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back.gif砂漠の師父の言葉(主題別)13/21

原始キリスト教世界

語録集(Apophthegmata) 12

砂漠の師父の言葉
(14/21)






14.

従順(uJpakohv)について

(1.)
 師父アントーニオスが云った —。自制を伴った従順は、獣を従わせる、と。〔アントーニオス36〕

(2.)
 浄福者アルセニオスが、あるとき、師父アレクサンドロスに云った。「そなたのナツメヤシの枝を刈ってしまったら、わしとともに食事するために来なさい。だが、もし客人があれば、彼らとともに喰うがよい」。そこで師父アレクサンドロスは、きちんと、相当に仕事をした。そうして、刻限になったが、まだ枝が残っていた。そこで、老師の言葉を守ろうとして、葉をすっかり刈り終えるまで留まった。師父アルセニオスはといえば、彼が遅くなったのを知って、食事を摂った、恐らく客があったのだろうと思量したからである。師父アレクサンドロスの方は、夕方になって枝を刈り終えて帰った。そこでこれに老師が言う。「客人があったのか」。すると言う、「いいえ」。そこでこれに云った、「なぜ来なかったのか」。相手が言う、「わたしにおっしゃったからです、『おまえの枝を刈り取ってから来い』と。そこであなたの言葉を守って、来ませんでした、さきほど刈り終えたからです」。そこで老師は彼の律儀さ(ajkrivbeia)に驚嘆し、彼に言う。「そなたの聖務時祷(suvnaciV)をもするために、早く〔断食を〕終え、そなたの水を飲みなさい。さもないと、そなたの体はすぐに弱ってしまう」。〔アルセニオス24〕

(3.)
 師父アブラアームが師父アレースを訪ね、彼らが坐していると、別の兄弟が老師のところにやって来て、これに云った。「どうかわたしに云ってください、救われるためには何を為すべきでしょうか?」。するとこれに老師が言う。「下がれ、夜毎、パンと塩を食べて今年を過ごし、もう一度ここへ、そうすれば、そなたに話してやろう」。そこで彼は立ち去り、その通りにした。さて、1年が満了したので、兄弟は再び師父アレースのところにやってきた。そのとき、好都合にも師父アブラアームもそこに居合わせた。すると、老師は再び兄弟に云った。「下がれ、今年は二日に一度断食せよ」。そこで、兄弟が去ったとき、師父アブラアームが師父アレースに言う。「あなたはどの兄弟にも軽い軛を言いつけるのに、この兄弟にはこんな重荷を負わせるのはなぜですか?」。これに老師が言う。「兄弟たちは、ただ求めに来ては、また去ってゆく。この者だけは、のために言葉を聞きにやって来る — 彼は勤勉だからです — 彼に何かを云ったならば、熱心に果たします。それゆえ、わたしも彼にの言葉を話すのです」。〔アレース〕

(4.)
 コロボスの師父イオーアンネースについて語り伝えられている — スケーティスのテーバイ人の老師のもとに隠修しつつ、砂漠に住んでいた、と。ところで、彼の老師は、乾涸らびた樹木を取って来て植えて、彼に云った。「これが実を結ぶまで、毎日一瓶の水をやれ」。けれども、水は彼らのところから遠く、夕方に出かけていって、明け方戻るほどの距離があった。だが、3年後、樹木は生命を吹き返し、実を結んだ。そこで、老師はその実を取って、教会に持っていって、兄弟たちにいわく。「取れ、従順の果実を喰え」。〔コロボスの師父イオーアンネース1〕

