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back.gifラウソス修道者史「解説」


原始キリスト教世界

ラウソス修道者史(1/7)






[底本]
2111
PALLADIUS Scr. Eccl.
(A.D. 4-5: Helenopolitanus)
1 1
2111 001
Historia Lausiaca (recensio G), ed. G.J.M. Bartelink, Palladio. La
storia Lausiaca. Verona: Fondazione Lorenzo Valla, 1974: 4-292.
(Cod: 29,734: Hagiogr., Hist.)





"t".
ラウソス修道者史
(Historia Lausiaca [recensio G])



Pref 1
 数多くの〔作家〕たちが、相異なった時代時代に、数多くの多彩な著作を、この人生に残してくれてきた。ある〔作家〕たちは、天上からの神授の恩寵(charis)である霊感(epipnoia)によって、信実の決意(prothesis)をもって救主の教え(dogma)にしたがう人たちの善導(oikodome)と安全(asphaleia)のために〔書き残し〕、ある〔作家〕たちは、ご機嫌取りと腐敗堕落の決意(prothesis)をもって、虚栄(kenodoxia)を渇望する人たちを慰めることに耽り、また別の〔作家〕たちは、一種の狂気と、美しきことを憎むダイモーンの活動力(energeia)のもとに、傲慢(typhos)と怒り(menis)とをもって、軽佻浮薄な人々を破滅させ、純粋無垢で清浄な教会に汚名をきせるため、愚か者たちの精神を、謹厳な行住坐臥(politeia)に対する嫌悪へと引き入れた。
Pref 2
 〔そういう著作者たちの中にあって〕卑しきわたしにも、愛学このうえなきひとよ、あなたの雅量ある言いつけ、精神の前進のための〔言いつけ〕を、謹んでお受けするのがよいと思われました。〔わたしは〕兄弟たちとの行住坐臥(politeia)、つまりは修道生活をすごすこと33年、監督職にあること20年、生は全体として〔当年とって〕56歳。〔他方〕あなたにも、〔聴くことを〕渇望しておられるので、〔よいと思われた〕のです。師父たちの物語を、男性のも女性のも、〔お聴きになるのが〕。その中には、わたしが直接会った人たち、わたしが耳にした人たち、アイギュプトス〔=エジプト〕の沙漠で、リビュエーで、テーバイ州で、シュエーネー — いわゆるタベンネーシス人たちも、この〔都市の〕支配下にある — で、わたしが格闘した相手たち、さらには、メソポタミアで、パライスティネー〔=パレスチナ〕で、シュリアで、また日没の方の諸地域、ローメー〔=ローマ〕、カムパニア、この付近の人たちの〔話を〕、あなたのためにこの書で初めから話の形で説明するのが〔よいと思われました〕。
Pref 3
 〔それでは〕厳粛にして魂を益するこの覚え書きが、忘却に対する絶え間ない薬となって、言葉なき欲望に起因する居眠りのすべて、必要不可欠なことにおける二心や狭量のすべて、性格に内在する怯懦(oknos)や意気消沈(mikropsychia)のすべて、激しやすさ、混乱、苦悩、言葉なき恐怖、そしてこの世の高慢(meteorismos)が、この書によって取り払われ、絶え間なき渇望によって、敬神の決意(prothesis)において前進しますように。あなた自身にとっても、あなたと共なる人たちにとっても、あなたの配下の人たちにとっても、最も敬神的な人たちにとっても、案内者となって。これらの達成(katorthoma)を通して、クリストスを愛する人たちはすべて神と一つになるよう駆り立てられるのです。日々、魂がこの世を去ることを心静かに受け入れて。それはこう書かれているとおりである。
Pref 4
 「この世を去ってクリストスと共にいることは、より善い」〔ピリピ1_23〕。また、「外で、あなたの仕事を整え、畑で、備えよ」〔箴言24_27〕とも〔書かれている〕。なぜなら、〔死は〕必ずやってきて、猶予をおかぬというふうに、常に死を思い起こす人は、大きく躓くことはないからである。彼は、手引きの提言を考え違いすることもなく、言い方の素人っぽさや美しさのないことを唾棄もしないであろう。なぜなら、神の教えの仕事は、賢しらに語ることではなく、真理の知識に確信をもたせることだからである。それはこう述べられているとおりである。「神の言葉のために汝の口を開くがよい」。またさらにこうも、「老人たちのいうことを逸れるなかれ、じっさい彼ら自身が祖父たちから学んだのだから」〔知恵8_9〕。
Pref 5
 そこでわたしは、神の最も愛学なる人よ、この聖句にこの部分にしたがって、数多くの聖者たちと面談しました。物好きな考え(logismos)からではなく、30日間の道程を、それも2度、やりとげ、神のために徒歩でローメー〔=ローマ〕人たちの全土を踏破し、愛神の人と面談(syntychia)するため、そうして、わたしの持たざるものをわがものとするために、よろこんで旅行の難儀に甘んじたのです。
Pref 6
 なぜなら、わたしよりもはるかにまさっている — 行住坐臥(politeia)の点でも、知(gnosis)の点でも、良心(syneidesis)の点でも、信仰(pistis)の点でも — 凌駕しているパウロスが、タルソスからイウゥダイア〔=ユダヤ〕への外国旅行の途についたのは、ペトロス〔=ペテロ〕やイアコーボス〔=ヤコブ〕やイオーアンネース〔=ヨハネ〕との面談(syntychia)のためです。そして、自慢話のかっこうで、自分の労苦を記録して、怯懦(oknos)や怠惰(agria)と共に生きている人たちを奮い立たせるために、こう云っています。「ケパを訪ねて、ヒエロソリュマ〔=エルサレム〕にのぼった」〔ガラ1_18〕。徳の噂〔を耳にすることだけ〕に満足することなく、彼の姿との面談(syntychia)をも渇望したのです。わたしは、それをなすためなら、1万タラントンの負債者として負債を負う方がどんなにましであったことか。彼らに善行を施すのではなく、わたし自身を益するのですから。
Pref 7
 というのも、師父たち — アブラアム〔=アブラハム〕やこれに続く人たち、つまりモーセース〔=モーセ〕、エーリアス〔=エリア〕、イオーアンネース〔=ヨハネ〕 — の生涯を書きあげた〔作家〕たちは、この人たちの栄光を讃えるために語ったのではなく、読者を益するためでもあったのだから。
 されば、このことを知って、クリストスの最も忠信なる僕たるラウソスよ、あなた自身を戒めて、わたしたちの無駄口に我慢しなさい。敬神的な考え(gnome)を護るために。この〔考え(gnome)〕は、さまざまな悪徳 — 眼に見えるものも眼に見えないものも — に翻弄されるように生まれついているのですから。ただ〔この考え(gnome)は〕持続的な祈りと私業(idiopragmosyne)によってのみ静穏となることができるのですが。
Pref 8
 というのは、兄弟たちの多くは、労苦や施しを得意がり、独身生活とか処女生活を自慢し、神的な語録の朗読(melete)や著述に自信を持ったために、ためらうことなく無心(apatheia)から逸脱したものである。〔彼らは〕敬神のふりをすることで、一種の気忙しさ(philopragmosyne)の病にかかり、この〔病〕からお節介(polypragmosyne)とか悪行(kakopragmosyne)とかが産まれ、〔これが〕美しい行い(kalopragmosyne)、すなわち、私業(idiopragmosyne)の母親、を追い出してしまうからである。
Pref 9
