JUDI関西 「イタリア都市とアイデンティティ」 by 井口勝文
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1 自分の街が他の街とは違っていること
それがアイデンティティ――ではない

 最初の問題提起は、 これはイタリアとは関係ありません。

我々が街のアイデンティティという時に、 何か他の街にないもの、 自分のとこにしかないもの、 そういうことを軽々しくオリジナリティといったりするんですけども、 そういうことを求めることが、 非常に多いんじゃないかと思います。

いわゆる差別化と言いますか、 他のものと違うこと自体を目的に街をつくるということと、 街にアイデンティティをつくるという事とは違うんだということを最初に私は言いたいんです。

   

 私は企業で働いておりますんで、 特にそういう機会が多いんだとは思うのですが、 民間活力導入ということで役所の方も我々に話をされるときは、 どうしてもそういう傾向が強いように思います。

   

 いわゆる商品企画の世界では差別化ということが非常に大事なポイントになってくるわけです。

これはそれと全く同じ考え方だと思うんです。

街が商品として企画されるということです。

どうしても自分の街は他の街と違ってもらわなくちゃいけないという、 違うことだけが最終的な目的になる。

それがアイデンティティだという考え方が確かにあります。

その結果、 街づくりの時に、 他にどこにもないものをつくろう、 世界中にここにしかないものをつくろうということで、 それじゃあ海外に珍しい街の事例調査に行って、 それを日本でつくりましょうかということになる。

誠に変な話なんですけども、 そういうことをくり返してやっているわけです。

   

 レルフさんが言われましたアンプレイス、 ようするに借り物の街、 そういうふうなものでもって、 我々が自分達の街をつくっていくというのは、 なかなかしんどい話です。

これは早く断ち切らないといけない。

アイデンティティというものはそういう他に無い街、 他とは違う街をつくろうとすることによって得られるものではないのだ、 ということを最初にあえて、 申し上げておきます。

   

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