都心のまちづくり その担い手
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銀座の事例

 

 私は1年前から銀座のまちづくりに関わっています。銀座は江戸以来の町割りを細分化する方向に進んでいます。そのため街区が小さく、歩きやすいまちとなっています。また、トップブランドが立地し、老舗が幅をきかせており、銀座フィルターと称して銀座のクオリティやアイデンティティを大切にしています。

 吉本興業が銀座に進出しましたが、数ヶ月で撤退しました。これは銀座フィルターが吉本興業を受け入れなかったのです。また先日、老舗「東京羊羹」の建物が売られて銀座中央通りの真ん中でカラオケ店が出店されることになりました。銀座の町内会は、「カラオケがだめだとは言わないが品良くやってください」などと難色を示したため、建物を転売し、他に移っていきました。

 銀座八町は、おいしいものが食べられる店や、裏通りにはおしゃれな店など、多様な組み合わせで構成されています。銀座の人達は、これを銀座の価値と捉え、この価値を支えるものは町並みであると考えました。

 銀座には、優れた地主さんであり子供服屋の商店主である三枝さんという方がおられます。彼は銀座の歴史に詳しい銀座博士です。彼は銀座の歴史や銀座フィルターを大切にしていこうとしていました。

 しかし、その中で、銀座の象徴でもある資生堂ビルの建て替えが始められました。高さ31mでコントロールされていた時、三越のように地下3階や4階まで掘ることにより、容積率1300%の既存不適格ビルが多く建てられました。資生堂ビルはその既存不適格ビルのひとつでした。資生堂としては、高さ31m、容積率800%で建て替えるわけにはいきません。しかし、三枝さんは、町並みを壊すような公開空地をもつ高層ビルを建てさせたくありませんでした。以前、王子製紙ビルが銀座の町割りの中に公開空地を作って建てられ、銀座の町並みを大きく変えてしまったためです。

 このような状況の下、公開空地をつくらず、壁面後退をせずにいかに容積を確保するかを真剣に考えた結果、数cmセットバックはするが、商業用途床が3割以上あり、銀座の特性を強めるものである場合、容積率と斜線制限を緩和するという銀座のルールが作られました。

 銀座ルールに従うと幅員26mの銀座の表通りには、高さ56m、容積1100%まで建てられることになっています。このような方法で、現在の銀座の町並みが激変しないようなルールが地区計画として決められました。

 道路幅員が18mの場合は高さ48mなどと、道路幅員によって様々なグレードが出てきます。また、高さ56mが本当にヨーロッパ型の町並みに合うかという疑問も発せられています。しかし、少なくとも56mより上は、工作物などを作らない限り、空が開けており、超高層で視界が遮られることはないというルールが作られたのです。このことにより、なんとか品の高い、ヨーロッパ型の町並みという銀座のアイデンティティを保ち続け、その中で多様な展開をしていくことができると考えられていました。

 しかし、都市再生特別措置法が成立し、再開発により、容積率を上げて、高層建築が建てられるような構造がつくられてしまいました。その中で、松坂屋が、百貨店をやめて、森ビルと組み、中層までは商業ですが、上層で不動産ビジネスをする、高さ178mの超高層建築を建てるという提案が出てきました。

 銀座の人達は、「地区計画でこのようなことはできないようにしているはずではないか」と主張しましたが、そうではないのです。日本にはまちをどうするかというマスタープラン的なルールはありません。地区計画はそのようなものだと思われていますが、実は違うのです。総合設計制度、特定街区など、全てが規制手段と結び付いた計画システムとなっています。したがって、地区計画がかかっていても、特定街区や総合設計、特別地域などで、地区計画の制限を無効にすることもできるのです。銀座全体の都市デザインをどうするかは、どこでも決まっていないのです。

 どうすれば良いかを相談された時、私は「本当に森ビルと闘うなら私は加担する」と言いました。森社長は私の親友です。彼は、超高層こそが未来の姿だと思い込んでいるため、絶対に頑張ろうとします。しかし、彼は汐留のようなものは作らないという高い志はもっています。私は六本木ヒルズのデザインは嫌いですが、少なくとも志のあるものを作っていると思います。

 先日も、相談しながらやりましょうということで、森ビルが松阪屋再開発のプロジェクトを組み込んだ1/1000の全銀座八町の木製モデルを持ちこんできました。これは極めて先進的な優れた方法です。

 ディベロッパーはこれで銀座の現状を示して「ごちゃごちゃしていると地震が起きるとひとたまりもないし、一人一人建て替えようとしても、とてもではないが不動産ビジネスは成立しない。だから、みんなで一緒にやる必要がある」と理解してほしかったのでしょうが、銀座の人は「銀座はごちゃごちゃしているが、それが面白いのだ」と言い、ごちゃごちゃしていることを決してネガティブに捉えていません。そのくらい価値観の対立があります。

 対立した価値観の人と闘おうとするのだから、こちら側にも闘うための材料が必要です。したがって、お金を出して専門家を雇い、対抗資料を作る必要があるのです。銀座は闘うことを決めたため、私は昨年からそのような仕事を始めました。

