生きた公共空間、生き生きとした公共空間
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公有空間の調査事例から

 

御堂筋オープンテラス

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御堂筋オープンテラス in 心斎橋
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御堂筋オープンテラス in 心斎橋 実施位置図
 これは御堂筋沿道に空き店舗が多くなって、 大阪のメインストリートとしての活気が失われてきているのではないかと考えた地元の様々な事業所や町内会が参加する「御堂筋ルネッサンス懇話会」がアイデアを出し、 大阪市も一緒になって「御堂筋オープンテラス実行委員会」が結成され、 2000年11月、 日曜の午後1〜6時まで御堂筋の大丸前の緩行車線一車線を通行止めにし、 オープンテラスをつくったものです。

 ここでは、 大丸があって、 その横に歩道があり、 さらにその次の道路のところで島状にカフェが展開されるという形になっています。 つまり、 よくヨーロッパの街で見かけるようなお店のすぐ前にテーブルが並ぶという形ではなく、 その真中に歩道が入ってしまっているわけです。

 名古屋や広島の同様のイベントでもこれと同じ形になっています。

 また、 路面に人工芝を敷きテーブルとイスを置いてお茶を飲めるようにはしていますが、 道路上で飲食物を提供してはいけないという規制があるので、 あくまでカフェテラスは道路上の休憩施設ということにして、 大丸敷地内の官民境界ぎりぎりの所に仮設のサプライスペースを設けていました。

 したがって来訪者はサプライスペースで買って、 休憩施設(テーブルとイス)で飲むという形になります。

 このオープンテラスは日曜日ごとに実施され、 実行委員会では大道芸など、 道行く人を楽しませるような催しもあわせて行いました。 2000年11月に4回行われて、 延べ5,800人、 1日平均1,400〜1,500人がオープンテラスを利用しました。 歩行者の15人に1人くらいが立寄っていることになります。

 2001年は10月に3回開催されましたが、 歩行者通行量の約1/17にあたる延べ3,760人が利用しました。 このときには入場者アンケートも実施され、 それによると88%の来訪者が来年も開催してほしいと回答されていました。

 イベントにあたっては警察へ「道路使用許可」と案内板を設置するための「道路案内板の使用許可」を届出ます。 また、 御堂筋は国道なので「道路占用届」を国に、 消防署へは道路工事、 露店開設等についての届出を行いました。

 保健所には口頭だけで済ませてしまったらしいのですが、 後で指導を受けており、 正式には届出が必要だったようです。

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御堂筋オープンテラス in 心斎橋 11月9日の様子
 人工芝のマットを敷いて、 国が提供してくれたガーデニングなどで使うラティス(木製格子)を置き、 車道側と空間的に遮断するような意匠を創っています。

 行政側でこのイベントに関わり、 各種許認可について担当していた中央区役所の方にお話を伺ったのですが、 警察からは許可にあたって「交通の流れを円滑に行うこと」「交通の流れを妨げない」「露店以外の形式で行うこと」という指導を受けたそうです。

 露店については、 アメリカ村では露店商の申請があっても許可しない方針にしているため、 それとの並びで、 露店以外の形にしてくれという話だったそうです。

 また、 保健所からは「調理は不可」「飲み物も缶やパック、 あるいはせいぜい紙コップで」といった指導があり、 実際紙コップで実施したそうです。

 当日は申請した時間に緩行車線を止めて、 そこから一斉に人工芝を敷いて什器を入れ、 短時間で準備をしたそうです。 主催者側は少しでも早くスタンバイしたいと、 1、 2分早く通行止めにかかったところ、 周りで見ていた警察官にきびしく注意されたそうです。

 このように制約が多いというのが問題点としてあります。

 昨年お話を伺ったときには、 今年は大丸前だけでなく御堂筋の南側やナンバ周辺など、 もっといろんな所で実施して回遊性のあるイベントにしたいという構想でしたが、 結局同じ場所でしかできなかったようです。 また来年も継続していけるかが課題になっているようです。

