石原莞爾フォーラム
No.133
Date:2000.1.14 6:08 PM
Subject疑問に答えよう
ハンドルネーム:18試局戦 震電改
Name:(匿名)
E-mail:(匿名)
発言: 戦後、石原は満州事変を引き起こして日本を国際的に孤立させ、大東亜戦争(支那事変と太平洋戦争)へ導いたという史観が常識になった感がありますが、これは大きな間違いです。リットン調査団、国際連盟は満州事変について批判しつつも多分に同情を示し、日本を侵略国とは認定せず、いかなる対日制裁も実行しなかったし、対日最強硬派のアメリカ国務長官スチムソンすら日本に九カ国条約と不戦条約に基づく警告を行っただけで、アメリカは満州事変に干渉しないことを宣言しました。支那大陸に権益を持つ欧米は、支那が無秩序状態にあり、邦人居留民の生命財産が著しく脅かされていた事を知悉していたからです。 日本は国際連盟から脱退する必要などまるでなかったのです。また日本の国際連盟脱退後、英米では満州国の大発展を目の当たりにして満州国を承認すべきであるという声が挙がったし、蒋介石は、昭和11年北支を視察した石原に彼の東亜連盟構想に賛同することを表明し、昭和13年春の孔祥煕工作において日本の満蒙に関する要求を原則的に承認することを日本側に伝え、日中は全面和平の仮合意にまで達しています。満州事変、満州国建国は日本を国際的に孤立させてはいないどころか、日本の国策として大正解でした。なぜなら之により、日本は地理的戦力の欠陥(縦深と資源の欠如)を克服し得るだけでなく、満州を重工業化し興安嶺黒竜江沿いに防衛線を構築し、満州朝鮮日本樺太より、ウラジオストーク(東方を征服せよ)を含む沿海州を包囲し、ソ連の極東攻略を完全に撃滅し得るからです。だからこそ、満州事変直後の1932年4月、コミンテルン(ソ連共産党国際部)はソ連の防衛と拡大を図るべく、尾崎秀美リヒャルトゾルゲからなる諜報謀略部隊を日本に潜入させたのです。満州事変〜大東亜戦争の正体は日ソ戦であり、日本史上屈指の天才、石原莞爾と尾崎秀美の戦いだったのです。石原は東亜連盟を構想し、対支英米戦に猛反対し、最終戦争による世界恒久平和をめざし、尾崎は東亜新秩序を構想し、支那事変解決を執拗に妨害し日本を対英米戦へ誘導し世界新秩序による世界恒久平和を夢想した。通州事件の直後、石原が主張した南京首脳会談開催を拒否した内閣書記長、風見章(戦後社会党左派に所属し、スターリンが創設したソ連のフロント組織世界平和評議委員会委員や日ソ協会副会長を務めた狂信的共産主義者)は尾崎の大親友で尾崎同様ソ連の工作員だった可能性が濃厚です。そして涙を流して日中全面和平を訴えた多田駿参謀次長の猛反対を押し切って和平交渉を打ち切り独断で「爾後、蒋介石を対手とせず」という第一次近衛声明を出し、参謀本部の早期和平方針を粉砕した近衛文麿自身もおそらく・・・。いずれその証拠を紹介しよう。

  瀬島龍三について

 1934年に発布された陸軍省パンフレット、国防の本義とその強化により、マルクスレーニン主義に深く汚染され、天皇独裁(親政)による国内革新をねらった2.26事件の失敗を見て、皇室廃絶に傾斜した革新(左翼)将校が陸軍省部に続々と入ってきた昭和15年以降、支那事変勃発時すでに陸軍省軍務局軍務課(影佐貞昭 佐藤賢了であろう)に食い込むことに成功していた尾崎の謀略網はガン細胞の如く転移していき、昭和18年3月には参謀本部戦争指導班 種村佐孝(戦後共産党員)を中心とする陸軍中枢そのものが尾崎の同伴者、国体の衣を着けた共産主義者の巣窟となっていました。瀬島もその一人で、彼が大東亜戦争末期、関東軍作戦参謀に転出したのは、ソ連軍を満州から朝鮮、日本へ誘導し、ソ連の力を借りて東亜新秩序(東亜共産化)を実現すべく、ソ連軍を熱烈歓迎するためだった可能性が濃厚です。証拠文献の特定は完了しているのでいずれ紹介しよう。

 京都16師団長庁舎の保存について

 保存自体は歓迎すべき事ですが、保存団体が問題ですな。天皇の軍隊なる用語を使っていることからして左翼団体でしょう。
 中島師団長の「捕虜にせぬ方針なれば片端から片づけた」というのは、大西参謀が証言したように、投降兵を捕虜として休養と医療を与える余裕がないから、彼らを武装解除したのち釈放せよという意味であって、別に殺した訳じゃない。だから汪兆銘が反共和平を掲げて南京に親日政権を樹立した際日本軍に拘束された経験を持つ国府軍将兵が多数馳せ参じたんです。
 それに南京攻防戦では国府軍司令官、唐生智が全軍に徹底抗戦を厳命したまま部下に指揮権を委譲せずに敵前逃亡したため、国府軍将兵は捕虜資格を喪失しており皆殺しにされても仕方なかった。にもかかわらず松井岩根大将の中支方面軍は武士の情けで国府軍投降兵を釈放したりあるいは捕虜にしてあげたんです。
 左翼の無知蒙昧な平和運動(実際はコミンテルン32年テーゼに基づく反日運動)には心底腹が立つ。封印の昭和史(小室直樹/渡部昇一共著/徳間書店)朝日新聞が報道平和甦る南京写真集(田中正明著/教科書を正す親子の会 電話0338332117 ファクス0338326805)を読むべし

 西村真悟議員の発言について

 西村議員はおそらく中国の核戦争計画(中川八洋著/徳間書店)をご覧になったんでしょう。中国は核戦力を増強しアメリカの対日台支援(核の傘を含む)を逆抑止に成功しつつあり、日本と台湾の運命は風前の灯火にあります。なんせ中国は満州、内モンゴル、ウイグル、チベットを侵略し、ヒトラーの民族社会主義ドイツ労働者党(ナチス)よろしく民族大虐殺を実行しているのですから。
 日本の核武装とは日米同盟強化の一環として、アメリカから核を輸入するのです。


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