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back.gif第6弁論・解説


Lysias弁論集



第6弁論

アンドキデスに対して 涜神罪で






[1]
 ……馬を、持ち主に返すかのように、神殿のノッカーにつないでおいたが、次の日の夜、こっそり連れ去った。すると、これをしたこの男は、最も苦痛に満ちた死、つまり飢えによって破滅した。つまり、多くの善きものらが彼のために食卓に供されたが、小麦や大麦からひどい悪臭がするように思われ、それで食べられなかったのである。こういったことも、私たちの多くが司祭長(hierophantes)が言うのを聞いてきた。

[2]

[3]
 そこで、この男については、かつて言われたことを今、思い出すのが義しいと私に思われる。つまり、この男とこの男の言葉のせいとで、この男の友たちが破滅したのみならず、この男自身も他者のせいで〔破滅した〕ということを。
しかし、あなたがたとしても、かかる問題に関して票決を下す際に、アンドキデスに憐憫の情をかけたり恩恵を施したりするのは不可能である。ご存知のとおり、これら双神〔デメテルとコレー・ペルセポネ〕は、不正者たちに目に見える形で報復するのである。だから、人間は、自分にとっても他者にとっても、万事ありのままの真実が将来現れるだろうという希望を持つべきなのである。

[4]
 いったい、どうなることであろうか、――今アンドキデスが、あなたがたのおかげでこの争訟から無実として解放されて、九執政官職の抽選に名乗りをあげてバシレウス職を引き当てたなら、ほかでもない、父祖伝来の決まりに従って、つまり、あるものはここエレウシス神殿における、あるものはエレウシスにある神殿の決まりどおりに、彼があなたがたのために供犠も供え祈願をもささげ、また秘儀に際しては、誰一人不正せざるよう、また神事に関して 涜神せざるようにと、祭礼を主宰するのではないか?

[5]
 そうなれば、到来した入信者たちはどんな考えを持つだろうとあなたがたは思うか、――バシレウスがいかなる人物かを彼らが知り、また、彼によって犯された 涜神行為をすべて思い出したときに。あるいは他のヘラス人たちは?――この祭礼目当てに、この大祭のために奉納するなり見物するなりすることを望んでやってきたのに。

[6]
 というのも、アンドキデスは、外部の人たちにも当地の人たちにも、 涜神行為のゆえに無名ではない。そして、悪行にせよ善行にせよ、はるかに抜きんでた行為に基づいて、その実行者は判断されるのは必然的だからである。そればかりか、さらにまた、彼は外地にいる間に多くの国々を悩ませてきたのである。シケリアを、イタリアを、ペロポンネソスを、テッタリアを、ヘレスポントスを、イオニアを、キュプロスを。彼は多くの王たちに媚び諂い、誰とでも交わったが、シュラクサイのディオニュシオスは例外である。

[7]
 この王は、誰よりも幸運に恵まれていたのか、それとも考えが他の王たちよりも特別に抜きんでていたのか、アンドキデスと交わった王たちの中でこの王だけは、この手の男に騙されなかったのである。この手の男は、術知のようなものを持っていて、仇敵たちには何一つ悪を為さず、友たちにはできるかぎり悪を為すのであるが。したがって、神にかけて、あなたがたが正義に反して彼に恩恵を施しながら、ヘラス人たちに気づかれないですむということは容易でないのである。

[8]
 そこで、今や、彼について評議することがあなたがたにとって必然事である。というのは、よくご存知のとおり、おお、アテナイ人諸君、あなたがたには父祖伝来の法習とアンドキデスとを同時に用いることはできず、二つに一つ、法習を廃棄すべきか、この男を追放すべきか、いずれかなのである。

[9]
 ところが、不埒にもこの男は、法習について次のように言うところまできているのである。つまり、自分に関して施行された法は廃止されており、自分はすでに市場の中や聖域に……今でもまだアテナイ人たちの評議場に立ち入ることが許されていると。

