大地の達人に聞く1
アーバンデザインと起伏
ゲストスピーカー 成瀬惠宏〈株式会社都市設計工房〉
コメンテーター 中村伸之〈ランドデザイン〉
「なに、 あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。 あの通りの眉や鼻が木の中に埋まっているのを、 鑿と槌の力で掘り出すまでだ。 まるで土の中から石を掘り出すようなものだから決して間違うはずはない」
中村:
まず自己紹介もかねて、 日本のニュータウン界に草創期から立ち会ってこられた成瀬さんが、 造成技術(コンターワーク)をどのように身につけていったかを、 お話しいただけるでしょうか。
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図1 現況地形および造成地形の表現方法 |
公団の中にも大きく二つの流れがあって、 土木屋さんたちは昔からの“ヒゲ図法”(ケバ式図法の変種)で造成表現をし、 建築屋さんたちが“等高線図法”による造成表現をしていた(これを「コンターワーク」と呼んでいた)ような気がします。
我々が現在やっている方法と異なり、 ケビン・リンンチの本などを参考にしながら「等高線の移動が造成である」という考え方でやっていたようです。 土量計算も、 現在の“点高法”ではなくて“等高線移動面積法”とでも言うようなやり方だったようです。
今でも、 大学では「コンターワーク」は教えられていないと言うか“無視”されていますし、 我が国の土木業界では、 測量段階では“等高線”を使うのに、 未だに設計段階では殆ど使われていません。
中村:
等高線図法でないと、 何が困るのですか?
成瀬:
例えば、 そのために、 全く悪気はないにもかかわらず、 極めて安易に環境(現況)破壊が発生するという、 何とも不幸な事態が頻発しています。
こうしたことは、 本来ならば、 等高線図法で造成検討することによって容易に避けられます。
というのは、 旧来のヒゲ図法では「絶対に表現できないような造成地形がある」からです。
中村:
ヒゲ図法で“絶対に表現できない”とは、 例えば、 どんな造成地形なんですか?
成瀬:
例えば、 ヒゲ図では、 平坦であるとか一定勾配であるとかの単純な造成地形なら極めて簡単に表現できますが、 現況地形そのものや複雑なランドスケープ的な造成地形は上手に表現できません。
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図2 等高線による造成地形の表現方法 |
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図3 丘陵地開発における造成計画立案の基本的考え方 |
現地調査をして結果的には変わることになることが多いにもかかわらず、 現地調査をする前にきちんとした将来展開イメージを固める訓練が、 大地を相手の空間把握を鋭敏にすると考えているからです。
広域の中での開発地区を位置づけ、 新たな都市構造をどう作り上げるかを考えるためには、 開発地区の中心部分よりもエッジ部分に注目しています。
もちろん、 植生や文化財なども調べますが、 新たなイメージを膨らませる上で、 それらは必ずしも重要ではないと考えています。 総体的な風土環境や地形構造に注目していないと“木を見て森を見ない”ような結果になる恐れがあると考えているからです。
私は“現況主義”に立っていますが、 ただ現況を見ただけで安易に“保存する”と決めてしまうのは好ましくないと考えていますし、 何でも「現況保存すれば良い」とは限らないとも思っています。
実際に、 どの山も少しずつ削るよりも、 ある山を思い切って削ってしまった方が、 総体としての現況保存に繋がる場合も多々あると考えています。
一方で、 多くの丘陵地開発では“谷”地形が少ないことから、 最近では、 何とか“谷”地形を活用できないかという点にも注目しているところです。
高い山を残したがる人がいますが、 安易に残そうとすると、 土地利用効率が一挙に低下してしまい、 要注意です。 どうしても山を残したい場合には、 高い山に挑戦するよりも、 むしろ“岬状の尾根の背後”を小山のようにラウンディングして残す方法が有効です。
そういう小山が3つぐらいあると、 街の姿に見え隠れ効果が出てきて、 街のアイデンティティ(個性)の創出につなげることが可能になります。
中村:
現況地形図を、 どのように読み込むのか、 教えて下さい。 例えば、 谷線・尾根線とか…。
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図4 東京都H地区全体マスタープラン&土地造成計画案 1991-1993 |
私は、 特に「谷線・尾根線」という形で仕分けるようなことはしません。 先ず道路ネットワークや集落分布を確認しながら、 現況地形図を「等高線別に色分けする」ように彩色して行くのです。
これは、 図面上とは言え“現地探査”とも言える行為ですから、 原則的に「自分でやる」ことが重要だと考えています。 等高線だけでなく、 建物・碑・植生あるいは地名など他の情報も満載だからです。
この場合、 私は、 縮尺1/2500の現況地形図(等高線間隔2m)をたいへん重宝しています。
縮尺1/5000以下の現況地形図(等高線間隔5m・10m)では、 現況地形を丁寧に読み込んで道路整備をしたり土地造成に展開するには粗くて、 検討作業の結果に格段の違いが生じてしまうからです。
中村:
実際に、 自分で歩いたような感覚をつかんでいくわけですね。
成瀬:
