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原始キリスト教世界

語録集(Apophthegmata) 12

砂漠の師父の言葉(主題別)
(13/21)






103.

喜んで客遇し憐れまねばならないこと

(1.)
 師父たちの幾人かが、あるとき、パネポー〔地図参照〕の師父イオーセープのところに出かけた、自分たちのところに異邦の客として来る兄弟たちとの会談について、彼らといっしょの境位に下って、気易くする(parjrJsiavzesqai)べきかどうかを、彼に尋ねるためであった。すると、自分が尋ねられる前に、老師が自分の弟子に云った。「今日わしがしようとすることを理解し、忍ぶがよい」。そして、老師は2枚のむしろを、1枚は右に、もう1枚は自分の左に置いて、云った。「座りなさい」。それから自分の修屋に入り、古い上衣を着た。そして出て来て、彼らの間を歩いた。そして、再び中に入って、自分の上衣を着、再び出て来て、彼らの間に座った。
 彼らの方は、老師の仕草に吃驚した。すると彼らに云った。「わしが何をしたか、気づいたか?」。彼らが言う。「はい」。彼らに言う。「身にまとった安っぽいものによってわしが変わることはなかったな」。彼らが言う。「はい、変わりません」。再び老師が言う。「身にまとった美しいものによってわしが変わることはなかったな」。彼らが言う。「はい、変わりません」。そこで彼らに云った。「されば、わし自身がどちらの身なりをしようと、最初の身なりがわたしを変えなかったのと同じように、二番目の身なりもわたしを損なわなかった、兄弟たちに会うときも同様にすべきである、聖なる福音書どおりにな。をもてなすとき、聖なる福音に従って振舞わねばならない。実際、『カエサルのものはカエサルに』と謂う、『のものはに返せ』〔マタイ22:31〕。だから、兄弟たちが来たら気易く(meta; marjrJsivaV)彼らを迎えよう。しかし、一人でいるときには、〔悲嘆が〕われわれにとどまるよう、悲嘆が必要じゃ」。これを聞いた彼らは驚嘆した、というのは、彼らが彼に尋ねる前に、彼らの心にあることを彼らに云ったからであり、彼らはを栄化した。〔パネポーのイオーセープ1〕

(2.)
 師父カシアーノスが云った —。われらはパライスティネーからアイギュプトスに、師父たちの或る者を訪れた。するとわれわれを客遇して、われわれから尋ねられた。「異邦の兄弟たちを歓迎する機会に、パライスティネーでわたしたちが訪ねた際と違って、わたしたちの断食の規則を守らないのは何ゆえですか?」。すると答えた、いわく。「断食は、常にわしとともにあるが、そなたたちを常にわしとともに引き留めておくことはできぬ。たしかに断食は有用で必要なものだが、それはわれわれの選びに属する。他方、愛の達成の方は、の法が、必然的に要求するものである。されば、そなたたちの一人をクリストスとして債務者のように迎えるのだから、できるかぎりの熱心さでもってもてなさなければならない。しかし、そなたたちを送り出した後に、わしは断食の規則を取り戻すこともできよう。『たしかに、花婿の息子たちは、花婿が自分たちとともにいる間は、断食できない。が、花婿が取り去られると、その時には思い通りに断食する』〔マルコ2:19-20〕のである」。〔カシアーノス1〕

(3.)
 さらに云った —。われわれが別の老師を訪問すると、彼はわれわれを食事させた。だが、われわれが満腹しても、彼はなお食べ物を摂るよう勧めた。そこでわたしが、もう食べられないと述べると、答えた。「兄弟たちが訪ねてきたとき、わしは6度、その席を設け、めいめいの者と食事をしたが、まだ空腹だ。しかるにそなたは、一度喰って満腹したあまりに、もう喰えないのか」。〔カシアーノス3〕

(4.)
 あるとき、スケーティスで命令が授けられた —。今週は断食せよ、そして受難祭を執り行え、と。たまたま、アイギュプトスから兄弟たちが師父モーウセースを訪ねて来ていて、彼らに少しの煮物をこしらえた。すると隣人たちがその煙を見て、聖職者たちに報告した —。見よ、モーウセースが師父たちの命令を破って、自分のところで煮物をつくった、と。そこで、土曜日になったとき、聖職者たちが師父モゥセースの大いなる行住坐臥を見て、会衆の前で彼に言う。「おお、師父モーウセースよ、あなたは人間どもの命令を破って、のそれを高めた」。〔モーゥセース5〕