[10]
 しかしながら、ペリクレスはかつて 涜神行為に関してあなたがたに訓戒したと言われている。――これに関しては成文法のみならず不文法をも適用すべし。この不文法に基づいて、エウモルピダイは解釈し、この法を未だ誰一人として廃止する権限を持った者はなく、反対しようとした者もなく、また制定者その者も知られていないのである。これを適用して、彼ら〔涜神者たち〕は人間たちに対してのみならず神々に対しても償いをすべしだと考えるよう〔訓戒したと〕。

[11]
 しかるに、アンドキデスは、神々と、あの者たちに報復する義務を負った人たちとを蔑ろにしてきた結果、この国にもどって十日も経たないうちに、神の私訴で〔容疑者を〕バシレウスの前に召喚し、訴訟を起こすありさまであった。この男が神々に対して為してきたことを為してきたのも、また、(ここにもっと心を傾注していただきたいのだが)アルキッポスが自分伝来のヘルメス神像に対して 涜神行為に及んだと主張したのも、ともにアンドキデスその人なのにである。

[12]
 そして、アルキッポスは反訴して、大丈夫、ヘルメス神像は無事で完全である、そして他のヘルメス神像が蒙ったようなことは何一つ蒙っていないと請け合った。けれども、やはり、この手の男〔アンドキデス〕によって事が面倒にならないよう、彼は金を与えて追い払ったのである。しかしながら、この男が 神の償いを他者に要求したとき、もちろん、他者の方こそ彼に償いをさせることの方が、義しく敬虔なことに違いないのである。

[13]
 いや、恐るべきことだと彼は言うだろう、――もしも密告者の方が極刑を蒙り、密告された者たちの方は、完全市民としてあなたがたと同じ権利に与かるようなことになれば、と。もちろん、彼は自分のために弁明しようとしているのではなく、他の者たちをも告発しようとしているのであろう。なるほど、他の者〔涜神者〕たちを迎え入れるよう課する者たちは不正であり、彼の涜神の共犯者である。だから、あなたがたが最高権威者となって、みずから神々から報復権を剥奪するなら、もちろんこの者たちに責任はないであろう。したがって、あなたがたは自分にこの責めを転嫁しようと望んではならない。不正者を懲罰すればあなたがたは解放されることができるのだから。

[14]
 その上、あの者たちは記憶されている事柄を否定するが、この男は行為に同意するのである。しかも、アレイオス・パゴス――至聖にして最高正義の民衆法廷においてさえも、不正したと同意する者は処刑されるが、異義を申し立てる場合には、取り調べられ、そして、多くの人たちは不正とは判断されなかったのである。だから、否定者たちに対してと同意者たちに対してと等しい考えを有するべきではない。

[15]
 で、私には恐るべきことであると思われる。――何びとかが男の身体を、頭であれ顔であれ両手であれ両足であれ、傷つけた場合には、加害者はアレイオス・パゴスの法習に基づいて不正された者の国を追放されであろうし、帰ってきた場合には、摘発されて死刑に処せられるであろう。ところが、何びとかが神々の像に同じ不正を働いた場合には、あなたがたはその神域に足を踏み入れることも妨げず、入りこんでも報復しないであろうか。もちろん、これら〔神像〕の世話をするのは義しいことでもあり善いことでもある、そのおかげであなたがたは善い目にも悪い目にもあうことができるのだから。

[16]
 だから、一般に言われるとおり、ヘラス人たちの多くも、当地での 涜神行為を理由に彼らのもとにある神域から放逐するのである。しかるに、あなたがたは、不正された当人なのに、あなたがたのもとにある法習を軽んずること、他国人があなたがたの法習を軽んずるよりも甚だしいのである。

[17]
 さらに、この男はメリオス人ディアゴラスよりもいかほど涜神的であったことか。すなわち、あの男は言葉によって他国の神事と祭事に関して涜神的であったが、この男は行為によって自国のそれに関してであったのだから。だから怒るべきなのである、おおアテナイ人諸君、ほかならぬ神事に関して不正する異邦人に対してよりも、むしろ同国人に対して。なぜなら、前者の過ちはいわば他人事だが、後者はみずからのことなのだから。