 されば、わたしは勧告したい。男らしくせよ、富を増やすな。これこそはあなたの行ってきたことにほかならない。必要のある人たちに分配することで、〔あなたは〕自発的にそれ〔富〕を減らしてきたのだから。富によって徳に仕えるために。一種の衝動や無理性な予断によって、ご機嫌取りのために、選び〔自由意志(proairesis)〕に誓約という足枷をはめてはならぬ。それは、あたかも、喰ったり飲んだりしないことに対する栄誉愛(philodoxia)から喧嘩腰になり、自由意志(autexousion)を誓約の必然に隷属させて、それによって今度は逆に、哀れにも、愛生(philozoia)や懈怠(akedia)や快楽(hedone)に打ち負かされて、偽誓をを苦しんで産むようなものだから。されば、道理(logos)によって食事をとり、道理(logos)によって自制するなら、あなたはけっして罪を犯すことはないであろう。
Pref 10
 なぜなら、わたしたちの内に動くものらの言葉(logos)は神的であって、害するものらは追い払い、益するものらは招き寄せるからである。なぜなら、「義しい人のために律法は定められてあるのではない」〔Iテモ1_9〕からである。なぜなら、言葉(logos)をもっての飲酒は、傲慢(typhos)をもっての飲水よりも、善いからである。そして、どうか、言葉(logos)をもって酒を飲む聖なる人士に注目し、また、言葉(logos)なしに水を飲む冒涜的な人たちに〔注目して〕いただきたい。そうすれば、もはやあなたは物質(hyle)を非難したり称賛したりなさるまい、そうではなくて、物質を美しく用いたり悪く用いたりする人々の考え(gnome)を浄福視し、あるいは卑しむがよい。かつて、イオーセープ〔=ヨセフ〕がアイギュプトス〔=エジプト〕人たちのもとで酒を飲んだが、正気(phrena)を害されることがなかったのは、考え(gnome)において安全だったからである。
Pref 11
 また、ピュタゴラス、ディオゲネース、プラトーンも飲水主義者であった、この中にはマニ教徒や、そのほか自称哲学者たちの一団がふくまれるが、放縦(akolasia)に駆り立てられて軽挙妄動したあまりに、神を知らず、偶像を礼拝する始末であった。さらにまた、使徒ペテロ派の人たちも、葡萄酒の必要性に手を出した結果、彼らの先生、すなわち当の救主自身が、この〔聖餐の〕摂取をめぐって悪罵されることになった。すなわち、イウゥダイオイ〔=ユダヤ〕人たちはこう言ったのだ。「あなたの弟子たちはなぜ断食しないのか。イオーアンネース〔=ヨハネ〕の〔弟子〕たちでさえしているのに」〔マルコ2_18〕。さらにまた、弟子たちに悪罵を浴びせて言った。「あなたがたの先生は、取税人たちや罪人たちと共に食いかつ飲む」〔マタイ9_11〕。しかし、彼らが非難攻撃したのはパンや水に対してではなく、明らかに、御馳走や酒に対してであろう。
Pref 12
 さらに、飲水主義を言葉なしに(alogos)賛嘆し、飲酒主義を非難する者たちに、救主は言った。「イオーアンネース〔=ヨハネ〕は義の道に入った。食いもせず、飲みもせずに」 — 明らかに肉(krea)と酒のことである、ほかのものなら、生きることはできないから — 「そして彼らは言う。『ダイモーンのようなものに憑かれている』と。人の子がやってこられて、食べかつ飲まれた。すると彼らは言う、『見よ、やつは食をむさぼる者にして大酒飲み、取税人たちや罪人たちの友だ』と」〔マタイ1118-19〕。食べかつ飲むからである。しからば、わたしたちはどうしたらいいのか。非難する連中にも称賛する連中にも付き従わないようにしよう。むしろ、イオーアンネース〔=ヨハネ〕と共に、言葉(logos)にしたがって断食しよう。たとえ「ダイモーンのようなものに憑かれている」と言おうとも、あるいは、イエースウスと共に知恵によって飲酒しよう。たとえ、「見よ、やつらは食をむさぼる者にして大酒飲み」と言おうとも、身体が必要とするなら。
Pref 13
 なぜなら、摂食(brosis)も絶食(apoche)も、真実には、大したことではない。〔大事なのは〕愛によって働きへと展開する信仰である。なぜなら、どんな行為にでも信仰が随伴すれば、信仰によって食いかつ飲む人は、有罪とされることがないからである。「すべて信仰によらないことは罪である」〔ロマ14_23〕。いや、過ちを犯した人々のうちのどんな人であれ、信仰によって摂食したとか、言葉なき確信によって、つまりは、腐敗堕落した良心(syneidos)にしたがって別の何かをなしたと述べたとき、救主は諫めて言われた。「あなたがたはその実によって彼らを識別する(epignosesthai)であろう」〔マタイ7_16〕。言葉(logos)にしたがって、つまり、良心(synesis)にしたがって行住坐臥をする人たちの実は、神的な書簡によれば、「愛(agape)、喜び(chaka)、平和(eirene)、寛容(makrothymia)、慈愛(chrestes)、善意(agathosyne)、忠実(pistis)、柔和(prautes)、自制(enkrateia)」〔ガラ5_22〕だということは、一致承認されているところである。
Pref 14
 なぜなら、パウロスが自分で言っている。「霊の果実とは」〔ガラ5_22〕云々。しかし、こういった果実を得ることに真剣な人が、言葉なく(alogos)、あるいは目的なく、あるいは時機を失して、肉を食さず、酒も飲まず、何らかの悪しき良心と共生するなら、またもや同じパウロスがこう言った。「すべて競技する者は何ごとにも節制する」〔Iコリント9_25〕。肉が健全なら、肥満させるものを控えるが、〔肉が〕病弱であるとか、苦痛であるとか、あるいは痛苦や惨禍に見舞われているとかいった場合は、苦しんでいる人たちを癒すために、食べ物や飲み物を薬として必要とするだろう。その一方で、魂を害するもの、つまりは、怒り(orge)、妬み(phthonos)、虚栄心(kenodoxia)、懈怠(akedia)、言葉なき悪口(katalalia)と猜疑(hyponoia)を控え、主に感謝する。
Pref 15
 さて、この点はけりがついたことに満足して、あなたの愛学(philomatheia)に今度は別の勧告(paraklesis)を付け足そう。何の益もない人たちや、皮膚をちぐはぐに飾り立てる人たちとは、たとえ彼らが正統派であっても、面談(syntychia)を可能なかぎり避けなさい。まして異端者たちはいうまでもない。彼らは偽善(hypokrisis)によって害するからである。たとえ、灰色の髪あるいは皺によって長い時を這いずっていようとも。たとえ、性格の良さ(eugeneia)のおかげで、彼らから何ら害されことがなくても、とにかく詰まらぬことで増長させられ、連中を笑いものにすることで大得意となり、それこそがあなたにとっての害となる。だから、光がいっぱいの窓辺に、男性・女性と敬虔な面談(syntychia)を求めなさい。そうすれば、彼らによって、かすかな文字で書かれた書物のように、あなたの心(kardia)をもはっきりと見ることが出来るのです。この比較によって、あなたのずぼらさ(rhathymia)や無頓着さ(ameleia)を資格審査することができるのですから。
Pref 16
 なぜなら、灰色の髪の毛の間に咲き出る〔彼らの〕顔の色、衣装の着こなし、言葉の謙虚さ(atyphia)、畏敬の念のこもった言いまわし、思想の優美さ、〔これらが〕たとえあなたが懈怠(akedia)におちいっても、あなたを力づけてくれるであろう。「男の装い、足取り、歯の笑いは、彼の人柄を告げる」〔Eccli.19_27=LXX Sir.19_30〕とは、『知恵の書』が言うとおりである。
 それでは、話を始めよう。諸都市にある人たちはもとより、村々あるいは沙漠にあって文書(logos)では知られていない人たちをも、あたのために省かないようにしよう。なぜなら、求められているのは、彼らがどこに住んでいたかという場所(topos)ではなく、選び(proairesis)の仕方(tropos)なのだから。


