アメリカにおける歴史保存トラストと都市づくり
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スプロールを打ち返そう

 

 今日最初にご紹介するのは、 アメリカの地方都市にWAL-MARTというチェーン店が進出してくることから始まっている文章です。 スーパーストアであるWAL-MARTが進出してくるというので、 S. O. S (Save Our Small Towns and Rural Way of Life)という住民たちによる組織が設立されました。 そして、 「WAL-MARTは経済的で文化的な侵略である」とか「平原の人々の生活である農業を絶対に荒廃させてしまう」とか「合衆国だけでなく世界レベルで美しい田舎がでたらめに発展していくのを見ることは断腸の思いである」などと主張して、 いろいろな反対運動が始まったわけです。

 そのような運動に対して、 スーパーストア側もなかなかしたたかで、 反対があると別のプロジェクトに変えて次々と案を出してきました。 そのような状況がテレビでよく紹介されるそうで、 全国的な共感を得たりするのですが、 完全な解決策は無いということです。

 アメリカの都市は、 ニューヨークをはじめとして高層型の都市だと思われがちですが、 横に広がった都市でもあり、 その辺りのことをどう捉えていったらいいのかが、 今日の話の論旨に大きく関わっています。

 アメリカのスプロールは、 まずビーチハウスがあるような海岸や湖岸の観光地に広がり、 続いてロッキーなどの山岳の別荘地帯に広がりました。 こうして事実上アメリカ全土に広がったのです。 このようなスプロールは日本ではあまり考えられない状態です。 ディベロッパーがおいしい所を開発し、 どんどん売れていくというパターンがアメリカ中に広がっていったということだと思います。

 こういうスーパー・スプロールに対する最初のキャンペーンが、 オレゴン州のコテージグローブという小さな街から始まったということです。 そして、 そのキャンペーンは1995年Newsweekの一面に取り上げられました。 こういうスプロール批判とか、 あるいは新しいまちづくりの考え方は、 「アーバン・ビレッジ・キャンペーン」とか、 「ネオ・トラディショナリズム」などいろいろな呼ばれ方をされていましたが、 最近は集約され「ニューアーバニズム」と呼ばれています。 これについては、 また後で詳しく述べます。

 先のナショナルトラストが、 スプロールに対する市民活動を支援しています。 また、 これはとても面白いやり方ですが、 トラストはスプロールの危険にさらされている11の場所を年に一度全国にアピールしています。 1993年には大型店舗開発の絶え間ない脅威にさらされていたヴァーモント全州があげられたり、 1994年にはディズニーのテーマパークの計画によって広範なスプロールが予感される北ヴァージニアの山麓地帯、 1995年には大型店舗に対抗しているニューヨーク州の東オーロラと南カリフォルニア州のチャールストンに近いアシュレー川歴史地区というように、 毎年11の場所を選んで「ここは危ないぞ」と発表するとてもインパクトのある事業です。

 また1994年には「大型店舗によるスプロールがどのようにコミュニティに有害か、 それについて市民は何をすることができるか」(Constance Beaumont著)というハンドブックを出版しています。 そういう運動に対して大型店舗も戦略を変え、 例えば先ほどのWAL-MARTが既存のビルを買い取って入るなど、 お互いの競い合いも進んでいます。

 ナショナルトラストの最新のホームページには、 どこかの小さな学校が無くなるから、 みんなでどうにかしようという記事が書かれていました。 またメインストリート・センターのホームページには、 センターが面白い商店街に贈った賞のことや、 今年インディアナポリスで行なわれるメインストリートのイベントなども紹介されています。

 このメインストリート・センターは1980年に設立されました。 商業のスプロールによって衰退している小売店を再生するため、 センターは1100近い街を援助しているということです。

 また、 先のS. O. Sグループのようなアメリカの草の根型の運動の面白いところだと思うのですが、 ある街ではWAL-MARTに反対するグループの委員長が女優のキャサリン・ヘップバーンだということです。 すごく小さな街ですが、 彼女は大規模店舗を非難することによってメディアを啓発する布石を作らねばならないと言っているそうです。

 なかでもオレゴン州は興味深い環境的なまちづくりに取り組んでいます。 「オレゴン州の1000の友達(1000 Friends of Oregon)」という組織を作ったRobert Libertyという人が「中心市街地の、 インフラだけではなく、 人や歴史の崩壊と放棄は、 いずれ中心市街地をゲットーに変え、 一方、 低密度で経済的に断片化された開発が起こり、 それによって周辺地域の自然の質が破壊される。 これがドーナツ化現象である」と述べています。

