伝来の供犠にも充分であったばかりか、3タラントンが国家の得になっただろう。では、述べられたことに関してあなたがたに証人たちをも立てよう。

[21]
 それでは、思いを致していただきたい、おお裁判官諸君、私たちが決まりにしたがって実行する場合には、父祖伝来の神事がすべて執り行えるが、この男が編纂した公示版に従うと、神事の多くが解体されるということに。そして、この場合には、神殿荒らしがはびこるのである、――安っぽさではなくて敬神を編纂したと言っている間に。しかし、もしも、以上のことがあなたがたの気に入らないなら、彼は削除するように命じ、そうやって、何ら不正していないというふうに説得できるだろうと彼は思っているのである。この男は、二年の間に、すでに12タラントンも必要以上に浪費し、それぞれ一年の間に6タラントン国家に損をさせようとしたのである。それも、国家財政の行き詰まりと、われわれがラケダイモン人たちに金銭を送り届けないと、彼らが脅迫し、他方、私たちが2タラントン支払えないことを理由にボイオティア人たちが権利行使し、

[22]
 また、船渠や城壁が崩壊するのを目にしながら、さらに、常に評議する評議会が、施政のための充分な財源を持っている場合には、何ら過ちを犯さないが、財政困難に陥った場合には、弾劾裁判を受け付けて、市民たちの財産を没収することも、提案者たちのうち最も邪悪なことを述べる者に聴従することもせざるを得なくなるということを知りながらである。

[23]
 したがって、怒るべきは、おお裁判官諸君、そのつどの評議員たちに対してではなく、国家をこのような窮地に落とし入れた者たちに対してである。また、公共財産の横領を望む者たちは、どのようにニコマコスが争訟するか、心を傾注しているのである。あなたがたが彼に報復しないなら、この連中にあなたがたは多くの免罪を与えることになろう。これに反して、有罪票決して極刑を彼に求刑するなら、同じ票で、他の者たちをより善き者とし、この男から償いを得る者となろう。

[24]
 そこで、ご承知のとおり、おお裁判官諸君、彼が他の者たちにとって、あなたがたに対して敢えて過ちを犯してはならぬという手本となるのは、あなたがたが述べるに不能な者たちを懲らしめる場合ではなく、言うに有能な者たちから償いを受ける場合なのである。ところで、国内にいる者たちのうちで、ニコマコスほど償いをするにふさわしい者が誰かいようか。国家に対して、彼ほど善行を施すことはより少なく、むしろより多く不正してきた者が誰かいようか。

[25]
 俗なるものも聖なるものも、編纂者となってそれら両方に対して過ちを犯したのはこの人物である。さらに、あなたがたは思い返すべきである、――市民たちの多くをすでに公金の横領罪で死刑にしたということを。ところが、あの人たちは現在においてだけあなたがたを害したにすぎないが、この者たちは法習の編纂のために賄賂を受け取って、全将来にわたって国家を害しているのである。

[26]
 いかなる理由で人はこの男を無罪票決しうるのか。敵国人たちに対して善き戦士として多くの陸戦にも海戦にも参加したからか。いや、あなたがたが危険をおして出航した時、この男はここに留まってソロンの法習を汚していたのだ。それとも、金品を出費して何度も臨時財産税を寄付したからか。いや、彼はあなたがたに自分のものを何か喜捨したことがないばかりか、あなたがたのものの多くを着服したのである。

[27]
 それとも、先祖のおかげによってか。なぜなら、今までにあなたがたからの容赦を得たことのある人たちがいるのは、それが理由でもあったのだから。いや、少なくともこの男にふさわしいのは、自分にせいでは死刑にされることであり、祖先のおかげによっては売買されることなのである。それとも、もしも今あなたがたが彼を容赦したら、今後は彼が報恩するはずだからか。以前にあなたがたから得た善きものをも覚えていないのがこの男である。しかも、彼は奴隷の代わりに市民、乞食の代わりに富裕者、下級書記官の代わりに立法者となりすましているのである。

[28]
 この点はあなたがたをも人は告発できることだが、先祖が立法者としてソロンやテミストクレスやペリクレスを選んだ所以は、法習がその制定者たちと同じような性格のものになるだろうと考えたからであるが、しかるに、あなたがたはメカニオンの子テイサメノスやニコマコスや他の人たちを下級書記官として選んだのである。そして、公職をこういった連中によって堕落させられるとあなたがたは考えたが、他方、この者たち自身は信じているのである。

[29]
 だが、何よりも最も恐るべきは次のことである。下級書記官になって、二度同じ人物が同じ公職に就くことは許されないが、最大事に関しては同一人物が長い間主宰者となることをあなたがたは許した。挙句の果てに、ニコマコスを選んで父祖伝来の決まりを編纂させたが、彼は父親の点で国家とは何ら関与していないのである。

[30]
 そして、民衆によって裁かれねばならない人物、その男が民衆解体の幇助者と判明しているのである。しかるに、今、あなたがたは為された事に後悔しているとしよう、そこで、あなたがたは、これらの連中によっていつまでも悪く蒙ることを我慢してはならず、私的には不正者たちを非難しても、彼らから償いを受けることができるのに、無罪票決するようなことがあってもならないのである。

[31]
 以上のことに関しても、私によって述べられたことで充分である。だが、〔釈放の〕引き渡し要求する者たちに関しては、あなたがたに対して手短に述べておきたい。なぜなら、友たちの中にも国事に携わる者たちの中にも、彼のために懇願する用意のある人たちが何人かいるからである。その中の何人かにふさわしいのは、不正者たちを救うために申し出ることよりも、むしろ、自分たちによって為されたことのために弁明することの方であると私は考えている。

[32]
 だが、恐るべきことのように私に思われるのは、おお裁判官諸君、もしも、たった一人の、しかも国家によって何ら不正されたことのないこの男に向かっては、あなたがたに対して過ちを犯すのをやめるべきだと彼らが要求しようとはしてこなかったにもかかわらず、他方あなたがたに対しては、これほど数も多く、しかもこの男によって不正されてきたのに、彼から償いを受けるべきではないと説得しようとしてしていることである。

[33]
 そこで、しなければならないのは、これらの者たちが友を救おうと熱心になっているのをあなたがたが目にするのと同様に、あなたがたも敵たちを報復するということである。それは、あなたがたが不正者たちから償いを受けるならば、あなたがたはより善い人物だと、真っ先にこの連中に思われるだろうということを、よく承知しているからである。そこで、思いを致すべきは、請願者たちの誰も、この男が不正してきたほどには、国家に対して善さえ為してこなかった、したがって、この連中にとって助けること〔がふさわしい〕よりは、あなたがたにとっては報復することの方がはるかにふさわしいのだということである。

[34]
 また、これらの同じ人物についてよく承知すべきは、彼らは告発者たちにあれこれ要求したけれど、私たちを全然説得しなかったが、あなたがたの票を狙って法廷へ出頭してきた、そしてあなたがたを騙して、将来にわたって何でも望むことをする免罪を得ようと望んでいるということである。

[35]
 だから、私たちはこれらの者によって請願されても説得されることを拒んだのであるが、その同じことをあなたがたに呼びかけているのである、――判決の前に労を厭うことなく、判決に際しては、あなたがたの立法を抹消する者たちに報復するようにと。なぜなら、そういうふうにすれば、国家体制に関することは万事適法に治められるであろうから。
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