プレゼンテーション2共働き子育て世帯に魅力ある街に(財)千里国際情報事業財団 九後 順子 |
阪急電鉄に居たときに、 スケルトン建築+定期借地権によるつくば方式のプロジェクトを芦屋で立ち上げたのですが、 その頃からコミュニティづくりに対する興味が少しずつ出てまいりました。 そうしたベースのところに今回の密集市街地のお話をお伺いし、 興味を持ったという次第です。
私にとっての密集市街地への興味は、 ユーザーとしての視点です。 私自身30代で共稼ぎをやっています。 うちには子どもはいないのですが、 同じ世代の多くの友人たちには、 小さい子どもを二人くらい抱えています。 実はそうした共稼ぎで子育てをしている家庭には、 住みたい所がなかなかないというのが現状です。
郊外では、 生活が成り立ちません。 夜中に帰ってきて買い物ができないと暮らせないんです。 しかし一方で、 交通や生活の便がいい市街地は、 たいてい住環境が良くありません。 そうすると子どもを育てるのにはどうかなと。 そういうなかで、 密集市街地は将来的なポテンシャルが高いのではないかと考えたわけです。
このコンペの対象になっている所も便利な立地です。 確かに現在は居住環境が悪いのですが、 それが改善されれば、 共働きで子どもを育てている世帯にとって、 魅力的なまちがつくれるんじゃないかと思います。
3点目は現在、 密集市街地は高齢者の方が多いかと思いますが、 若者世帯にとって魅力のあるまちにするためにはどうすればいいか。 そのためには世代を越えて住み続けられるような不動産的な価値であるとか、 子の代、 孫の代と住み続けられる持続可能性といった視点が必要になってくると思います。
この3点を中心にユーザーとしての目で今回の図録を見てみようと思いました。
「かきのき通り」と名づけられた中央線は、 4mの公道(車道)に両側の1mを民地から出すことによって、 合計6mの道をつくるとされています。 そのなかに緑や移動可能なファニチャーが少しずつあったりするわけです。
40番「『住み続けながらつくる、 住み続けられるまち』づくり」(藤川敏行ほか) |
なお、 ここではそれらを支える手法として、 地区計画で1.5mの路地と広場を地区施設に指定しています。
53番「生地に未来を描く」(延藤安弘ほか) |
ちょっと余談になりますが、 この作品には「銭湯とコミュニティガーデンに見る暮らしの風景」として、 「銭湯の脱衣室の男女を分ける壁を取り払って、 時々イベントなどをしませんか」という提案があるんです。 銭湯の壁を取り払うと書いてあったので一瞬どきっとしたんですが、 これは昼間の使い方でしょう。 こういう面白いアイデアもあふれており楽しい様子がうかがえる提案です。
8番「下町のコミュニティの継承」(村上隆俊ほか) |
この作品のなかで私が好きなのは、 高齢者を戸別訪問するような仕組みをつくりましょうとか、 子ども110番を設けましょうというようなソフト部分の提案もされている点です。 そうしたソフトとハードが一体になってコミュニティをつくろうという提案が、 共通していろんな作品のなかに見られました。
農園あるいは自然とのふれあいを中心にした地域のコミュニティづくりの提案です。
27番「Town-Aid 支えあう、 守りあう、 つくりあうまち」(河辺潔ほか) |
この作品は名前の付け方が面白く、 「にわみち」とか「ねこばしり」「まちみち」という言葉を使っています。
車の通る公的な道と、 人や猫などが通るプライベートな道を、 非常に明確なイメージ付けで分けている点が特徴です。
そういうことがユーザーにとって一番わかりやすい密集市街地の魅力だろうし、 地区を更新するに当たって合意形成する時にも、 こういう整備イメージをみんなで共有できるというのが、 まず重要なことなのではないかと思います。 これはマンションなどでは得られない住空間であり、 魅力的なものだと思います。
家の周りは、 柵や生け垣などで閉じてしまう、 自分の所有地を囲い込んで守る方向になってしまうのが普通です。 でも、 定期借地で土地を借りる、 土地は自分のものではないという形で家を建てていくと、 家と家の間の柵や生け垣がない町並みをつくれるんです。 自分の財産を守るというイメージから、 もう少し心を大きく持って、 みんなで利用しましょうという、 利用価値への意識付けができるということです。 そうした仕掛けで、 敷地の開放性を生み出すということが実際の定期借地によるまちづくり事例にもあります。
こういったことが直接的に密集市街地に適用できるかどうかは、 また別の話だと思いますが、 ユーザーにとって自分の敷地を提供することがみんなのメリットになるというようなプラスアルファの仕掛けが出来れば、 もっとこういうエリアの魅力は深まるのではないかと思います。
これはとても大事なことだと私は思っています。 というのは、 こういう市街地の整備には10年20年という長い時間がかかります。 その間に相続が発生するでしょうし、 転売もたくさん出てくると思います。 そういう個別の状況にその都度対応できる段階整備の方針が提案されている作品が、 私には非常に魅力的でした。
不動産価値と言いますと、 計画されている方からはなんとなく胡散臭いイメージで思われるかもしれませんが、 私は不動産の価格や価値は人気投票そのものだと思っています。 ですから不動産市場で人気のあるようなまちなり住宅なりをつくっていくことが、 そのまちの価値と持続可能性を担保できるものになっていくと思います。
そういう形態がこれから先活用できれば、 今おられる高齢者世帯にとっても安定収入が得られるでしょうし、 新しい住民にとっても良い場所にリーズナブルに住めるという、 両方のメリットが出てくるかもしれません。 出来る最中や出来上がった後も住み続けられる仕組みが、 大事ではないかと思います。
ただ、 それを実現するためのハードルが結構高いわけです。
はじめのハードルは、 今の住民を基本として複雑な権利関係のなかで合意形成しハードを更新してゆくことでしょう。 そのための更新手法のヒントが今回のコンペの作品のなかには、 いろいろあると思います。
その上で次のハードルとして、 地域住民が更新されていくということが大事なことだと思います。 言い換えれば今の住民だけではなくて、 相続や売却や転売など様々な住スタイルに対応できるまちが望まれるのではないかと思います。
最近の社会背景を考えると、 住む場所というのはどんどん移り変わっていきます。 私たちも自分たちの親世代とは違う所に住んでいます。 流動化はもっと激しくなると思います。 一方でライフスタイルも多様化していますから、 必ずしも都心部に働きに出るだけではない、 いろんなライフスタイルができるでしょう。 また少子化の時代を迎え、 親が亡くなった時に親が持っていた郊外住宅地を相続しても、 そこに戻らなくなるでしょう。 郊外の住宅地を親から相続し、 一方で自分たちは密集市街地の便利な所に住むという複数の不動産を持ったライフスタイルも出て来るんじゃないかと思います。 それから定期借家や定期借地なども出てくるでしょう。
住まうことや家を持つことに関する価値観が、 どんどん変化していくことを考えると、 地域住民が更新されていくことや世代が交代していくことが不可欠であるし、 計画する時から不動産としての価値や流動性を高める視点が大事ではないかと思います。 そうした観点から、 私は40番の作品が一番気に入っております。