川原 晋 首都大学東京都市環境学部自然・文化ツーリズムコース 准教授。1970年生まれ。早稲田大学大学院都市計画分野修了後、AUR建築・都市・研究コンサルタント、早稲田大学建築学科 助教を経て現職。著書(共著)に『住民主体の都市計画〜まちづくりへの役立て方』(学芸出版社)、『まちづくりデザインゲーム』(学芸出版社)等。専門:都市デザイン、観光・歴史まちづくり。
 


『まちづくり市民事業』を語る

このほど佐藤滋編著『まちづくり市民事業』で鶴岡での実践と、「まちづくり市民事業における専門家の役割」について書かれた川原晋さんに、お話をお聞きしました。
聞き手:前田裕資(編集部)

 

前田:
 このたび、『まちづくり市民事業?新しい公共による地域再生』という本にご寄稿いただきました。そのなかでお書きになりたかったこと、あるいはお伝えになりたいことを簡単にお話いただけますでしょうか。

●鶴岡の山王商店街

川原:
 そうですね。この本ではまちづくり市民事業にはいろんなタイプがあると、整理していますが、私が直接関わってきたのは、鶴岡の山王商店街というところです。ここでやっていることは、前田さんは(今回の「まちづくり市民事業」で紹介されている事例の中でも)「とてもディープな事例だね」と言われたわけですが、やっていることは地域に足りない社会的なサービスを補ったり、地域の空間・環境を一緒に変えていこうと言うことを組み立てることを議論してきて、結果的に、あるいは必然的にできた事業であると思っています。
 そういうものを理論的に、なぜそういうことになったのか、あるいは少し理論化するにはどうしたら良いかと言うことをここで書いている訳です。
 具体的に言いますと、かれこれ10年ぐらい前になりますが、地元で何か商店街を再生するためにやらなければいけないということから、まちづくり協定をつくろうということから私は関わらせていただきました。その時に商店街の方々が、やはり自分たちが売るということだけじゃなくて、地域を支えるような商店街になっていきたいという視点を強くお持ちだったのですね。
 そういうところから、議論のあとあるいは、少しお酒を飲みながら、こういったことをやれないかということが出てきて、それらを少しずつ、社会実験のような形を含めてやってきたのが、今の街路整備、まちづくり市民事業という形で作る拠点整備、それから個店の改修などをネットワークしていくという三本柱の事業ということでやっているわけです。
 この商店街の大きな宝の一つに、地元の商店街が15年間続けてきたナイトバザールというものがあります。これは商店街の道を広場のように使って、自分たちがお店を出すだけではなくて、市民の方、それからいろいろな活動をしている人がそこを使って踊りをするとか、地域の活動の舞台になってきたのですね。そういうことが認識されてきた。こういうのを活かさなきゃいけないということが、今に繋がっていると思います。
 月1回という事だったんですが、こういうのは週一回やれたら地域にとっても商店街にとっても良いよねということが、去年(2010年)から実現して、デイバザールということでやっています。これをやっているのが拠点整備をするためにつくった「山王まちづくり会社」です。これがハード整備と同時にソフト事業も動かして、まさに地域の運営をしていくような形の(まちづくり組織の)一つになりかけています。
 ここでは商店街が舞台を作っているんです。この舞台で、今まさにですね、行政とか、市場経済のなかでなかなか回っていかない地域の経済、あるいは足りないサービス補おうとを頑張ろうとしている、まちづくりの活動をしている人がいっぱい連携してきています。そういう方々がここで一緒になってやっていくという姿が見えつつあります。こうなると商店街も新しい展開ができるんじゃないかと思っているところです。

●専門家の可能性

前田:
 それだけ長いことやっておられて、先生は都市計画、建築の専門じゃないですか。そういう専門家の役割、あるいはこれからの可能性はいかがでしょうか。
川原:
 そうですね、こういう事業をやるためには、この本ではまちづくり市民事業と言っていますが、意欲ある市民のみなさんだけでできるというものではないと思っています。ここではやはりいろんな専門家、建築とか、都市計画のコンサルタントのような人、あるいは地域を支える事業をやるためには、会社として成り立たせるために、ある程度お金を稼いでいかなければいけないわけですから、経営の感覚も必要になってきます。そうなるとコミュニティ・ビジネスを支えてきているような専門家の方々、そういう方々も一緒になってやっていく必要があると思います。
 この本では私は「職能の拡張」という言葉を使っている訳ですが、自分の発想を変えていかないと新しい展開ができないのかなと思っているところです。
 市民まちづくりが、こうやって自分たちの地域を運営していこうという勢いになってきているなかで、専門家の側も、これを支えていくように考え方を変えて、仕事の仕方も変えていかなければいけないと思っています。そういう意味で、職能というか、地域のなかでの役割も今以上に発想を広げていただいて、新しい仕事の仕方を目指していただく。そういうことも是非、やっていただきたいなと思っています。
 それは、できると思っているんです。
 というのは、この本を執筆されているコンサルタントの方、あるいは建築家の方は、実際に現場に入られて地域の思いを受け止める形で試行錯誤のなかでやり方を切り開いている方々です。私も鶴岡という場所で、幸運にもそういう方々と一緒に仕事をさせてもらって、その可能性、そしてそれが可能なことを十分感じているところです。そういったことをこの本では少し整理してお話しをしたつもりです。特に、まちづくりに関心がある方・・・たとえば、建築家でもボランティアとして、そういうことを考えている方は随分いらっしゃるんですが、これを仕事としてやっていただくことが本来の姿だと思っています。
前田:
 有り難うございます。

