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名作選


ばんざいじっさま






さねとう あきら

  木下順二的な民衆観を批判する立場から童話・民話を書いている。「ばんざいじっさま」にはその立場が最もよく表されている。1979年「ベトナムの子どもを支援する会」のパンフレット所収。


 ――これは、このまえの戦争もそろそろおわりかけた、一九四五年六月のはなしだ。
 四郎五郎谷の万造じっさまは、ばんざいじっさまって、よばれていた――。
 この村から出征兵士がでると、万造じっさまはつえをつきつき行列の先頭をあるき、峠を二つこして町の停車場につくとまっかなたすきをかけた出征兵士に、
 「ばんざーい! ばんざーい!」
 と、よばってやるんだ。
 いつもはちんちくりんのこしまがりじっさまも、この時ばかりは、しゃきっとからだがのびて、仁王さまみたいにでかくみえた。
 日露戦争の勇士だったという万造じっさまのばんざいにおくられると、じぶんのお父うやせがれがぶじにもどってくるみたいな気がして、出征の赤紙をみようもんなら、村のもんはきょうそうで、
 「じっさま……ばんざいやってけれ」
 って、たのみにはしったもんだ。
 しかし、じっさまの三人のせがれは、のこらず戦死していた。うえの二人は中国大陸で、あたまのよかったのをじっさまもじまんしてたすえのせがれも沖縄で、ぜんぶ死んじまったのさ。
 去年の冬に、ばっさままでなくしちまって、とうとうひとりぽっちになると、めっきり元気がぬけて、炭やきのしごとをやめにして、うらのじゃがいも畑の守りをして、しょんぼりくらしてた。
 それでも、天子さまにさしあげるじゃがいもを、山うさぎにくわれちゃなんねと、ながい竹ざおをかついで、木のきりかぶにつくねんと、こしをかけ、日がな一日、うさぎの番をしてたっけ――。

     *

 ――うおーん、うおーん……!
 わすれもしない、六月三十日の夜のことだ。
 谷ひとつ向こうの水岡鉱山から、おっそろしいサイレンの音がなりひびき、あッというまにこの村も、戦争みたいなさわぎになった。
 鉱山で、牛や馬みたいにこきつかわれていた九百人の中国人が、日本人の現場監督を二人ころして、集団で脱走したんだ。
 「チャンコロがにげたぞ!」
 「脱走だ、脱走だあ!」
 消防団の男たちが、村のつじをつむじ風みたいにはしりぬけると、
 ――ぐわん、がん、ががん!
 と、くるったみたいに半鐘がわめきたてた。村のあちこちでは、あかあかとかがり火がたかれ、まっさおになった年よりや女たちが、手に手にナタやらカマをにぎりしめてあつまってきた。
 「アカだ! チャンコロが、せめてくるど……」
 しかし、朝になっても、中国人はだれひとりやってこなかった。
 それもそのはず、ろくろくいいもんもくわずに、現場かんとくになぐられたりけられたりはたらかされてた中国人のことだ、鉄条網をやぶってにげだしたものの、鉱山のうらのがけ道をのぼりきることができず、その夜のうちに、憲兵や警官にあらかたつかまっちまったんだ。
 それでも、しぶとく山おくににげこんだ中国人たちをつかまえるために、村じゅう総出で、山狩りがはじまった。
 やぶかげにかくれていた中国人を三人も、竹やりでつきさした男もいた。
 生けどりにされた年よりの中国人は、たわらみたいにぐるぐるまきにされて、村役場のまえでさらしもんにされ、かんかんでりの夏の日をあびながら、石ころでうたれて血だらけになった。
 学校の先生に引率されて、「チャンコロ」見物にやってきた村のわらしどもが、きょうそうで石っころをぶっつけたんだ。
 「このチャンコロめ! 人ごろしい!」って、わめきながら………。