そうです。 だから、 特に“道”については重視してピックアップして行きますね。
実際の“現地踏査”も、 当然、 多くの場合“道”に沿って歩くわけですから…。
成瀬:
中村:
成瀬:
呉(都市設計工房スタッフ):
成瀬:
3. 地形とコミュニティ
地勢のシステムがどうなっているのかというような話はどうでしょうか。
風水ではないけれど、 大地の意味づけを読み取って行くみたいな……。
また、 山なり、 谷なりの重要性はどのようにランクづけられるのでしょうか。
私は、 自分で言うもの何ですが、 既存のコミュニティを含めて“開発地区周辺との一体化”で捉えようとする姿勢がかなり強いと思っています。
どのような一体化でしょうか。
開発区域そのものよりも、 最終的な街の全体像としての広域的な一体感を重視します。
そのために、 既存地区と開発地区の交流を重視しますので、 開発地区の真ん中に無批判に“核”を作っているようなマスタープランは、 大嫌いですね。
農村集落も先行開発住宅地ともなるべく関連を持たせるべきです。 真ん中から描いて行って、 開発地区のエッジの方は力尽きてお座なりというようなプランを目にしますが、 私は、 先ほども述べたように、 プランニングのエネルギーはむしろ開発地区のエッジの方に注ぐべきだという信念を持っています。
成瀬さんと一緒に仕事をしていると、 開発地区だけではなく、 広域の中で計画条件を解析しようとするのが見えます。
そういう広域の中で、 都市構造と地域資源をどう繋いでいくかというような視点で検討し、 それらを等高線で確認しながら“立体的な検討”を進めていくというところが“ミソ”なのかなと思います。
我々の仕事では、 時には開発地区の区域境界も決まっておらず、 それも自分達で決めて行かなくてはならない場合も当然生じて来ます。 そんなときは目一杯大きな図面を準備し、 頼まれもしないのに、 開発地区外についても言及しようとしています。
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図5 兵庫県T地区全体マスタープラン&沿川修景化構想 1996-1997 |
我々が、 この地区で提案したのは、 珍しく良い谷地形なので、 外周緑地よりも中央に谷風景を生かした緑地を確保しようとしたことです。
また、 谷の方向は、 たまたま形の良い山に向かっているので、 その山の風景が隠れないように、 あるいは見え隠れするように谷筋を残しています。 谷の中央の川も、 従前のプランにはなかったものです。
河床勾配が殆ど取れないから、 実は“池”と同じなのですが、 緑地軸に沿って配置しています。
近辺では大小の開発が先行し、 どれも自分のテリトリーだけ真っ平らに造成し、 お互いにそっぽを向くように背中合わせにエッジの緑地を残しており、 全く都市構造の形成に寄与していないので、 これではだめじゃないかということで、 お節介にも隣の先行開発地区にも言及して、 大きく道の付け替えや既存の学校のレイアウトを変更する提案をしています。
また、 近辺には歴史の古い集落もあって、 そこは恐ろしく道幅が狭い現況になっています。
しかし、 この古い集落周辺の道がそこそこ整備されれば、 日常生活にも困らず、 防災の観点からも、 問題にならないだろうと判断して、 この開発地区外の古い既存集落との関連づけにも努めています。
中村:
谷を中心に残した街は、 都市構造としてはたいへん分かりやすいですね。 特に水のシステムがあるとメリハリがあっていいことですね。
ところで、 この池は、 飛び跳ねるような不思議な形態だと思いますが…。
呉(都市設計工房スタッフ):
これは、 ここに現況地形が残せそうだからであって、 決して飛び跳ねさせようとしてやっているわけではないんです。
成瀬:
現況を壊さずに済む限り、 それを生かした形態を追求するという言い方だけならば誰でも同じですが、 実際にどうできるかに違いがあります。
私は、 全てを直線的に決めていこうとすると、 現況地形とすり合わないことが発生してくるので、 全部をうまく調和させようとすると曲線(決して幾何学的な曲線ではない)が好都合だと思っています。
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図6 愛知県M地区の戸建住宅開発基本計画1995-1996 |
ここでは、 当時の公団の内部事情から、 縦断勾配5%のバリアフリールートの確保を最重視せざるを得なかった(縦断勾配7%のルートならばそこそこ樹林が残った)ことと、 我々も、 公団側の自然地形案に対する不安感を払拭できなかったことから、 少し遠慮して“少造成”と言うことで提案したものです。 このために、 現況林はあまり残っていません。
しかし、 そのような中でも僅かに残った緑が、 曲線道路による街全体の柔らかさと相まって、 大きい効果を発揮しそうなことが、 今、 公団側にも少しずつ理解されようとしているところだと見ています。
そして、 実際上の社会的な評価はこれからというところですので、 今、 見守っているところです。
中村:
現況林を“宅地の背割り”に当てはめていく方法は、 パズルみたいなものですね。
現況地形の表面に当たる樹林は残らないけれども、 元の“地勢”は残っているというわけですね。
現況地形の等高線が密集しているところが、 造成後も道の勾配がきつくなっているわけですし…。 何か雰囲気は残っていますね。
呉(都市設計工房スタッフ):
この線をどういう過程で決めたかというのは、 説明しにくいのですが、 決して“一発で決めた”わけではありません。 何度も何度も「描いては消し描いては消し」を繰り返して出て来た形なんです。
