title.gifBarbaroi!
back.gifラウソス修道者史(5/7)


原始キリスト教世界

ラウソスのための修道者史(6/7)






50."t".
第50話 ガッダナスについて
50.1.
 わたしは老パライスティネー〔=パレスチナ〕人を知っている。名をガッダナスという。この人はイオルダネース〔=ヨルダン〕近辺の地方で屋根のない生活を送った。当時、死海のほとりにいたイウゥダイオイ〔=ユダヤ〕人たちが、嫉妬からこの人に襲いかかり、両刃剣を抜いて、斬りかかってきた。すると次のようなことが起こった。〔つまり〕両刃剣を振り上げ、ガッダナスを斬り殺そうとしたときに、抜き身の剣を持った手が乾ききって、両刃剣がそれを持った右手から抜け落ちたのである。

51."t".
第51話 エーリアスについて
51.1.
 エーリアスは、これまた同じ地方で修道士となり、洞窟の中に住んで、謹厳至極な生活、律法にしたがった〔生活〕を過ごした。この人物は、 — ある日のこと、多数の兄弟たちが彼のもとに押しかけてきた。その場所が道のそばにあったからであるが、パンが足らなくなった。すると、こういうことをわたしたちに話してくれた。「事態に途方に暮れて、僧坊の中に入ってみると、パン3つを見つけた。そして喰う者は20人いたが、そのうち1個分が余り、これでわしは25日間用を足した」。

52."t".
第52話 サバスについて
52.1.
[名をサバスという人がいた。在俗聖職者(kosmikos)で、生まれはヒエリコー〔=エリコ〕人である。妻を得たが、修道士を愛する念が昂じて、夜な夜な、諸々の僧坊と沙漠を巡回し、それぞれの住居の外に、ナツメヤシの実1モディオンやたっぷりの野菜を置いてまわった。イオルダネー〔ヨルダン〕の修行者たちはパンを食べないからである。この人に、ある日のこと、ライオンが出くわした。すると〔ライオンは〕彼をつかまえて、1里程離れたところでこれを突き放し、とって返すと、ロバをとって引き上げた。]

53."t".
第53話 アブラミオスについて
53.1.
 アブラミオスという人は、生まれはアイギュプトス〔=エジプト〕人。沙漠で、粗野・粗暴きわまりない生活をすごした。この人物が、厄介な自惚れ(oiesis)に心(phren)を一撃され、教会に赴いて、長老たちに言いがかりをつけて、こう言った。「今夜、わたしはクリストスから長老に選任された。だから、わたしを司祭として受け容れよ」。
 師父たちは、彼を沙漠から引き離し、もっと薄くて普通と変わらない生活に導き、その思い上がり(hyperephania)の手当てをした。こうして、自分はダイモーンによって愚弄されていたのだと、みずからの弱さの知8gnosis)へとこれを導いたのである。

