密集市街地整備の夢
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プレゼンテーション2

共働き子育て世帯に魅力ある街に

(財)千里国際情報事業財団 九後 順子

 

1.共稼ぎ子育て世帯にとって
魅力的な密集市街地

 ちょっと聞き慣れない名前だと思いますが、 (財)千里国際情報事業財団は阪急電鉄と日経新聞が共同でつくった財団で、 私は今年の春、 阪急電鉄から出向しています。

 阪急電鉄に居たときに、 スケルトン建築+定期借地権によるつくば方式のプロジェクトを芦屋で立ち上げたのですが、 その頃からコミュニティづくりに対する興味が少しずつ出てまいりました。 そうしたベースのところに今回の密集市街地のお話をお伺いし、 興味を持ったという次第です。

 私にとっての密集市街地への興味は、 ユーザーとしての視点です。 私自身30代で共稼ぎをやっています。 うちには子どもはいないのですが、 同じ世代の多くの友人たちには、 小さい子どもを二人くらい抱えています。 実はそうした共稼ぎで子育てをしている家庭には、 住みたい所がなかなかないというのが現状です。

 郊外では、 生活が成り立ちません。 夜中に帰ってきて買い物ができないと暮らせないんです。 しかし一方で、 交通や生活の便がいい市街地は、 たいてい住環境が良くありません。 そうすると子どもを育てるのにはどうかなと。 そういうなかで、 密集市街地は将来的なポテンシャルが高いのではないかと考えたわけです。

 このコンペの対象になっている所も便利な立地です。 確かに現在は居住環境が悪いのですが、 それが改善されれば、 共働きで子どもを育てている世帯にとって、 魅力的なまちがつくれるんじゃないかと思います。

 


2. 私の視点

 作品を見る時の私の視点なんですが、 1点目はやはり子どもを地域のなかで安心して育てられる、 そのための共用の空間だとかコミュニティづくりを見ていきたいと思います。 2点目として、 やはり実現可能性がどれだけあるかということです。 夢だけで終わるのではなく是非とも実現して欲しいからです。

 3点目は現在、 密集市街地は高齢者の方が多いかと思いますが、 若者世帯にとって魅力のあるまちにするためにはどうすればいいか。 そのためには世代を越えて住み続けられるような不動産的な価値であるとか、 子の代、 孫の代と住み続けられる持続可能性といった視点が必要になってくると思います。

 この3点を中心にユーザーとしての目で今回の図録を見てみようと思いました。

 


3.子どもを地域の中で安心して育める、
空間とコミュニティの事例

40番 路地ネットワーク、 歩車分離された路地

 これは特選の作品ですが、 ここの中で提案されている共用空間で目につくのは、 まず中央線です。

 「かきのき通り」と名づけられた中央線は、 4mの公道(車道)に両側の1mを民地から出すことによって、 合計6mの道をつくるとされています。 そのなかに緑や移動可能なファニチャーが少しずつあったりするわけです。

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40番「『住み続けながらつくる、 住み続けられるまち』づくり」(藤川敏行ほか)
 それを中心に路地ネットワークがつくられています。 これは共同建替ゾーンにおいて従前1m未満であった幅員を1.5mとして日常の通行路として機能するようにした親しみやすい感じの路地空間であったり、 あるいは2.7mの地区施設としての道路から0.3mずつ壁面後退して3.3mの路地空間とし、 少しずつ町並みをつくっていくというものです。 そのなかに緑があり、 子ども達が遊んでいて、 フレンドリーなイメージのものをつくられています。

 なお、 ここではそれらを支える手法として、 地区計画で1.5mの路地と広場を地区施設に指定しています。


53番 地面の路地と集合住宅の立体路地、 菜園

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53番「生地に未来を描く」(延藤安弘ほか)
 同じ様な路地の考え方が、 他の作品のなかにもたくさん見られます。 53番の作品でもそういう路地ネットワークを使ったイメージが展開されています。 この作品では、 離れがあったり、 通り土間があったり、 縁側や勝手口がある。 あるいはバルコニーが続いていたり、 たまり場があったりと、 お互いの気配を感じ取ったり触れあったりできる空間が、 わかりやすく描かれています。