成瀬:
当社の図面作業は、 図面を描くよりも消す方が10倍ぐらい多いと言われていますが、 すばやく試行錯誤を繰り返しているので、 このくらいの図面であれば、 先ず1〜2日ぐらいの作業スピードでラフな“コンターワーク”をワンラウンド終えてしまいます。
中央に街区公園を確保していますが、 これは元あった谷地形を上手く利用したつもりですが、 最近になって、 現地を見てみたら、 谷を盛り過ぎたらしくて、 谷地形の名残が消えてしまって非常に残念です。
中村:
中腹のコンターラインを残そうと思えば、 自ずと地形の雰囲気は残るわけですね。
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図7 八王子みなみ野シティのマスタープラン1987年変更 |
私の公団時代最後の仕事ですが、 先行して環境アセスメント手続きが終了していたので、 それまでのマスタープランに抵触しないように細心の留意を払いながら現況保存の範囲を増やしています。
一般に、 外周緑地は、 現地では“開発地域外”と見間違うような存在にしか過ぎず、 開発区域の内か外かは図面以外ではわかりにくいものです。
私は「それではまずいんじゃないか」という考え方を持っており、 外周緑地の一部を開発区域の中央部分に引き込むように改造してみたわけです。
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図8 八王子みなみ野シティにおける「五山五丘三渓一流」のオープンスペース構想 |
実際に、 現地で見ると、 小山が目立つ場所にあり、 上手な“見え隠れ効果”が発揮できています。
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図9 第15回まちづくり設計競技建設大臣賞受賞作品 |
これは、 現況地形が緩やかで難しくなかったので、 普段の仕事よりも楽をして作りました。
一部に2、 3mオーダーの切り通しができていますが、 元の山・沢・樹林・竹林・畑・農道などをそのまま保存利用しようという趣旨のプランです。
道路以外は殆ど切盛土しておらず、 宅地内には、 現況樹(竹)林が完全に残っており、 建物を建てる段階で多少の伐採を想定しているものです。
世の中にゴマカシの図面が多い中でコンターワークにはこだわりがあり、 もし、 実現できないようなことがあるとしたら・現況地形が間違っているか・施工の仕方が悪いか、 のどちらかであると思っています。
我々は、 土地造成のプランニングをするとき、 現況地形をしっかり見て、 その現況地形を最も保存しながら有効活用できる形態は何かということに腐心しており、 それをどうやって発見するかがポイントになります。 私として、 これくらいの地形なら特別な工夫も知恵も不要と思っていましたので、 とても建設大臣賞などいただける代物だとは思っていません。
逆に言うと、 我が国の同業者にそういう考え方をしても実践できる人達が少ないことを残念に思います。
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図10 街並み景観における「コンケーブ」の概念 |
曲がり具合によりますが、 下り坂などで非常に気持ちの良いカーブがありますよね。
ちょうど目の高さに街路樹の枝葉が展開しているのが見えるとか、 リズム感が出てきて…。
成瀬:
縦断勾配については「コンケーブ」という坂の途中に“弛み”を作る手法があります。 両端部などに急な勾配も確かに出てはきますが、 街並み景観の感動的な演出が可能になると思っています。
中村:
そのようなことは、 図面を引きながらも、 実際に体感(疑似体験)できるのでしょうか。
成瀬:
最初の頃は「コンケーブ」の効果はよく分かりませんでしたが、 フランスのセルジーポントワーズニュータウンに隣接するポントワーズのオールドタウンの中で、 見事に「コンケーブ」した駅前通りを実体験してみて、 たいへん感動した覚えがあります。
これらを「等高線に落としたらどうなるか」と考えたときに、 安易に等高線を“均等配置”(道路勾配を一定)してはまずいなと思い始めました。
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図11 八王子みなみ野シティにおける水循環再生システム |
この時、 何人かの土木コンサルタントに相談したところが「崖崩れを起こす」と言われ、 最初の頃は技術協力者を見つけるのがたいへんでした。
しかし、 途中から話が面白くなってきたのか、 土木コンサルタントも透水層・不透水層や地下ダムなどのアイデアを具体化してくれて、 その結果、 今日見られるような“せせらぎ”が完成したのです。
八王子みなみ野シティでも、 公団の開発地区では珍しく現況の川があったので、 ウッディタウンの平谷川ほどにはなりませんでしたが、 何とか残していこうと努力し、 その結果が実現しつつあります。
ここでは、 不透水層が切断され漏水するような地層構造だということなので、 この不透水層の切断部分を修復するような形で造成工事を施すとともに、 また浸透桝をあちこちに作って雨水を還元してやるような水循環システムの再生をめざしています。
この他にも、 八王子みなみ野シティでは、 根株工法などの珍しい実験もおこなわれています。
中村:
大地をデザインする理論と技術は、 ほぼ出そろって、 いよいよ成熟期に入ったような感じですね。
本日はどうもありがとうございました。