54."t".
第54話 聖メラニオンについての続き
54.1.
 賛嘆すべき女性、聖メラニオンについては、ちょっとではあるが先のところで話した。が、言い残したことも少なからず、今、言葉で織り上げておこう。彼女が、あるかぎりの財物(hyle)を神の渇仰に出費したさまが、あたかも火に〔薪を〕くべるがごとくであったことは、わたしのお話ではなく、ペルシス〔=ペルシア〕に住んでいる人たちの〔話〕である。というのは、彼女の善行(eupoiia)を得損なった者は誰ひとり、日の出の方角にも、日没の方角にも、北極星の方角にも、南中の方角にも、いないからである。
54.2.
 というのは、30と7年、外国暮らしをし、私的な出費で、諸々の教会、諸々の修道院、諸々の外国人接待所、諸々の牢屋に援助したのであるが、親戚関係にある人たちも、息子本人も、私的な管理人たちも、財産を彼女に供与したのである。彼女はこれだけ長らく外国暮らしに耐えたけれど、土地を1スピタメーも私有することなく、息子への欲(epithymia)に引きずられることなく、ひとり息子にたいする思慕の念(pothos)が、クリストスに対する愛を彼女から引き離すことはなかった。
54.3.
 むしろ、彼女の祈りによって、この若者は教育(paideia)と性格の極みに達し、華やかな結婚を〔遂げ〕、俗世の栄位のうちにあったのである。彼〔息子〕は子どもも2人をもうけた。ところが、久しいときがたち、〔メラニオンは〕孫娘の状況について、結婚したものの、遁世を選ぼうとしていると聞き、悪い教育や異端や悪い生によって彼らが丸裸にされるのではないかと怖れ、齢60の老女でありながら、わが身を船に乗せ、カイサレアから出航して、20日をかけて、ローメー〔=ローマ〕へとたどり着いた。
54.4.
 そしてそこでも、浄福至極な人物と面談した。語るのたるアプロニアノスで、ヘッラス人であった。これに教理教授し、クリストス教徒となし、これを説得して、自分の妻ともども節制させた。〔その妻とは〕自分〔メラニオン〕の従妹にして、アビタと呼ばれる女性である。その一方で、自分の孫娘のメラニオンをも、その夫ピニアノスともども〔信仰を〕堅固にさせて、さらに、自分の嫁、つまり、自分の息子の妻アルビナに教理教授し、かくして、これら全員を、自分たちの所有物を売り払う気にさせ、ローメー〔=ローマ〕から連れ出し、人生の厳粛で静穏な港へと導いたのであった。
54.5.
 じつにこういうふうにして、彼女が野獣と闘ったその相手とは、すべて元老院議員およびその自由民の女たちであった。この者たちが、自余の家人たちの放棄について、彼女の邪魔をしたのだった。しかし彼女は彼らに言った。「子どもたちよ、400年以前にこう書かれている。『終末の刻である』〔第1ヨハネ2_18〕。何ゆえあなたがたは、人生の虚しさに安住しようとするのか。反クリストスの日々がやってきてはならない、そして、あなたがたの富や、先祖の財産を享受してはならない」。
54.6.
 かくして、これら全員を自由の身となし、修道生活に導いた。さらに、〔娘の〕プゥプリクゥラの年下の息子に教理教授し、シケリアへと導いた。また、自分の残余の財産すべてを売り払い、代価を受け取って、ヒエロソリュマ〔=エルサレム〕へと赴いた。そして、40日以内に財物を分配し、美しき老齢と深甚の柔和さのうちに永眠し、ヒエロソリュマに修道院と、そのための費用を遺した。
54.7.
 ところで、これらの人たちがみなローメーを離れるとき、一種の野蛮人たちの暴風 — 昔の預言の書にもある暴風 — がローメーに襲いかかり、市場の青銅の人像たちをも容赦することなく、野蛮人の狂暴さでもってありとあらゆるものを蹂躙し、破滅に引き渡した。その結果、1000と200年、綺羅を飾られてきたローメーは、滅亡した。このとき、教理を教授された者たちも、教理教授に反対した者たちも、不信心者たちを事態の変化に陥らせたもうた神をたたえた。他の人たちがすべて捕虜とされる中で、この家人たちだけは、メラニオンの真剣さにおされて、主のために燔祭を執り行っていたおかげで、無事だったからである。

55.1.
 わたしたちは、アイリア〔エルサレム〕からアイギュプトス〔=エジプト〕に、いっしょに旅をすることになった。もと執政官のルゥピノスの義妹の処女である浄福のシルバニアを送るためである。一行の中には、わたしたちといっしょに、イウゥビノスもいた。〔この人物は〕その当時は執事、今はアスカローンの教会の監督で、敬神的(eulabes)で愛言的な(philologos)人物である。ところが、激しさこのうえない暑さがわたしたちをとらえ、わたしたちがペールゥシオンに着いたとき、イウゥビノスは洗い鉢を受け取ると、このうえなく冷たい水で両手両足を念入りに洗い、洗い終わって、地面に敷かれた革座布団の上で休息した。
55.2.
 かの女性〔老メラニオン〕がそばに来て、嫡出の息子を〔たしなめる〕賢明な母親のように、彼の軟弱さ笑って言った。「こんな若さで、あなたの血はまだ生きているのに、そんなふうに肉体をきれいにするのは、どういう料簡でしょう。諸々の害が自分の身から生まれているのを感じないのですか。しっかりしなさい、しっかりしなさい。わたしは齢60歳をかさねましたが、両手〔でかせいだ〕パンよりほかに、わたしの足が水に触れたことなく、顔が〔水に触れたこと〕がないのはもちろん、身体の部分ひとつ〔触れたことは〕ありません。さまざまな病にかかり、医師たちに強要されても、習慣を肉に引き渡すことを我慢したことはなく、どこかに短くない旅をしても、寝椅子の上で休息したことはありません」。
55.3.
 彼女はこのうえない学識があったのか、あるいは書(logos)を愛したので、夜を昼に変えて、いにしえの注釈者たちの著作をすべて精査した。その中には、オーリゲネースの300万句、グレーゴリオス、ステパノス、ピエリオス、バシレイオス、その他何人かの篤信者たちの250万句が含まれている。〔それも〕1回だけではなく、まして行き当たりばったりに精査するのでもなく、それぞれの書物を7ないし8回、丹念に精査した。だからこそ、偽りの名をおびた知(gnosis)からは自由になって、書物(logoi)に対する感謝をもって飛翔する — 有用な希望をもって、自分自身を霊的な小鳥となして、クリストスのもとに渡る — ことができたのである。

