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ルゥキアーノスとその作品

ヒッピアス、あるいは、浴場

+IppivaV h] Balanei:on
(Hippias)


[解説]
 「e[kfrasiV〔説明〕」という〔弁論術の技法〕は、多くの人たちがこれに眉をひそめたにもかかわらず、弁論術の人気のある演習であった。ハリカルナッソスのディオニュシオスの作とされる『弁論術』(X, 17 Usener)の中で、これは「虚しい演示、言葉の無駄」と呼ばれている。本編がルゥキアーノスの作でないことは、一般的見解である。(A. M. Harmon)

 翻訳にあたって、近藤司郎氏の訳を下敷きにさせていただいた。多謝。


002 t 1
ヒッピアス、あるいは、浴場


1.1
 諸々の賢者がいるのなかで、わたしが主張するのは、それぞれの為事〔しごと(pravgmata)〕のために、ただ器用な言葉を提起するばかりでなく、〔為事と〕同等の行動(e[rga)によっても、言葉で請け合った事を確証した人々をこそ、第一に称讃すべきだということです。というのも、医者を呼びに遣る場合、理性ある人なら、病気になったとき、その術知のために最善の事を云うことのできる〔医者〕をではなく、その〔術知〕に基づいて、何かを行うべきかを心得ている〔医者〕を〔呼びに遣る〕のですから。さらにまた、より善き音楽家とは、律動や階調を判別することを知っている人たちよりも、自分で爪弾き、キタラを演奏できる人なのです。将軍たちのうちで、当然ながら最善と判断された者たちは、ただ軍を整列し鼓舞することのみならず、他の者たちの先陣を切って戦い白兵戦を演じることにかけても善いのだなどと、いったいどうしてあなたに言う必要があろうか。例えば、昔ならばアガメムノーンやアキッレウス,時代を下った人の中ではアレクサンドロスやピュッロンといった人たちがいたことをわたしたちは知っている。

2.1
 はたして何のために、このようなことをわたしは謂ったのか。べつに歴史〔の知識〕をひけらかしたくてこれに言い及んだのではなく、技師たちについても、驚嘆にあたいするのはあの人たち — 観察において輝かしく、術知の記念物や見本をも、やはり、後世の人々に残した人たちである。言葉だけで訓練された人々は、賢者と呼ばれるよりは、むしろソフィストと呼ばれるのが当然なのだから。そういう〔賢者〕としてわたしたちが耳にするのは、アルキメーデースやクニドスのソーストラトスで、後者は、河の向きを変え分断して、攻囲することなく、プトレマイオスのためにメンピスを手にいれ、前者は敵の三段櫂船を術知によって焼き払ったのである。さらにまた、彼らより前代の、ミレートスのタレースは、水に濡れることなく軍隊を渡河させるとクロイソスに請け合い、一晩のうちに、知略をもって陣営の背後にハリュス河を迂回させたが、この人は技師ではなくて、知略にかけても洞察にかけてもこのうえなく説得力を有する賢者であった。もちろん、はるか往古には、〔トロイの木馬を造った〕エペイオスのことがあり、彼はアカイア勢のために〔木〕馬を建造し、これに彼らといっしょに搭乗したと言われている。

3.1
 まさしくこうした人々の中に、われわれと同時代のヒッピアスその人も言及されるにあたいするのである — 言葉においては、彼より前代の人々のうち、あなたが望む何びとと比べても訓練を受けてきており、洞察は鋭く、解説するに最も賢明な人、為事の方は、言葉よりもはるかに善い〔為事〕を提起し、術知の約束は満たし、自分の先人たちが成功したような当て推量によるのではなく、幾何学のロゴス〔理論〕に従い、伝え聞くところでは、所与の直線上に三角形を精確に作図したという。しかるに、他の連中はといえば、めいめいが学知のあるひとつの働きを切り取って、そのなかで名声を博し、それでもひとかどの人物だと思われているのだが、彼〔ヒッピアス〕はといえば、機械学、幾何学はもとより、なおそのうえに音楽学や音楽の指導者であることは明らかであるにもかかわらず、それらの各々〔の分野〕を完璧に示すあまりに、そのただ一つ〔の分野〕しか知らないように見えるほどである。もちろん、光線や反射や鏡に関する観察、さらには、先人たちを子どもじみたものに見えさせた天文学も、称讃するには少なからぬ時間を要するであろう。
4.1
 しかし、彼の諸々の仕事のうち、最近目にしてわたしの驚倒したものを、臆せず云うこととしよう。たしかにuJpovqesiVはありふれたもので、われわれの時代の暮らしに極めて多いもの — 浴場施設である。しかし、用意周到さ(perivnoia)と洞察(suvnesiV)は、このありふれたものの中においてさえ、驚嘆すべきものである。