[18]
 そこで、あなたがたは不正者たちを捕まえたらこれを放免してはならず、逃亡したら探索して逮捕すべきなのである、銀貨1タラントンを懸けて、連行するなり殺害するなりした者に与えると布令して。さもなければ、あなたがたはヘラス人たちに思われるであろう、――報復することよりはむしろ大口叩くことを望むと。

[19]
 しかも、彼は神々を信じていないということをヘラス人たちにまであまねく見せつけたのである。というのは、為されたことを恐れているふうはなく、自信たっぷりに、海運業に従事して航海を重ねたのだから。だが、神が彼を唆した結果、過誤に陥って私の発起で償いをする羽目になったのである。

[20]
 だから、私は彼が本当に償いをすることも望んでいるが、私にとっては驚くべきことは何も生じまい。なぜなら、神はただちに懲罰するわけでもないから(いや、裁きそのものは人間的なのである)。だが数多の事例からこれを証拠として私は推測できるのだが、私の見るところ、涜神を働いてきた別な者たちも長い間に償いをしてきているのであり、それらの者たちの子孫も祖先の過ちが原因でそうしているのである。だから、その期間、神は多くの畏怖と危険を不正者たちに送りつけるので、多くの者たちは今すぐ命終して諸悪から解放されることを欲するまでになるのである。だが、結局のところ、神はその男を虐げつづけたあげく、最後にその生に死をもたらしたもうのである。

[21]
 そこで、アンドキデスその人の人生をも考察していただきたい、何時から涜神を働いてきたのか、またこのような人物が誰か他に存在するかどうか。というのは、アンドキデスは過ちを犯した後、策にはまって民衆法廷に引き出されると、自分の従僕を引き渡さないかぎりはと、投獄の量刑を申し立てて自分から入獄した。

[22]
 彼はよく知っていたのだ、――引き渡すことは不可能であろうということを。自分や自分の過ちのせいで、〔従僕は〕刑死していたのだから。〔彼の〕密告者にならないためにである。いったい、神々の中のどなたかが、この男の考えをどうして潰してしまわれなかったのであろうか。同じ希望するなら、罰金刑よりは投獄刑を申し立てる方が容易だと考えるような男の考えを。

[23]
 さて、その申し立てから一年間近くが過ぎ、投獄されたまま自分の親類や友たちを密告したのは、真実を密告しているように思われたら、自分に免罪が与えられるからだった。いったい、彼はどんな魂を持っていたとあなたがたは思うか。――自分の友たちを密告して途方もない醜悪きわまりない行為に及ぶ一方、自分の救済の方は不明であった時に。

[24]
 しかも、その後、彼自身が最も尊敬していると称していた人々を刑死させた後、真実を密告していると判断されて釈放されたが、あなたがたは彼に市場と神域から閉め出されるべしとの追加票決をした。その結果、彼は仇敵たちによって不正されても償いをさせることができなくなったのである。

[25]
 千歳青史に残るアテナイの開闢以来、こんな罪によって市民権を剥奪された者は、未だ一人もいない。当然である。こんな所業は何一つ誰一人として未だしでかしたことはないのだからである。はたして、これを神々のせいに帰すべきであろうか。それとも、偶然のせいに。

[26]
 さて、その後、彼はキティオンの王のところに帆行し、裏切ったために王によって捕まって投獄され、死のみならず、日々の拷責の恐怖にさいなまれた。生きたまま四肢をもぎ取られると思って。

[27]
 だがこの危難から逃げ出して、自分の国に、「四百人」時代に、帰帆した。というのは、神が大いなる忘却を与え、不正された人たち自身の手に陥ることを欲したのである。そこで、帰国するや投獄されて責められたが、破滅することなく、解放された。

[28]
 そこで、キュプロスの王エウアゴラスのもとに航行したが、不正して幽閉された。そこをも逃げ出して、当地の神々を逃れ、自分の国を逃れ、初めに行き着いた地方に逃げこんだ。それなのに、彼の人生にはいかなる恩恵があるのであろう、――しばしば災難に見舞われながら、決して止むことがないとは。