56."t".
第56話 オリュムピアスについて
56.1.
 彼女〔老メラニオン〕に対する忠順(opis)と足跡を踏み、その意向に聴従したのが、謹厳至極にして渇仰されることこのうえないオリュムピアスであった。〔この女性は〕長官階級(komes)出身のセレウコスの娘にして、もと州総督(eparchos)のアブラビオスの孫娘であり、わずかな日数ではあったが、この都市のもと州総督(eparchos)ネブリディオスの新妻であったが、誰の妻にもならなかった。というのは、処女のまま、真理の言葉の伴侶(symbios)として永眠したと言われているからである。
56.2.
 彼女は自分の自由になる財産をすべて喜捨して、物乞いたちに与えてしまった。真理のために小さな競争をすることなく、数多くの女たちに教理教授し、長老たちと厳粛な話をし、監督たちを尊敬し、真理のための証言(homologia)を尊崇された。コンスタンティヌゥポリスに住んでいる人々は、彼女の人生を証聖者(homologetes)の中に数え入れた。こうして、彼女は命終し、神に従っての競い合い(agon)のうちに、主のみもとに旅立ったのである。

57."t".
第57話 カンディダとガラシアについて
57.1.
 この女性〔オリュムピアス〕に対する忠順(opis) — それも鏡像におけるがごとき忠順を示したのが、浄福のカンディダであった。軍司令官(stratelates)トライアノスの娘で、価値ある生を生き、謹厳の極みに達し、諸教会や監督たちに敬意を払い、自分の娘に教理教授して、純潔(parthenia)の相続者となし、自分の子宮の賜物を、クリストスのみもとに送り届けた。後に、貞淑(sophrosyne)によっても、また財産の喜捨によっても、自分の娘に聴従した。
57.2.
 この女性をわたしは知っている。身体を破壊(kathairesis)するために、夜通し勤労し、両手で臼をひきながら、こう話していた。「断食では満足できないので、わたしは共闘者、すなわち、骨の折れる不眠(agrypnia)を与えるのです。エーサウのいななき(phryagma)をやめさせるために」。この女性は、血気にはやることや活気のあることは極度にひかえ、魚と野菜を、祭りの時にオリーブといっしょにとるだけで、普段は酸っぱい葡萄酒と乾しパンで満足してすごしていた。
57.3.
 この女性を渇仰して、純潔(parthenia)の軛を牽いて敬神的に道を歩んだのが、謹厳至極なガラシアであった。彼女は護民官(tribounos)の娘であった。彼女の徳はこう伝えられている、 — 太陽が彼女の憤り(lype)の上に沈んだことはない。家僕に対しても、召使い女に対しても、誰か別の人の対しても、と。