(5.)
 師父パウロスの弟子、師父イオーアンネースについて言い伝えられている — 彼は大いなる従順さを具えていた、と。で、あるところに墓があり、そこに悪いハイエナが棲んでいた。ところが、老師が、その場所に牛の糞があるのを見つけ、イオーアンネースに、行ってそれを持ってくるように言う。相手が彼に云った。「いったいどうすればいいのでしょうか、師父よ、ハイエナの件は?」。老師の方は冗談で彼に言う。「そなたに襲いかかってきたら、これを縛って、ここに連れてくるがよい」。
 そこで、夜、兄弟はそこに出かけた、見よ、ハイエナが彼に襲いかかってきた。相手はといえば、老師の言葉どおり、これをつかまえようと飛びかかった。するとハイエナは逃げた。しかし彼はそれを追いかけながら言った。「とどまれ、わたしの師父がおまえを縛るようわたしに云われた」。そしてこれを捕えて縛った。ところで長老の方は、呵責されながら、彼を待って坐していた。すると、見よ、縛られたハイエナを連れて帰ってきた。老師はそれを見て驚いた。しかし彼を謙らせようと思い、彼を打った、いわく。「たわけ者め。このわしのところに馬鹿犬を連れて来おったな」。そして、老師はこれ〔ハイエナ〕を解き、放して逃がしたのだった。〔パウロスの弟子イオーアンネース〕

(6.)
 師父モーウセースがある兄弟に云った。「謙遜を生み、忍耐、寛容、悔悟、兄弟愛、愛をもたらす謙遜を獲得しよう。なぜなら、これらこそわれわれの戦いの武具だからである」。

(7.)
 さらに云った。「こちらへ、兄弟よ、真の従順に至れ、そこに謙遜があり、そこに強さがあり、そこに歓びがあり、そこに忍耐があり、そこに兄弟愛があり、そこに寛容があり、そこに悔悟があり、そこに愛があるところへ。愛をもつ者こそ、のあらゆる戒めを満たす」。

(8.)
 さらに云った。「断食する修道者が、霊的な師父のもとにありながら、従順と謙遜を持たない、こういう者は、何ひとつ徳を所有することなく、修道者の何たるかも知らない」。

(9.)
 さらに云った。「従順に対しては、従順がある。人がに従順であるならば、がその人に耳を貸したもう」。〔ミオース1〕

(10.)
 師父メゲティオスについて言い伝えられている — 二日ごとの食事に1つのパンを食む、と。ところで、師父シソエースと師父ポイメーンとに出会い、この件について彼らに尋ねた。すると彼らが彼に言う。「わが子よ、われわれのいうことを聞く気があるなら、日にパンの半分を喰うがよい」。彼はそのとおり実行して、平安を見出した。〔メゲティオス2〕

(11.)
 師父シルゥアーノスについて言い伝えられている — 名をマルコスという弟子をスケーティスに持っていた、と。とこで、〔その弟子は〕大いなる従順さを有し、そのうえ能筆家であった。老師が彼を愛したのは、その従順さのゆえであった。〔老師には〕他に11人の弟子がいたが、彼らは、自分たちよりも彼〔マルコス〕を愛していることで苦しんでいた。また他の老師たちも聞き及んで、悲しんだ。そこである日、老師たちは彼のところにやって来て、彼を告発した。すると、老師たちを連れて外へ出、こう言って修屋毎の戸を叩いた。「兄弟何某よ、出て来てくれ、そなたに用がある」。しかし彼らの一人として、すぐに彼に応じる者はいなかった。それから、マルコスの修屋に行って、こう言って戸を叩いた。「マルコスよ」。相手は老師の声を聞いて、すぐに跳び出してきた。そこでこれを司祭のところに使い遣った。そして老師たちに言う。「他の兄弟たちはどこにいますか、師父たちよ」。それから、彼〔マルコス〕の修屋に入り、彼の帳面を捜した。そして、彼はオーメガの字を書き始めていたが、老師のことばを聞いたので、それを書き終えるために葦の筆を動かそうとしなかったことがわかった。そこで老師たちが言う。「あなたが愛している者を、師父よ、わたしたちも彼を愛します、またも彼を愛しておられます」。〔シルゥアーノスの弟子マルコス1〕