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1."t".
第1話 イシドーロスについて
1.1.
 アレクサンドレイア人たちの都市に、初めて足を踏み入れたのは、大王テオドシオス〔テオドシオス1世。在位379-395年〕の第2治世の年〔388年〕であった。この〔大王〕は、クリストスに対するその信仰ゆえに、今は天使たちの中に列している。この都市でわたしが巡り会ったのは、あらゆる面で驚嘆すべき人物 — 性格においても知識(gnosis)においても飾られた人、長老イシドーロスであった。彼はまたアレクサンドレイア人たちの教会の外来人歓待者(xenodochos)でもあった。この人は、若き日の最初の格闘(athla)を、沙漠においてはたしたと言われていた。現に、彼の僧坊をも、わたしはニトリア山中に見学したことがある。さて、わたしがこの人に出会ったとき、70歳の老人になっていたが、彼はなお15年生きながらえ、平安のうちに命終した。
1.2.
 この人物は、まさに最期のときまで、巻頭巾(phakiolion)のほかは亜麻布(othone)を身にまとわず、風呂に接することなく、肉(kreas)を摂らなかった。この人物は、貧弱な身体(somation)を〔神の〕恩恵によってあまりによく鍛えられていたので、彼の生活ぶりを知らない人たちは皆、彼が贅沢に暮らしていると想像したほどである。この人の魂の諸徳を、詳しく話そうとすれば、わたしは時間が足りないであろう〔ヘブル11_32〕。彼はあまりに人間愛にあふれ、平和的な人だったので、彼の敵である不信心な者たちでさえも、あまりの慈悲深さ(chreston)に、彼の影をも畏敬したほどである。
1.3.
 聖なる諸書ならびに神的な諸教義(dogmata)について深い知識(gnosis)を有していたので、兄弟たちとの饗宴のさなかにも、精神(dianoia)が脇に逸れ、ぼんやりしたほどであった。そして、忘我(ekstasis)のさまを話すようせがまれると、彼はこう言った。「精神的に外遊していました。一種の観想(theoria)にさらわれて」と。
 わたしも、この人がしばしば食卓についているときに涙するのを知っている。そして、落涙の理由を尋ねると、彼がこう言うのを聞いたことがある。「無理性的(alogos)な食い物を摂るのが恥ずかしいのです。理性的(logikos)な存在でありながら、クリストスからわたしたちに与えられた自由(exousia)のおかげで、贅沢の楽園で過ごすことが務めでありながら」と。
1.4.
 この人物が、ローメー〔=ローマ〕の元老院全体、ならびに、最高権力者たちの妻たちによく知られるようになったのは、最初〔340年〕は監督アタナシオスといっしょに、次には監督デーメートリオスといっしょに、上洛したときからで、富は有り余り、豊かになったにもかかわらず、命終するとき、遺言を書かず、貨幣を残さず、自分の肉親の姉妹たち — 処女であった — に品物を残さなかった。いや、むしろ、クリストスに彼女たちを預けて、こう言ったのである。「そなたらを創造なさった方が、そなたらの命を取りはからってくださるであろう、わたしと同様に」と。彼の姉妹といっしょに、70人の処女たちの組織が存在した。
1.5.
 この人物は、若いわたしが彼のもとに通い、修道生活の教えを乞うたとき、〔わたしの〕年齢がまだ血気にはやり、言葉ではなく、むしろ肉の労苦に欠けていたので、あたかも若駒調教師のように、わたしを都市の外に、5里(semeion)離れた、いわゆる隠修所(eremika)に〔ドーロテオスに引き合わせるため〕導いたのであった。

