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伝プルタルコス

情炎物語




Plutarchus : Amatoriae narrationes [Sp.] 771e-775e
底本は、THESAURUS LINGUAE GRAECAE CD-ROM 3D



第1話

 ボイオティアのハリアルトスに、名をアリストクレイアという、美しさの際だったひとりの処女がいた。そして彼女は、テオパネスの娘であった。

 この娘に、オルコメノス人のストラトンとハリアルトス人のカリステネスとが求婚した。しかし、ストラトンの方がより富裕であり、またその乙女にぞっこん惚れこんでもいた。というのは、彼女がレバデイア*のヘルキュナ**の泉で沐浴しているところを眼にしたことがあるためである。それは、彼女が王神ゼウス〔ゼウス・バシレウス〕のための聖籠運びの役を務めるためだったのである。
 *コロネイアとカイロネイアとの中間、コパイス湖の西にあるボイオティアの古都、現在のリヴァディア。トロポニオスの神託所がある。前447年の古戦場。
  **ニンフ。少女のペルセポナの友だち。市の郊外で2人が遊んでいるとき、鵞鳥が逃げ出して、洞窟内の石の下に隠れた。ペルセポネが石をどけると、水が湧出し、ヘルキュナの泉となったという言い伝えがある。

 〔……〕しかるに、カリステネスの方が有利であった。というのも、生まれの点でその処女に近かったからである。しかし、テオパネスはこの事態に困ってしまった。ストラトンは、富の点でも生まれの点でも、ボイオティア人のほとんど全員の誰よりも抜きんでているので、これを恐れていたからで、この〔結婚相手の〕選択を*トロポニオスにゆだねることを望んだ。
 *デメテルに育てられた名高い建築家。彼の神託所は深い洞窟内にあり、人々に恐れられていた。

 ところが、ストラトンは、乙女の家僕たちに、彼女は彼の方に気があるとおだてられたためであるが、その〔結婚相手の〕選抜を、結婚しようとする女性自身の意思に任せるよう請うた。

 そこで、テオパネスが衆人環視の中でその娘子に問いただしたところ、彼女はカリステネスを指名したので、すぐさま、ストラトンがその屈辱にかッとなったのは明らかであった。ところが、二日たって、〔ストラトンは〕テオパネスとカリステネスのところにやってきて、たとえ自分の結婚が、何か精霊のようなものによって妬まれたとしても、自分と彼らとの友愛を守り通すようにと請うた。相手は言われたことを賞賛し、したがって、婚礼の宴会にも彼を招待したのである。

 しかし、彼の方は、一群の同志たちや少なからざる数の奉公人たちに、相手のまわりに分散し、気づかれないようにしているよう手配しておいて、くだんの処女が、父祖伝来のしきたりどおり、婚前の犠牲を妖精たちに供犠するために、キッソエッサと呼ばれる泉に降りて行きかけるや、この時とばかりに、待ち伏せていた者たち全員が、彼といっしょになって駆け出し、彼女を取り押さえたのである。

 かくしてストラトンはその乙女を手に入れた。だが、当然ながら、今度はカリステネスと彼の仲間とが奪い返し、かくしてついに、奪い合っている者たちの手の中で、それとわからぬ間にその娘子は亡くなってしまった。

 すると、たちまちカリステネスの姿が見えなくなった。みずから果てたのか、逃亡者としてボイオティアを立ち去ったのか。いずれにせよ、彼の身にいったい何が起こったのか、言える者は誰もいない。一方、ストラトンの方は公然と、乙女の〔死体の〕上でみずからの喉をかき切ったのであった。




第2話

 ペイドンという者が、ペロポンネソス人たちに対する支配に腐心していたが、アルゴス人たちの都市――自分自身の祖国である――が自余の〔ペロポンネソス〕諸邦の主導権を握ることを望み、先ず、コリントス人たちに対して陰謀をめぐらせた。すなわち、使いを遣って、年ごろの点でも男らしさの点でも抜きんでた若者たち1000人を彼らに要請したのである。そこで彼らはその1000人を派遣し、その将軍にデクサンドロスを指名した。

 さて、ペイドンはこれを襲撃する心づもりをしていた。コリントスをそれ以上拡張させないため、また、その都市を利用――これはペロポンネソス全体の前牆として要衝の地となろうから――するためで、この作戦行動を同志たちの何人かの者に言いつけていた。ところが、その中にハブロンもいたのである。

 ところで、この男はデクサンドロスの客友であったので、彼にその陰謀を打ち明けた。そして、こういう次第で、プレイアシア〔プレイウウスの一地方〕人たちは襲撃の前にコリントスに無事のがれたのであるが、ペイドンとしては、裏切り者を見つけだそうとし、念入りに探索した。