 いずれにしろ、 国道を止めるという意味では画期的なイベントでしょう。


鴨川の納涼床

歴史と現状
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鴨川納涼床図(出典:韓三建作図「新都の魁」)
 次は、 河川でのイベントとして、 京都の夏の風物詩になっている鴨川の納涼床をご紹介します。

 納涼床は鴨川の河川敷にあるみそそぎ川の上に設置されています。 納涼床は、 この辺りのお茶屋さんが組織する「鴨涯(おうがい)保勝会」がまとめて京都府河川課に申請を行っているということでしたので、 そちらへお話を伺いに行きました。

 床には期間によって3つのタイプに分かれていて、 一番長いのは5〜9月末まで5ヶ月間出すパターン、 それから6〜8月の夏の間だけ出すパターンと6〜9月の4ヶ月間のパターンとがあるそうです。

 鴨川の床を調べた京都大学の田中尚人先生によると(『土木計画学研究・論文集,No.16,1999』)、 納涼床は豊臣時代の裕福な商人が客を遇するのに浅瀬に床を置いたのが始まりだそうです。 当時は営業するような形のものではありませんでした。

 床は、 一時は洪水や戦争のために消滅していましたが、 昭和25年に復活し、 毎年夏になると出るようになったそうです。

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鴨川納涼床 設置位置図
 使っているのはお茶屋さん、 料理屋さん、 バーやスナックなどで図の赤印が納涼床を出しているところです。

 最近は5月と9月は昼食時も営業しています。 6〜8月の夏場のみ夕方から夜11時までの営業です。

 利用人数がどのくらいかと尋ねたところ1店1日平均25人くらいという話でした。 概算しますと、 期間中延べ約3万人がこの床を使っていることになります。

例外的許可で占用
 さて、 これらの床も毎年占用・使用に関する許可申請をしています。

 先述のように、 鴨涯保勝会が一括して京都府土木事務所に占用許可申請を出しておられます。

 また、 京都市は納涼床を観光資源として重視してくれており、 この許可がスムーズに行くように市から府に対して嘆願書を出してくれているそうです。

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「鴨川納涼床許可標準」に則した添付図面の見本(一部)
 この図面は昭和28年頃に出来た納涼床のデザインに関する許可標準を示したもので、 例えば「高さは3m60cmが標準で、 木材を使用する」といった内容になっています。

 京都府土木事務所の許可に対する態度は厳しいようで、 本来は河川法によって納涼床のようなものは設置することができないため、 まず「これはとんでもないことだということをわかっておいてほしい」と言われたそうです。

 「違法であるから、 全国では通用しない」、 さらに夏場で河川の氾濫が起こりやすい時期でもあるので「この時期は、 我々でも土木工事を避ける時期で、 そういう時に河川にこういう物を置くということは、 本当はとんでもないことなんだ」というお話だったそうです。

 一方で、 床が室町時代以来の伝統的文化だということで、 特別に例外的に認めるものだとおっしゃっているようです。

 ちなみに占有料は4,600円/m²となっています。

鴨涯保勝会で取り決めている遵守事項
 鴨涯保勝会では納涼床を文化として維持していくために色々な取り決めをされています。

 「納涼床開設遵守事項」では、 申請方法のほか、 歌舞音曲は慎む、 灯りは新聞が読める程度に抑える、 看板広告の禁止などを挙げています。

 それから昼間も営業するようになって日除けをとりつけているのですが、 これについても材質や形状など、 また夕方には巻き取るなどのルールを取り決めています。

 納涼床はこうしてずっと続けてられてきた夏の風物詩ですが、 最近は先斗町やお茶屋自身も変わってきて、 納涼床の中にも椅子やテーブルを設ける店が増えてきているそうです。 伝統的な床の文化をどうやって守って行くかが今後の課題となっています。

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