2."t".
第2話 ドーロテオスについて
2.1.
 さて、〔イシドーロスは〕わたしをドーロテオスという人に引き渡した。〔このドーロテオスという人は〕テーバイ人の修行者で、60年間を洞窟の中で過ごした人である。この人のもとで、諸々の苦患(pathos)の調教のために、3年間をまっとうするよう〔イシドーロスは〕命じた。この老人が、難行苦行(skleragogia)の生活を送っていることを知っていたからである。そして、修行したら、霊的教授のために、再び自分のもとへもどってくるようにと〔命じた〕。けれども、わたしは3年をまっとうすることができなかった。病気にかかって、かくて3年経つ前に、彼のもとを去った。たしかに、彼の生活ぶりは乾燥し、干涸らびきったものであった。
2.2.
 例えば、日がな一日中、炎熱のさなか、海沿いの沙漠で石を拾い集め、これをたえず積み上げて僧坊を造り、住むことのできぬ者たちに提供するのだが、1年に僧坊ひとつずつを完成させていた。そこで、あるとき、わたしは彼に尋ねた。「どういうおつもりですか、父よ、これほどの老齢ですのに、こんな炎熱のさなか、あなたの老躯(somation)を殺そうとなさるのは?」。彼は答えてこう言った。「これがわたしを殺し、わたしがこれを殺す」。じっさい、彼が食するのは、麦6ウンキア〔約16グラム〕と、ちょっとした野菜の束、飲むのはそれ相当の水であった。神を証人として、わたしは彼が足を伸ばし、茣蓙の上や、寝椅子の上で眠ったということを知らない。いやそれどころか、夜中じゅう座ったまま、生活の資に、ナツメ椰子の葉で縄をなっていたのである。
2.3.
 そこで、わたしのためにそんなことをするのだと猜疑して、彼の他の弟子たち — 自分の判断で留まっていた人たち — にも問いただしてはっきりしたのは、若いころからこれを行住坐臥(politeia)としており、いまだかつて、それと意識して眠ったことがないということ、ただし、仕事中とか食事中に、眠りにとりつかれて眼を閉じ、その結果、眠気に圧倒されて、食っている最中に、彼の口から食べさしが落ちることもしばしばだったということ、である。そこで、わたしが、彼に一度、茣蓙の上で休むようせがんだところ、彼は心中傷ついて言った。「天使たちを、眠るよう説得できるなら、篤信者(spoudaios)をも説得できるだろうよ」。
2.4.
 あるとき、第9刻ごろ、第9刻の食事のために、彼の井戸で水瓶(kados)を満たしてくるよう、わたしを使いに遣ったことがある。折悪しく、わたしが出てみると、コブラが[井戸の]底にいるのを目撃したので、もはや水を汲むのはやめて、もどって彼にこう言った。「わたしたちはおしまいです、師父よ。井戸の中にコブラがいるのを見たのです」。すると、相手は厳かに微笑しながら、しばらくわたしを見つめ、そして頭を振りながら言った。「もしも、井戸という井戸に、ヘビやカメが発生したり、水源に落ちたりするのがよいと悪魔に思われたとしたら、そなたは絶対に飲まないままでいるつもりなのか?」。そうして、外に出ると、自分で水を汲んで、断食の身ながら、最初に味見をして云った。「十字架の行き渡るところ、いかなる悪も強くはないのです」。

