広域計画と地域の持続可能性〜地域活性化の視点から〜
左三角
前に 上三角目次へ 三角印次へ

 

事例

 

 ここでは2つの事例を用意しました。

 一つは観光圏事例として南房総です。

 もう一つは体験教育の広域的な連携として南信州地域を取り上げます。

 この2つをご紹介しながら広域的な観光地域づくり、あるいは地域ツーリズムの振興について考えてゆきたいと思います。


■南房総観光圏

 南房総地域は千葉県の房総半島南部に位置し、千葉県館山市・鴨川市・南房総市・鋸南(となん)町の三市一町からなります。南房総市は近年合併して出来た市です。

 首都圏近郊の海浜保養地域として発展してきましたが、近年は観光入込数も低迷していました。幸い、館山自動車道の全線開通もあり、もう一度活性化してゆきたいという思いがあるわけです。

 そこで千葉県、南房総三市一町、観光・商工団体、農業・漁業団体、交通事業者、NPOなどが中心となり、南房総地域観光整備推進協議会を結成し、南房総の地域ツーリズムの振興に取り組むことになりました。

 その結果、2008年には、観光圏整備計画地域の一つとして承認されています。

南房総観光圏整備計画の概要
基本コンセプトは「里海・里山の魅力を活かし、観光客と地域の人々の間に生まれる家族のような交流を巡りながら滞在する旅を創出すること」です。観光庁の資料によれば、その実現のアプローチは下記の通りです。

     
     実現アプローチ
    (1)南房総観光カレッジの実践を通じた人材育成。
    (2)フラワーツーリズムや四季の魅力の充実。
    (3)里海・里山環境の保全活用。
    (4)充実した地域観光情報の提供。
    (5)快適周遊のための二次交通の充実とサイクリングシステム。
    (6)滞在型の新しい旅の創出と効果的なプロモーションの展開。
 
 また、地域の空間・環境管理の観点では、里山・里海の保全や風景づくりのために、地域環境基金の整備や、景観的に重要な建造物・樹木・農地の保全に広域的に取り組もうとしている点が注目されます。

具体的な取り組みの進展
画像ka18
 
 具体的なイメージは図の通りです。

 それから具体的な取り組みの進展としては、以下の取り組みが始まっています。

     
    ○南房総観光カレッジ、総合観光案内ホームページ「南房総花海街道」、乗り捨てのできるレンタサイクルネットワークなどの取り組み
    ○NPOによる観光振興:地域ツーリズムの人材育成、南房総ツーリズム商品の開発、観光マーケティング調査を実施など。
    ○着地型観光の企画:JR東日本(千葉支社)と地元観光団体((株)とみうら:南房総市の第3セクター)・NPO法人が連携して「旅市・南房総プラン」などの旅行商品を生み出している(ただし、これは観光圏の整備というよりは、それ以前から始めたもの)。
 
画像ka20
 
 たとえば駅とか道の駅を中心としながら、レンタサイクルのネットワークをつくったり、域内の移動のためのバス路線をつくったりしています。

 また道の駅の連絡会があって、共同のスタンプラリーなども初めています。

広域観光振興の実態・課題
 南房総観光圏の取り組みは、3市1町がそれぞれの観光振興の取り組みを整備計画に位置付けながらも、自分たちの観光振興をやっています。むしろ補助金を取ってくるために南房総観光圏という枠組みを利用しているというところがあります。

 これは、協議会を設立したものの、観光圏整備補助事業の自治体側負担分の調整が難しく、広域的な取り組みの体制づくりが十分にできなかったことがあります。例えば、このことは、先に紹介した基本計画における滞在促進地域の設定にもみてとれます。三市一町の宿泊拠点のほとんどが設定され、選択と集中によって重点的に整備していくという発想はみてとれません。

 一方で、観光圏の枠組みとは異なるところで、南房総の地域ツーリズムを振興する動きもみられます。安房道の駅連絡会(H15設立)による道の駅の連携事業や千葉県の環境教育NPOによる南房総の自然体験型の広域ツーリズムの振興です。

枇杷倶楽部・道の駅を中心とした取り組み
画像ka22 画像ka23
 
 また、南房総地域の地域ツーリズムの振興を理解するうえで、旧富浦町(現、南房総市)の取り組みは興味深いものです。旧富浦町は特産の「びわ」を活かして地域振興を行なうために枇杷倶楽部を設立し、道の駅の運営主体として100%出資の第3セクター「とみうら」を設立しています。富浦のびわの特産化だけではそれを売り出すことや観光振興は難しかったために、旧町域を越えて、広域的に観光施設やレストラン、体験・文化・観光農園を協力会として組織化して提携していきます。JR東日本や旅行会社と共同で旅行商品を企画し、一括して受注して旅行商品を売るという形をつくり上げましました。自治体の広域連携による取り組みではありませんでしたが、まさに南房総地域における地域ツーリズムを振興するプラットフォームをつくるものでした。