[29]
 さて、かの地から当地へ、民主制の時代になってから、自分の国に帰帆して当番評議委員たちに金銭を与え、自分のことをここに提案させようとしたが、あなたがたは彼を国から追放し、票決した法習を神々の前に堅持したのであった。

[30]
 じつにこの男を、民衆も、寡頭政も、僣主も、歓待することを徹頭徹尾拒否し、涜神行為を働いたとき以来ずっと、追放されて生きるしかないのである。知己に不正したゆえに知己たちよりはむしろ争いの相手たちの方をいつも信じて。だが最終的に、今、この国に帰着して再び同じ所に摘発起訴されているのである。

[31]
 そして身柄はいつも捕らわれの状態にあり、彼の財産の方は諸々の危難によって少なくなっている。しかも、人が彼の生を敵たちと告訴屋たちに配分する場合には、それは生き甲斐なき生を生きることにほかならない。この男に何かを神が与えるにしても、それは救いを心がけてではなく、過去の涜神行為に報復するためである。

[32]
 そこで結局、彼は自分の身をあなたがたがに望みのままに扱うよう委ねたのだが、不正しないことを信じてではなく、何か霊妙な必然に導かれてなのだ。だから、神かけて、年長な者も若年者も、アンドキデスが諸々の危難から救われたのを見、彼が 神的な所業をしでかしてきたことに通暁して、より無神的となってはならないのである。半分の人生を無痛的に生きることの方が、この男のように生きているあいだ苦痛にさいなまれの二倍の人生よりも勝っていることに思いを致して。

[33]
 さて、彼は無恥に陥ったあまりに、国事を為す企みも持ち、すでに民会演説もし、市民権も獲得し、アルコンの誰かに対して失格審査もなし、そして評議会に出向いて供犠や祭列や祈願や占いに関して忠告しているのである。しかしながら、あなたがたは彼に聴従することによって、いかなる神々に愛顧せられることを為していると考えているのか。なぜなら、あなたがたは思ってはならないからだ、おお、裁判官諸君、あなたがたがこの男によって何を為されたか忘れることを望むなら、神々もまた忘れるであろうなどと。

[34]
 だが彼は、不正してきた者としておとなしく市民生活を送ることを要求しようとはせず、国家に対して不正した者たちを、あたかも自分が見つけ出したかのように、そのように思いこんで、他人よりも大きな権力を有するよう企んでいるのである。あたかも、あなたがたの穏和さと業務のおかげであなたがたに償いをしないですんだわけではないかのように。今にあなたがたに対して過ちを犯していることに気づかれないはずはなく、ただちに取り調べられ償いをすることになるであろう。

[35]
 だが、彼は次の言葉にも固執するであろう(というのは、この男が弁明しようとすることをあなたがたが学ぶのは必然である、両者から聞いてより善い判決を下すために)。すなわち、彼は言う、――大きな善事を国家に対して為した、密告してあの時の畏怖と混乱から解放したのだから、と。では、大きな悪事の責任者は誰になるのか。

[36]
 ほかならぬこの男ではないのか。行為の張本人なのだから。その上、善事についてはこの男に感謝しなければならないのか。報酬としてあなたがたが彼に免罪を与えた時に、彼は密告したという事由で。だが混乱と諸悪に関しては、責めはあなたがたにあるのか。涜神をしてきた者たちを追及したという事由で。とんでもないことである、むしろこれとは正反対に、国家を混乱させたのはこの男の方であり、安定させたのはあなたがたの方なのだ。

[37]
 だが私は彼がこう弁明しようとするのを聞いた、――協定は彼にも当てはまる、他のアテナイ人たちとも同様に、と。そしてこれを口実として彼は思っている、あなたがたの多くはこの協定を解消することになるのではないかと恐れて、自分を無罪票決してくれるだろうと。