3."t".
第3話 ポタミアイナについて
3.1.
 この浄福のイシドーロスは、冥福者〔=故〕アントーニオスと面識のある人で、この人から聞いたとして、書くに値することをわたしに話してくれた。つまり — 迫害者マクシミアノス〔在位、286-305、306-08〕の時代に、ポタミアイナと、そう呼ばれる女性がいた。彼女はこの上なく器量よしの乙女だったが、身分はある人の奴隷女であった。この彼女を、彼女の主人があれやこれやの約束事をもって誘惑したが、口説くことができなかった。
3.2.
 しまいには、狂ったようになって、彼女をアレクサンドレイアの当時の総督(eparchos)に引き渡し、クリストス信者にして、時めく人たちや王〔皇帝〕たちを、弾圧者として呪ったとして、金銭を使って、彼女を密告したのであるが、そのさい、「わしのもくろみを認めるなら、彼女を無罪として守ってくれ」と、彼〔総督〕を唆していた。だが、あくまで片意地を通すなら、彼女を罰し、生きながらえて自分の乱行(asotia)を嘲笑することのないようにすることを頼んだ。
3.3.
 かくて、壇の前に引き出され、さまざまな責め具で、考え(gnome)の櫓を攻撃された。攻め道具の中には、瀝青の満たされた大釜もあり、裁判官はこれに火を入れるよう命じた。かくて、瀝青が煮えたぎり、激しく燃えあがりだすと、彼女に提案した。「立ち去って、おまえの主人の望みに従うか。さもなければ、釜の中におまえが封じ込められるよう命じてやるのを知ることになろう」。すると彼女は答えて言った。「裁判官ともあろう人が、乱行(asotia)に従うよう命じるなどということは決してないでしょう」。
3.4.
 そこで彼〔裁判官〕は狂ったようになり、彼女をひんむいて釜の中に放りこむよう命じた。すると彼女は声をあげてこう言いはなった。「あなたが恐れているあなたの王の頭にかけて、もしもわたしがこんなふうに罰せられるのがあなたの判決なら、わたしを釜の中に少しずつ浸けるよう命じなさい、そうすれば、あなたの知らぬクリスト様は、どれほどの忍耐力(hypomone)をわたしに授けてくださっているかを知るでしょう」。そのとおりに、少しずつ、一刻の時間をかけて浸けられ、瀝青が彼女の首のあたりに達したとき、彼女は息絶えた。

4."t".
第4話 ディデュモスについて
4.1.
 ところで、アレクサンドレイア人たちの教会には、完徳した善男善女が数多おり、彼らこそ、柔和な人たちの地〔を受け継ぐ〕にあたいする人たちであった。著述家ディデュモスもその中の一人であるったが、彼は失明していた。わたしは10年間に、都合4回、断続的に、彼との面談(syntychia)を持つため、彼のところに出かけていった。というのは、彼は85歳で亡くなったからである。この人が失明したのは、みずからわたしに話してくれたところでは、4歳の時に視力を失ったためで、以後、字も習わず、教師たちのもとにも通わなかった。
4.2.
 〔ところが、それはいいことだった〕というのは、自然の強力な教師 — つまり自分の良心を持っていたからである。この人物が知識(gnosis)の恩寵に飾られた様たるや、話では、「主は盲人たちを賢くされる」〔詩編146_8〕という聖句は彼においてまっとうされたという。たしかに、旧約聖書と新約聖書を、一語ずつ解釈してみせた。また教義(dogmata)に対する細心ぶりたるや、緻密かつ確実にその説明を加え、古の人たちをすべて、その知識(gnosis)において凌駕していたほどである。
4.3.
 あるときのこと、彼の僧坊で、わたしに祈祷をするよう求めた。わたしが断ると、彼はこう話して言った。「この僧坊に、浄福のアントーニオスがわたしを訪ねて3度入ってきた。そしてわたしから[祈祷をするよう]頼まれると[すぐに]僧坊の中に跪き、わたしに言葉を2度かけさせることなく、聴従(hypakoe)の意を行動によってわたしに教えた。だから、行住坐臥(politeia)の足跡を踏むつもりなら、徳のために外遊して修道しているからには、言い勝つことは横に置きなされ」。
4.4.
 また、こういうこともわたしに話してくれた。「惨めな王イウゥリアノス〔背教者ユリアヌス。在位、361-363〕の人生について、彼が迫害者であることにわしは思いをめぐらせていたが、ある日、悩まされ、その思いのせいで、夜遅くまで、パンも食わず、円堂の中にわたしは座ったまま眠りに落ちたが、忘我の中で、白馬たちが乗り手とともに駆け抜けながら、触れているのをみた。『ディデュモスに告ぐ、本日7刻、イウゥリアノスは死す。されば、起きて食え。そして手紙を書け』と彼らは言った、『監督アタナシウスに〔宛てて〕、彼もまた知るために』と。
 そこでわしは」と彼は言った、「年と月と日と7刻を印したが、はたしてそのとおりになったのだ」。

