第45話

野ロバ(onargos)と〔無尾の〕サル(pithekos)について


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 野ロバにはもうひとつ別の自然本性がある。自然窮理家の言うには、王宮に見い出され、パメノート月〔エジプト暦で播種季の第3月〕の25日に、昼夜平分日になったことが野ロバによってわかるという。されば、12回鳴くと、王も王宮も、昼夜平分時だとわかる。同様にサルも、夜、7回小便すると、昼夜平分日である[とわかる]。

 されば、野ロバとは悪魔であり、夜 — すなわち異教の民が、昼間 — すなわち信仰者や預言者たちと同数になったのである。[だから、野ロバ — すなわち悪魔がほえるのである]。サルも同じ悪魔の顔つきをしている。というのは、始まり(arche)〔?〕は持っているが、終わり(telos)すなわち天を持たぬのは、[サルも美しい終わり、すなわち、天を持たぬと同様に]、悪魔も同様で、[美しい終わりを持たず]、初めは天使長たちの一人であったが、自分の[美しい]終わりが見つからぬ[こと、あたかもサルも美しい天を持たざるがごとしである。天を持たぬのは、サルにとって不細工なことだからである]。

 美しくも自然窮理家は野ロバとサルについて言った。

                                  



 エジプトでは、サルはただひとつの種のみが崇拝されていたようである。それは……イヌザル(kunoke&faloi)とも呼ばれる。イヌザルは夜明けに叫び声を上げるため、ごく自然に、太陽の崇拝者とされた。この理由により、ヒヒが支配していた時を数える能力があるとみなされたのかも知れない。(『エジプトの神々事典』p.205)

Papio_cynocephalus  生物学的にはヒヒ(英語でbaboon。生物学の分類ではPapio属)に5属あり、アヌビスヒヒ/キイロヒヒ/マントヒヒ/ギニアヒヒ/チャクマヒヒである。この5属がイヌザル(kunokevfaloV)に該当するわけであるが、現代生物学の分類では、このなかのキイロヒヒにcynocephalusという学名を付けたため、混乱を生じている。図は典型的なキイロヒヒ(学名:Papio cynocephalus cynocephalus)である。

 イヌザルの放尿と水時計(=時刻)との関係については、ホッラポロン『神聖文字法(Hierogryphica)』i_16
 エジプト彫刻には、水時計の水の出口をイヌザルが守っている例が多くみられる。

 諸家は、サルに尻尾がないことについて難しい議論をしているが、それほど難しいことではあるまい。
 アリストテレスは、猿を3種に分けた。無尾サル(pi/qhkoi)と有尾サル(kh~boi)とイヌザル(kunoke&faloi)である。イヌザルも有尾サルに入るはずであるが、トト神の化身であるから、有尾サルに包摂することが躊躇われたのであろうか。
 一方、七十人訳では、ピテーコイという語は、ヘブライ語のコーフが表しているように、サル類のどの種にも当てはまる広い意味で使われていたようである(『聖書動物大事典』p.32)。
 こうして、ピテーコイは尻尾(to; ou\ron)を失った。それは尿(hJ oujrav)によって昼夜平分時を教えるという神聖な役割を失うことでもあった……。自然究理家のかなり苦しいこじつけである。

 難しいのは、むしろ、野ロバの方である。
 オシリスの殺害者セトは、オシリスの子ホルスとの争いの末、パメノート月25日に去勢された。それゆえ、この日は不吉の日とされるという(Hommel, p.39)。
 ロバは、すでに中帝国時代には、セトの手下である軽蔑すべき動物とみなされていた(『エジプトの神々事典』p.209)。
 しかし、そのロバが、昼夜平分日を告げるのはなぜなのか?

 古代エジプトでは、昼間12時間を各1時間毎に表象する動物が決まっていた。それが、ネコ、イヌ、ヘビ、スカラベ、ロバ、ライオン、ヤギ、ウシ、タカ、キュノケパロス、トキ、ワニであったのだ(Weinstock, "Lunar Mansions and Early Calendars", p.62)。

 こうして、第45話の「発想の根」がおぼろげながら見えてくる。「自然究理家」の心底にあったのは、多神教のギリシア/エジプトの異教徒と、一神教ながらエホヴァを信ずるユダヤ教異教徒とを、同時にダイモーンの眷属とすることであった。そこで選ばれたのが、いずれも時を告げる動物とされた驢馬とキュノケパロスであった。驢馬はユダヤ人が崇拝し、キュノケパロスはエジプト人がトトの化身として崇拝し、キュノケパロスに至っては、時の管理者として水時計の水をその男根から放出していた!

 画像出典、Konrad Gesner『Historiae Animallum』I。