     *

 月のない、むしあつい晩だった。
 万造じっさまは、うらのじゃがいも畑にへたッとうつぶせになってるあやしい人かげをみつけた!
 「だれだ、そこにいるのは!」
 じっさまは、じまんの大声をはりあげたが、くすッとも声がしない。
 竹やりのさきで、さらっとじゃがいもの葉をかきわけると、こっちをじろッと、にらんでる男のかおが、すぐそこにあった。
 (くそ、あわてちゃなんねッ!)
 じっさまは、たしかに脱走中国人だとわかると、へそのあたりにぐりぐりくそ力をいれて、男の目だまを一つきにするつもりで、竹やりをかまえた。
 しかしたまげたことに、うねのあいだにどてッとはらばいになった男は、みつかってもにげもかくれもせずぼんやりじっさまをながめたまンま、口をもぐもぐやっていた。
 がい骨みたいにやせこけて、からだのあちこちから、とがった骨をのぞかせた中国人は、よっぽではらがへってるんだろ、りょう手でどろんこだらけのじゃがいもをつかむと、やすみもしないで口のなかへおしこんでるんだ。ごりごりばりばりかみくだく音や、ごくんとのどをとおりぬける音が、びっくりするくらいでっかくひびいた――。
 星あかりのしたで、じっさまは、ながいこと男のかおをみていた。
 そして、よだれとじゃがいものあく汁でねばねばになった口もとに、死にものぐるいでじゃがいものかけらをおしこもうと、目をしろくろさせているのをみてると、
 「おい……なんにもしねえから、ゆっくりくえ!」
 じっさまは、竹やりをかまえたまンま、おもわず声をかけちまったんだ……。

 脱走中国人をたすけた罪で、万造じっさまが憲兵隊にひっぱられた、ときいても、はじめのうちはだあれも信用しなかった。
 しかし、二、三日、すがたをみせなかったじっさまが、からだじゅう血だらけになって、村の駐在のひっぱるリヤカーにのせられてかえってくると、あのうわさはほんとうだった、ということになって、じっさまの小屋によりつくやつはいなくなった。
 かおは、くさりかけたトマトみたいに、ぶわぶわとふくれあがり、からだのうらもおもても血とあざでまっくろけになったじっさまは、ひとりぽっちの小屋のなかでうんうんうなるばかりだった。
 時おり、村のあくたれわらしどもが、じっさまの小屋までわざわざやってきて、
 「非国民、死んじまえ!」
 「チャンコロの手さき、くそじじい!」
 と、わめきちらすことがあったが、ちんともかんともへんじがなく、夏ぜみばかりが、じーじーとやかましくないていた。
 血とうみでよごれたきずぐちに、わんわんはえがむらがり、じっさまはもう、半分死にかけていたんだ――。
 (くそ! おらのじゃがいもが、なにをしでかしたというんじゃ。まさか、じゃがいもが、人ごろしをすめえに……)
 と、万造じっさまは、くどくどおんなじことばかりかんがえていた――。
 じっさまが憲兵隊につかまったのも、あの脱走中国人が山狩りでつかまった時、じっさまからもらったじゃがいもを、だいじにだいじにかくしていたからだ。
 しかし、万造じっさまは、じぶんのしたことがわるかったとは、どうしても、おもえなかった。
 (あいつはきっと、百姓だったんだや。でなけりゃ、あんなまね、できるわけねえ)
 じっさまは、じぶんの竹やりでひとつきにしなくてよかったとおもった。天子さまのいのちをねらうアカだとばかりおもってたあの男が、かえりしなに、いもをほじくったあとをていねいにうめて行ったのをみて、じっさまは、なにやらじーんとしちまったんだ……。
 しかし、百姓だけがしっているこんな気持が、憲兵につうじるはずはなかった。
 「あのいもは、ぬすまれたんでねえでがす。くれてやったんで……」
 と、いうたんびに、憲兵のびんたがうなりをあげ、じっさまのからだは床のうえにはじきとばされた!
 「やつは、アカなんかでねッ! ただの百姓でがす」
 じっさまは、まけずに声をはりあげたが、今度という今度は、口がきけなくなるまでぶんなぐられた!
 (ちきしょう、じゃがいも一つのために……)
 きずのいたみよりも、へこたれるまでなぐられたくやしさで、じっさまはぽてぽてなみだをながした――。
 こんなくやしさを、かなしさを、つらさを、じっさまはだれかにきいてもらいたくて、きずだらけのからだで、ひとりぽっちの小屋のなかを、いも虫みたいにころげまわった。
 「おら、非国民でねッ! あのシナ人だって、アカなんかでねッ! おらも、あいつも、百姓なんだあ!」って、だれかにむかって、力のかぎりさけびたかった!

 日本が戦争に負けてからしばらくたって、駐在が万造じっさまの小屋に行ってみると、たまげたことに、じっさまはへやのまんなかに仁王だちになって、りょう手をあげたまんま、おッ死んでた。
 「たしかに、宮城のほうにむいてたんだと……」
 「おおかた、天皇陛下ばんざいでもやらかしたんだべ。ばんざいじっさまらしい、さいごでねえか!」
 と、村のもんは、半分ばかにしながら、がやがやわやわや、うわさしたが、じっさまのあんぐりあけた口が、なにをいおうとしてたのか、だあれもしらなかったし、しろうともしなかった――。

(了)

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