(5.)
 兄弟が、四旬節の第2週〔大斎〕の期間に師父ポイメーンを訪ね、自分の諸々の想念を披瀝したうえ、安らぎを得て、彼に言う。「もう少しで、今日、ここに来るのを見合わせるところでした」。これに老師が言う。「なぜか」。兄弟が言う。「わたしは猜疑したのです、恐らく、四旬節のためにわたしに戸を開けてくださらないのではないか、と」。これに師父ポイメーンが言う。「われわれが学んだのは、木の戸を閉じることではなく、むしろ舌の〔戸を閉じること〕じゃ」。〔ポイメーン58〕

(6.)
 兄弟が師父ポイメーンに云った。「わたしの兄弟に少しのパンと、何か他のものを与えると、ダイモーンどもは、この施しがあたかも人におもねるためになされたかのように、これを汚すのです」。これに老師が言う。「たといそれが人におもねるためであっても、われわれは兄弟に必要なものを与えよう」。そして、次のような警えをも云った。「二人の農夫がひとつの町に住んでいた。そのうちの一人は、種を播いた地から、小さくて汚れた果実を収穫した。ところがもう一人は種播きを怠ったので、何も収穫できなかった。飢饉が起こったとき、生きるすべを見出すのは二人のうちのどちらだろうか」。兄弟が答えた。「小さくて汚れた果実を収穫した人です」。これに老師が言う。「されば、われわれも同様、飢えで死ぬことがないよう、たとえ汚れた種でも、小さいのを播くようにしよう」。〔ポイメーン51〕

(7.)
 兄弟が彼に尋ねた、いわく。「どうかわたしにおことばをください」。これに老師が言う —。できるかぎり手仕事をして働け、必要としている者に自分で差し出すために。こう書かれているからじゃ — 憐れみと信仰とは罪を浄める〔格言13:27〕、と。これに兄弟が言う。「信仰とは何ですか?」。老師が言う。「信仰とは、謙虚さのうちに暮らし、憐れみを実行することだ」。〔ポイメーン69〕

(8.)
 兄弟がある隠修者を訪ねたが、帰りがけに彼に言う。「どうかわたしをお許しください、師父よ、あなたの規則からあなたを奪ってしまいました」。相手が答えて彼に云った。「わしの規則は、そなたに平安を得させ、平和の裡に見送ることじゃ」。〔Anony283〕

(9.)
 隠修者が共住修道院の近くに坐し、数々の行住坐臥を実修していた。さて、何人かの者たちが共住修道院を訪問することがあり、彼は刻限外に喰わざるをえなくなった。その後で、兄弟たちが彼に言う。「いま、呵責なさっているのではありませんか、師父よ」。相手が謂った。「わしの呵責があるのは、私的な意思を実行する場合じゃ」。〔Anony284〕

(10.)
 ある老師について言い伝えられている — 彼はシュリアに、砂漠への途中に住持していたが、彼の為業はこうであった。修道者が砂漠からやって来るようなときに、善き確信を持ってこれに平安を実修するを常としたのである。さて、あるとき、ある隠修者がやって来たので、これに平安を実修しようとした。しかし相手は受けることを断った、いわく — わたしは断食している、と、そこで悲しんで彼に云った。「あなたの子を等閑にしてはいけません。あなたにお願いです、わたしを無視しないでください、さぁ、こちらで祈りましょう、見よ、ここに樹木があります、膝をついて祈る〔わたしたちの〕どちらに曲がっても、その者のいうことに従うにことにしましょう」。そこで隠修者が祈るためにうなだれたが、何事も起こらなかった。しかし客遇者がうなだれると、彼につれて樹木もうなだれた。そこで彼らは確信を持って、に感謝したのであった。〔Anony285〕

