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パネル報告

都市のリアリティー・関係欲を充足する実体験

千葉大学工学部工業意匠学科環境デザイン研究室 柘植喜治

 仮想的な都市を議論する際に事例としてホートンプラザやキャナルシティー博多が取り上げられる事がある。 私はジャーディ・パートナーシップ社(JPI)の主任デザイナーとして8年間キャナルシティー博多を担当し、 様々な設計理念を構築したが、 その根底にあったものは人と環境の関係である。 そこで今回のテーマ「仮想と現実」「都市のリアリティー」を考える手がかりとして、 「関係欲」と言う概念を提示したい。 人間は生まれながらにして様々な体験を通して外界と関わりたいという関係欲を持っている。 これは食欲や睡眠欲と同じ人間の基本的欲求である。 近年の都市や施設開発において希薄になりつつあるこの関係欲を充足できる機会をつくるために、 キャナルシティー博多の計画では3つの特異な計画手法を採用した。

 1. コンテンツ ここで言うコンテンツとは、 これまでの施設開発においてテナントとして入居する業種業態や商品だけではなく、 それらが発する匂い、 色、 音やサービスなど人々に提供できる全ての要素を指す。 これらをこれまでの経済原理の秩序から解き放ち再構成した。 更に都市空間に内在する出来事、 歓声などの情報や、 驚き、 期待など精神作用もコンテンツとして、 一見整合しないような異質な事象を積極的にミックスした。

 2. シナリオ 次にこれらコンテンツをレイヤーによる視覚連繋効果**やカーブによる見え隠れ効果など人々の実体験を想定したシナリオに展開した。 例えばホテルは、 宿泊、 宴会、 飲食、 小売などのコンテンツを有するが、 現行の経済性や効率を追求する計画手法では一つの箱の中に収められる。 これをより豊かな体験の場とするために、 街の中に再編した。 宴会場機能を客室機能と分離し、 カナルを隔てた反対側に置き、 バージンロードの橋で結ぶ。 ホテルの教会で結婚式を挙げた新郎新婦は、 街の人々に祝福されながら橋を渡りパーティー会場へ向かう。 このようなテーマに沿ったシナリオを多数描写し複雑に絡め衝突を誘発させた。

 3. 環境デザイン 施設計画は敷地の形をした粘土から、 スプーンでえぐるようにしてシナリオに基づいた空間の形を決め、 残った粘土が結果的に建築となる。 それぞれの空間は異なったテーマを伝達訴求する環境を演出した。 不特定多数の人が最も多く介在する建築と建築の間隙に焦点を当て、 そこにランドスケープ、 グラフィック、 水、 照明など多彩な要素を使って環境をデザインする。 これはシナリオの細部を仕上げる作業でもあり、 特にデザインの寓意性を重視した。 ジオロジカルな素材を基礎にして大地に何世紀にもわたり川が峡谷を刻む。 浸食の過程で露出した生物の化石や貝殻などをパターン化するなど、 環境から多くの物語を読みとることが出来る。 人々は移動に伴って次々に展開する空間ドラマを体験しながら、 環境の中に凝集した多彩なコンテンツが放つ情報、 予期しない驚き、 発見に遭遇する。

 こうした計画手法はテーマパークやエンターテイメント分野で培われた仮想世界を作る手法に近い。 仮想世界が都市本来の姿と異なる点の一つは限られた目的のために、 少人数で、 短時間の間に作られることだろう。 キャナルシティー博多は多様な目的、 建築の枠組みを越えた異分野混成チーム、 時間的経緯の表現に留意して、 多様なコンテンツ、 複雑に絡み合うシナリオ、 多彩な情報を発信する環境演出を試みた。 今世紀、 私達の社会は産業の発展に価値を見いだし生産性や効率を追求した。 都市は産業振興以外の価値を排除して生産・消費活動に奔走する中でリアリティーが欠落していった。 そして人々はこうした都市との関わりに興味を失った。 キャナルシティー博多は開業後1年で1640万人を集客した。 その9割以上が再来街の意向を示し、 積極的に都市と関わろうとしている。 都市のリアリティーとは、 多様な事象が混在する都市の中に存在するもので、 仮想世界から得られる限られた情報や知識からではなく、 その場に参加する実体験により会得できるものでは無いだろうか。 それはまさに人間の基本的欲求である関係欲を満たすことでもある。 講演では関係欲の充足を基本理念とする設計プロセスと、 開業後の人々の体験の様子をスライドを使いながら紹介して仮想世界と都市のリアリティーを考えてみたい。

 
−− 参考文献 −−
* 「都市の楽しみ」環境をデザインする 第17章、 朝倉書店、 環境デザイン研究会編、 p. 178-p. 189
**「ディスプレイ・デザインの基本理念が都市の空洞化、 衰退化問題を解決する」年鑑日本の空間デザイン1996:ディスプレイ・サイン・商空間、 六耀社、 p. 290-p. 293

−−略歴−−
1953年神奈川県生まれ/UCLA大学院修士課程修了/JPI社主任デザイナー、 UCLA客員講師を経て現職/作品Fashion Island at Irvin Center, Newport Beach,. Master Plan for the Universal City, Los Angeles、 ほか/1989年UIA。 国際建築家協会設計競技最優秀賞/1990年米PA誌Annual Award受賞/1995年DDA研究賞大賞・朝日新聞社賞/共著に「環境をデザインする」朝倉書店ほか/日本デザイン学会、 日本展示学会、 DDA理事ほか

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