(12.)
 あるとき、師父マルコスの母が彼に会いに下ってきた。彼女は非常に着飾っていた。老師が彼女のところに出て行った。するとこれに云った。「師父よ、わたしの息子に会うため、彼に出てくるよう云ってください」。そこで老師が中に入って彼云った。「そなたの母親がそなたに会うため、外に出るがよい」。ところで彼は古外套(Lat. cento)を着、台所のせいで煤だらけになっていた。従順さから出て来たが、その両眼を閉じ、彼らに云った。「お元気で、お元気で、お元気で」。しかし、彼らを見ようとはしなかった。彼の母親は、彼を認知できなかった。そこで、再び老師のもとにひとを遣った、いわく。「師父よ、息子に会うために、わたしの息子をわたしのところに遣わしてください」。そこでマルコスに云った。「そなたに云わなかったか。『そなたの母親がそなたに会えるよう、外に出るがよい』と」。するとこれにマルコスが云った。「あなたのお言葉どおり外に出ました、師父よ。ただ、あなたにお願いします、あなたに逆らわないですむよう、うことにならぬよう、また出て行けとは仰らないでください」。そこで、老師は外に出て、彼女に云った。「『お元気で』と言いながらあなたがたに会ったのが、本人じゃ」。そして、彼女を慰め、送り出したのであった。〔シルゥアーノスの弟子マルコス3〕

(13.)
 その生において非常に敬虔な在俗信徒がいて、師父ポイメーンのもとを訪ねた。ところが、老師のところには他の兄弟たちもくつろいでいた、彼〔ポイメーン〕の説話(rJh:ma)を聞くことを請うていたからである。そこで、老師は在俗の信徒に言う。「兄弟たちに言葉を話すがよい」。相手は願った、いわく。「どうかわたしをお赦しください、師父よ。わたしは学ぼうとおもってやって来たのです」。しかし、老師に促されて、彼が云った。「わたしは野菜を売って商売をしている信徒です、束を解いて小さな束を作り、安く買って高く売ります。もちろん、聖書について云えることは何もありません。が、警えを話します。「ある人が自分の友人に云いました。『おれは皇帝を見たいという欲望を持っているから、おれといっしょに来てくれ』。これに友人が言う。『途中までおまえのお供をしよう』。そして自分の他の友人に言う。『さあ、おまえがおれを皇帝のもとに連れて行ってくれ』。するとこれに言う。『皇帝の宮廷までおまえを連れて行こう』。さらに彼は第三の〔友人〕に言う。『おれといっしょに皇帝のところに行ってくれ』。相手が云った。『おれがおまえを気易く案内し、行こう、そして宮廷に引き上げ、堅く立ち、話し、皇帝のところにおまえを導こう』」。すると、この譬えの持つ力は何か、と彼らが彼に尋ねた。すると答えて彼らに云った。「最初の友人は、道まで案内する修行です。第二の〔友人〕は、天まで達する聖性です。第三の〔友人〕は、皇帝すなわちにまで気易く(meta; parjrJhsivaV)導く施しです」。そこで、兄弟たちは教化されて立ち去った。 〔ポイメーン109〕

(14.)
 言い伝えられている、— 師父ポイメーンのところにやって来る人がいると、先ず、これを師父アヌゥブのところに遣わした、彼が年上だからである。すると師父アヌゥブは彼らに言った。「わしの兄弟であるポイメーンのところに行くがよい、彼は言葉の賜物を持っているから」。しかし、彼処で師父アヌゥブが師父ポイメーンのそばに坐っているときには、師父ポイメーンは彼のいるところでは全く話すことはなかったのである。〔ポイメーン108〕

(15.)
 あるとき、テーベ人のひとりが師父シソエースのもとにやって来た、修道者になろうとしたのだ。すると老師は、彼が世間に誰か大事な人がいるかどうか尋ねた。そこで相手が謂った。「一人息子がいます」。すると老師がこれに言う。「行け、それをを川に投げこめ、その時こそそなたは修道者じゃ」。そこで、彼はこれ〔息子〕を投げこむために立ち去るや、老師はこれを妨げるために兄弟を遣わした。兄弟が言う。「やめよ、何をするか」。すると相手が云った。「師父がわたしに、これを投げこめと言った」。そこで兄弟が言う。「いや、改めて云われた、これを投げこむなと」。かくしてこれを後に残して、彼は老師のもとに行った。そして、その従順によって名だたる修道者になった。〔シソエース10〕

(16.)
 兄弟が師父ソーパトロスに尋ねた、いわく。「どうかわたしに戒めをお与えください、師父よ、そうすればそれを守ります」。相手が云った。「女をしてそなたの修屋に入らせるな、黙示録を読むな、偶像を崇拝するな。これは異端ではなくて私事であり、両派の諍論であるから。このことがあらゆる被造物に理解されることは不可能だからだ」。