(11.)
 あるとき、二人の兄弟がある老師を訪ねたが、毎日食事することはその老師の習慣ではなかったのだが、兄弟たちを見るや、喜んで、云った。— 断食は報酬を有す、他方、施しを食する者は2つの誡めを満たす、つまり、自分の意思を捨て、誡めを成就することじゃ」、そうして兄弟たちを休養させたのであった。〔Anony288〕

(12.)
 アイギュプトスの砂漠地帯に住む聖者たちに或る者がいたが、他にも彼から遠く隔たってマニ教徒がいて、彼もまた(彼らの間で長老と言われる者たちに属する)長老であった。さて、彼が自分の同族の或る者を訪問すべく出かけたが、正統派の聖人がいるところで夕刻が彼をとらえた、それで葛藤し、自分が入って眠ることを怖れた、自分がマニ教徒であることを知っていて、けっして自分を迎え入れてくれるはずがないとわかっていたからである、しかしながら、せんかたなく、戸を叩くと、老師が開き、彼を認めて、喜んで彼を迎え入れ、彼に祈るよう強請し、彼を休養させてやすませた。マニ教徒の方は、夜の間、思い返して云った。「どうしてわしに何の疑いもいだかなかったのか? この人物はほんとうにの人だ」。そうして彼の足許に身を投げだした、いわく。「わたしは今日から正統派です」、じつにそういう次第で彼とともに留まったのであった。〔Anony289〕

(13.)
 テーバイ人のある修道者は、調達(diakoniva)の恩寵をから得ていた、当てにしてくる人たちのめいめいに必要なものを手配するためである。さて、あるとき、ある村で彼が施しをすることがあったが、見よ、古い着物を着たある女が施しを受けようと彼のところにやって来た。そうして、彼女が古い着物を着ているのを見て、彼女に多くを与えようと自分の手を広げたが、彼の手は縮かんで、わずかを配給したが、見よ、美しく着こんだ別の女が彼のもとにやって来た。すると、その着物を見て、彼女にはわずかに広げたのに、彼の手は広がって、多くを配給したのである。そこで両者のことについて尋ねた、そこでわしは云った。— 美服を着た女は、語るに足る身分の出身であるのに物乞いになったが、評判(uJpolhvyiV)のために美しい着物を用いている。だが他方の女は、得るために古い着物を着ているのじゃ」。〔Anony287〕

(14.)
 ある修道者が、物乞いの在俗の兄弟を持っていて、何かと働いて得ては、これにあてがっていたが、これにあてがえばあてがうほど、ますます物乞いするのであった。そこで兄弟は出かけて行って、ある老師に事の次第を報告した。するとこれに老師が云った。「わしのいうことを聞く気があるなら、もはや彼に何も与えるな、むしろ彼に云え。『おれは持てるものをおまえにあてがってきた、さればおまえも、働いて手に入れたものから都合のつくものをわたしに持ってこい』と、そうして、何か持ってきたら彼から受けとり、異邦人や老人の物乞いと知り合ったときに、これを与え、彼のために祈りを上げるよう願うがよい」。そこで兄弟は帰り、そのとおりにした、つまり、彼の俗人の兄弟がやって来ると、老師が云ったとおりに彼に話し、〔相手は〕悲しみつつ帰ったが、見よ、1日目に、自分の菜園から小さな野菜を取って、彼のところに持って来た。そこで兄弟はそれを受け取って、老人〔?〕たちに与え、彼のために祈るよう彼らに頼んだ、そうして〔在俗の兄弟は〕祝福されると、自分の家に帰って行った。同様にしてまた、今度は野菜とパン3つを持ってきた、そこで彼の兄弟は受け取って、初めのようにした。そうして祝福されて再び帰って行った。さらに三度目にやって来て、数々の消耗品と葡萄酒と魚を持ってきた、彼の兄弟は見て驚き、物乞いたちを呼んで、彼らを休養させた。それから自分の兄弟に云った。「パンが少し必要なのではないか?」。相手が謂った。「いいや、主よ、おまえからものを受け取っていたとき、火のようにおれの家に入りこんで、それを焼きつくしたものだ。しかし、おまえから受け取らなくなって以来、はおれを祝福してくださる」。そこで兄弟は帰って、老師に出来事をすべて報告した、すると老師が彼に言う。「修道者の業は火で、入りこんだところのものを燃えあがらせるということを知らないか? 自分の労苦で施しをし、聖人たちから祈りを受けることの方が、より多く彼を益し、じつにそうやって祝福されるのじゃ」。〔Anony286〕

