かたちと関係の風景デザイン
左三角
前に 上三角目次へ 三角印次へ

* * *

関係のデザイン1

建築家・都市デザイナー 柳田良造

 

山本

 セッション2はまず建築家であり、 都市デザイナーでもある柳田良造さんです。 柳田さんは都市環境デザイン会議北海道ブロックの幹事もされています。 徳島県のご出身で、 北海道大学の建築学科を卒業され、 早稲田大学の博士課程を終了されました。 現在はプラハアソシエイツ株式会社の代表をされています。

 コーポラティブ住宅の設計を手がけられる一方、 街並みの色彩に関する研究を長く続けられており、 函館色彩まちづくり基金による函館カラートラストの事務局もされています。


これまでの仕事〜自己紹介を兼ねて

 最初に自己紹介をかねて、 事務所のことなどをスライドでお見せしたいと思います。 もう移ってから15年ほどになりますが、 札幌の山鼻という古くからの住宅地にある元病院を改造した「PRAHA」と名付けられたスペースに事務所があります。

 2階建ての建物で、 1階には、 ギャラリー的な利用のフリースペースと若い作家のアトリエが8つほどあり、 事務所は2階にあります。

 建物の南面に庭があり、 夏にはアカシアやカエデの大木で鬱蒼とした林のような場所になりますが、 春雪解けとともにクロッカスが地面から一斉に咲き始める光景は非常に印象的です。 断熱材も入っていないような古い建物ですが、 庭に林があったり、 自由に改造できる雰囲気がいいのか、 僕の息子ぐらいの若者達が集まってきて、 フリースペースの運営などいろいろやっているようです。

 これまでの仕事を振り返る時、 自分の興味と仕事が10年ほどの単位で少しづつ変わってきているのを感じます。

 最初、 卒業論文で小樽運河の保存運動を取り上げたこともあり、 1970年代は町並みの保存運動に関わっていましたが、 80年代に入って都市デザインを志すようになりました。 当時、 日本の風景や都市デザインを考える制度や技術的な面で、 街を三次元的に考えることがほとんどなく、 方法論的に壁を感じていました。 80年代中頃から急速にコンピューターグラフィックスが普及しだし、 それを活用した横浜や川越などでの都市デザインに携わるようになりました。

 その後、 80年代から90年代にかけて札幌や函館の都市景観の仕事もしていましたが、 ずっと都市デザインと都市計画の制度の乖離を感じていました。 その後、 実際の都市空間のなかでのデザイン、 つまりは建築設計に携われるチャンスをえて、 最初は住宅が多かったのですが、 最近では保育園なども手がけるようになっています。

左三角前に 上三角目次へ 三角印次へ


このページへのご意見はJUDI

(C) by 都市環境デザイン会議関西ブロック JUDI Kansai

JUDIホームページへ
学芸出版社ホームページへ