犯罪防止に都市環境デザインはどう貢献できるか
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平成12年度に大阪府緊急地域雇用特別基金事業のため、 府が8700万円の予算を組み、 その一環として40人の調査員で大阪府下の街路照明の実態調査を行いました。 その結果をご報告いたします。 これは、 報告書としてまとめられ、 協力してもらった自治体や各地区の警察署に配られました。
(1)調査の背景と狙い
まず、 ひったくりが多発している場所の照明状態がどうなっているかを調べました。
よく新聞等で大阪の照明は東京の半分しかないと報道されています。 もし報道されていることが事実なら、 この調査結果を踏まえて大阪府警としては路上犯罪防止のため、 防犯灯の整備や増設をしてほしいと各自治体に働きかける狙いがありました。
(2)実施要領
府下の大阪市24区・30市・1町を10地区に区分して、 各地区4名で班編制をし、 各警察署から提供された「ひったくり発生分布図」を基本データとして、 各地区ごとに概ね20エリアを選定し、 街路照明の調査・照度測定を行いました。
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調査票の例/阿倍野区阪南町1
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ひったくりが発生した街路では、 どんな建物(住宅など)が並び、 どんな照明があったかを調べました。 その上で道路の水平面照度が何ルクスだったか、 人の顔の位置(路面から1.5mの高さ)の鉛直面照度が何ルクスだったかを測定します。 というのも道路で数メートル先の相手の状態が確認できるかどうかには、 顔や衣服の明るさが重要だからです。
この調査は2000年9月から2001年1月末にかけて行いましたが、 同じ場所を3回測定しました。 これは満月と新月では夜の明るさ(感じ)が少し違ってくるからです。 また、 樹木が茂っている季節と冬では街の様子がガラッと違ってくることもあります。
また、 現場の調査だけでなく、 所轄の警察署や市役所にも行って実態調査や防犯灯設置基準などのヒアリングも行いました。
(3)ひったくりの発生状況と発生地域
平成12年のひったくり発生認知件数は過去最高の1万973件ですが、 夜間(午後6〜午前6時)の発生が全体の50%強を占めています。 残り半分は白昼堂々と行われているという恐るべき状況なのです。 ただもっともひったくりが発生するのは午後8〜10時の時間帯で、 帰宅途中の人がねらわれているという実態があります(全体の15.6%)。 ですから、 私たちの照明の調査も、 夕方から夜10時頃までを目安に調査・測定をしました。
発生地域で多いのは、 古くからある住宅地です。 このような地域での発生が54.5%と半分以上を占め、 次いで飲食・繁華街、 新興住宅街・住宅地での発生になっています。
被害に遭うのは93%が女性。 昔のひったくりといえば、 走ったり自転車で行うのが大半だったのですが、 最近では80%が単車での犯行になっています。 しかも、 そのほとんどが盗難車ですから、 犯人がますます捕まえにくくなっています。
(4)照度測定の結果
警察庁では平成12年2月に「安全・安心まちづくり推進要綱」をまとめたのですが、 その中に道路・街路の照明はおよそ3ルクスを確保することと書かれています。 なぜ3ルクスかと言うと、 これは4m離れた人の挙動が分かる明るさなんです。 4mあればぎりぎりで逃げられる距離だと言われていますので、 3ルクスをガイドラインとして調査しました。
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明るさの累積頻度分布(大阪市と四条畷市の場合)
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このグラフを見ると、 大阪市の場合は3ルクス以下の場所が40%であることが分かります。 言いかえれば、 60%のところが3ルクス以上ということです。 このグラフのカーブが緩やかである方が明るいことを示していますが、 四條畷市の場合だと、 3ルクス以下の街路が85%を占め、 カーブが急激に立ち上がっています。 市内の街路の大半が暗いと見ていいでしょう。
主な地域で3ルクスを満たしていない地域(ポイント数)は次の通りです。
府下全体 約55% | 大阪市 約30% | 堺 市 約60% | 藤井寺市 約40%
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吹田市 約60% | 池田市 約70% | 枚方市 約80% | 寝屋川市 約70%
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東大阪市 約50% | 八尾市 約65% | 高槻市 約70% | 岸和田市 約50%
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泉佐野市 約75% | | | 河内長野市 約80%
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この表からは3ルクスを満たしている地域がかなりあるように思われるでしょうが、 一つの落とし穴があります。 調査時間である夜8、 9時頃はまだお店の明かりや看板の照明、 住宅の門灯がついていて明るいのですが、 10時頃を過ぎるとそれらが消えて一挙に暗く(3ルクスを満たさなくなる)なってしまうのです。