 私は、銀座のまちづくりに関与する条件として、銀座のリーダーシップを握っている銀座通りを中心とした老舗の旦那だけでなく、銀座八町の皆さんの意向を反映させていくことをお願いしました。これは、この地区計画は皆の意向を反映しているから、簡単に変えてもらっては困るという形にしようということです。これまでの銀座通り連合会を全銀座会に改組し、全銀座会を背景として銀座まちづくり会議を組織し、その会議が実際に銀座のまちづくりを決めていこうという形にしました。何十枚もニュースレターを出してコミュニケーションをとりながらやってきています。

 中央区はどのようにその問題を扱えば良いか困り出しました。この松阪屋問題は氷山の一角に過ぎず、三越や松屋も建て替え、増床しようと動き出した時にどう対処すれば良いかという問題があるのです。

 そして、最大の問題は歌舞伎座の建て替えです。歌舞伎座は戦火にあっているため、建て替えの必要があります。その際、松竹は歌舞伎座から少し離れた場所に高層ビルを作って歌舞伎座に還元することを計画していました。しかし、その計画では高さ200mのビルを建てなければ歌舞伎座を建て替えられません。歌舞伎座は戦後吉田五十八氏が設計しなおしたのですが、かつて岡田信一郎氏が設計した昔の良い姿を再現するそうですが、その代わり後ろに巨大なビルを建てるという計画です。このような問題を中央区としてはどのように扱ったら良いかが分からないのです。

 そこで、中央区とまちづくり会議が協議会をつくり、そこで議論をし、決めていこうということになりました。

 最初の問題はピアスという大阪資本の進出でした。銀座の一画に、高さ46mのビルに22mの工作物を付けた合計68mのビルの建設が計画されていました。法的には工作物は建築物ではないため、行政指導以外にコントロールする手段がありませんでした。しかし、中央区には強い権力をもった部長がいたため、行政指導により、最終的には十数mの工作物に抑えることができました。

 このことを受けて、私達は銀座に都市デザインガイドラインをつくり、基本精神を示した上で、現行地区計画を遵守させ、地区計画が及ばない範囲は個別に審査し、デザインチェックをするということにしました。現在の地区計画にも矛盾があります。晴海通りや昭和通りは自動車交通量が多いため、銀座通りと同様に人にやさしい通りを目指しても不可能です。このような通りに商業施設をつくろうとしても無理で、どうしてもホテルや事務所等をつくらなければなりません。また、そのような希望が出た時に、現在の銀座ルール(地区計画)では処理できないのです。実際に、特定街区を使ってホテルが一棟できていますが、それについては銀座の人も仕方ないと感じています。

 このように、現在、銀座では全体のガイドラインをつくり、それに従って一つ一つの問題について、地元の人が意見を言い、専門家も加えた都市デザイン会議を組織し、まちをコントロールしようという方向に進んでいます。

 この銀座の事例で担い手は誰でしょうか。明らかに銀座通り連合会や全銀座会などを中心とした銀座の人達は担い手です。また中央区や東京都も強力な担い手となっています。さらに新たに入ってきた森ビルなどの資本も担い手となっています。外国からお金をもってきて、いくらでも投入できるというノウハウをもっているグローバリゼーション側の資本に対し、何を銀座にとって善しとするか、またそれを誰が決めるべきかの議論が必要なのです。

 誰が決めるのかは難しく、全銀座会で議論して、まちづくり会議と中央区がこうすれば良いと言ったら、本当にそれで良いのかというと、それには疑問が残ります。多くの人が銀座に対するイメージをもっており、それも大切にする必要があります。数週間後に岸恵子さんと阿川佐和子さん、陣内秀信先生が対談をします。本来ならとんでもないギャラが必要な方々ですが、今回は無料で対談をしてもらえます。銀座が好きで、自分の居場所だから、銀座のためになることであればということで引き受けてもらえたのだと思います。

 このような人達の意向はいかに反映すれば良いのでしょうか。現在、我々が抱えている問題は、広域的な多くの人が集まる場所の方向性を決めるのは誰なのか、ということです。かつては、都市はひとつのまとまりを持っていたため、都市住民が決めれば良かったのです。しかし、現在は、都市の境界がなく、広域的な都市圏の連鎖体になっているため、誰が決めたら良いかは難しくなってきているのです。特にヨーロッパでは、EUの補助金なども関係してくるため、誰がキャスティングボードを握るべきかが難しくなっています。本当に超高層は悪いのか、なぜヨーロッパ型のまちが良いのか、空はどれだけ大切かなどをしっかり議論する必要があるのです。

 これまでは、このような議論なしに民活が始まったため、とんでもない形で多くの高層建築が建てられ、東京周辺の居住環境が悪化したのです。一方で、都市構造自体が散逸し、構造として掴み所がなくなってきていると同時に、これまで安定的に過ごせていた居住地環境が、壊滅的に劣化してきている状況です。これに対して都市計画法や建築基準法、住宅政策が対応する必要がある時期にきています。このような意味では、担い手は誰かを特定することと、それを背景にしながら、どのような合理性をもってどのような意思決定をしていくべきかという問題が銀座で象徴的に表れてきているのです。

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