●インタビュー後

前田:
 このインタビューを終えて少し経って東北大震災が起こってしまいました。
 とくに原発事故は今後の日本のあり方を大きく変えると思います。
 被災情況の把握すらままならない今、あまり先走ったお話はしにくいかと思いますが、まちづくり市民事業の役割、あるいはそこで生まれた専門家の職能像は、今後の変化のなかでより輝きをますと思われますか? それとも時代が変わればあり方も大きく変わらざるをえないのでしょうか?
川原:
 確かに、この大震災からの復興には大規模な公共事業は当然必要で、その意味で本書の前提は大きく変わりました。しかし、持続的な復興を進めるには、更にいえば、将来の見えなかった集落などでこれを機に創造的復興を進めるためには、復興事業の中に市民による地域の運営を編み込んでいくことが必要です。本書の5章は中越沖地震からの創造的復興の事例です。今こそ「まちづくり市民事業」の理念・方法論がどう生かせるかを考えています。
 地元の人とともに、被災者の意向や使える土地どこかは丁寧に把握し、そこから復興の計画をつくり、事業化することは、これまでの市民事業の経験を活かして早廻しで進めることが可能です。
 また、今回の被害範囲は広大であり、専門家が不足することは明らかです。被災地域の支援には、そこに一緒にいられる人がまさに人材となるでしょうから、例えば空間像を描く、住宅再建のコトが分かる専門家ではないかもしれない。だからこそ、様々な職能の人が今の仕事の枠を越えて、
 チームを作ることが大切でしょう。
 今回は、住宅再建というだけでなく、生業再建、さらには、文化の再建が必要です。ですから、被災者の意向を形に出来る専門家、漁業、農業、港湾土木の専門家、助成やファンドなどの組み立てが出来る専門家、地域の文化に精通しており外部の専門家との橋渡しをしてくれる地元の翻訳者などの、チームを作ることが大切です。
 私は、まちづくり市民事業を支える専門家像として、事例を踏まえて発展的にこうした専門家チームの話を述べたのですが、この震災時にはそうした体制作りは、復興という大きな目標、危機感のなかでやりやすいと思っています。実際、すでにインターネットのコミュニケーションツールなども活用して、そうした横のつながりは各所で始まっているようです。期待したいです。
 

○関連セミナー

◇「まちづくり市民事業と専門家の新しい職能 川原晋、武田重昭、山崎義人 2011年5月17日夕方、京都・学芸出版社

◇「まちづくり市民事業〜新しい公共による地域の社会経済運営の展望  佐藤滋・久隆浩 2011年5月20日、夕方、京都・学芸出版社

○関連資料

佐藤滋さんインタビュー『(都市計画 根底から見なおし新たな挑戦へ)』
編集者のブログ(佐藤滋さんの新刊『まちづくり市民事業』の紹介)

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本書の概要

まちづくり市民事業

●目次●

 はじめに

序章 まちづくり市民事業とは何か  佐藤 滋

1 まちづくり市民事業への背景
2 担い手の登場
3 まちづくり市民事業が生まれる
4 まちづくり市民事業の連携と地域展開モデル
5 まちづくり市民事業が拓く世界
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第1編 事例

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1章 市民事業による歴史的空間の修復と公共空間の形成  白木 里恵子

1 まちづくり市民事業の土壌
2 小樽運河周辺地区における歴史的建造物の転用
3 歴史的資源の活用におけるまちづくり市民事業の可能性

第2章 歴史都市で創造圏を生むまちづくり市民事業の展開  真野 洋介

1 歴史都市の環境とまちづくり市民事業
2 市街地の状況
3 まちづくり市民事業への展開
4 斜面地における地域マネジメントの展開
5 創造圏の生成を支える地域の文脈と構造
6 まちづくり市民事業の可能性

