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原始キリスト教世界

モーセの昇天





[解説]
 『モーセの昇天(Assumptio Mosis)』は、別名、『モーセの遺訓(Testamentum Mosis)』とも呼びならわされてきた。しかしこの2つがそれぞれ異なった別々の書名であることは間違いない。問題は、両者がどのように違うのかである。この2つの書名について、次の3つの説が唱えられている。

1)2つの名称は1冊の書物の2つの部分に対するものである。ラテン語テキストの欠損している結尾部にモーセの昇天が描かれていたのであろう。つまり全体は「昇天」と呼ぶべきだが、それは特に後半部の内容によっており、前半部だけを指して「遺訓」と呼ばれる場合もあった。(シューラー、ロスト)。
2)「遺訓」のほうが「昇天」の原型であろう(クレメン)。
3)「遺訓」と「昇天」は元来別々の書物であったが、後1世紀に1冊にまとめられ、全体に「昇天」の名が冠せられた(チャールズ)。

 もとはヘブル語ないしセム語が原典で、これがギリシア語訳されたと考えられているが、現存するのは、ギリシア語を訳した不完全なラテン語訳と、わずかなギリシア語断片のみである。ラテン語テキストによって伝えられている内容は、 —
 モーセはその死を前にして、後継者ヨシュアを呼び寄せ、神のことばを伝えて励ます。そして秘義を伝える書物を手渡す(1)。
 続いてモーセは、カナン侵入・定着後のイスラエル民族の歴史を予言の形で啓示する。やがて彼らは神との契約を破って偶像崇拝に陥るであろう(2)。
 そこでバビロン捕囚が起こると、民はモーセの予言を思い起こす。バビロン捕囚は77年間続く(3)。
 その時一人の優れた人物(エズラあるいはダニエル?)が主にとりなしの祈りを献げ、神は契約を思い起こして民を憐み、王(キュロス)の心を動かして民を解放させる。民の一部はエルサレムヘ帰還し、城壁を築く。しかし帰還するのは2部族のみであり、10部族は外地に留まる(4)。
 やがて咎めの時が近づき、けがれた王たちが民を罰する。民は真理に従って分けられる。祭司ならぬ奴隷たちが祭壇をけがし、学者、教師たちが賄賂をとって裁きを曲げるに至る(5)。
 その時、「いと高き神の祭司」と呼ばれる彼らの王たち(ハスモン王朝)が至聖所をけがし、やがてさらに一人の厚顔な王(ヘロデ)が登場、暴虐をほしいままにし、34年の支配の後、子供たちを残して死ぬ。やがて西方の王(ローマのシリア州総督ウァルス)がやって来て、イスラエルを支配し、神殿の一部を焼き、礫刑を行なう(6)。
 ついに終わりの時となり、偽善者(パリサイ人?)が現れて民を苦しめて奢侈にふける(7)。
 そこで〔第二の〕(推読)罰と怒りが彼らに臨む。一人の王が現れて、割礼を受けている者を迫害する。割礼のあとを隠す者も現れ、迫害の嵐が吹き荒れる(8)。
 その時レピ族のタクソたる人物が現れる。七人の息子と共に、主の誠めを破るよりは死を望み、三日間の断食の後荒野の洞穴へ入ることを決意する(9)。
 その時、神の国が被造物のうちに現れる。異邦人は神によって滅ぽされ、イスラエルは鷲の翼に乗って神の許なる天上へと挙げられる。黙示を語り終わると、モーセは再びヨシュアを励ます(10)。
 ヨシュアはモーセなき後自分に民を導く力はない、としりごみする(11)。
 するとモーセは、すべては神の摂理(予見)の中にあること、モーセがその務めを全うできたのも、彼の徳や強さのゆえではなく、神の憐みと忍耐によることを説いて、ヨシュアが異邦人たちを滅ぽすのも、イスラエル民族の敬度深さのゆえではないことを教え、ただ神の契約と誓いを信じてひたすら神の誠を守り行なうよう勧める。この勧めの途中で写本が途切れている。

 著作年代は、前4年を上限として、おそらくは前4年以後あまり遅くない時代とされる。
(以上、日本聖書学研究所編『聖書外典疑典』別巻・補遺I(教文館、1979.11.、土岐健治の解説による)。

 以下は、ギリシア語断片の訳である。



[底本]
TLG 1201
ASSUMPTIO MOSIS
vel Testamentum Mosis
(A.D. 1)
1 1
1201 001
Fragmenta, ed. A.-M. Denis, Fragmenta pseudepigraphorum quae
supersunt Graeca [Pseudepigrapha veteris testamenti Graece 3.
Leiden: Brill, 1970]: 63-67.
5
(Q: 416: Apocalyp., Pseudepigr.)