5."t".
第5話 アレクサンドラについて
5.1.
 彼はまた、名をアレクサンドラというひとりの女奴隷についてもわたしに話してくれた。彼女は国を後にして、塚(mnema)の中に自らを閉じこめ、必要なものは壁穴を通して受け取り、女たちとも男たちとも、10年間にわたって面と向かって面談することはなかった。10年目になって、身なりを整えて眠った。「いつもの女がやってきたが、返答がないので、われわれに報せた。そこでわれわれが扉を押し破って入って、彼女が永眠しているのを見つけた」。
5.2.
 彼女については、三倍浄福なメラニオン〔=老メラニオン〕 — この女性については後の章〔第46話、第54話〕で語るつもりだが — もこう言っている。「肉眼で彼女を見たことはないけれど、壁穴のそばに立って、塚の中に自らを閉じこめた理由を言うよう頼んだことがある。すると彼女は、壁穴越しに、声を出してわたしにこう言ってくれた。『ひとはわたしのせいで心を傷つけられる。だから、ひとを苦しめているとか反目しているとか思わないですむように、生きたまま塚の中に自分を引きこもることを選んだのです。魂を神の似像(eikon)にたいして躓かせられるよりは』。
5.3.
 さらにわたしが」と彼女〔メラニオン〕は謂う、「それでは、誰とも面談せずに、どうやって懈怠(akedia)と拳闘して制圧するのですか?」。彼女はこう云った。「早朝から、9刻まで、刻々に祈ります、麻糸を紡ぎながら。しかし残りの刻は、聖なる族長たちや予言者たちや使徒職や血の証人〔殉教者〕たちを心に訪ねまわります。そして、他の時は、わたしの一口の食べ物を食べながら、堅忍してじっと待ちながら、よき望み(elpis)をいだいて終末(telos)を受け容れるのです」。

6."t".
第6話 裕福な処女について
6.1.
 ところで、この物語集においては、軽蔑される生き方をした人たちをも省略しないことにしよう。成功者(katorthokos)たちの称賛と、読者たちの安全のために。
 アレクサンドレイアに、恰好は謙虚だが、心根(proairesis)は不遜(sobara)なひとりの処女がいた。途方もないぐらい金銭に富んでいたにもかかわらず、外人に1オボロス恵むことなく、処女に、教会に、貧乏人に〔恵むことがなかった〕。師父たちの度重なるいさめ(nouthesia)にもかかわらず、彼女は物欲(hyle)から身を引き離さなかった。
6.2.
 ところで、彼女には親類もいて、その中から、自分の妹の娘を養女に迎え、自分のものはこれに〔譲る〕と、夜も昼も公言していた。天上への渇仰(pothos)から転落していたからである。これこそは、悪魔の一種の迷妄であって、〔悪魔は〕同族愛と見せかけて、強欲(preonexia)をうむ陣痛を用意するのである。
 つまり、〔悪魔が〕心にかけるのは、親族のことではなくて、兄弟殺しや母親殺しや父親殺しの罪を犯すことだということは、一致承認されているところである。
6.3.
 いや、たとえ親類のことを心配しているように思われても、そうするのは同族への好意からではなくて、魂を不正で飾るためである。それは、こういう表明を知っているからである。「不正な者たちが神の王国を嗣ぐことはない」〔第1コリント6_9〕。これに反し、神的な知慮(phronesis)に動かされる人は、自分の魂をないがしろにせず、同族にも、足らざることろがあれば、慰め(paramythia)を与えることができる。ただし、自分の魂全体を、同族への心配事で踏みにじる人は、律法(nomos)の支配下にはいる。自分の魂を虚しいものと思い計るからである。
6.4.
 しかし、聖歌作者は、畏れをもって魂の配慮をする人たちについて、こう歌っている。「主の山に登るべき人は誰か」〔詩篇24_3〕。それは稀だという代わりに。「その〔主の〕聖所に立つ人は誰か。手が清く、心(kardia)が清浄にして、虚しいことに自分の魂〔の望み〕をかけない人である」〔詩篇24_3-4〕。こういう、虚しいことにそれ〔魂の望み〕をかけない人たちとは、諸徳をゆるがせにしない人たちにほかならない。それ〔魂〕は肉身(sarkion)によって分解されると彼らは考えるからである。
6.5.
 この処女に対して、その強欲(pleonexia)を軽減するために放血治療を施そうとしたのが、言われているところでは、至聖マカリオスであったという。〔マカリオスは〕長老にして、足萎え手萎えたちの救貧院(ptocheion)の院長(aphegoumenos)で、次のような芝居を考え出した。すなわち、彼は若いころ宝石彫刻師(kabidarios)と言われる石工であった。そこで、出かけていって彼女に言う。「エメラルドとかサファイアといった必需の石がわたしの手に入りました。ただ、発掘物なのか盗品なのか、わたしは言うことができません。値段は付いていないのです。値段がないほど高価なので。しかし、所有者はこれらを貨幣500枚で売るでしょう。
6.6.
 もし、それら〔の宝石〕を入手するのがよいとあなたに思われるなら、ひとつの石から貨幣500枚の利潤をあげられるでしょう。そして残りは、あなたの姪の飾りに使えるでしょう」。
 処女は、ぶらさげられた〔餌〕にそそのかされて、彼の足許に身を投げ出し、「あなたの足にかけて」と言う、「誰かほかの人がそれら〔宝石〕を手に入れないようしてください」。そこで彼は彼女にこう勧めた。「わたしの館まできて、それをご覧なさい」。しかし彼女は断って、貨幣500枚を彼の前に投げ出して言う。「お好きなように〔使って〕、それら〔宝石〕を入手してください。わたしは売る人に会いたくありませんから」。
6.7.
 そこで彼は貨幣500枚を受け取って、救貧院の必要経費に使った。やがて時がたち、この人物は、神を愛する人にして慈悲深い人物として、アレクサンドレイアにおいて大いなる評判をとったと思われた。100歳まで盛りにあり、わたしたちも彼と同時代人となったからである。そのため、〔彼女は〕彼に思い出させることを用心していた。とうとう、教会で彼を見つけ、彼に言う。「あなたにお願いです、わたしたちが貨幣500枚をはらったあの〔宝〕石を、どうなさいましたか」。
6.8.
 すると彼が答えて言った。「あなたが与えたときから、黄金がわたしのもとにあります。〔宝〕石の代金にこれを支払いました。それら〔宝石〕を来てごらんになりたければ、施療院(ospition)に、というのは、そこに置いてあるものですから、来てごらんになってください。もしあなたの気に入るなら、あなたの黄金を受け取ってください」。
 そこで彼女は喜び勇んで出かけていった。ところで、その救貧院は、上階に女部屋があり、下階に男部屋があった。さて、彼女を案内して、塔門を入り、彼女に言う。「最初にどれをごらんになりたいですか。サファイアか、それともエメラルドか」。
 彼に彼女が言う。「あなたによいと思われる方を」。
6.9.
 彼は彼女を上階に連れて行き、彼女に手萎え足萎えの姿をした不具の女たちを示し、そして彼女に言う。「見よ、これがあなたのサファイアたちです」。そして今度は彼女を下に連れており、彼女に言う。彼女に男たちを示して、「見よ、エメラルドたちです。もしあなたの気に入るならば、あなたの黄金を受け取られよ」。
 すると、くだんの女は顔をそむけて出て行き、帰宅したが、神にしたがって事をしたのではなかったため、数多の苦悩のせいで病気になった。〔しかし〕後になって、世話をした乙女が結婚後、子なきまま亡くなったとき、長老に感謝したのであった。