最近は真夜中に近い時間帯に帰宅する人を狙ったひったくりが増えていますが、 深夜にはこの表に示した明るさは確保されてないところが多いということをご承知ください。
(5)街路照明灯の整備状況
大阪市内24区の街路照明灯は、 ほとんどが水銀灯です(約95%、 80W以上)。 反対に寝屋川、 枚方など大阪府下の都市は20%弱が水銀灯で、 あとは蛍光灯(FL20W)です。 ですから、 大阪市内のみが水銀灯を使っており、 大半の都市では蛍光灯が一般的で、 電柱に付けられ(共架)ています。
また、 それらの都市でも道路の交差点には水銀灯がついているようです。 なお、 電柱の間隔は、 平均で約34mでした。
(6)ひったくりの発生現場の照度
ひったくりの現場状況については、 あらかじめ各警察署から聞いているのですが、 それらの現場を調べてみると70%の現場が3ルクスを満たしていないという調査結果が出ました。
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街路における顔の見え方の例(デジカメによる)
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あるひったくり現場を、 照度測定をしながら写真に撮りました。 ごらんの通り、 人の顔がよく見えません。 20Wの蛍光灯だと、 このように4m先の人物の表情はもちろん、 動きもよく分からないのです。 10m離れるとますます分からなくなるでしょう。
先ほど言ったように、 4m離れていると危険からは何とか逃げられますし、 10mなら余裕を持って逃げられる距離なのですが、 いかんせん20Wの蛍光灯では相手の状態すら殆ど分かりません。
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知覚のテリトリー
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これはドイツのエドワード・ホールという人が研究した「知覚のテリトリー」の図式です。 危険から逃げられる最低距離が4mであることから3ルクスが必要だと言いましたが、 なお付け加えておけば要人警護の最低ラインも4mだそうです。 4mまでの距離が人物を認めるソシアル距離(社会的認識距離)、 4mを超え25mまでがパブリック(公共的認識)距離とされ、 不審者から余裕を持って逃げられる距離は10mだと言われています。
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暗順応と明順応
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もうひとつ、 ひったくりが起きる原因として、 照度の変化(明るさのムラ)があることを指摘しておきたいと思います。
いろんな現場を見てきましたが、 ひったくり犯は実に理にかなったひったくりをしているようです。 どういうことかを身近な例で説明すると、 私たちが明るいところから急に暗いところ、 例えば映画館の中に入ると、 目が慣れるのに大体10分くらいかかります。 このように時間が経つと相当暗いところでも見えてくることを、 専門用語で「暗順応」と言います。 反対に暗いところから急に明るいところへ出たときはすぐに見えます。 この場合は目がなれるために時間はかかりません。 これを「明順応」と言います。 ひったくり犯はそれを利用しているのです。
例えば、 明るい店先があり、 その先は暗い道になっていたとします。 ひったくりの被疑者は暗い物陰に隠れて、 カモになりそうな人間を捜します。 そして、 被害者が明るいところから暗い道に入ったところでひったくって、 単車で逃げてしまうのです。 被害者はしまったと思って、 明るいところから暗いところへ走っても目がくらんでよく見えないということになります。 人間の目の性質をよく承知してひったくりをしているという現場がたくさんありました。
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ひったくり多発地区/神奈川県川崎市のJR駅前付近の照度変化
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ここはひったくりが多発している地区(神奈川県川崎市のJR駅前)です。 街路灯でかなり明るいところです。 このグラフで、 鉛直面照度(顔面の明るさ)が変化していることが分かると思います。 そして、 明るさが急激に落ちるところ(谷間)でひったくりが多発していることが分かりました。
ですから、 ひったくりは単に暗いところで起きるのではなく、 明るさにムラのあるところで起きていることも分かっていただきたいと思います。 例えば、 均一な街路照明が整備されていても、 自動販売機の照明で極端に明るいところがあると、 その街路には明るさのムラが生じてしまいます。 そういう街路はひったくりの現場になりやすいと言えるでしょう。 もちろん、 照明だけの原因でひったくりが発生する訳ではなく、 人通りの有無や見通しの悪さなどによる影響が大きいのです。
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