3章 官民協働による事業からまちづくり市民事業への展開  野嶋 慎二

1 「蔵の辻」まちづくりの概要
2 「蔵の辻」で発生した市民事業
3 市民事業を推進していく体制と役割
4 まちづくり市民事業としての今後の展開

4章 「まちづくり」から「まちづくり市民事業」へ  岡田 昭人

1 二つのまちづくり会社
2 社会実験の積み重ねから住環境改善の事業に向かう
3 支え合って住み続けるための共同建替え事業
4 土沢のまちづくりから見えてきたもの
5 今後のまちづくり市民事業の課題と条件づくりに向けての提案

5章 復興を通してのまちづくり連携組織の形成  益尾 孝祐、岡田 昭人

1 被災市街地の創造的復興を支えるまちづくり市民事業
2 復興協議会による住民主体の復興まちづくり
3 まちづくり市民事業を生み出すまちづくりのプロセス
4 復興に向けて動き始めたまちづくり市民事業
5 まちづくりパートナーシップの形成へ
6 まちづくり市民事業による復興まちづくりの今後に向けて

6章 防火建築帯の再生をきっかけとした中心市街地活性化  阿部 俊彦、岡田 昭人

1 鳥取市中心市街地におけるまちづくり市民事業の萌芽
2 防火建築帯の再生でまちづくり市民事業を仕掛ける

7章 まちづくり市民事業による木造密集市街地の再生  阿部 俊彦、岡田 昭人

1 木造密集市街地の整備手法の限界と課題
2 地域住民の発意から始まった街区環境改善の取り組み
3 木造密集市街地におけるまちづくり市民事業の可能性

8章 新中活法に基づいたまちづくり会社による事業展開  久保 勝裕

1 富良野市におけるまちづくり市民事業の位置づけ
2 中心市街地における2つの事業展開の流れ
3 法定協議会と「新会社」の組織化のプロセス
4 公益的ディベロッパーとしての「新会社」の事業実績
5 市民事業を波及させる「支援事業」の展開
6 地域運営を担う多主体協働の体制づくりに向けて

第9章 まちづくり市民事業の到達点  鈴木 進、川原 晋

1 鶴岡の中心市街地の再生とまちづくり市民事業
2 クオレハウスプロジェクトにみる事業の立ち上げプロセス
3 山王商店街プロジェクトにみる地域社会基盤の形成
4 総括 まちづくり市民事業の到達点

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第2編 仕組み

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第10章 まちづくり市民事業のマネジメントの課題  鈴木 進

1 まちづくり市民事業の「ミッション」
2 まちづくり市民事業における戦略の共有化
3 持続可能な事業モデルの構築
4 まちづくり市民事業の担い手の組織化
5 事業連携

11章 まちづくり市民事業における担い手の役割  川原 晋

1 事業の形からみた「まちづくり市民事業」の特徴
2 まちづくり市民事業の形成プロセス
3 まちづくり市民事業の担い手と役割
4 まちづくり市民事業を支える専門家としての職域拡大を

12章 まちづくり市民事業の協働関係〜態勢から考える  内田 奈芳美

1 まちづくり市民事業の態勢とは
2 まちづくり市民事業の態勢をかたちづくる要素
3 まちづくり市民事業の態勢の変容パターン
4 まちづくり市民事業の課題(態勢から考える)

13章 まちづくり市民事業を育て支援する仕組み  内田 奈芳美

1 まちづくり市民事業を育て、支援する仕組み〜ブースター
2 インキュベーション(起業支援、育成)
3 インターミディエーション(中間支援)
4 まちづくり市民事業のためのブースターの今後の課題

14章 まちづくり市民事業を育む創造的環境  齋藤 博

1 まちづくり市民事業の土壌としての「創造的環境」
2 市民事業の創出における行政の役割
3 多様なパートナーシップによる地域運営
4 市民の創造性
5 「創造的環境」を形成する文脈化された地域力

15章 地域経済基盤を支えるまちづくり市民事業の新たな資金調達  小松 俊昭

1 地域独自の経済基盤確立に向けて
2 まちづくり市民事業構築のための資金構造
3 経済基盤構築に向けた組織づくりとその状況確認
4 地域経済基盤の確立に向けた「不動産民事信託」の活用
5 非上場型不動産投資信託の活用
6 持続的な資金循環の構築

16章 まちづくり市民事業の評価  名取 隆

1 評価の主体と目的
2 まちづくり市民事業の事業評価

17章 組合事業から見たまちづくり市民事業への展望  田中 滋夫

1 都市整備における組合事業制度
2 組合事業でのまちづくり事例から
3 組合事業システムの課題と展望

18章 まちづくり市民事業がデザインする地域再生  齋藤 博

1 社会的企業とまちづくり市民事業
2 イギリスの社会的企業によるコミュニティ・ディベロップメント政策
3 イギリスの社会的企業による都市再生の取り組み例
4 イギリス政策から学ぶべきポイント

 おわりに

 

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