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那智参詣曼荼羅の物語世界

 

 

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那智参詣曼荼羅図全景(正覚寺本)
 
 ではそろそろ、 曼荼羅の絵解きを始めましょうか。 今日の私の扮装は年増の熊野比丘尼の格好です。 本当は比丘尼の側に小比丘尼と呼ばれる若い女性がアシスタントについてくれて、 熊野のお守り札を配りながら、 みなさんからのお布施を集めて回ります。 そして、 絵の解説をするときは絵を傷めないよう、 雉の羽のついた棒(おはねざし)を使うのです。 では、 ちょっとナマリがあるが、 タイムスリップして始めますよ。

 この絵は那智山の素晴らしい聖地世界(曼荼羅)を表現したものじゃ。 絵の上方には山々、 那智の滝、 那智川、 絵の下方には那智湾が描かれている。 真ん中にはたくさんのお寺やお宮が建てられていて、 大勢の人がそこにお詣りをしているんじゃ。

 この世界を詳しく見ていこう。

 
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補陀洛山寺前の那智の浜
 
 「那智山」と書いた大きな鳥居があり、 後ろには補陀洛山寺が見える。 三棟建ての建物は熊野九十九王子のひとつ「浜の宮王子」じゃ。

 
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補陀洛渡海
 
 鳥居の前の海には一艘の舟が浮かんでいる。 そうじゃ、 これが補陀洛渡海の舟なんじゃ。 「観音丸」と書かれた棺桶舟じゃ。 舟の四方には鳥居が立てられている。 また、 お墓に立てられる「忌垣(いがき)」もある。 扉ひとつないこの中に閉じこめられるわけじゃ。 こんな舟でお坊さんは補陀洛浄土へ乗り出したんじゃ。 その舟の後ろには、 同行者であるお坊さんがのった「曳き舟」がある。

 
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四つの島
 
 観音丸の行く手には四つの島が浮かんでいる。 一番右の木の生えている島が「山成島」。 平維盛が入水した島じゃ。 その手前が「綱切島」、 補陀洛渡海船の綱を切った島じゃ。 その手前が「金光坊島」。 昔、 金光坊というお坊さんが補陀洛渡海を嫌がったため、 この島で殺されてしまった、 そういう逸話があるんじゃ。 一番手前が補陀洛渡海の帆を上げた「帆立島」じゃ。

 
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補陀洛渡海に臨む人々
 
 大きな鳥居の下には、 これから補陀洛渡海をしようとしている三人がいる。 誰だと思うか? そうじゃ、 近所のおじさんじゃ絵にならん。 平維盛一行じゃ。 真ん中の人物が平維盛、 左が兵衛入道重景、 小さいのは石童丸じゃ。 平家物語に出てくる場面なんじゃ。 彼らが赤い帽子をかぶっているのは、 那智の滝で千日修行をした証じゃ。 平維盛の石塔も建っている。

 お坊さんたちが集まって彼らを供養している。 補陀洛渡海はまさに葬式の儀式なんじゃ。 肉体は滅んでも、 精神は観音さんの浄土に生きることが出来るというわけじゃ。 みなさんもいかがかな(笑)

 
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那智山の入口
 
 山の方に入ると、 途中には関所がある。 小さな祠は「市野々王子」じゃ。 那智川にかけられた二つの橋を渡って那智山へ登っていく。

 
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二ノ瀬橋
 
 先達に導かれて橋を渡る白装束の夫婦の二人連れじゃ。 熊野詣でをする人は、 こうした白装束をしているんじゃ。

 橋の手前には十二単の女性が桜を見ている。 誰であろう。 これが和泉式部じゃ。 千人の男性と交わった、 80歳まで月の障りがあったという和泉式部。 恋多き、 汚れた女性でも熊野詣でが出来る、 その証としてここに登場するんじゃ。

 橋の下では西国巡礼の二人が禊ぎをしている。 彼らのお祓いをしているのが熊野比丘尼じゃ。

 
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那智川
 
 那智川の河口には沢山の俵舟が浮かんでいる。 なぜなら全国から沢山の米を集めてくることが我々山伏や比丘尼たちの仕事だからじゃ。

 
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振りが瀬橋
 
 この橋を渡った先からが那智山の聖域じゃ。 聖域と俗界を振り分ける橋だから「振ヶ瀬橋」じゃ。 ここから先は肉食が出来んので、 左の二人はここで大急ぎで肉食をしているんじゃ。 お酒も飲んでいるかもしれんの(笑)。

 
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那智川の神の化身
 
 振ヶ瀬橋では、 那智の滝の神の化身である龍が出現している。 ビールのマークが出てきたわけぢゃない(笑)。 その頭には稚児が乗っているが、 稚児は神のよりましじゃ。 那智の滝の神と高貴なお坊さんが対面している場面じゃ。

 
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大門坂
 
 那智山へ登っていく有名な大門坂じゃ。 途中にある小さな祠は「多富気(とふげ)王子」で、 九十九王子の最後の王子社じゃ。

 関所もあり、 怖い顔をした仁王さんも立っている。 大きな門がここに建てられていたから大門坂なんじゃ。

 
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聖域の中
 
 大門坂を通ると、 道が二つに分かれている。 真っ直ぐに登っていくのが「後幸(ごこう)道」、 奥の滝の方へ向かう横道が「巡礼道」じゃ。

 
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奥の院
 
 巡礼道の途中には奧の院があり、 お墓が描かれている。 法灯国師が開いた奧の院は那智一山の葬式寺で、 全てのお葬式はここで行われた。

 
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那智の滝とその周辺
 
 これが日本一の那智の滝。 その麓にはいろんな建物が建てられている。 那智の滝の右側にある小さな建物は、 花山法皇の庵室じゃ。 花山法皇はここで3年間お籠もりをした。

