参加型都市環境デザインをさぐる
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関西大学 丸茂弘幸

個別デザインの集列的参加

関大前ストリート
大阪府吹田市

 

改行マーク午前中に大量の学生を吸い込んでは、 午後から夜にかけてゆっくりこれを吐き出すことを繰り返している大学のキャンパスは、 ときに学生を呼吸する巨大な肺のようなものに思えてくることがある。 キャンパスが肺だとすれば、 最寄り駅から大学正門までの通りはさしずめ学生の流れる気道である。 関大前ストリートと呼ぶのは、 阪急関大前駅から千里山キャンパスにいたるこの気道に沿って商店が建ち並ぶ長さ500mたらずの学生街である。 喫茶店や食堂、 書店やゲームセンターなど、 学生向け、 若者向けの店が多いことをのぞけば、 どこにでもある、 どちらかといえば猥雑でお世辞にも美しいとはいえない普通のまちである。

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眠ったようにひっそりとした夏休み中の関大前ストリート。
改行マーク毎日学生を呼吸しているキャンパスも、 年に何度かは休眠期にはいり、 呼吸を最低限度のレベルに下げてしまう。 学生の流れがほとんど絶えるこの時期は、 沿道の店にとっては厳しい試練の時であり、 ストリートにとっては変化と再生の時である。 夏の休眠期には毎年何件もの店が入れ替わり、 建物が改築され、 店が改装され、 看板が新しくなる。 気まぐれな若者達の流行や時流についていけない店は、 あるいは淘汰され、 あるいは変容を強いられる。 こうした変化はまさにエコロジカルといってよいのであろう、 漸進的に、 自己生成的に進行している。

改行マーク変転きわまりない建物や看板のデザインに特定のルールがあるわけではない。 集客という共通の目標に向かってそれぞれに努力し競争しているだけだ。 いきおい目立つということが重要になるが、 喫茶店など比較的オシャレに上品に目立とうとする店もあれば、 ゲームセンターなどのようにどぎつくなりふり構わず目立とうとしているのもある。 いずれにしてもR・ヴェンチューリのいう「装飾された小屋」である。 裸にしてみれば小屋にすぎないものが、 思い思いの装飾を身に纏って関大前ストリートという共通の場に立ち並んでいる。

改行マーク自ら主体的に選んだ姿形で共通の場に並ぶ、 ということは参加の最も基本的な形態のひとつであろう。 こうした参加を<個別デザインの集列的参加>と呼ぶことにしよう。 「服装は問いません」という会合やパーティに参加するようなものである。 ここでのルールはただ一つ、 互いの服装に文句は付ないということである。 <集列的参加>というのはそれが<協調的参加>でも<共同的参加>でもないという意味である。

改行マーク集列的な参加者は自らのデザインの自由を享受する代償として他者もまた自由であることに甘んじなければならない。 これに耐えられなければ協調的、 あるいは共同的参加に向かうほかはない。 その場合には他者のデザインに関与する程度に応じて自らのデザインも拘束されることになる。

改行マーク個別デザインの集列的参加などというと大げさであるが、 要は普通のまちである。 雑然とした普通のまちにも意外性や気安さ、 変化への適応性など、 それなりの良さはある。 関大前ストリートの景観が大学の門前町にふさわしいかどうかという議論もあるようだが、 今のところ集列的参加から先に進みそうな気配はない。

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