 そこで、ハブロンは恐れをなしてコリントスに逃れた。妻と家僕たちとは示し合わせて、コリントス人たちの領地の、とある村落メリッソスで〔……〕。

 この地で子も成して、メリッソスと名づけた。この地にちなんでその名を付けたのである。さらに、このメリッソスに息子アクタイオンが生まれた。

 同年齢の者たちの中でも最美にして最も慎み深く、大多数の者たちがこれの愛者となったのだが、アルキアスは格別であった。この男は、生まれの点ではヘラクレイダイの家系に属し、さらには富やその他の権力の点でも、コリントス人たちの中で際だっていた。

 しかし、その子を口説くことができなかったので、その青年を力尽くで誘拐しようと決心した。そこで、彼は友たちも家僕たちもその多くを繰り出して、練り歩きのようにしてメリッソスの館に押しかけ、その子を連れ去ろうとした。ところが、父親や友たちが抵抗して、さらには隣人たちまでも駆けつけてきて、奪い合っているときに、アクタイオンは奪い合いの中で亡くなってしまった。そのため、連中の方は立ち去った。

 〔……〕だが、メリッソスの方は、子どもの屍体をコリントス人たちの市場に運んで人々に示し、こんなことをしでかした連中に対する償いを求めた。しかし、人々はこの人物を憐れむ以上のことは何もしなかった。

 そこで、成すところもなく引き上げたけれども、イストミアの大祭を期して、ポセイドンの神殿に昇り、*バッキアダイを罵るとともに、父ハブロンの善行を思い出させ、そうして神々を勧請したうえで、断崖から身を投げたのである。
 *ヘラクレスの末裔バッキスを始祖とする一族で、コリントスの古い支配階級。前735年ころ、シュラクスを建設したが、前657年、キュプセロスに滅ぼされた。

 その後久しからずして、旱魃と疫病とがこの都市を見舞った。そこでコリントス人たちが厄除けの神託をうかがったところ、この神は、アクタイオンの死に応報せざるかぎり、〔その怒りを〕解くことのないポセイドンの怒りがあることを託宣した。アルキアスは――自分も神託伺いの使者だったものだから――これを聞いて、自分の意思でコリントスへはもどらず、シケリアに航行し、シュラクウサイを建設した。

 そして、ここで二人の娘――オルテュギアとシュラクウサ――の父親となったが、テレポスに暗殺された。この男〔テレポス〕は、かつては彼の愛童となっていたが、船を先導してシケリアまで同行した人物であった。




第3話

 スケダソスという名の貧しい男がレウクトラに住んでいた。ここはテスピアイ人たちの領土に属する小村である。彼には2人の娘がいた。ヒッポとミレティア、あるいは、一説には、テアノとエウクシッペと呼ばれていた。

 ところで、スケダソスは雅量の人で、多くを所有していないにもかかわらず、外人たちと友好的であった。だから、彼のところに2人のスパルタの若者がやってきたとき、彼はこれを心から歓待した。彼らの方は、処女たちに惚れこんだのだが、スケダソスの雅量にほだされて思いを遂げることは思いとどまった。

 次の日、彼らはピュト〔デルポイのある地〕に立ち去った。その道行きこそが彼らの任務だったのである。そして、自分たちの用件について神の神託をうかがった後、ふたたび家郷へもどろうとして、ボイオティアを進んで、ふたたびスケダソスの家に立ち寄った。

 ところが、たまたま彼はレウクトラに在郷していなかった。しかし、彼の娘たちが慣行を維持するためにその外人たちを迎え入れた。しかるに彼らは、乙女たちだけなのをよいことに、これをつかまえて暴行におよんだ。しかし、この凌辱に彼女たちがあまりに激しく腹を立てるのを見て、殺害して、とある井戸の中に投げ込んで逃げ去った。

 さて、スケダソスがもどってみると、乙女たちは見あたらず、万事は〔家を〕後にしたときのまま無事なのを見て、事態に困惑したが、ついに、犬がくんくん鼻を鳴らし、何度も彼のところに走り寄っては、また彼のもとから井戸の方にもどって行くので、何があるのかをさとり、こうして娘たちの屍体を引き上げたのであった。そして、隣人たちから、以前にも彼らのもとに来訪したラケダイモン人たちが、前日、〔彼の家に〕入ってゆくのを見たと聞き知り、連中の仕業だと思い当たった。この前も、連中が乙女たちをずっと賞賛し続け、〔彼女たちの〕結婚相手を浄福視していたからである。

