第32弁論・解説
[1] もしも相違点が大きなものでなかったなら、おお裁判官諸君、あなたがたのところにこの者たちが出頭するのを私は決して許さなかったであろう、――家族同士の仲違いは最も醜いことと信じ、また、不正者たちはより劣悪な者とあなたがたに思われるばかりか、親類によって篭絡されるような者たちは我慢ならないと承知しているからである。しかしながら、おお裁判官諸君、多くの金品を奪い取られ、多くの恐るべきことを、決してあってはならない相手から蒙って、姻戚者である私のところに庇護を求めてきたので、彼らのために述べざるを得ない必然が私に生じたのである。 [2] しかも、彼らの妹、つまりはディオゲイトンの孫娘を私は妻にしているので、じつにあれこれと懇願して先ず両者の友たちに仲裁を任せるよう説得したのである、――彼らのことを他の人たちは誰も知っていないのを重視して。しかるに、ディオゲイトンは、取得したことを公然と糾明されたにもかかわらず、これに関して自分の友の誰にも敢えて聴従しようとせず、むしろ私訴の被告になることや、権利のないことの原告になることや、極端な危険を甘受することの方を、義しいことを為してこの者たちとの間の訴訟沙汰から解放されることよりも望んだので、 [3] 私はあなたがたにお願いする、――この者たちが祖父に後見された醜態ぶりときたら、この国において何ら親類でもない人たちによって未だかつて誰も受けたことのないほどのものであるということを私が証明したら、彼らを助けて正義を得させるよう、だが、もしもそうでない場合は、あらゆる点でこの者を信じ、私たちを将来にわたって劣悪な者と考えるよう。それでは、初めから、彼らに関してあなたがたに説明してみよう。 [4] 彼らは兄弟だった、おお裁判官諸君、ディオドトスとディオゲイトンとは、同父・同母の。そして、目に見えない財産〔動産〕は分かち合い、目に見える財産〔不動産〕は共有していた。だが、ディオドトスは貿易に従事して多くの金品を稼いだので、これをディオゲイトンが説得して、自分の娘を妻にさせた。自分の一人娘であったのを。そして、彼には息子二人と娘とが生まれた。 [5] ところが、しばらくたって、ディオドトスは重装歩兵に選抜登録されたので、自分の妻(つまりは姪である)と、彼女の父(つまりは自分にとっては義兄弟にして兄弟でもあり、子どもたちにとっては祖父にして叔父でもある)を呼んで、このような血縁関係からして、自分の子どもたちに関して義しさの点でこれ以上ふさわしい人物は誰もおるまいと考えたからであるが、この男に処分権を与え金5タラントンを委託した。 [6] さらに、海上貸付金として貸し付けられていた7タラントン40ムナを明示し……、さらに、ケロネソスに投資された2000ムナを。さらに、遺言して、もし何か災難が降りかかったら、1タラントンは妻の持参金につけ、寝室部屋にあるものも与えるよう、1タラントンは娘の持参金にと。さらに、20ムナとキュジコス貨幣30スタテールも妻に残した。 [7] そして、以上のことを為し、家に写しも残して、トゥラシュロスといっしょに出征していったのである。ところが、彼がエペソスで戦死した時、ディオゲイトンはしばらくの間、娘に夫の戦死を隠しておいて、彼が封印したまま残しておいた証書まで取りあげた、――これらの書類によって海上貸付金を回収しなければならないと称してである。 [8] それから、間もなく、戦死を彼らに明かし、彼らも定まりの儀式を執り行った後、最初の一年は彼らはペイライエウスで暮らしていた。というのは、生活必需品はすべて彼のところに置き去られていたからである。だが、それらが足りなくなると、彼は子どもたちは市内に送り返し、彼らの母親は5000ドラクマの持参金をつけて嫁がせたが、それは彼女の夫が与えたよりも、1000ドラクマも少ない額であった。 [9] だが、その後八年目に青年たちの兄の方が資格審査を受けた時に、ディオゲイトンは彼らを呼んでこう言った、――彼らに父親が残したのは金20ムナと30スタテールだと。「それで、わしは自分の持ち物の中から多くをお前たちの養育のために出費してきた。持っているうちは、ちっとも構わない。だが今はわし自身が困窮している。そこで、お前は、資格審査を受けて一人前となったのだから、どうやって生活費を稼ぐかもう自分で考えよ」。 [10] これを聞いて、彼らは動転し涙して、母親のところへ出向き、そして彼女と連れだって私のところへやってきたのである、――受難のために悲嘆にくれ、悲惨な事態に突き落とされて、泣いて私に訴えながら、自分たちが父祖伝来のものを奪い取られるのも、決してあってはならない者たちに凌辱されて乞食身分に陥るのも見過ごさないよう、むしろ、妹のためにも自分たち自身のためにも助けるようにと。 [11] 私の家が、この時に、どれほどの悲痛に満たされたか、多くを言うことができよう。だが、最後に、彼らの母親は私に、自分の父親と友たちを集めるよう懇願し嘆願して、こう言った、――男たちの中で今まで発言し慣れていないにしても、災禍の大きさが、自分たちの諸悪に関して、私たちの前ですべてを明らかにするよう自分に強いるであろう、と。 [12] そこで私は出かけて行って、あの男の娘を妻にしていたヘゲモンに対しては憤慨し、その他の縁故者たちに対しては説明をして、金品に関してこの男が糾明されるよう要請したのである。だがディオゲイトンは、初めは拒んだが、結局は友たちに強制された。そこで私たちが寄り合うと、婦人は彼に質問した、――いったいどんな魂を持って、子どもたちに関してこのような考えを持っていると言明したのか、「あなたは彼らの父親の兄弟であり、私の父であり、彼らにとっては叔父でも祖父でもあるのに。 [13] たとい、人間たちのうち誰にも恥じないにしても、神々をあなたは」と彼女は言った、「恐るべきであったのに。あなたが受け取ったのは、あの夫が外征した時、彼から委託された5タラントンであった。これに関しても、私はこの子どもたちも、後に私に生まれた子どもたちをも証人に並べ立てて、この人が言うならどこででも宣誓するつもりです。もちろん、私は、私の子どもたちに掛けて偽宣して人生を後にするほど、また、父の財産を不正に取り上げようとするほど、そんなに惨めでも、そんなに金品を重んじているわけでもありません」。 [14] さらにまた彼女は、彼が7タラントンと4000ドラクマを、海上貸付金として回収済みであることを糾明し、それらの書類をも明示した。というのは、転居の際に、コリュトス区からパイドロスの家へ転居した時だが、子どもたちが放置されていた紙を見つけて、彼女に渡しておいたのだということであった。 [15] また、彼女が判明させたのは、土地を抵当に高利で貸し付けられていた100 ムナと、他にも2000ドラクマと、多大な価値ある調度類をも彼が回収済みであったことである。さらに、穀物もケロネソスから毎年彼らのために入荷していたことも。「いったい、どうして敢えて言ったのですの」と彼女は言った、「これほどの金品を持っていながら、この者たちの父親は2000ドラクマと30スタテールを残したというのは。それは、あの夫が死んだ時に私に残されていたものとして、私があなたに与えたものですわ。 [16] しかも、この者たちは娘の子どもであるのに、自分たちの家からあなたは追い出すと言い渡したのです、――粗衣、裸足のまま、従者も連れず、敷布も持たず、外套もなく、父親が彼らに残していた調度類も持たず、あの人があなたに預けた委託金も持たずに。 [17] そして今も私の継母から生まれた子どもたちは多くの金銭の中で幸福であるのに(それもあなたが美しく為して)、私の子どもたちには不正しているのです、市民権もないまま家産から追い出し、富裕者の代わりに乞食と明示することに熱心になって。こういった行いにもかかわらず、神々をも恐れず、事情を知悉した私をも恥じず、兄弟のことも心に留めずに、わたしたちみなを金品よりも軽視しているのです」。 [18] さて、この時は、おお裁判官諸君、多くの恐るべきことがこの婦人によって陳述される間、この男によって為されたことと彼女の言葉とによって、私たち居合わせた者がみな陥った心境と言えば、子どもたちを、彼らがいかなる目に遭ったかを見、死者を、財産の後見人としていかに価値なき者を後に残したかと思い起こし、自分のものについて信ずべき相手を見出すのはいかに困難かということに思いを致して、そのあげく、おお裁判官諸君、居合わせた者たちのうち誰も声を出すこともできず、被害者たちに劣らずただ涙して黙って立ち去ったのである。 そこで、先ず、このことの証人として、どうぞ、あなたがたが登壇してください。 [19] それでは、私は要請します、おお裁判官諸君、計算に心を傾注するよう、――災禍の大きさゆえに青年たちをあなたがたが憐れみ、この男を全市民にとって怒りに価するとあなたがたが考えるためにである。なぜなら、ディオゲイトンは万人を相互に対する猜疑に陥らせ、生者たちも死者たちも、最も親密な者たちを最も敵意ある者たちにも増して信じられなくなるまでにさせたのだから。 [20] 彼は、あることは敢えて否認したが、結局、あるものは取得したことに同意して、二人の子どもと妹のための収支は、八年間に銀7タラントン7000ドラクマにのぼると敢えて明示した。そして、厚顔無恥のあまりに、金品の使途を持たないから、食い物のためには二人の子どもと妹のために日に5オボロスを請求し、履き物のためや洗い張り屋や散髪屋のためには、月々彼によって書かれたものはなく一年ごとも書かれず、期間全体で総計銀1タラントン以上を請求した。 [21] さらに、父親の墓標のためには5000ドラクマのうち25ムナも出費していないのに、半分は自分の付けにして、半分は彼らに請求したのである。さらに、ディオニュソス祭のためには、おお裁判官諸君、(これについても言及するのは奇妙なことではないと私に思われるから)小羊が16ドラクマで購入されたと報告したが、そのうち8ドラクマを子どもたちに請求したのである。このことに私たちは怒らないわけにはいかなかったのである。このように、おお裁判官諸君、大きな損害の中では、時として、小さなことが不正される者たちを劣らずに苦しめるものである。 [22] 不正者たちの邪悪さをあまりに公然と見せつけるからである。さらに、その他の祝祭や犠牲のためにも、支出された4000ドラクマ以上を彼らに請求したのみならず、他の支出も全額、合計に加えていっしょに請求したのである。あたかも、幼子たちの後見人として託された所以は、金品の代わりに数字を彼らに明示し、富裕者の代わりに極貧者とならせるため、または、もし父の敵が誰かいても、彼には気づかず、後見人に父祖のものを奪い取られて戦うためであるかのように。 [23] しかるに、もし彼が子どもたちに関して義しい人であることを望むなら、彼には法習どおりにできたはずである、――孤児たちに関して、後見の不能な者たちにも可能な者たちにも施行されている法習どおりに、多くの面倒から解放されるために家を賃貸するとか、あるいは、土地を購入して、その収入によって子どもたちを養育するとかが。そのいずれをしたとしても、彼らはアテナイ人たちのうち誰にも劣らず富裕であったろう。ところが実際は、私に思われるところでは、彼が考えついたのは、家産を目に見える財産に確立しようとすることでは決してなく、自分が彼らのものを取得しようとすることであったのだ、――自分の邪悪さこそが死者の金品の相続人であるに違いないと考えて。 [24] だが、何よりも恐るべきことは次のことである、おお裁判官諸君。すなわち、この男はアリストディコスの子アレクシスと三段櫂船共同奉仕者となって、50ムナに2ムナ足りないだけを彼と共同出資すると称して、その半分を孤児であるこれらの者に請求したのである、――孤児に対して、国家は、子どもである間は非課税としたのみならず、資格審査された後も、一年間はあらゆる公共奉仕から免除しているのにである。しかるに、この男は、祖父でありながら法習に反して、自分の三段櫂船奉仕費用の半分を、娘の子どもたちから徴収したのである。 [25] さらに、アドリア海に2タラントンの貨物を派遣し、送り出す時には、彼らの母親に、危険は子どもたちのものであると言っていたのに、無事に着いて値が倍増した時は、自分の貿易品だと主張した。しかしながら、損害は彼らのものとして明示し、金品の安全であったものは自分が取得する場合は、どこに金品を費したかは、明細表に記載するのは難しくなく、他人のもので自分が富裕となるのは容易であろう。 [26] ところが、一つずつ、おお裁判官諸君、あなたがたに向かって計算するのは大変な仕事であろう。だが、何とか彼から書類を受け取ったので、証人たちを伴ってアレクシスの兄弟アリストディコス(本人はたまたま死んでしまっていたので)に私は質問したのである、――三段櫂船奉仕の任務が彼にあるのかどうか。すると、彼はあると主張した。そこで、私たちは、家へ行って、ディオゲイトンが三段櫂船奉仕のために24ムナを彼と共同出資しているのを発見したのである。しかるに、この男は50ムナに2ムナだけ足りない額を出費したと明示し、 [27] その結果、自分に生じた費用の全額を彼らに請求していたのである。そうなると、誰も彼のことを知らず、自分だけが企てたことについて、彼が何をしてきたとあなたがたは思うか。他の人たちによって実行されたこと、また、それについて聞き知ること困難でないことに関して、虚言してでも24ムナを自分の娘の子どもたちに損害を与えたような男が。それでは、どうぞ、あなたがたがこのことの証人として登壇してください。 [28] 証人たちからお聞きになったとおりである、おお裁判官諸君。だが私としては、彼が最終的に取得したと自分で同意したかぎりの金銭、7タラントン40ムナを、以上の根拠に基づいて彼に請求しよう、――収入は何一つ勘定に入れず、元手から出費して、それも、未だかつて国内の誰も出費したことのない額、――二人の子どもと妹のために家庭教師も奉公女も毎年1000ドラクマ、日に3ドラクマに少し足らぬ額の出費したとしてである。 [29] その額は八年間に8000ドラクマになり……残高は7タラントンのうち6タラントンと、40ムナのうち20ムナである。むろん、盗賊団に破滅させられてしまったとも、損害を受けたとも、債権者たちに支払ってしまったとも彼は明示できないであろう…… |