[38]
 ところが、この協定には彼に適用されるところは何ひとつないのだということを、この点について私は言おう。――神かけて、ラケダイモン人たちとの間にあなたがたが締結した協定の中にも、市にいた者たちとの間にペイライエウスからの人たちが締結した協定の中にも。というのは、私たちはこれほど数多くいても、私たちの中には誰もアンドキデスの過ちと同じ過ちを犯した者も、同じような過ちを犯した者もいない、それゆえ、彼もまた私たちを役立てられないのだ。

[39]
 むろん、この人物のために反目して、この男にも協定を頒け与えた後で、そのとき初めてわれわれは和解したというわけではないのである。なぜならこの男一人のためではなく、われわれ市からの者たちとペイライエウスからの者たちとのために協定と誓約ができたのであって、もしもわれわれ自身が満足な状態にないのに、外地にいたアンドキデスに関して配慮して、彼の罪過が拭い去られるようにしてやったとしたら、それはじつに恐るべきことだろうから。

[40]
 むしろラケダイモン人たちは自分たちとの協定の中にアンドキデスのことは配慮しなかった。彼のおかげで何か善いことを蒙ったなどと。あるいはあなたがたが少なくとも彼のことを配慮したのか。いかなる善行に対してか。あなたがたのおかげで国家のためにしばしば危険を冒したからか。

[41]
 おお、アテナイ人諸君、彼の弁明そのものが真実ではなく、またあなたがたも騙されてはならない。なぜなら、申し合せが解消するのは、アンドキデスが私的な罪過のために償いをする場合にではなく、公的な災禍のために誰かが誰かを私的に報復する場合なのだから。

[42]
 だから、おそらく、彼はケピソス河にさえ反訴するであろうし、何でも自分の言うことに固執するであろう。真実を言わなければならないから言うのだが。しかしあなたがたは同じ票決で弁明する者と告発する者とを懲罰することはできないであろう。いや、今はこの者に関して裁きを下すのが時機であり、ケピソス河や私たちの各人は、この男が今何を言及しようとしているかは、他の時に聞くことにしよう。だから別な怒りに駆られて不正なこの男を今あなたがたは無罪票決してはならないのである。

[43]
 いや、彼は言うであろう。――自分は密告者となった、しかし他の者は誰一人もあなたがたに密告することを拒んだであろう、あなたがたが懲罰するならと。だがアンドキデスは密告の報酬をあなたがたから受け取り、そのおかげで他の者たちが刑死する中で自分の魂を救ったのである。だから彼の救済の責任はあなたがたにあるが、彼にとっての諸悪と危険の責任は彼自身にある。法令を逸脱し免罪のために密告者となったのだから。

[44]
 したがって密告者たちに不正することを容赦してはならず(為されたことで充分なのだから)、道を外れた者として懲罰すべきなのである。そして他の密告者たち、恥ずべき罪で取り調べられて自分たち自身を密告した者たちなら、とにかく一つのことを知っている、不正された者たちを煩わさないということを。それは外地にいてもアテナイ人であり完全市民であると思われるが、内地で不正された市民たちのもとに居れば邪悪なもの涜神的な者と思われると考えるからである。

[45]
 例えば、この者を除けば誰よりも邪悪なバトラコスは、「三十人」の時代に密告者となったが、協定や誓約がエレウシス所属の者たちと同様に自分にも適用されながら、自分が不正した相手であるあなたがたを恐れて、他国で暮らしたのである。しかるにアンドキデスは、神々そのものにまで不正しながら、聖域に入りこんで、バトラコスが人間を蔑ろにしたよりも神々を蔑ろにしたのである。だから、バトラコスよりも邪悪でもあり無学でもあるような者は、あなたがたによって救われる余地はほとんどまったくないのである。

[46]
 それではいったい、どこに着目してあなたがたはアンドキデスを無罪票決しなければならないのか。善き将兵としてか。いや、彼はいまだかつて国から出征したことは一度もない。騎兵としても重装歩兵としても、三段櫂船指揮官としても海兵としても、国難の先にも国難の後にも、四十歳以上にもなっているのにである。

