そのような「共有できるテキスト」の唯一つのものが、 人の一生を貫き、 世代間を繋ぎ、 世界の人々を結ぶ「持続する風景」をめぐるテキストではないかと思います。
そして、 風景の基軸として変わらないその土地の空間的秩序の再認識、 再評価と継承が、 今重要な課題となっているのではないでしょうか。
そうゆうような地形の持っている空間秩序というものをどうゆうふうに町の中に継承していくかということが、 おそらくこれから町を創っていく時の共有のシナリオとして重要になっていくのではないかというふうに思われます。
今日、 都市の「らしさ」をめぐるテキストには、 居住者、 行政、 ディベロッパー、 ツーリストといった様々な主体が関わっております。
ただその時に、 何が大事なのか、 どのような風景が大事なのかということは、 住み手の人々が決めることではないかと思います。
そういった意味で、 ありふれた場所の大切さと言うことをここでもう一度考えてみる必要があるし、 やはり喪失感をもたらすような急激な変化ではなく、 コントロールされた変化を創り出していくためのコントロールポイントとして、 風景というものを考えていく必要があるのではないかと思います。
その中のキーとして、 町が持っている自然的基盤条件というものをどうゆうふうに継承していくのかということがあると思います。
その継承の仕方は色々あると思いますし、 何をもってその町の空間秩序として考えていくかということも、 それぞれの町でケース・バイ・ケースとして培っていくものだと思いますが、 一つそういった視点を町づくりに入れていくということが、 都市のデザインの継続性という上で、 非常に重要なことではないかと思います。
そして、 「共有できるテキスト」としての土地の空間的秩序を前提としつつ、 過度な統合を見直し、 行政は大きな空間秩序の継承を担い、 より生活に密着した細部は、 居住者の私性に基づく「らしさ」にゆだねるといった、 役割分担、 あるいは棲み分けが実践的枠組みとして不可欠となるのではないかと思います。