7."t".
第7話 ニトリアの〔修道者〕たちについて
7.1.
 さて、アレクサンドレイア近隣の修道者たちと面談し、ともにすごすこと3年。最美にして篤信このうえない彼らは、その数およそ2000人であった。〔3年すごしてから〕わたしは隠棲すべく、ここからニトリアの山に赴いた。この山とアレクサンドレイアとの中間に、マリア湖と呼ばれる湖がある。〔その大きさ〕里程70。この湖を航行すること1日半にして、山の南中部にたどりついた。
7.2.
この山沿いには沙漠が、アイティオピア、マジコイ、マウリタニアまで広がっている。山中に居住する者およそ5000、めいめいが可能な仕方で、また、望むところにしたがって、さまざまな行住坐臥(politeia)を営んでいる。その結果、単独でも、2人でも、多数でも〔暮らすことが〕できるようになっている。この山には、7軒のパン屋があり、この人たちと、また、大沙漠に隠棲した人たち — 600人 — にも奉仕していた。
7.3.
 さて、この山に1年間逗留して、大アルシシオス、トゥトゥバステス、アシオーン、クロニオス、サラピオーンといった浄福な師父たちから大いに益され、また、この人たちから〔聞いた〕師父たちについての話に刺激されて、沙漠の最深部に分け入った。
 このニトリアの山には、大きな教会があり、ここに3本のナツメヤシの樹が立っており、おのおのに鞭がぶらさがっていた。そのひとつは、罪を犯した修道者たちのためのもの、ひとつは、盗賊たちが襲撃してきたときのためのもの、ひとつは通りがかった人たちのためのものである。そのため、罪を犯して鞭にあたいすると非難された者たちはみな、ナツメヤシを抱きかかえ、背中に所定の〔鞭を〕受けた上で、しかる後に解放された。
7.4.
 また、この教会には、接待所(xenodocheion)が付属しており、ここに到来した外国人は、自己選択で出てゆくまで、2年であろうと3年であろうと、全期間歓迎される。しかし、7日間は、彼は何もしなくても許されるが、それ以降の日々は、菜園であれパン屋であれ、台所であれ、仕事場で忙殺される。ただし、重要人物の場合は、これに書物を与え、1刻の間誰とも会うことを彼に許さない。この山には医者たちも菓子職人たちも暮らしている。さらにはまた酒も用い、酒も売られている。
7.5.
 ここの人たちはみな手で亜麻布を製作し、その結果、全員が自給自足である。じっさいのところ、第9刻ころには、立ち止まった人は、讃美歌の歌声がそれぞれの僧院からいかほど流れ出てくるかを聞くことができ、あたかも天上の天国にいると思えるほどである。そして彼らが教会を占めるのは土曜と主の日のみである。また、 この教会の先達は8人の年長者で、第一位の年長者が存命中は、他の者は誰も勤行(prospherein)、談話(homilein)、裁き(dikazein)をせず、彼のそばに静かに座っているだけである。
7.6.
 このアルシシオスおよび彼とともに他の多くの長老たちは、これを私たちは見てきたのだが、浄福なアントーニオスの同時代人である。その中に含まれるニトリア人アムウンも知っていると彼らは話していた。アムウンの魂が引き上げられ、天使たちによって道案内されるのをアントーニオスが見たのである。
 この〔アルシシオス〕は、タベンネーシス人パコーミオス — 預言者で、3000人の大修道院長(archimandrites)であった — をも知っていると言っていたが、彼〔パコーミオス〕については後で話すことにしよう。