[47]
 しかるに他の逃亡者たちはヘレスポントスにおいてあなたがたのために三段櫂船共同艤装者となっていたのである。そこであなたがたご自身も思い出していただきたい、――いかほどの諸悪と戦争からあなたがたはあなたがた自身と国家とを救い出したか、多くの点で身体を労し、多くの財を私的にも公的にも費消し、市民たちの多くの善き人々を生じた戦争のせいで埋葬して。

[48]
 しかるにアンドキデスはこれらの諸悪とは無縁であって、祖国救済のために……、今は国家に与かることを要求しているのである、国で神を働きながら。いや、彼は富裕であって財力をも有し、王たちや僣主たちの客友となって――このことを彼は自慢するであろう、あなたがたの性格を、どれほどの寄付を……

[49]
 自分に善をもたらすか、熟知しているからである。また、国が多くの動乱と危難にあるのを熟知しながら、廻船商人となって勇を鼓して穀物を輸入して祖国に益しようとは敢えてしなかった。輸入したのは居留民や外国人たちであって、彼らは居留民身分のゆえに国家に益していたのである。ところが、あなたは、何か本当に善いことでもしたのか、おおアンドキデス、いかほど罪過を賠償し、いかほど養育費を返報して……

[50]
 アテナイ人諸君、アンドキデスによって為されたことを銘記し、あなたがたが多くの人々によって抜擢された所以の祭礼にも思いを致していただきたい。いや、この男の罪過によって、これをしばしば眼にし耳にしたことですでに度肝を抜かれた結果、あなたがたにはもはや恐るべきことが恐るべきこととも思われないのだ。しかし心を傾け、あなたがたの見解をしてこの男が為したことを直視させていただきたい。そうすれば、より善い判決を下せるであろう。

[51]
 というのは、この男は法服を身にまとい、神事を真似て、秘儀を受けていない者たちに露見させ、禁句を声に出して言ったばかりか、神々――私たちが信仰し、奉公もし潔斎もして犠牲を捧げ、祈願している神(像)を切断したのである。そしてこの所行のゆえに、女神官や男神官が起って西に向かって呪いをかけ、赤旗を上げ下げしたのである、昔ながらの由緒ある定法どおりに。この男はそうしたと同意している。

[52]
 さらにまた、あなたがたが定めた法、みずから罪ある者として神事から遠ざかるべしとの法を踏み越えて、これらの制約を侵害してわれわれの国に押し入って、彼には許されていない祭壇の上で供儀し、自分が神を働いた神事に参列し、エレウシス神殿に押し入って、聖水で手を洗った。

[53]
 誰がこれらの事を我慢すべきであるか。いかなる友、いかなる親類、いかなる同区民が、この男に秘密裏に懇ろにして神々と公然と敵対すべきか。それゆえ、今、信ずべきは、アンドキデスに報復して彼から解放されれば、国家を浄め、厄払いをし、贖罪者を遣わして罪から解放されるということであり、こういった者たちの一人がこの男だということである。

[54]
 そこで私は言いたいのは、司祭長ザコロスの子ディオクレス、つまり私たちの祖父が、メガラの男が涜神したのをどう取り扱うべきかをあなたがたが評議していた時に忠告したことである。というのは、他の人々が裁判なしにただちに処刑するよう命じたとき、裁判するよう勧めたのである。それは人間たちのため、他の者たちが耳にし眼にしてより慎み深くなるためであり、また神々のため、各人が家で、涜神した者がどんな目に遭うか、みずからが自分の判断で審判した上で民衆法廷に出廷するためであると〔勧めた〕。

[55]
 あなたがたも、おおアテナイ人諸君、(あなたがたは何を為すべきかを熟知しておいでなのだから)この男に言いくるめられてはならない。あなたがたはこの男が公然と 神を働いているのをつかんでおいでである。この男の罪過ちはご存知であり、耳にされた。彼はあなたがたに哀願し誓願するであろう。憐れみをかけてはいけない。なぜなら、憐れむべきは正しく処刑される者たちではなく、不正に処刑される者たちなのだから。
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