(15.)
 ある老師が、兄弟と共住して坐していた。この老師は憐れみ深い人であった。そうして、飢饉が起こったとき、何人かの者たちが施しを受けようと彼の門口にやって来はじめた。老師は来た者たち全員に施しを提供した。他方の兄弟が、行われていることを見て、老師に言う。「おれのパンの分け前をくれ、そうしたら、おまえの分はおまえの好きにするがいい」。老師はパンを分け、自分の分で憐れみを実修した。多衆は老師のもとに駈け集まった、誰にでも提供すると聞いたからである。そこでは、誰にでも提供するのを見て、彼のパンを祝福した。他方の兄弟は、自分の小切れを喰い尽くして、老師に言う。「他に少し小切れを持っておくから、師父よ、もう一度おれを共住者にしてくれ」。するとこれに老師が云った。「あんたの好きなようにしよう」。かくて彼らは再び共住者として坐した。ところが食糧不足〔?〕が起こり、施しを受ける必要のある人たちが再びやって来た。そんなある日、兄弟が入ると、パンが不足しているのを見た。すると物乞いがやって来て、老師が兄弟にその施しをするよう云った。相手が云った。「もうありません、師父よ」。老師が言う。「入って、捜せ」。兄弟が入ると、パン箱がパンで満たされているのを見出した。これを目にして、恐れ、取って物乞いに与えた。そうして老師の信仰と徳を知って、を栄化したのであった。〔Anony281〕

(16.)
 老師が云った — 数多くの美しい事どもを実修しているある人がいたが、邪悪な者〔ダイモーン〕が彼に、極端に小さなことに対する口喧しさを投げこんだ、彼が働いて得たあらゆる善きものらの報酬を喪失させるためである。実際、わしがオクシュリュンコスで、数多くの憐れみを実習するある長老のもとに坐していたとき、寡婦がこれに穀物を懇願してやって来た。すると彼女に言う。「袋を持って来るがよい、そなたに量ってやろう」。そこで彼女が持ってきて、〔彼は〕手で袋を確かめながら、云った。「大きいな」、そうして寡婦を赤面させたのである。これにわしが云った。「師父よ、その穀物は売ったのですか?」。彼が言う。「いいや、施しで彼女に与えたのだ」。そこでわしが彼に云った。「全部彼女に施しで与えたのなら、どうして量を確かめて、彼女を赤面させることがありましょう」。〔Anony282〕

