アメリカにおける歴史保存トラストと都市づくり
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3州地域でより賢い開発を進めよう

 

 この演説もトラストの会長であるモエ氏のものです。

 かつての3州地域(New York、 New Jersey、 Connecticut)では、 過去30年間で人口が13%しか増えませんでしたが、 郊外開発の量は60%伸びたそうです。 また、 3州地域の核都市では、 1970年から1995年までに30万以上もの仕事がなくなったけれども、 郊外では200万もの仕事ができ、 それによって大都市の中央部が貧困になっていると書いてあります。

 モエ氏はスプロールそのものに反対しているのですが、 成長するなとは主張していません。 そこで、 「賢い成長(smart growth)」を進めていかなければならないと言っています。 では、 「賢い成長」とはいったいどういうことなのでしょうか。 彼は以下のような事柄を挙げています。

     
     ・できるだけ既存のビルと土地をリサイクルする
     ・ローカルなコミュニティの特徴と個性を維持する
     ・農場、 森林、 良い眺め、 環境面で敏感な領域を保持する
     ・コミュニティのセンスを高める
     ・歴史的なダウンタウンと住宅街を生き返らせる
     ・既存の都市の中にある空地や十分使われていない土地を開発する
     ・それを周囲の環境とブレンドする
     ・車の代わりに、 歩行、 自転車、 公共交通機関のオプションを与える
     ・効率の良い所に、 うまく設計された新しいコミュニティを創造する
     ・将来の世代の経済的繁栄を支えることができるよう環境を保護する
 
 そして、 彼は「多くの人々が、 自分たちのコミュニティの未来が、 〈分別のある土地利用計画と既存のコミュニティの活性化〉にかかっていることを理解しつつある」と述べています。 また、 土地利用計画は普通の人にとっては強面で、 自分には無関係な言葉だったり、 寝てしまうような退屈な言葉だったりするけれども、 そういう難しい言葉についても一緒に考えていこうと発言しています。

 1973年のオレゴン州を皮切りに、 1990年にワシントン州、 1996年にカリフォルニア州、 1999年にはテネシー州というように、 少しずつですが州規模の土地利用計画が取り入れられ成長管理政策や成長限界線(UGB)の採用が進んでいます。 また、 1998年にはメリーランド州で賢い成長を促進するため、 州内の自治体がスプロールを促進するような郊外開発を行なう時には、 州は補助金を出さないと決められたことも紹介されていました。

 先ほど申し上げた「ニューアーバニズム」は、 賢い成長のひとつの具体的なイメージだと考えていいんじゃないかと会長は述べています。 しかしながら、 実際に「ニューアーバニズム」の観点で造られた住宅地は、 既存の市街地にあるわけではありません。 新たな場所に開発されています。

 それに対して会長は、 伝統的な街を新しく造るのではなく、 既にある伝統的なコミュニティに再投資する方が良いと主張しています。 それが先の賢い成長のベースになっている考え方です。 そして、 「他のどこの地域よりも、 私たちの街の古い通りに優先的にニューアーバニズムのヴィジョンを導入する必要がある」とも言っています。

 州や政府がやっているいろいろな政策についても紹介されていました。 例えばIndiana州では2003年半ばまでに州機関の66%を中心市街地に設置するという方針を立てています。 これは現在の水準より40%も増やすということです。 また、 街を再活性させるようなまちづくりに対して、 スーパーストア側も戦略を変え、 たとえば1998年にはニューヨーク州の幾つかの旧市街地の商業街区が、 丸ごとドラッグストアチェーンに置き換えられるといったこともでてきており、 街の再活性化は必ずしも順調ではないようです。

 また1995年にはワシントン州で、 空き家を購入したり、 既存ビルを住宅に転用したり、 中心市街地に新たな集合住宅を建てた持ち主に対し、 市政府が向こう10年間の資産税を免除することを認める法案が議会を通ったそうです。

 彼はこのような中心市街地に人が住めるようにするための政策、 とりわけ「歴史的住宅家主援助法(The Historic Homeownership Assistance Act)」が重要だと言います。 これは歴史的住宅を修復した家主に連邦税の貸付を広げ、 古い街の住民にそこに住み続け、 コミュニティの未来に投資する動機付けを与えようという法律です。

 最近、 奈良町で空き家になった町屋を公営住宅にしようという提案もされていますし、 伝統的建築物群保存地区を持っている所では、 このような方法でやりたいと思っている所もあるようです。 そのような仕組みが既にワシントン州でできているということです。

 演説の最後の方では、 「私達はみんな巨大な利害関係の中にいる。 保守的な人とアウトドア好きは歴史的街区の保存主義者と協力をするだろうし、 一方で都市内居住者は郊外居住者や農家、 田舎の地主と同じ立場にいることを理解する」と彼は言っています。 これはなかなか面白い視点です。 市街に住んでいる人は農業に関心を持っているし、 アウトドアで郊外に行く人は環境を守りたいと思っているのだから、 幅の広い連携を考えなければいけないということです。 これは彼がナショナルトラストの会長であるという立場を表現していると思います。

 また、 彼は「誰も気付かなかった場所を生き生きとして安全かつ協力的な場所へと作り直すこと、 どこにでもある場所を何か特別な場所へと変換することが重要である。 そのためには、 理解を手助けする、 最も創造的なデザイナーが必要である」とも言っています。 都市計画や土地利用の重要性を言いながらも、 最終的にはデザイナーがどのようなものを作るかに彼は期待しているわけです。 そのための状況を作っていくのはトラストの役割であるという認識があるのではないかと思います。

 最後に「ナショナルトラストは、 私たち自身の過去とリンクし、 私たちがアメリカ人たることをはっきりさせてくれる建造物、 地域、 下町や風景といった遺産を保存することによって、 アメリカ人社会のコミュニティを生き返らせる働きかけを行っている」と言っていますが、 会長にとっては下町も守るべき遺産だということが良く分かります。 だからメインストリート・センターなどを創っているのです。 歴史保存の団体ですが、 間口の広さに感心します。

 繰り返しになりますが、 冒頭に紹介した「人々は静かに、 あるいはやや頑に自分流の生き方をしていて、 昔の姿が生きている」という地方の街のイメージと、 先の会長の言葉が重なっているんだと思ったわけです。

 会長はナショナルトラストの使命はスプロール現象が破壊している「特別な場所」と「それが支える生活の質」を守ることだとしています。 そういったスプロールに大きな役割を果たしているのが実は連邦政府で、 「まちの中心部から人々や仕事が流出していくのには、 犯罪やドラッグ、 不良学校や悪い公共サービスといった明白な原因が存在する。 しかし、 これらの流出は、 連邦政府の政策によって著しく促進され、 あるいは加速されているのである」と指摘しています。

 たとえば「モンタナ州のGlasgowという経済的に消沈しきった小さな街で、 the U.S. Department of Agricultureの地方事務局所が街の端の牧草地に建設される建物に入ろうとしている。 事務所に適した下町にある建物も購入可能だったが、 U. S. D. A.は駐車場が1ブロック離れており、 すぐ隣にないことを理由にこれを却下したのだ」といった実例をあげ、 連邦政府の責任を追及しているわけです。

 こういった状況は政治問題にもなっていて、 ゴア前副大統領は2000年の大統領選挙にあたって「Livability Agenda」を発表しています。 これは「地域管理の閉鎖性を緩和し、 行政の境界線を越えて賢明な成長計画をめざす地域間の協力に基金を出すことを大々的に開始する提案」だそうですが、 ここでは自治体の境界線を越えた広域での取り組みの必要性が認識されていることに注目したいと思います。

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