 彼はラケダイモンに赴いて、監督官たちに面会しようとした。しかし、アルゴリスに着いたとき、夜になったので、とある宿屋に泊まった。すると同じ宿に、ヘスティアイア地方の都市オレオス出身の、もうひとり別の老人も泊まっていた。この老人が嘆息し、ラケダイモン人たちを呪詛するのをスケダソスは耳にして、ラケダイモンたちにどんなひどい目に遭わされたのかと尋ねた。

 老人の説明によれば、自分はスパルタ人に帰服する身だが、アリストデモスが総督としてラケダイモンからオレオスに派遣されて以来、多くの狼藉と違法とを受けてきたという。「というのは」と老人は言った、「彼はわしの子に懸想したけれども、口説くことができなかったものだから、これを角力場から力尽くで連れ出そうとした。ところが、体育教師が邪魔をし、多くの若者たちも助けに駆けつけたので、その場はアリストデモスは引き下がった。しかし次の日、三段櫂船を艤装してこの子を誘拐し、オレオスから対岸に渡って凌辱におよぼうとしたが、その子が承伏しなかったので喉をかき切った。そうして、オレオスに立ち帰って、宴楽したのである。わしは」と彼は言った、「何が起こったかを聞き知り、その身を葬ってから、スパルタに出向いて、監督官たちに面会しようとした。だが、やつらは会談しようとしなかったのだ」。

 スケダソスはこれを聞いて、意気消沈した――スパルタ人たちは自分と会談のようなことさえしようとしないと思ったからである。また、順番として、自分の災禍をその外人に説明した。すると、老人は、監督官たちに面会するのはやめて、ボイオティアに立ち返り、娘たちの埋葬を厳修するよう忠告した。

 けれどもスケダソスは聞き入れず、スパルタに到着して監督官たちに面会しようとした。彼らは何ら取り合おうとしないので、王たちのところに赴き、さらには、王たちのもとから公民たちの一人ひとりに近づいて哀訴した。しかし、それ以上のことは何の成すところもなく、両手を太陽の方にさしのべて都市の真ん中を走り回り、今度は大地を撃って〔血讐の女神〕エリニュスたちに呼びかけ、ついにはみずから命を断った。

 しかしながら、後世になって、ラケダイモン人たちは償いをすることになった。というのは、彼らは全ヘラス人たちを支配し、守備隊によって諸都市を押さえたけれども、テバイ人のエパメイノンダスが、先ず初めに自分のところに駐留していた守備隊を殺戮した。対して、ラケダイモン人たちは彼に対して戦端を開いたが、テバイ人たちはこれをレウクトラに迎え撃とうとした。この地は縁起がよいと考えたからである。というのは、往古にも、ここで彼らが自由の身となったことがあったからである。〔往古とは〕アムピトリュオンがステネロスによって追放刑をもって追われ、テバイ人たちの都市に来着して、カルキス人たちに貢納する身分であった〔テバイ人たち〕を率いて、エウボイア人たちの王カルコドンを殺して、その束縛を解いたときのことであるが。

 さて、ラケダイモン人たちの完全な敗北は、まさしくスケダソスの娘たちの墓碑の近くで起こることになった。伝えられているところでは、戦闘の前に、テバイ軍の将軍たちのひとりペロピダスが、美しくない〔瑞兆でない〕と判定される前兆のようなもののせいで胸騒ぎに駆られていると、夢の中にスケダソスが現れて、勇気を出すよう命じた。なぜなら、ラケダイモン人たちがレウクトラにやってくるのは、自分と自分の娘たちに償いをするためなのだから、と。さらに、ラケダイモン人たちと激突する前の日に、白い若駒を用意しておいて、乙女たちの墓のそばで血祭りを執り行うよう〔スケダソスはペロピダスに〕命じた。

 そこで、ペロピダスは、ラケダイモン人たちがまだテゲアを行軍中、くだんの墓について調査団を派遣し、土地の者たちから伝え聞いて勇み立ち、軍隊を繰り出して勝利した〔と伝えられている〕。

back.gif「ヘレニカ」第4巻 第6章 7節に



第4話

 ポコスは、グリサス〔テバイの北東に位置する都市。〕出身だから、生まれはボイオティア人であり、そして、美しさと慎み深さにおいて抜きんでたカリロエの父親であった。

 この女性に、ボイオティアにおける最高の声望家の若者たち30人が求婚した。しかしポコスは、〔ひとりの求婚を受け入れれば、他の求婚者たちから〕暴行を受けるのではないかと恐れて、各人各様の口実をもうけて結婚の延期をはかっていたけれど、先の〔30人〕が最後まで待ち続けたので、ピュティオス〔アポロン〕にその選択をしてもらうことを要請した。