8."t".
第8話 ニトリア人アムウンについて
8.1.
 アムウンは次のような仕方で生きたと〔アルシシオスは〕言っていた。つまり、孤児であったので、22歳ぐらいの若さで、自分の叔父に強制されて、妻と娶された。そして、叔父の強制に逆らうことができず、〔花婿の〕花冠をかむることも、婚礼の部屋に腰をおろすことも、結婚に関するすべてのことを受け入れるのがよいと思われた。そして、彼らを婚礼の部屋と寝椅子に座らせて、全員が出ていった後、アムウンは立ちあがって、扉を閉め、腰をおろして、自分の浄福な伴侶を呼び寄せて、彼女に言う。
8.2.
 「こちらへ、貴女。これからのことをあなたに話そう。わたしたちの挙げたこの婚礼は、特別な意味は何もありません。だから、今からわたしたちのおのおのが自分で眠るなら、わたしたちは美しくなすことになり、そうやって処女を手つかずで守れば、神にも喜ばれるであろう」。そうして、自分のふところから小冊子を取り出すと、使徒と救主に成り代わって、乙女に — 彼女は文字を知らなかったので — 読み聞かせ、たいていの箇所で、自分の心(dianoia)に浮かぶことをすべて付け加え、処女と聖潔(hagineia)についての言葉を説明した。すると彼女は、神の恩恵にみたされて、云った。
8.3.
 「わたしも満たされました、貴男。これからいったい何をお命じになりますの?」
 「命じよう」と彼が謂う、「今からわたしたちはめいめい個々にとどまるよう」。
 しかし彼女は我慢できずに、云う。「同じ家にとどまりましょう、ただし、別々の寝椅子で」。
 そういう次第で、同じ家に彼女と18年間生活し、1日中野菜とバルサモンつくりに忙殺された。彼はバルサモン作りだったからである。バルサモンは、葡萄の木のように生え、耕され、剪定されて、多大な労力を要したからである。そのため、夕方になって家に帰ると、祈りを上げ、彼女と食事をした。そして再び夜の祈りを上げ始めるのだった。
8.4.
 彼らはこういうふうにしてすごし、両人とも無心の境位に達した、 — アムウンの祈りが活動したからである — 、ついに彼女が彼に言う。「あなたに云いたいことがあります、わたしの貴男。わたしに耳をかしてくだされば、神においてわたしを愛してくださっていることに満足するでしょう」。
 彼女に言う。
 「望みのことを言いなさい」。
 そこで彼女が彼に言う。「貴男は夫で、義(dikaiosyne)を修練なさっており、同じようにわたしも、貴男と同じ道を求めているのですから、個々別々にとどまるのが義しいことです。なぜなら、純潔のままわたしといっしょに住んでいるために、あなたのそのような徳が包み隠されるのは、不都合でしょうから」。
8.5.
 そこで彼は神に感謝して、彼女に言う。「それでは、あなたがこの家を持ちなさい。わたしは自分のために別の家をこしらえよう」。そうして出ていって、ニトリアの山のより深いところに居を占めた。当時はまだ僧院がなかったからである。そして、自分のために2つの丸天井の僧坊を作った。そして荒野に22年以上生きて、命終した。というよりも、むしろ永眠した。年に2度、自分の浄福の伴侶に会いながら。
8.6.
 この〔アムウンの〕驚くべき事跡は、浄福のアタナシウス — 監督(episkopos) — が、『アントーニオス伝』に寄せて話したものだが、自分の弟子テオドーロスを伴ってリュコス河に沿って、自分の裸を見られないよう脱ぐのを用心しているとき、渡し場でもないのに天使によって対岸に運ばれるのを目撃したという。さて、このアムウンの生き方はかくのごとくであり、命終の仕方もかくのごとく、彼の魂が天使たちによって導かれるのを浄福のアントーニオスが見たという。この河を渡し場によってわたしは恐れをもって通過したことがある。大ナイルの運河だったからである。

9."t".
第9話 オールについて
9.1.
 ニトリアのこの山の中に、名をオールという修行者がおり、彼の多くの徳を証言するのは兄弟姉妹、なかんずく、神の女性メラニオン — わたしより先に山に入った — である。というのは、わたしは彼の存命中に出会えなかったからである。いろいろな話の中で、次のことも〔彼らは〕言っていた。彼はかつて虚言したこともなく、誓ったこともなく、呪ったこともなく、必要以外にしゃべったこともない、と。

forward.gifラウソス修道者史(2/7)