(17.)
 師父イオーアンネースについて言い伝えられている、— ある娘の両親が亡くなり、孤児として後に残された。彼女の名はパエーシア。さて、彼女はスケーティスの師父たちのために、自分の家を宿泊所にしようと思量した。かくして、長い間、彼女は師父たちを客遇し、仕えつづけた。しかし、その後、蓄えは費やされ、不足し始めた。そういう次第で、邪道に陥った連中が彼女につきまとい、善き目標から彼女を逸脱させた。そしてついに、彼女は悪い暮らしを始めたあげく、彼女は邪淫へと堕落してしまった。
 さて、師父たちが聞いて、ひどく悲しみ、コロボス人の師父イオーアンネースに呼びかけて、これに言う、— わたしたちは、あの姉妹について、悪しき暮らしをしていると聞きました、しかし彼女は、できるとき、自分の愛をわたしたちに示してくれました。今こそわたしたちが彼女に愛を示し、彼女を救うことにしよう。そこで、彼女のところに行く労をとってもらいたい。そしてがあなたに賜った知恵によって、彼女の問題を解決してください、と。そこで、師父イオーアンネースは彼女のところに出かけ、門番の老女に言う。「そなたの女主人にわしを取り次いでくれ」。しかし彼女は彼に応えた、いわく。「もとはといえば、あんた方があの方の財産を食い潰した、それであの方は物乞いになっている」。これに師父イオーアンネースが言う。「彼女に云ってください。わたしは大いに彼女を益することができる、と」。すると彼女の童僕たちが薄ら笑いをうかべながら彼に言う。「彼女に会いたいといったって、彼女に何をしてやれるというのだ」。相手が答えた、いわく。「わたしが彼女に何かをしてやろうとしていると、どうして分かるのか」。そこで老女は上がっていって、彼のことを彼女に云った。すると娘は彼女に言う。「あの修道者たちは、いつも紅海のあたりを区別して、真珠を見つけているのだよ」。そして、身なりをきちんとしたうえで言う。「わたしのところに連れ上っておくれ」。
 さて、彼が上ってくると、彼女は先に寝床に坐った。師父イオーアンネースは入ってきて、彼女のそばに坐った。そして彼女の顔をじっと見て、彼女に言う。「何ぞイエースゥスを責めることがあるのか、こんなところに墜ちるとは」。これを聞くと、彼女は凍りついたようになった。また師父イオーアンネースは、自分の頭を垂れて、激しく泣き出した。これに彼女が言う。「師父よ、なぜ泣くのですか?」。彼は頭を起こし、また下げて泣きつつ、彼女に言う。「そなたの顔の前でサターンが戯れているのが見えるのに、どうして泣かないでいられようか」。これを聞いて、彼に言う。「悔い改めできるでしょうか、師父よ」。彼女に言う。「然り」。彼に言う。「あなたの望むところに、わたしを連れていってください」。彼女に言う。「行こう」。そして彼についてゆくべく、立ち上がった。
 ところで、彼女が自分の家のことは何も処理とか話とかすることがないことに師父イオーアンネースは注目し、かつ驚嘆した。さて、彼らが砂漠に到着したときは、もう遅い時刻になっていた。そこで、彼は砂で彼女の小さな枕を作り、十字を切ったうえで、彼女に言う。「ここに寝なさい」。そして、少し離れたところに自分の分をつくり、自分の祈りを終えてから、横になった。で、真夜中ごろ、目を覚ますと、空から彼女のところまで届く光り輝く道を目にした。そして、の天使たちが彼女の魂を運び上げているのを見た。そこで彼は立ち上がって、そばに行き、彼女の足を突いた。しかし彼女が死んでいるのを見ると、に願うため突っ伏した。すると、声が聞こえてきた、— 彼女の悔い改めの1刻は、悔い改めのために長い時間を過ごす者たちよりも、また、このような悔い改めの熱を示さない者たちよりも、遥かに受け容れられるのである、と。〔コロボスのイオーアンネース40〕

(18.)
 司祭である師父ティモテオスが師父ポイメーンに、こう言って尋ねた。「アイギュプトスに、売春して、その報酬を施し(ejlehmosuvnh)として与えているある女がいます」。すると師父ポイメーンは云った。「彼女は邪淫の中に留まらない。彼女の内に信仰の果実が見えるからじゃ」。ところで、司祭ティモテオスの母が彼のもとにやって来たことがあった。そこでこう言って彼女に尋ねた。「あの女は邪淫のうちに留まっているのですか」。すると母が言う。「ええ。自分の情人たちにみついでもいます、施しのほかにもね」。そこで、師父ティモテオスは師父ポイメーンに報告した。だが相手は云った。「彼女は邪淫のうちに留まらない」。さて、師父ティモテオスの母がまたもややって来て、彼に云った。「あの淫婦が、わたしといっしょに来ることを求めているのを知っていますか、彼女のためにそなたが祈ってくれるために?」。相手は聞いて、師父ポイメーンに報告した。これに言う。「むしろそなたが出かけてゆき、彼女に会うがよい」。そこで、師父ティモテオスは出かけてゆき、彼女に会った。すると彼女は彼を見、彼からの言葉を聞いて、打ちひしがれ、泣き、そうして彼に云った。「わたしは、今日から、に密着し、もう姦淫しません」。売春に身を任せません。そして、直ちに修道院に入り、に気に入られた。〔ティモテオス〕

(19.)
 彼女はさらに云った、— 人間どもの間に施しをすることは美しいことです。というのも、人を満足させることによって、さらにはを満足させることにもなるからです。〔サッラー7〕

2016.04.24.

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