(17.)
 彼女はさらに云った。「共住修道院にいるときは、苦行よりもむしろ従順を選びましょう。というのは、苦行は傲りを、従順は謙遜を教えるからです」。〔シュンクレティケー16〕

(18.)
 彼女はさらに云った。「わたしたちは自分の魂を、分別でもって導かねばなりません。共住修道院にいるときには、自分の利益を求めず〔1コリント13:5〕、自分の判断で仕えず、信仰に基づいて師父に従いなさい」。〔シュンクレティケー17〕

(19.)
 さらに云った。「従順は修道者の家宝である。これを所有する者は、に聞き入れられ、十字架につけられた方のもとに、気易く(meta; parjrjhsivaV)立つ。というのは、十字架につけられた主は、死に至るまで従順であられた〔フィリピ2:8〕からだ」。〔ヒュペレキオス8〕

(20.)
 老師たちは言うを常とした。「ひとが或る人に信をいだき、その人におのれを委ねるなら、の誡めに心を用いる必要はなく、自分の父に自分の意思を赦すことができ、からの告訴を持つことはない」。〔Anony290〕

(21.)
 老師たちは言うを常とした。— がキリスト教信者たちに求めるのは以下のことどもである、つまり、ひとが聖なる書に服し、言われていることを実修さるべきこととなし、嚮導者たちや正統派の師父たちに聴従すること。〔Anony388〕

(22.)
 兄弟が或る人に悪罵されたので、ケッリアの老師のもとに出かけて行って、彼に言う。「師父よ、わたしは悩んでいます」。するとこれに老師が言う。「何ゆえに?」。そこで彼に云った。「ある兄弟がわたしを悪罵し、わたしも彼に仕返しをするまでダイモーンがわたしを苦しめるのです」。するとこれに老師が言う。「わしのいうことを聞け、わが子よ、そうすればがこの受難からそなたを救ってくださろう」。そこで兄弟が約束すると、これに老師が言う。「そなたの修屋に行け、静寂を保て、そなたを悲しませた兄弟について真摯に懇願しながら」。そこで帰って、老師が彼に云ったとおりに実行した、すると1週間経たぬうちに、が彼から怒りを取り去ったのである、彼がおのれを強制した強制力と、老師に対する従順との故に。

(23.)
 スケーティスの兄弟が、刈り入れのために下ろうとして、偉大な老師を訪ね、彼に云った。「どうかわたしに云ってください、刈り入れのために下るのですが、どうしたらいいのでしょうか?」。これに老師が言う。「もしもそなたにわしが言ったら、わしに聴従するか?」。兄弟が言う。「はい、あなたのいうことを聞きます」。これに老師が言う。「わしに聴従するなら、立って、この刈り入れを放棄せよ、そうしてここへ来い、そうしたらそなたが何をなすべきかそなたに告げよう」。そこで兄弟は去って、刈り入れを断り、老師のもとにやって来た。すると彼に老師が云った。「そなたの修屋に入れ、そうして、日に1度だけそなたのパンを乾いた塩で食事して15日間を過ごせ、そうしたら再び別のことをそなたに告げよう」。そこで立ち去ってそのとおりにして、再び老師のもとにやって来た。すると老師は、彼が働き手であるのを見て、修屋ではどのように坐らなければならないか彼に告げた。そこで兄弟は自分の修屋に立ち去って、の御前に泣きながら、3日間、地に突っ伏した。そしてその後、諸々の想念が、「おまえはあげられた、偉大となった」と彼に言ったとき、当の彼が自分の弱点を自分の面前に持ち出した、いわく。「わたしの過失はいったいどこにあるのか」。そうしてさらに〔諸想念が〕彼に、「おまえは数多くの過失を犯した」とに言うと、当の彼も言った。「さぁ、に小さなお勤めをしよう、そうしたらはわたしに憐れみをかけてくださると信じる」。すると霊たちが負けて彼に現れ、はっきりいわく。「われわれはおまえに悩まされた」。彼らに言う。「何ゆえに?」。彼に言う。「われわれがおまえを高めようとすると、おまえは謙遜のなかに逃げこみ、おまえをへりくだらせようとすると、おまえは高みにのぼる」。〔Anony291〕