 すると彼らはその口上に怒って、飛び出して行って、ポコスを殺してしまった。しかしこの騒動の最中に、くだんの処女はその地を逃れ去った。だが、これを若者たちが追いかけ、彼女は打穀場をこしらえていた農夫たちに出会って、彼らのおかげで救ってもらった。というのは、農夫たちは彼女を穀物の中に隠したのである。こういうふうにして、追跡者たちは通り過ぎてしまった。

 さて、無事にのがれた彼女の方は、全ボイオティア祭の祭日を期して、まさにこの時に、コロネイアに出かけて行って、女嘆願者としてアテナ・イトニア*の祭壇にすがり、求婚者たちの違法を説明した。各人の名前とその祖国とを申し立てた上でである。

 *アテナ・イトニアの祭礼は、テッタリア人たちに追われたイオニア人たちによってボイオティアにもたらされた。この女神の聖域はコロネイア近郊にあり、ここはボイオティア連合の祭礼、すなわち、全ボイオティア祭の祭場であった。

 すると、ボイオティア人たちはその娘子を憐れみ、若者たちに憤慨した。そこで連中はこれを聞いて、オルコメノスに庇護を求めた。だが、オルコメノス人たちは彼らを受け入れなかったので、ヒッポタイに押し入った。それはヘリコン山麓の、ティスバイとコロネイアとの中間にある村であった。彼ら〔村人たち〕は彼ら〔亡命者たち〕を迎え入れた。

 そこで、テバイ人たちはポコス殺害者たちの引き渡しを要求して使いを送る。だが彼らが引き渡さなかったので、〔テバイ人たちは〕自余のボイオティア人たちを引き具して出征した。将軍はポイドスで、これは、当時のテバイ人たちの支配を確立した人物であった。かくて、彼らは堅固なその村を攻囲し、そうして内にある人たちが渇きのために制圧されたので、殺害者として捕らえられた者たちは石打の刑に処し、村の住民は奴隷人足として売り払った。さらに、城壁と家屋は破壊し、領地はティスバイ人たちとコロネイア人たちとに割譲した。

 ところで、言い伝えられているところでは、ヒッポタイの略取の前に、夜、ヘリコン山の方から、「わたしはここにいる」という声が何度も聞こえた。そして30人の求婚者たちは、その声がポコスのものだということを認めたという。また、彼ら〔求婚者たち〕が石打の刑に処せられた日に、グリサスにある長老の墓石からサフラン色の水が流れ出したという。また、テバイ人たちの執政官にして将軍のポイドスが戦闘からもどると、娘が生まれたという知らせが入り、縁起がよいとして彼はその子にニコストラテ〔遠征の勝利の女神〕と命名したという。




第5話

 アルキッポスは、生まれはラケダイモン人であった。ダモクリタと結婚し、二人の娘の父となった。国のために忠言すること急であるばかりか、ラケダイモン人たちに必要なことなら何でも実行したので、政敵たちに妬まれ、連中は、アルキッポスは法習を解体しようと望んでいるとして、虚言をもって監督官たちを惑わし、この人物に追放の罪を着せたのであった。

 かくして彼はスパルテを脱出した。妻のダモクリタも、娘たちを連れて夫について行くことを望んだにもかかわらず、連中はこれを妨げ、そればかりか、彼の財産を没収しさえした。乙女たちが豊かに持参金を持てないようにするためである。さらにはまた、父親の徳をしたって、その娘子に求婚した人たちがいたとき、仇敵たちは、何びともその処女に求婚すべからずとの決議をもってこれを妨げた。彼女たちの母親ダモクリタは、自分の娘たちがすぐにも子どもを生んで、父親の報復者になるよう祈ったという言いがかりをつけてである。

 かくしてダモクリタは、四方八方から攻め立てられながらも、ある全民祭のおりを狙っていた。この祭日には、既婚婦人たちが未婚女性たちや女召使いたちや童女たちといっしょになって祭りをし、他方、最高首脳の婦人たちはこぞって、自分たちだけで大広間で夜明かしすることになっていた。〔ダモクリタは〕両刃剣を帯び、処女たちを連れて、夜、好機を見計らって神殿に赴いた。そこでは、全女性が広間で秘儀を勤めていた。そうして、入り口が閉められると、〔ダモクリタは〕たくさんの薪(これは、祭りの供犠用に女性たちによって用意されていた)を扉の前に積み上げ、火を放った。

 男たちが助けに駆けつけると、ダモクリタは娘たちの喉をかき切り、その上でみずからも〔喉をかき切った〕。

 しかし、ラケダイモン人たちは、怒りを鎮めるすべを知らず、ダモクリタと娘たちの身体を国境の外に投げ捨てた。これがために神が激怒して、大地震がラケダイモン人たちを見舞った〔前464年?〕と語り伝えられている。

1999.01.30.訳了


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