 その場所はといえば、平坦ではなく、ひどく勾配のある傾斜地で、これを手に入れたときには、一方が極端に低かったが、一方を他方と同じ高さに定めた。その際、作業全体のために堅固このうえない土台を置いて、基礎の設置によって、上に建てられる〔上部構造〕の安全性を確かなものにする一方で、ひどく切り立った、また安全のために密着した扶壁(buttress)でもって、全体を強化した。建造物は、場所の大きさに釣り合い、施設の比率にも合致し、光の道理をも守ったものである。
5.1
 入り口は高く、幅広の登り坂を有しているが、登ってくる人たちに楽なように、段差よりも踏み台の方が大きい。入ると、これを巨大な公共の大広間(koino;V oi\koV)が迎え入れ、従者や随行者たちに充分な溜まり場を持っている。左手には、休養のために用意された建物があり、これがじつに浴場に最適で、優美で、多くの光に照らされた隠れ家となっている。さらに、これら〔の部屋〕に属するものながら、入浴用にしては大きすぎるが、より幸福な〔裕福な〕人たちを受け容れるには必要なものがある。この次には、それぞれの側に、脱衣した人たちのためのゆったりしたロッカー・ルームがあり、真ん中に、高さはこのうえなく高く、光のさんさんと降りそそぐ部屋があり、〔ここは〕冷水の水泳場を3つ有していて、ラコーニア産の大理石で装飾されていて、ここに、白大理石の古風な作りの似像がり、一体はヒュギエイア像、もう一体はアスクレーピオス像である。

6.1
 出てくる人たちを受け容れるのは、穏やかに暖められた部屋で、先にむっとした熱気に出くわすのではない。〔この部屋は〕長円形をしていて両端が円く〔つまり、楕円形で〕、後ろの右手には、すこぶる明るい部屋があり、くつろいで香油を塗れる備えをしており、両側にはプリュギア産の大理石で美装された入り口を持っていて、角力場から入ってくる人々を受け入れる。さらに、これに附属して別の部屋があり、これはすべての部屋のなかで最も美しく、立ったり座ったりするのに最もくつろげ、はいちばんここちよく,時を過ごすに最も無害、ぶらぶらするに最も有益な部屋で、これもまたプリュギア産の大理石で屋根の先端まで光り輝いている。続くは、暖かい回廊が受け容れる。ヌミディア産の大理石でほぞ継ぎにされて。奥の部屋は最美で、たくさんの光に満ち満ちていて、まるで紫で花飾られたよう。この〔部屋〕もまた三つの浴槽を備えている。

7.1
 さて、入浴をおえたあなたには、同じ部屋々々を通ってまた戻って来る必要はなく、いくぶん暖かな建物を抜けて、まっすぐに涼しい部屋へと戻ることができる。そして、これらの〔部屋々々の〕いずれもが、大いなる光と、室内のおびただしい陽光のもとにある。かてて加えて、〔各部屋の〕高さは比例しており、幅は長さに釣り合い、いたるところに優美とアプロディーテーが花咲いている。なぜなら、美しきピンダロスによれば、「作品に取りかかるとき、その正面は、はるかまで輝くものにせねばならない」(Olymp. 6.3)からである。これは、おもに、陽光と照明と窓の光による工夫であろう。例えば、真の賢者ヒッピアスは、冷水浴室を、南面の気温にも無縁ではないにもかかわらず、北面に作った。他方、多量の熱を必要とする〔部屋々々〕は、南と東と西に配置したのである。
8.1
 しかし、これに付属することをあなたに言う必要があろうか — 角力場や公共の衣服預り所には、浴場への近道があり、便利で危なげなく行ける、などということを。

 どうか、わたしが小さな仕事を持ち出して、言葉で飾りたてようと目論んでいるなどと猜疑するひとがいませんように。なぜなら、ありきたりの事柄のなかに、美の新しい例示を案出することに、わたしはまさしく少なからぬ知恵をもってしているのであり、それと同じように次のような仕事を、わが驚くべきヒッピアスもやってみせているのであって、それは浴場のあらゆる徳、すなわち、有用性,好都合さ、明るさ、釣り合い、場所との適合性、利用上の安全性や、さらにそのうえに別の観点による装飾物、すなわちふたつのトイレと多くの出口と、それにふたつの時計を設置したが、そのひとつは水と吼え声により、もう一方は日光によって時を知らせるものであった。

 これらを見て、その仕事にふさわしい称賛の意をあらわさないのは、ただ無分別者の所行というだけではなく、恩知らずの所行、むしろ邪眼の持ち主の所行で粗野であるとわたしには思われる。だからわたしは、力に応じて、この業績と〔それに携わった〕技術者や職人に、言葉でもって報いたのだ。もしも神が入浴することをもお許しになれば、わたしはわたしの称讃の共有者を多く持つことになるのを、わたしは知っている。

//END
2011.11.04.


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