(24.)
 老師たちは言うを常としてていた — が新参者に対して求めるものが何もないのは、従順さに苛立つ者に対するのと同様である、と。〔Anony290, 292〕

(25.)
 ある老師が、村に住んでいる奉仕者(diakonhthV)を持っていた。ところが、一度、その奉仕者がいつもどおり出席することに遅れ、老師の用を果たせないことがあった。また、彼が遅れたことで、用事はまだしも、自分の修屋で持っていた手仕事どころではなく、何か働くこともできず、食べ物もなく、悩んで、自分の弟子に言う。「村に出かける気はあるか?」。相手が言う。「よろしければ、そうしましょう」。しかし兄弟も、躓きはすまいかと村に近づくことを怖れていたのだが、師父のいいつけに背かないために出かけることを承知した。そこで彼に老師が云った。「下がれ、わしの師父たちのを信じておる、あらゆる試練からそなたを覆ってくださると」。そうして祈りを上げ、彼を送り出した。
 さて、兄弟は村に行って、奉仕者がどこに住んでいるか尋ねまわって、見つけた。ところが、彼とその家族は、その娘一人を除いてみな村外れの墓に出払っているとわかり、彼が戸を叩いたのを、これが聞きつけた。そうして内側から開け、彼を見たとき、彼女の父親について彼女に尋ねた、すると中に入るよう熱心に勧め、引きこむばかりであった。しかし相手は断ったが、長い間強請し、打ち勝って彼を自身の方へ引き寄せた。相手は自分が放逸な欲望に圧倒されて、諸々の想念に押さえつけられかけているのを見て、嘆息してに向かって叫んだ、いわく。「主よ、わたしの師父の祈りによって、この刻にわたしをお救いください」。こう云うや、突然、修道院に行く川のほとりにいる自分を見出した。そうして、害されることなく、おのれの師父のもとにもどっていったのであった。〔Anony293〕

(26.)
 老師が云った。「救主は、その学びの初めに呵責と窮迫(stenoxuriva)を持たれた。されば、その初めを避ける者は、の知を避けた。なぜなら、文字が教育の初めとして知識を得るために子どもたちに与えられるように、修道者も労苦と呵責において従順を有することで、クリストスとの息子の共同相続人になるからである」。〔N666〕

(27.)
 師父シルゥアーノスについて言い伝えられている、— 修屋に隠れて住持していたとき、わずかなエジプト豆を持っていたが、それ〔の蔓〕で百個の篩を製品としてつくった。すると、見よ、アイギュプトスから人がやって来たが、パンを積んだ驢馬を連れていた。そして扉を叩き、彼の修屋に〔パンを〕下ろした。そこで老師は篩を取って、驢馬に積み、これを送り帰した。〔シルゥアーノス7〕

(28.)
 ある兄弟は、人世にあるとき3人の子どもを持っていたが、これらを都市に放置して、修道院に隠遁した。かくて、3年間修道院に住持したが、諸々の想念が自分の子どもたちの記憶を彼にもたらしはじめ、そのためにひどく苦しめられた。ところで、自分が子どもを持っていることを師父には打ち明けていなかった。それで彼がふさぎこんでいるのを老師が見て、彼に言う。「ふさぎこんでいるが、どうしたのか?」。そこで老師に話した、— 都市に子どもを3人持っている、それを修道院に連れて来たい、と。すると師父が許したので、都市に帰ったが、二人は永眠していたのを見出し、残った子を連れて、修道院にやって来た、そうして師父を捜すと、彼をパン焼き場に見つけたが、彼を見ると師父が彼に挨拶し、子どもを抱きあげ抱きしめて接吻し、その父親に言う。「これを愛しているか?」。相手が謂った。「はい」。するとまた云った。「これをとても愛しているか?」。そこで答えた。「はい」。するとこれを聞いて師父が云った。「取れ、燃えるよう天火の中に投げこめ」。父親は自分の子を取ると、天火のなかに投げこみ、その炎はたちまち露のようになった。かくて、族長アブラアームのように栄光を捧げたのであった。〔Anony295〕