58."t".
第58話 アンティノオーの〔修道者〕たちについて
58.1.
 デーバイ州のアンティノオーで4年間わたしは過ごしたが、その間に、かの地の諸々の修道院の知識(gnosis)も得た。というのは、その都市の周囲には、およそ1200人の人たちが住持し、両手〔の業〕で生計を立て、極端な修行をしていたのである。その中に、岩山の洞窟に閉じこもる隠遁者(anachoretes)たちもいた。その中に、ソロモーンという人もいた。柔和このうえなく、知慮深く、堅忍(hypomone)の賜物(charisma)を有した人物であった。この人は、洞窟で50年間をすごし、両手の仕事によって自分を扶養し、聖なる書をすべて暗記していると言った。
58.2.
 別の洞窟には、ドーロテオスという長老が住んでいた。すこぶる善良このうえない人で、非のうちどころなき生活をみずから生き、長老として尊崇され、洞窟群の兄弟たちのために聖餐式を執り行っていた。あるとき、この人に、若きメラニオン — 大メラニオンの孫娘 — (この人については後で語ろう)が、貨幣500枚を送り届け、そこの兄弟たちに施与するよう彼に依頼した。すると彼は3枚だけを受け取って、残りは隠遁者、最高の覚知者(gnostikotatos)ディオクレース、に回送して、こう言った。「兄弟ディオクレースはわしよりも知者である。だからこれを害なきように扱うことができる。援助さるべきが誰々なのが尤もかを識っているのじゃから。わしはこれだけで満足なのじゃ」。
58.3.
 このディオクレースは、最初、初等教育(grammatike)から受けて、後に、哲学(philosophia)に身をゆだね、しばらくして恩寵(charis)が彼を引っぱったので、齢28歳のときに、円環学〔"enkyklia mathemata"一般教養科目〕におさらばして、クリストスの戦列に加わり、みずからもこの洞窟群で35年をすごした。わたしたちにこう言った。「理性(nous)は、神の認識(ennoia)から離れれば、ダイモーンになるか、畜生になるかである」。そこで、わたしたちが彼の云った意味(tropos)を聞きたがると、次のように言った。「理性(nous)は、神の認識(ennoia)を離れると、必ずや、欲望(epithymia)か瞋恚(thymos)に陥る」。そして、欲望とは畜生のようなもの、瞋恚とはダイモーンのようなもの、と彼は言った。
58.4.
 そこでわたしがこう反問した。「どうすれば、人間的理性は不断に神とともにあることができるのですか」。すると同人はこう言った。「敬神的・神的な思考(noema)ないし行為(pragma)を魂がもっているなら、その間は神とともにある」。
 この人の隣に、カピトーンという人がとどまっていた。盗賊の出身である。この人物はまる50年間を、都市アンティノエーから4ミリオン隔たった洞窟群の中でまっとうした。洞窟から降りることなく、ネイロス〔=ナイル〕河までも〔行くことが〕なかった。こう言っていた、 — 群衆と面談することなどできない。今もって敵対者(hypenantios)は自分に逆らうからだ、と。
58.5.
 以上の人たちに加えて、わたしたちはまた別の隠遁者をも見た。この人物〔カピトーン〕と同様に洞窟にいた。この人は、夢の中で虚栄(kenodoxia)の激情(oistros)にもてあそばれ、それからは、たぶらかされた人たちを、『風たちを牧している』とからかい返した。たしかに、身体上は慎慮(sophrosyne)を有していた。老齢によって、年季によって、おそらくはまた虚栄(kenodoxia)によって。しかるに彼の正気(phronoun)は、虚栄(kenodoxia)の放縦(akolasia)によって腐敗堕落していた。

59."t".
第59話 師母(amma)タリスとタオールについて
59.1.
 この、アンティノオーという都市には、女たちの修道院が12あった。その中で、わたしが面談したのは、師母タリスという老女であった。修行して80年をすごしたと、本人も、また隣人たちも話していた。この女性といっしょに住んでいたのが、60人の若い女性たちで、彼女に対する愛情が深く、修道院の中庭には、他と違って、閂が降ろされることもなく、彼女に対する愛によって、彼女たちはよく自制していた。老女は、無心(apatheia)の境地に達していたので、わたしが入っていって座ると、入ってきて、わたしといっしょに腰を下ろし、極めて率直に(hyporbole parrhesias)、自分の両手をわたしの両肩においたほどである。
59.2.
 この修道院には、彼女の女弟子の処女がいた。名をタオールといい、この修道院で30年間すごし、新しい上衣とか薄手の服(maphorion)とか履き物とかを受け取ることをいつも拒み、こう言った。「わたしには必要ありません。じっさい、出かけねばならぬことはないのですから」。というのは、他の女たちは全員、主の日ごとに聖餐(koinonia)のために教会へ出かける。ところが彼女だけは、ぼろ服をまとって僧院にとどまり、たえず座ったまま仕事をしていた。しかし、良稟このうえない容貌をしていたので、完全に堅固な者でさえ、彼女の美しさに、すんでのところでたぶらかされるところであったろう。もしも、〔完全に堅固な者が〕慎慮(sophrosyne)を圧倒的な番人としてもっていなかったら、そして、〔彼女が〕その端正さによってふしだらな眼を羞恥(aidos)と畏怖(phobos)へと突き落とすことがなかったとしたら。

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