title.gifBarbaroi!
back.gifだらず大伝坊


童話



いつきが原伝説

サヨの仮面




 これは、ぼくがおじいさんから直接聞いた話だ。

 おじいさんの生まれた村に、サヨという女の子がいた。
 サヨは小さいころ、たいへんなやけどをした。囲炉裏の端でつまずいて、ころんだひょうしに、いろりにかけてあったナベをひっくりかえし、中の煮え湯を頭からあびたのだ。
 「だれの責任でもありゃあせん」
とみんなは言い合ったけれど、なんの慰めにもなりゃあせん。
 おかげでサヨの顔は醜くただれ、頭の毛も眉毛もまばらにしか生えず、首も肩も手もただれて皺がよっていた。
 「どがい見ても、ありゃあ鬼の顔じゃ」と、さすがにサヨのお父もつぶやいた。
 「あんとき死なせといてくれりゃあ……」と、サヨのお母も泣きながらぐちをこぼした。
 村の者に言われるよりも、自分から先に言っている方がまだ気が楽だったのだ。

 サヨはほんに気持ちが悪かった。
 「そがいなこたぁ、言うちゃあいけん」と大人たちは言うけれど、本当だから仕方がない。
 だから、村の子どもたちはサヨを遊びの仲間に入れてやらなかった。

 それでもサヨはいつもついてくる。だから子どもたちは、気持ちが悪いけぇあっちへ行けと、いつも叱りつけなければならなかった。
 それでもサヨはついて来るから、石をぶつけてやらなくてはならなかった。
 小石が届くよりもっと遠くからついて来るのはしかたがない。でも、石ころが届くかどうか、時々は投げてみなくてはわからない。
 その時、石が届くほどの遠くにもしもサヨがついてきていなかったら……もちろん、サヨを見つけ出しに行かなくてはならない。
 見つけ出して、なぜついて来ないのかと叱ってやらなければならないのだ。

 村の子どもたちの大将をしていたのは、村長さんの息子の与一郎で、サヨよりも二つ年上だった。

 与一郎は、さすがに村長さんの息子だけあって、サヨのことをかわいそうに思って、木地師の杢助じいさんのところへサヨをつれて行った。
 木地師というのは、村はずれの蛭子谷というところに、村人からわずかな土地を貸し与えられ、木で盆や鉢や杓子や弁当箱をつくっては村人に売って、細々と生計を立てている人々だった。

 「サヨのために面をつくってやってつかぁせぇ」

 杢助じいさんのあばら屋にずかずか入って行った与一郎は、暗い土間で丸盆を彫っていた杢助じいさんを見つけると、横柄な口調で言った。
 杢助じいさんはしょぼしょぼした眼をあげて、しばらくはぽかーんとしてサヨと与一郎との顔をかわるがわる見くらべていたが、やがて黙って首を横に振った。

 「銭なら心配すな」

 与一郎があわてて付け加えると、杢助じいさんは与一郎の顔を悲しそうな目でじいっと見ていたが、やがて何も言わずにうつむいて仕事を続けた。

 「こら、お前も頼め」

 与一郎が、汚いものでも扱うように、手に持った棒の先でサヨの頭をこずいたので、サヨは杢助じいさんのロクロの前に膝をついて、じいさんの顔を恐る恐る見上げた。
 あおむいたサヨの顔の皮膚が引っ張れて、肉のそげ落ちた鼻の穴が二つ、顔の真ん中に丸い洞穴になっていた。

 杢助じいさんは、しばらくサヨの眼をじっと見つめていた。
 やけどにただれて、まるで婆さんのように深い皺に包まれた眼だ。
 その目に向かって、杢助じいさんは何かもごもご言った。何を言ったのか与一郎には聞こえなかったが、サヨの眼に涙があふれ、とめどなく流れ落ちた。

 涙にうるんだサヨの黒い瞳がこんなに美しいとは!

 だけど、与一郎はそのことを誰にも打ち明けなかった。

 とにかく杢助じいさんはサヨのために面をつくってくれることになった。

 ほんの一日か二日で出来あがると思っていたのに、どうしたわけか、杢助じいさんはたいへんな念の入れようで、一週間たっても、十日たってもサヨの面は出来あがらない。
 与一郎は三日目にはもうすっかり退屈し、五日目には注文したことさえ忘れ、自分たちの遊びに夢中になって、サヨの姿が見えないこともあまり気にならなんだ。

 それから何日もたったある日のこと、いつものように悪ふざけをしていた与一郎たちは、蛭子谷に通じる村の道で、あっと声をのんで立ちすくんだ。
 村では見たこともないかわいらしい女の子が立っていたのだ。

 それは仮面をつけたサヨであった。
 杢助じいさんは、何ともみごとな仮面をつくりあげたのだった。その仮面は、うつむけば泣いているようでもあるし、あおむけば笑っているようでもあるし、横を向くとキッとなって怒っているようでもあった。
 与一郎たちは、何かまぶしいものでも見るかのように気後れがして、サヨを取り囲んで声もなかった。

 もうサヨは、それまでのようないじめられっ子ではなくなっていた。

 子どもじみた思いつきだと、初めのうちは笑っていた大人たちも、年月がたつにつれて、サヨの仮面が血のかよったような表情を持つようになったのを見て、何か胸騒ぎを感じないではいられなかった。

 そしてそれは現実となった。
 もう立派な青年に成長した与一郎が、サヨと結婚すると言いだして、村中を仰天させたのである。

 しかし、与一郎のお父は、さすがに村長さんだけあって、与一郎をなだめたりすかしたりしながら、裏でこっそりサヨの両親に金を握らせたのである。
 サヨ一家は、与一郎に気づかれないように、貧しい家を引き払って都会に引っ越したのであった。

 サヨの一家が村から消えて間もなく、村の観音様が、サヨとそっくりな顔をしているといううわさが村中に広まった。
 おそらく、サヨが村を出るとき、それまで肌身はなさず着けていた仮面をとって、観音様に供えておいたのだろう。
 金さえあれば手術が受けられるだろうし、与一郎に対するせめてもの心づかいであったのかもしれない。

 サヨがいなくなって、うつけたようになっていた与一郎は、ある日、サヨの面影を追って、一人で観音堂に出かけていった。

 なるほど、観音様はサヨが着けていた仮面とそっくりである。
 与一郎は、サヨの思い出にその仮面を家に持って帰ろうと、内陣にあがって観音様の顔から仮面を外した。
 仮面の下に、あの醜くただれたサヨの顔が表れた。
 あまりの驚きに、その醜い顔を剥ぎ取ると、さらにその下に、やはりまたサヨの素顔が表れた……。

 うつけた与一郎は、本当の狂人になって、今でも村をさ迷い歩いているという。
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