 ちょっと余談になりますが、 この作品には「銭湯とコミュニティガーデンに見る暮らしの風景」として、 「銭湯の脱衣室の男女を分ける壁を取り払って、 時々イベントなどをしませんか」という提案があるんです。 銭湯の壁を取り払うと書いてあったので一瞬どきっとしたんですが、 これは昼間の使い方でしょう。 こういう面白いアイデアもあふれており楽しい様子がうかがえる提案です。


8番 下町のコミュニティの継承

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8番「下町のコミュニティの継承」(村上隆俊ほか)
 8番に「下町のコミュニティの継承」という題がついていますが、 ここでも53番と同じようなイメージが描かれています。 路地や路地裏や空中広場、 地蔵広場、 それから銭湯の「柳湯」などがあり、 地域の資料室なども見られます。

 この作品のなかで私が好きなのは、 高齢者を戸別訪問するような仕組みをつくりましょうとか、 子ども110番を設けましょうというようなソフト部分の提案もされている点です。 そうしたソフトとハードが一体になってコミュニティをつくろうという提案が、 共通していろんな作品のなかに見られました。


26番 自然と農園をコミュニティに取り入れる

 26番は、 共用空間のなかでも少し個性的なものです。 「自然と農を取り入れたまちづくり」としてビオトープネットワークや、 野鳥のための計画であるとか、 野菜を育てるクラインガルデンなどを組み込んでいます。

 農園あるいは自然とのふれあいを中心にした地域のコミュニティづくりの提案です。


27番 歩車分離、 屋外空間の共有化

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27番「Town-Aid 支えあう、 守りあう、 つくりあうまち」(河辺潔ほか)
 これは歩車分離をして屋外空間を共用のものにしましょうという案です。

 この作品は名前の付け方が面白く、 「にわみち」とか「ねこばしり」「まちみち」という言葉を使っています。

 車の通る公的な道と、 人や猫などが通るプライベートな道を、 非常に明確なイメージ付けで分けている点が特徴です。

 


4.密集市街地のポテンシャルを生かす

整備イメージを共有することの重要性

 以上5点を順番に見てきましたが、 これらの作品は具体的にどんなふうに人が暮らしているかがイメージできます。 そのイメージが大事だと思っています。 密集市街地は現実には劣悪な住環境ですが、 一方で路地や下町から来る懐かしい要素が、 これだけ豊かなイメージを思い起こさせます。 それが非常に大きなポテンシャルだと思います。

 そういうことがユーザーにとって一番わかりやすい密集市街地の魅力だろうし、 地区を更新するに当たって合意形成する時にも、 こういう整備イメージをみんなで共有できるというのが、 まず重要なことなのではないかと思います。 これはマンションなどでは得られない住空間であり、 魅力的なものだと思います。


敷地の開放性を生み出す方策として─定期借地

 こういう家と家の空間を豊かなものにしていく路地ネットワークから連想したのが、 定期借地でつくられた町並みの事例です。

 家の周りは、 柵や生け垣などで閉じてしまう、 自分の所有地を囲い込んで守る方向になってしまうのが普通です。 でも、 定期借地で土地を借りる、 土地は自分のものではないという形で家を建てていくと、 家と家の間の柵や生け垣がない町並みをつくれるんです。 自分の財産を守るというイメージから、 もう少し心を大きく持って、 みんなで利用しましょうという、 利用価値への意識付けができるということです。 そうした仕掛けで、 敷地の開放性を生み出すということが実際の定期借地によるまちづくり事例にもあります。

 こういったことが直接的に密集市街地に適用できるかどうかは、 また別の話だと思いますが、 ユーザーにとって自分の敷地を提供することがみんなのメリットになるというようなプラスアルファの仕掛けが出来れば、 もっとこういうエリアの魅力は深まるのではないかと思います。