 しかし、旧富浦町が周辺町村と合併して南房総市の一員となったことで、この取り組みを取り巻く状況が大きく変わってしまいます。南房総地域を舞台に自由に発想するより、新市の各地域との連携を中心に据えないと庁内・議会での理解が得られにくい状況が生まれたようです。最近になってようやく、新市における枇杷倶楽部・とみうらの活動も徐々に理解されるようになってきたとのことです。とみうらとしては、長期的には南房総にある10の道の駅を拠点にしていきながら、南房総の観光資源の運営を含めて観光・ツーリズムを一緒にやってゆきたいと考えているようです。

 写真は2000年のグランプリにも選ばれた道の駅です。


■南信州地域における広域観光

 ここは体験教育旅行を広域で受け入れているところに大きな特徴があります。

 南信州は観光県である長野県のなかではあまりメジャーな存在ではありませんでした。では、どういうふうに観光を生かしていこうかというときに、観光農業とか、農業ワーキングホリディをすでにやっていましたので、じゃあ、農村地域での体験・交流型観光をやってみようということになったのです。

 これは飯田市の観光課の企画によって始まっていくわけです。

 一般的に、体験教育旅行は需要はあるのですが、旅行会社には手間とコストがかり、ビジネスとして魅力が乏しいものでした。

 それを飯田市がプログラムや地元の受け入れ態勢を一手に引き受けるということで、観光商品として魅力的になり、体験教育旅行は軌道に乗り始めました。

 2001年には飯田市は周辺市町村や関係団体等と共同して南信州観光公社を設立します。

 それらの努力の結果1996年には8団体の受け入れだったものを、2008年には416団体(うち学校など116団体)、延べプログラム参加者数5万9000人に拡大しました。

画像ka26
 
 この図は学生団体だけですが、こういうふうに急激に受け入れが伸びてきています。

広域的に取り組む理由
 ではどうして南信州では広域的にとりくむことができたのでしょうか。

 一つは受け入れ態勢をつくるには広域的にやらざるを得なかったということがあります。

 体験教育旅行の中心は中学校の修学旅行ですが、時期的に5月中旬から6月上旬の1ヶ月間に集中してしまいます。体験教育プログラムの受け入れ農家や自然体験のインストラクターなどを飯田市内だけで安定的に確保することは難しかった。だから、いつの間にか、広域的になっていたということがあります。

 また、2泊3日の旅行では、受け入れ容量や天候リスクも考慮に入れ、農家宿泊は1泊にとどめ、もう1泊は旅館等の宿泊で対応することにしましたが、旅館があるのは昼神温泉など飯田市の外だったということがあります。

 広域化させることで観光プログラム自体を魅力的に、かつ持続可能なものにできたということです。

体験教育旅行受け入れの成功要因
 体験教育旅行の成功の要因としては次の三点が上げられます。

     
    (1)飯田市や公社が直接係わることで旅行業者と学校の双方に安心感を与えている。
    (2)南信州観光公社の設立による多彩な体験教育プログラムの提供。
    (3)南信州という地域のホスピタリティの高さ。
 
 特に、この地域の人たちは、自分なりのライフスタイルを持っている人が多く、自発的にこういうものに参加されたという点が見逃せないと思います。

 南信州観光公社の体験教育旅行も1000人を超える受け入れ農家・インストラクター・地域コーディネイターとの緩やかなつながりで成立しています。

 そういった意味では飯田モデルがすべての地域で可能かというと難しいと思いますが、南信州観光公社という企画立案をするものと市とのタイアップは、一つのモデルになると思います。


■最後に

 こういうふうに見てきたとき、地域ツーリズムは地域の活性化や持続可能な発展のために可能性をもった存在だと感じます。

 また地域計画という観点から言えば、地域の文化とか環境への理解が深まり、そしてそういったものが地域の誇りの醸成につながり、求心力となることによって、地域環境の保全とか、美しい町並みを作ろうという方向に展開していくことができれば、非常に望ましいのではないかと思います。

     
    ○今日、地域活性化の方策として観光や地域ツーリズムに対する期待は大きなものがある。
    ○本稿でみてきた地域ツーリズムの動きは、地域自治に基づく持続可能な広域計画の可能性を高めようとしている点で注目される。
    ○地域ツーリズムは自然・文化的なまとまりを空間的な単位とし、行政・民間・市民を巻き込みながら、地域の文化・環境・経済をより持続的な方向で発展させようとしている。
    ○地域ツーリズムによる地域振興や環境・文化に対する価値観の共有が一つの求心力となり、広域的な空間・環境管理や生活圏としての魅力向上につながっていくことが期待される。
 
左三角
前に 上三角目次へ 三角印次へ


このページへのご意見は前田

(C) by 瀬田史彦・戸田敏行・福島茂 & 学芸出版社

著者イベントページトップへ
学芸出版社ホームページへ