古の中のアヴァンギャルディズム
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樹木と日本人

 

樹木医について

山本

 ご紹介にありましたように、 私が10年前「何とか復元して欲しい」との依頼を受けた時は、 水が汚れ、 とても荒れた庭でした。 思い出の地でお話しすることができて、 大変うれしく思っています。

 昨日皆さんがセミナーを開かれた阿智神社の境内には「阿知の藤」と呼ばれる素晴らしい名所がございます。 これも長年のうちに傷んできていましたが、 今年の始めに樹木医として治療いたしました。 それをきっかけに「阿知の藤を守る会」が出来たのですが、 その事務局長を務めている長沼さんから依頼を受け、 今日のお役を引き受けた次第です。

 ここで、 私の仕事である樹木医について説明いたしましょう。

 私が樹木医になったのは平成3年のことですが、 ちょうどこの年に樹木医制度が出来ました。

 もともと日本は巨樹がいっぱいあった国です。 モンスーン地帯で木がよく育つ所ですから、 木の文化の国として栄えてきたわけです。 ところが、 老木とか名樹と呼ばれる巨樹を治療できる専門家がおらず、 弱るままになっていたんです。 もちろん土壌とか造園、 肥料、 生理学、 気象学などそれぞれの分野の専門家はいたのですが、 それらを総合的に駆使して樹木の状態を判断できる人間があまりにも少なかったのです。 そこで、 総合的に見て修復できる技術家を育てようとして出来たのが樹木医制度です。 ちょうど私が定年退職をした年で、 今まで勤めてきた公園と樹木は深い関わりがあることから、 樹木医になったというわけです。

 日本には巨樹、 老樹がたくさんあり、 特に神社仏閣では神木・霊木として、 個人では先祖伝来の樹木として、 地域では町や村のシンボルとしてそれぞれ大事にされ、 貴重な郷土の文化遺産として親しまれてきた歴史があります。 しかし、 現代では大気汚染を始めとするいろんな環境の悪化で樹木がますます傷みやすくなっています。 樹木を守り、 今後も後世に伝えていくのが私たちの努めと言えましょう。 もちろん樹木にも寿命がありますが、 ある学者によると生育環境が適していれば不滅に近い寿命を保つそうです。


日本人の樹木崇拝

 原始時代から古墳時代にかけて、 自然は人々に生きる恵みをもたらしてくれる崇拝の対象であるとともに、 死をもたらす恐怖の対象でもありました。 例えば、 地震、 雷、 台風、 干ばつ、 冷害は恐ろしいことで、 こうした現象が起きるのは神のなせるわざだと古代の人は考えました。 災いを防ぐために、 大きな石や木に注連縄を張って神格性を持たせ、 それを祀ることで自分たちの安泰を願ったんです。 巨石・巨樹を信仰の対象にすることで、 天災から逃れようとしました。

 そうした古代人の考え方は、 やがて造園という概念が出てきたときにも引き継がれました。 日本の庭園は西暦600年代の推古天皇の頃に造られたという記録が日本書紀に記されています。 当時から、 日本の庭園は石組みと樹木を配することが特徴で、 これは他の国には見られないことです。 そもそも庭園文化は大陸の影響を受けて作られるようになったのですが、 出来たものは古来からの日本的発想で作られたわけです。 太陽、 月、 星、 雪、 風など天然物崇拝と、 身近にある山、 岩、 樹木など自然物崇拝は深く日本人の精神に根ざしており、 飛鳥時代から今日の庭園まで、 その精神は長く引き継がれてきました。 日本式庭園にはそうした古代からの流れを汲んでいると言えましょう。

 樹木崇拝は自然崇拝のひとつの形ですが、 巨樹・老樹は長い風雪に耐えて生き抜いただけあって、 見るだけで畏敬の念を抱かせる風格があります。 老大木には精霊が宿ると信じられており、 神木とか斎木と呼んでいます。

 どこの神社にもたいていは神木があります。 昔、 神主が神様を天上からお呼びするときに神様に本殿に降りてもらう儀式をしましたが、 その時のよりしろとなったのが神木です。 お宮の回りに大きな木を植えて「降神の儀」を行って、 神様が天上からお宮に降りてくる時の手助けとするものです。 なお、 どうしても神が降りてくるにふさわしい木がないときは、 榊を本殿の回りに立てて、 それをよりしろの代わりとしました。

 樹木は人間よりはるかに長寿ですから神様に近いと考えられたのはもっともなことで、 実際、 仙人の風貌に近い老樹が多く、 信仰の対象にもなりやすかったのでしょう。


樹木崇拝の精神を後世に伝える

 古代人から続く樹木崇拝の歴史をごく一部ですが紹介いたしました。 現代に残されている巨樹・老樹もこうした樹木崇拝の歴史があったからこそ残されたと言えるのではないでしょうか。 現代は無宗教・無関心の時代と言われていますが、 長年培ってきた自然崇拝の気持ちが心のどこかに残っていると私は期待していますし、 今もいい風景だと言われる所に大きな影響を与えていると思います。 樹木は日本人の風景観・文化観を伝える大事な生き証人ですし、 今後も残していかねばならないと思っていただければと願う次第です。

 では続いて、 私が手がけた巨樹・老樹の保護の実例を見ていただきましょう。

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