更新時期の自由度を確保した段階整備

 さて、 これらの作品のなかで現実を踏まえた実現性を考えた時、 40番の作品は非常に実現性の高い提案をされていると思います。 地区の文脈や現状認識のうえで、 自分たちで再建できるエリアは再建していく、 一方で自主再建が困難な小さい街区などは共同や協調建替で建て替えていくという形で、 それぞれの住んでいる人が自分たちのペースで順次段階的にまちを更新していくという提案です。 53番8番もそういう形の提案がされています。

 これはとても大事なことだと私は思っています。 というのは、 こういう市街地の整備には10年20年という長い時間がかかります。 その間に相続が発生するでしょうし、 転売もたくさん出てくると思います。 そういう個別の状況にその都度対応できる段階整備の方針が提案されている作品が、 私には非常に魅力的でした。

 


5.若者世帯に魅力あるまちにするには

不動産価値を考える

 更新時期の自由度についてはお話しした通りですが、 相続や転売の時に不動産価値があるほうが住んでいる人たちにとっても良く、 これから新たにこのまちに住もうという人たちにとっても、 重要だと思います。

 不動産価値と言いますと、 計画されている方からはなんとなく胡散臭いイメージで思われるかもしれませんが、 私は不動産の価格や価値は人気投票そのものだと思っています。 ですから不動産市場で人気のあるようなまちなり住宅なりをつくっていくことが、 そのまちの価値と持続可能性を担保できるものになっていくと思います。


所有権以外の権利形態も含めた、 柔軟な活用

 若者世帯が家を持とうとすると、 手の届く価格帯というのがどうしても限られてきます。 そうするとこういう便利な所に、 本当は庭もついて犬も飼える家が欲しいんですが、 なかなか手が届かない。 そうした時に、 例えば高齢者でご自分がここに住むのが困難になった方が、 土地を貸して定期借地で若者世帯が住むとか、 あるいは家の方がまだ十分住める状態であれば、 定期借家で家を借りるなど、 所有権以外の権利形態も考えられるのではないかと思います。

 そういう形態がこれから先活用できれば、 今おられる高齢者世帯にとっても安定収入が得られるでしょうし、 新しい住民にとっても良い場所にリーズナブルに住めるという、 両方のメリットが出てくるかもしれません。 出来る最中や出来上がった後も住み続けられる仕組みが、 大事ではないかと思います。

 


6.実現するためのハードル

 密集市街地の魅力は、 立地のポテンシャルだと思います。 それからまちを楽しみ、 地域に根ざして暮らすことだと思います。 個別の住宅内の快適性を越えた住環境、 一般のマンションではなかなか実現できないような住環境が得られるポテンシャルが密集市街地にはあると思います。

 ただ、 それを実現するためのハードルが結構高いわけです。

 はじめのハードルは、 今の住民を基本として複雑な権利関係のなかで合意形成しハードを更新してゆくことでしょう。 そのための更新手法のヒントが今回のコンペの作品のなかには、 いろいろあると思います。

 その上で次のハードルとして、 地域住民が更新されていくということが大事なことだと思います。 言い換えれば今の住民だけではなくて、 相続や売却や転売など様々な住スタイルに対応できるまちが望まれるのではないかと思います。

 最近の社会背景を考えると、 住む場所というのはどんどん移り変わっていきます。 私たちも自分たちの親世代とは違う所に住んでいます。 流動化はもっと激しくなると思います。 一方でライフスタイルも多様化していますから、 必ずしも都心部に働きに出るだけではない、 いろんなライフスタイルができるでしょう。 また少子化の時代を迎え、 親が亡くなった時に親が持っていた郊外住宅地を相続しても、 そこに戻らなくなるでしょう。 郊外の住宅地を親から相続し、 一方で自分たちは密集市街地の便利な所に住むという複数の不動産を持ったライフスタイルも出て来るんじゃないかと思います。 それから定期借家や定期借地なども出てくるでしょう。

 住まうことや家を持つことに関する価値観が、 どんどん変化していくことを考えると、 地域住民が更新されていくことや世代が交代していくことが不可欠であるし、 計画する時から不動産としての価値や流動性を高める視点が大事ではないかと思います。 そうした観点から、 私は40番の作品が一番気に入っております。

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