(29.)
 そこでわたしは、—と彼が謂う、— わたしを案内する者に云った、「どうしてこの人は、より小さき者であるのに、他の人たちよりも大きな栄光を受けるのですか」。すると相手がわたしに云った。「客遇を追求する者は、自分の意志によって行動する。砂漠に生活する者も、自分の意志によって隠修した。だが、従順の心を持つこの者は、自らのすべての意志を捨てて、と自分の師父とに依り頼む。そそのため、彼は他の人たちよりも大きな栄光を受けたのである。それゆえ、おお、わが子たちよ、主のために行われた従順は美しい。聞くがよい、わが子たちよ。あなたたちは少なくとも、この徳の幾分かを持ったことになる。おお、従順はすべて信ずる者たちの救い! おお、従順はあらゆる徳の生みの女親! おお、従順は王国の発見! おお、従順は諸天を開き、人間どもを大地から引き上げる! おお、従順はすべての聖徒の乳母、彼女から受乳し、そなたを通して完全な者にした! おお、従順、天使たちの共住者!」。〔ルゥポス2〕

(30.)
 兄弟が師父イオーセープにこう言って尋ねた、— わたしは共住修道院を出て、一人で坐したいのですが」。するとこれに老師が言う。「そなたの魂が安らかになり、妨げを受けないところを見つけ、そこに坐すがよい」。これに兄弟が言う。「わたしは共住修道院においても、隠修生活においても安らかです。だとすると、あなたはわたしがどうすることをお望みですか」。232.1 これに老師が言う。「そなたが共住修道院において隠修生活においても安らかであるならば、そなたの2つの想念を天秤にかけよ。そしてどちらがより益になるかを見て、そなたの考えが傾く方を行うがよい」。〔パネポーのイオーセープ8〕

(31.)
 ある家僕が修道者となり、45年間、塩とパンと水に満足して住持した。この人物の主人が、かなり後になって自分も隠遁し、大いなる従順さを持って自分の奴隷の弟子になった。〔Anony23〕

(32.)
 師父たちの或る者が語り伝えている — アンティオケイア人の或る敬虔な学者が、或る隠遁者のもとに馳せ参じ、自分を受け容れて修道者にしてくれるよう彼に願ったところ、これに老師が言う。「そなたを受け容れることを望むなら、主の戒めどおり、『下がって、そなたの所有物をみな売り払って、物乞いたちに与えよ』〔マタイ19:21〕、そうすればそなたを受け容れよう」。そこで立ち去って、そのとおりにした。その後で、彼に言う。「口を利かないという別の戒めを守らねばならない」。相手が約束し、五年間を過ごしたが、口を利かなかった。そこで、一部の人たちが彼を栄化しはじめたが、彼の師父が彼に言う、「ここでは益されない、アイギュプトスの共住修道院にそなたを遣わそう」。そうして彼を派遣した。しかし、彼を遣わす際、口を利いてよいかどうか彼に云わなかった。それで本人は誡めを守り、口を利かないままでいた。そこで彼を受け容れた師父が、彼がもの言わずなのか否か、彼を吟味しようとして、川の増水しているときに、彼を返答に遣わした、渡ることができませんと云わざるをえないようにである、そうして、彼がどうするか見るため、その後から兄弟を遣わした。ところが、川にやって来ると、渡ることができないので、跪いた、すると、見よ、鰐がやって来て、彼を乗せて、対岸に渡した。そこで、彼の後から遣わされた兄弟がやって来て、それを見て、師父と兄弟たちに報告し、彼らは驚倒した。
 ところが、しばらくして彼は永眠してしまった。そこで師父は彼を遣わした者に説明した。いわく。「貴殿がわれわれに遣わされたのは口の利けない者どころか、の御使いであった」。このとき、隠遁者が遣わした、いわく。— 彼は口が利けないどころか、ひどくお喋りであったが、初めに拙者が彼に与えた誡めを守って、そのままであり続けたのである、と。そうしてみなの者が驚嘆し、を栄化した。〔Anony46〕

2016.04.23.

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