かたちと関係の風景デザイン
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新しい美の可能性

 

 重ねて言いますが、 これが良いと思ってお見せしているのではなくて、 こういった試みの中にも風景をつくる一つの手がかりはあるかもしれないという程度のものだと受け止めていただきたいのです。

 統一した街並みを造るためには、 色や屋根の傾斜、 材料、 素材といったものを上から統制していくということが考えられます。 生産手段がシンプルだった場合はおのずとそうなっていくわけです。 かつての京都の町屋や倉敷の街並みも、 素材や色も揃っているわけですが、 現在という時代、 特に個人の自由を尊重しながら社会を築いていこうという時代においては、 そのような全体を統一していこうという思想を取り入れるのはなかなか難しいわけです。

 たとえて言えば、 皆さんタキシードを着て社交ダンスを踊ってくださいというのに近いと思います。 もちろん社交ダンスにクリエイティビティがあるのは承知していますが、 端から見た風景としては皆タキシードかイブニングドレスを着て社交ダンスを踊れば、 全体が揃うのはわかっているのです。

 おそらく我々がこれから求めなければならないのは、 個人個人が、 もう少し自由に運動をするときにもたらされる秩序です。 それはひょっとするとフレデリック・フォーサイスのモダンダンスのように、 何かお互いの身体が自由に運動しながらも他者との関係を持って、 その間に「間」のようなものができていくというイメージのものではないでしょうか。

 そしてその「間」は、 “かたち”と“関係”というふうに分けて考えられるものではなくて、 個別のかたちの中にあらかじめ関係が埋蔵されている、 そのようなかたちであるはずではないでしょうか。

 そして、 そのような意識を誰もが持ちえるならば、 私は郊外の分譲住宅地という今の日本の中でも特に困難な風景の中にすら、 新しい美の可能性があるのではないかと思います。 美というものは永遠ではありますが、 必ずしも普遍的ではありません。 その時代時代に新しい美は生み出されて行くのですから。

 ご静聴ありがとうございました。

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