モーセの昇天

断片集


"frag a"〔キュジコスのゲラシオス『教会史』2_17_17〕

 この書の内容をわたしたちは言おう。
 預言者モーセースはまさに往生せんとして、『モーセースの昇天』という書物に書かれているところでは、ナウエー〔=ヌン〕の息子イエースウス〔=ヨシュア〕を呼び寄せ、これと対話して、謂った。
 「神は世界の始め以前に、わたしについて、わたしが彼の契約(diatheke)の仲保者(mesites)たることを予見なさった」。

"frag b"〔キュジコスのゲラシオス『教会史』2_21_7〕

 『モーセの昇天』という書物の中で、天使長ミカエールが悪魔と対話して言っている。
 「彼〔=神〕の聖なる霊から、われわれはすべてが創造されたのである」、そしてさらに続けて言う。「彼〔=神〕の霊が、神の面前から出ると、世界ができた」。
 これは、「すべてのものは、これによってできた」〔ヨハネ、第1章3〕というのと同じことである。

"frag c"〔アレクサンドリアのクレメンス『雑録』1_23_153, 1〕

 〔エジプト人によって命名される前に〕その子供〔=モーセ〕に両親はひとつの名前をつけ、彼はイオーアケイム〔=ヨアキム〕と呼ばれた。彼はさらに、昇天の後、天において第三の名をもっていた、神秘主義者たちの主張では、それはメルキである。

"frag d"〔アレクサンドリアのクレメンス『雑録』1_23_154, 1〕

 神秘主義者たち主張では、彼は言葉だけでアイギュプトス人を亡き者にした注19)という。

"frag e"〔キュジコスのゲラシオス『教会史』2_17_18〕

 モーセの神秘的(奥義的)な言葉〔を記した〕書物の中でも、モーセ自身が、ダウィデとソロモーンについて予言している。ソロモーンについては、次のように予言した。
 「神は彼の上に、知恵(sophia)と義(dikaiosyne)と豊かな知識(episteme)とを授けられ、彼は神の家を建てるであろう」云々。

"frag f"〔アレクサンドリアのクレメンス『雑録』6_15_132, 2-3〕

 だからこそ当然なのである、モーウセースが〔天に〕引き上げられたとき、ナウエー〔=ヌン〕の息子イエースウス〔=ヨシュア〕が二人〔のモーセ〕を見たというのは、一人は天使とともにあるのを、もう一人は、山々の上、峡谷のあたりに手厚く葬られているのを。しかし、イエースウス〔=ヨシュア〕はこの光景を、カレブといっしょに霊によって上げられるときに、下方に見たのであって、両者が等しく目撃したのではなく、一方は、はるかに重いものを負っているものとして、〔他方よりも〕速く下降したのであり、他方は〔もう一方よりも〕後になって後れて下降したものとして、自分の目撃した栄光を説明した、より清浄なものとなったので、もう一方よりもより詳しく観察することができたからである、思うに、この記録(historia)が明らかにしているのは、知識(gnosis)は万人のものではないということであろう、というのは、ある人々は、聖書の身体、つまり表現法や名称を、ちょうどモーウセースの身体のように注視し、これに反し他方の人たちは、諸々の精神や、名称によって明らかにされた事柄を見抜くからである、天使たちとともにあるモーセを探究して。

"frag f"〔エピファニオス『くず籠』(異端反論)9_4_13〕

 われわれのもとまで伝えられている伝承によれば、天使たちは、聖なるモーウセースの身体を埋葬したが、〔埋葬した後で〕沐浴をしなかった、しかし、天使たちは〔モーウセースの〕聖なる身体に〔触れて〕不浄視されることもなかった。

"frag h"〔ユダの手紙九節〕

 天使長ミカエールは、モーウセースの身体をめぐって、悪魔と争って対話したとき、〔悪魔の〕冒涜に対してはあえて裁きを申し立てることをせずに、こう云った。「主がそなたを罰したもうがいい」。

"frag i"〔『ギリシア教父たちのカテナ』8「ユダの手紙註解」10〕

 山中でモーウセースが命終したとき〔ネボ山。申命紀34章〕、その身体を移すため、ミカエールが遣わされた、次いで、悪魔がモーウセースを冒漬し、彼〔=モーセ〕がアイギュプトス人を打ち殺したというので、〔モーセのことを〕殺人者と命名したのだが、天使〔ミカエール〕は彼〔=モーセ〕に対する冒漬を申し立てることをせず、「神がそなたを罰したもうがいい」と悪魔に向かって謂った。

"frag j"〔エキュメニオス『新約聖書註解』ユダの手紙9節〕

 天使長ミカエルがモーウセースの墓につかえていたと言われる。すなわち、悪魔がこれを快くおもわず、アイギュプトス人殺害のゆえをもって — モーウセース本人にその咎があったので — 、このゆえをもって、彼には名誉ある墓を受けることは赦されないと、非難をあびせたという。

2004.03.31. 訳了。

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