 また、 バッファローの小さい村のVillagers for Responsible Planningの創設者の一人は以下のようなことを活動の基盤にしているそうです。 これを見れば、 先の堤さんの文章にあった、 アメリカが頑なに街の暮らし方を守っているというイメージがよくわかるんじゃないかと思います。

     
     ・地域経済だけが、 そして交通だけが衰えているのではない。 私はここで神聖さを抱くものの損失を感じ始めた。 自転車で自由に行き来したり、 子供をつれてアイスクリームを食べながら歩くことが出来なくなるのではないか。 小さなコミュニティにとって非常に重要である何気ないコミュニケーションが無くなるのではないか。
 
 こういうアメリカのメインストリートは、 日本的感覚からいけば賑わいがあるわけではないのですが、 「自転車で」とか「子供を連れてアイスクリームを食べながら歩ける」といった街が、 大型店舗で失われたくないというイメージが、 堤さんがとらえたアメリカの田舎のイメージと重なり合っているように思います。

 そのようなアメリカにおける開発が、 より大きな問題を引き起こしていることを、 われわれは学生の頃によく教わりました。 たとえば地理学者Jean Gottmannの“Megalopolis”、 William H. Whyteの“The Exploding Metropolis”、 Jane Jacobsの“The Death and Life of Great American Cities”、 Peter Blakeの“God's Own Junkyard”というニューヨークの写真集などが挙げられます。

 これらは田舎の大量破壊を非難し、 都市を没個性化させる開発を非難したわけですが、 それらが予感していたものが現実になって、 今、 それにたいする巻き返しが起こっていると考えられると思います。

 こういうスプロールは、 とりわけ第2次世界大戦後に顕著になったと言えます。 戦争から帰ってくる若者に住宅を与えることは国の役割であるということから、 開発がとても優遇され、 史上最大・最長の住宅ブームが無節操に広がっていったのが戦後から今までのアメリカの状況です。

 そういうことに対して政府や、 先に挙げたような都市計画家が問題意識を持っていたわけです。 しかし、 1970年代の始めに土地利用法案が不成立になり、 1974年に連邦政府が発表した報告書「The cost of sprawl」も関心を引くことができませんでした。

 ようやく1980年代になりgrowth management(成長管理)という発想が生まれました。 この頃から日本の都市計画家も勉強しはじめ、 大都市の成長管理が研究テーマになったりしたものです。 この成長管理という考え方は、 バーモント、 フロリダ、 ニュージャージー、 オレゴン州で受け入れられ、 政策として取り組まれました。

 1973年にはオレゴン州でthe Land Conservation and Development Commission(土地保護及び開発委員会)が設立されました。 オレゴン州の知事は環境政策をスローガンにして当選した知事です。 オレゴン州の州都であるポートランドのまちづくりが断片的に紹介されていますが、 非常に先進的な州あるいは都市であることはアメリカでもよく知られています。 先に述べた成長管理については、 都市の成長限界線(UGB:Urban Growth Boundary)を設けています。

 アメリカでは市街化区域と調整区域の線引きにあたるものはありませんでした。 ポートランドのダウンタウンは、 アメリカで初めて設けられた成長限界線のおかげで、 部分的に活性化してきたということです。

 ポートランドのことをもっと勉強してみると面白いと思いますが、 ポートランドでは大規模小売店舗に対してとても厳しい考え方をしています。 いちご畑を守ってゆく農地利用規制政策もやっているそうです。

 問題は、 その成長限界線は外側に対してはスプロールを抑制しますが、 中についてはまだ何もやれてないんじゃないかということにあります。 そこで、 中心市街地対策を進めるために、 地下鉄のネットワークをベースに路面電車等を活用した歩行者優先のまちづくりの方針を作っているそうです。

 地方政府には開発を行うと税金が入るという幻想があります。 それに対して住民たちは、 あれは他人事だから自分一人ぐらいが反対してもどうにもならないと思っており、 住民による自主的な運動が効果を上げるのは難しいということが書かれていました。

 しかしながら住民たちの主張を日常の問題に翻訳することができれば、 地域づくり・まちづくりを大きく方向付けすることができると考え、 ナショナルトラストはそのようなことに積極的に取り組んでいるわけです。

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