 
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経塚
 
 那智の滝の手前には金経門経塚がある。 高貴な人たちがここに金のお経を沢山納めたんじゃ。

 今、 ここでお経を納めようとしているのは全国各地を巡ってきた六十六部の聖じゃ。 お茶を飲んでいるわけやない(笑)。

 
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千手堂
 
 また那智の滝の麓にあるのが千手堂。 本地仏を祀っているお堂じゃ。 拝殿もある。 千手堂の前には、 那智の滝千日修行の人が水垢離をしている。 ただの行水ぢゃあない(笑)。

 
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滝修行と「生貫杉」
 
 文覚上人が凍え死にしそうになったとき、 金迦羅・制多迦童子が現れて救われたという滝修行と、 「別所橋」の滝衆の修行場面じゃ。

 左手の拝殿を突き抜けているのは生貫杉(ハエヌキ杉)じゃ。 那智の滝の生命力が拝殿を突き抜けている。 すごい生命力じゃ。

 
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千日修行
 
 那智の滝で千日修行をしている人々じゃ。 紙を広げているのは、 日本一の那智の滝の水でお札(熊野牛玉宝印)を印刷するためじゃ。 鼻をかんでいるんじゃない(笑)。

 
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中門
 
 那智の滝から中門を通って、 那智の本社のほうへ登っていこう。

 
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本社の広場(お木曳)
 
 本社の広場「田楽場」じゃ。 ここにもいろんな建物がある。 三重塔の前ではにぎやかな場面が展開されている。

 何をしているのか。 木を引っ張って遊んでいるわけじゃない。 大工さんの「斧始め」の儀式じゃ。 木遣り音頭を歌いながら木を引っ張って仕事始めを行っているところじゃ。

 我々の仕事は、 お金を集めてお宮・お寺の建て替えをすることじゃから、 こういう場面も描いているんじゃ。 回りでは笛や太鼓を打ちならして田楽を踊っているのう。

 
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大黒杉
 
 鳥居の向こうのひときわ大きな木が、 大黒杉。 その下には「ふり石」、 天から降ってきた石じゃ。 隕石やない。 鳥居の足元には白ねずみが描かれておる。 大黒ねずみじゃ。

 
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那智本社・五社殿
 
 大勢の人がお詣りし、 ひときわ立派な建物がたくさん建っている所じゃ。

 奥に五つ並んでいる建物があるじゃろ。 一番右は、 那智の瀧宮、 奥ゆかしく少し引っ込んで建てられているのう。 地主神として祀られているからじゃ。

 その隣が本宮の証誠殿、 それから新宮の中御前(速玉さん)、 それから那智の主神「夫須美大神」を祀る西御前じゃ。 これは少し大きく描いとる。 一番左が若一王子、 天照大神を祀っているんじゃ。 立派な社殿が揃っているじゃろう。

 
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八社宮
 
 ここが、 その他大勢の神々を祀っている八社殿。 こちらは長屋住まいじゃ。

 
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花山法皇の参拝
 
 高貴な人がお詣りをしている図じゃ。 誰か分かるか。 これは西国三十三巡礼を始めた花山法皇がお詣りをしている場面じゃ。

 上にはヤタガラスも見える。 三本足のはずなのに、 どういうわけか二本足じゃ。 その下に見えるのが「烏石」じゃ。 神武東征の烏がここで消えたという霊石じゃ。 未だに那智本社にはこの霊石が居座っている。

 
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那智の拝殿
 
 お坊さんが神殿の前でお経を読んでいるんじゃ。 パソコン教室ではないぞ。

 
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那智山の如意輪堂
 
 如意輪観音さんを祀っている所じゃ。 平安時代から西国第一番の札所として名高い。 大験仏を祀っているんじゃ。 未だに秘仏となっている。 白装束の二人がのぞき見をしようとしている。 のぞきはいかんぞ。 そしてこの二人は先達に導かれて妙法山に登っていくんじゃ。

 
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妙法山
 
 妙法山は死んだ人の霊が登る山、 女人高野じゃ。 お墓が描かれている。 ここでは先達の人間だけいて、 白装束の二人は忽然と消えている。 そうじゃ、 亡者の熊野詣でだったんじゃ。 この曼荼羅は山の中の山中他界、 海の彼方の海上他界の入口とされる「死の熊野」を描いてるんじゃ。 熊野は怖いところじゃあ。

 しかし、 それだけではない。 熊野は那智滝の水が育む生命力が息づいている素晴らしい聖地なんじゃ。 死の世界と生命力のふたつが重なり合う奥ゆかしい熊野の三山。 みなさん、 ぜひともこの熊野の神様、 仏様と縁を結んでいただきたい。 そのためには熊野の神様仏様に応分の寄進をすることじゃ。 地獄の沙汰も金次第。 賽銭はけちるなあ〜。

 ……そんなことを言って、 ひしゃくを持って聴衆の間を巡ったのが熊野比丘尼の曼荼羅絵解きでございます。

 以上です。 ありがとうございました。

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