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「テーマパーク」と「タウンウォッチング」

大阪大学 小浦久子

 まちの歴史的・地域的資源を生かした町並み整備が観光資源になってきている。 旅のガイドブックをみても、 これまでのような物見遊山型に対応する情報だけでなく、 町並み観光をとりあげている。

 町並み整備にも、 伝統的建造物群保存地区のように、 歴史的建造物を保存・再生していくものから、 まちの歴史やストーリーをもとに、 全く新たな町並みを創造していくものまで、 様々である。 寺社仏閣や景勝の地などとは異なり、 日常の生活の場も、 観光の対象になってきている。

 そして、 閉じられた世界とはいえ、 テーマパークもまた、 その場所を楽しむという意味において、 町並み観光の類型といえる。 しかし、 テーマパークの楽しみとタウンウォッチングの楽しみは、 どこか違う。 前者は、 都市に蓄積された時間の発見(想像性)であり、 後者は、 閉じられた場所で演出される時間の消費(娯楽性)である。

 本来、 町並みの魅力は、 その土地に暮らす人々の生活や都市活動の表現の蓄積にある。 日常生活の場で、 これまでの伝統的様式を継承する町並み整備が進められても、 それが非日常の観光地へと転換していくとき、 限りなくテーマパークに近づく。 その一方で、 建物が更新されていく市街地の中で、 わずかに残る建物によって、 そのまちの歴史的な生活環境が読みとれることがある。

 町並み観光に見られる娯楽性と想像性は、 目に映る仮のまちの実態(ヴァーチャリティ)の楽しさと、 生活環境に映し出されているものから見えない過去の実態や風景を仮想する楽しさともいえるのではないだろうか。 町並み観光の楽しさの対象のなかに、 仮想都市の魅力を考える手がかりがあるのではないだろうか。

◆本物を目指したテーマパーク:ハウステンボス

 長崎県の大村湾に、 12世紀から20世紀のオランダの町並みを再現しようという試みが、 ハウステンポスのプロジェクトである。 152haの土地に約2000万枚のレンガが使われている。 主要施設をつくるレンガはオランダで焼いた。

 レンガ舗装も、 オランダ同様、 レンガの細い面を上にして敷き詰められている。 運河の護岸は、 石と土で固めた自然護岸である。 レンガづくりのオランダ様式の建物が、 町並みをつくる。 確かに、 素材も、 デザインもオランダそのものである。

 しかし、 テーマパークである。 海からアプローチすれば、 オランダには決してあり得ない山並みを背景としたまちが見えてくる。 中に足を踏み込むと、 生活感のない何とも不思議な気分がある。 それぞれの建物の中は、 オランダの洋服を着たアミューズメント空間である。

 実態があって実感がない。

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◆江戸の宿場町に住む暮らし:奈良井宿

 長野県・奈良井は、 古来からの交通の要衝であった木曾谷に沿った集落で、 中山道の宿場町として近世から栄えた。 当時は「奈良井千軒」と呼ばれるほどの賑わいであった。

 昭和53年、 重要伝統的建造物群保存地区指定を受け、 既に200棟以上の修理事業、 100棟を越える修景事業を行った。 また、 電柱を街道筋の裏側に移設し、 街道につながる細い路地に面する建物は、 その路地に面する面だけ、 板張りに修景が行われている。

 緩やかにうねる街道に沿って約1キロほど続く近世そのものの家並みの中を歩くと、 もはや宿場町の賑わいを窺い知ることはできないが、 出会う人と交わす挨拶の中に生活の実感がある。 観光客は少ない。

 しかし主要産業であった曲げ物や塗り物を続けている家はかなり少なくなっている。 多くの人が松本へ働きに行っている。

 昼間と異なり、 夜はかつての宿場町を思い起こさせる。 夜になると、 通りに漏れる光は少なく、 蛍光灯の白い光はほとんどない。 その中で江戸時代から続く「ゑちごや」旅館のほんのり明るい大きな店構えに、 宿場町の夜の艶やかさを見たように思う。

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◆修景拠点:小布施

 北斎館の開館がきっかけだった。 まちづくり基本構想において、 北斎館周辺を歴史文化ゾーンを位置づけ、 町並み修景事業が行われた。 国道沿いの一角に、 文化施設と栗菓子の老舗、 造り酒屋の民家が並ぶ新しい観光スポットが生まれている。

 多くの観光客はここだけ観光バスで訪れ、 小布施の歴史と文化をかいま見る。 しかしこれ以上にふつうの町が快い。 昭和62年にHOPE計画を策定し、 「うるおいのあるまち環境デザイン協力基準」を決めた。

 目に見えるかたちで、 小布施の歴史と風土に根ざした建物や空間が歴史文化ゾーンにある。 これがゾーンの外にも広がりつつある。 少し黄色っぽい壁をもった切妻・大壁の家が建てられてきている。 モデルハウスも街角に建てられていた。 都会では考えられない豊かさである。 そして、 まちのあちこちに花が咲いている。

 新しい建物ではあるが、 歴史と風土を引き継ごうとしている。 歴史文化ゾーンは観光客にとっては、 テーマパークの楽しみでも、 まちにとっては、 これから町をつくっていくときの新たな空間モデルになっているのだろうか。

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◆市街地に残されたまちの面影にかつての町並みを見る:阪南町

 昭和初期に、 区画整理によって、 東西60間、 南北41間の街区が整備され、 中央に2間の私道がはいり、 背割りで宅地の奥行きが10間程度の長屋が建ち並んだ。 戦災の被害をほとんど受けず、 昭和40年代まで、 当時の町並みがあった。

 長屋といっても、 このあたりはサラリーマン層の住宅で、 中流意識を満足させるような、 塀を巡らせた邸宅風や洋風など、 様々な工夫がなされている。

画像k07 画像k08  しかし、 戦後は持ち家化が進んだこともあって、 近年急速に建て替え更新が行われている。 今では、 部分的に当時の長屋が残っているが、 多くのところで、 まちの姿が変わった。 それでも、 街区の大きさや住宅の建て方、 残された長屋建ての様式から、 整然とした町並みを、 思い描くことができる。

 見えない町並みが見えてくる。

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